昭和大帝は終戦の年を具体的な復興の始めとされた。二百年後は五、六代後の子孫の世でなんとなく予想できる。学者一家、政治家一族、代々の自衛官や警察官、先祖伝来の土地を耕す農家など。帝は、はっきりした過去である敗戦から復興なった近未来の日本を見ておられた。有始から有終への歴史である。
1945年の200年前は1745年だ。時代劇で親しまれ人の心や政治の動きも馴染み深い。さらに200年遡ると1545年で誰が最後の勝者になるか不透明な戦国時代である。世の秩序、物の動きなど格段にわからなくなる。臨場感が消え、想像力が及ばない昔になる。したがって200年前後の幅は具体的、可視的な歴史認識の時間であろう。それより昔でも未来でも憶測妄想が多くなる。
連合赤軍のメンバーが日本復興のために働いていれば、テロ事件もリンチ事件もなかった。平穏で建設的な生活の方法は昭和帝の歴史観の中に宣明されていた。昭和帝は屹立した歴史家であられた。
天皇といえども二百年生きられるわけではない。また二百年後は現実であって歴史ではない。二百年幅の見通しを持ちながら臣民が努力した活動を振り返ったのが歴史だ。詳細は天皇紀に記録される。生きた歴史は200年という抽象的機械的な数字でさえなく、天皇紀を積み重ねてできる物語であろう。
古事記の昔から日本は大八洲と称され、無限の広さがある大陸でも大洋でもない島国であった。確かな歴史は二百年前後の有限な時間枠の中に見出されるのと同じように、天照大神の子孫が住み治める瑞穂の国は有限な空間である。そして大和民族は無数の他の人々とは区別される限りある人々である。
明治維新以来不平等条約やブロック経済、戦後政策と搾り取られながら、現在日本は世界一の債権国だという。搾取をこととするアメリカは最大の債務国だ。日本は世界の富の源泉?逆に世界に打って出た人々は山田長政から満洲国までことごとく消失した。帰還した日系ブラジル移民も日本に溶け込むのが難しい、日本人たる所以は血の問題だけではないようだ。有限域な大八洲の意義はまだ明かされていない。
人は有限で具体的な中間者を生きる、瞬間と永遠の間の時間枠の内に生きる。肉体は原子や分子で構成されるというが出来上がった身体は無名の原子ではなく名前を持つ人格だ。相対性理論も宇宙の涯も頭の中で考えられる。身体と心は原子と宇宙との中間者で、孤人と社会の中間が家族で、無政府と世界政府との間が国家である。人は仏教が唱える中道を生きる。
人類史上有限な時間と歴史、有限な身体と空間に確かに覚醒された方々を上げておきたい。釈尊、聖徳太子、天武天皇、菅原道眞、道元禅師。これらの人々は自己と生命の真実を求めた結果、有限な自己と空間と時間を見出された。