里子 03/02/2007
ある夕方のこと、テレビをつけると ”ミス十代” を放映していた。出演者は十七歳から十八歳くらいの女子高校生ばかり。大学生は十代には数えられないのかなと思いながら観ていると、それぞれが演技を終えるたびに両親あるいは母親の姿がスクリーンに映し出される。その時 Mother とか Parents の字幕が現れる。アメリカでは十八歳までは子供で保護者の監督下にあるとされる。つまり保護者同伴を必要とする年齢の若い女性のミスコンテストだった。
十八歳の女性といえば男から見て最も魅力的で美しい年頃だが、女性自身にとってもまばゆい年齢だという。健康と笑いと幸福感に満たされている日々、それが十八歳だ。ほとんどの女性が十八歳に還れたらいいのにと願っている。痩せるといっても十八歳の体型に戻ることを目標にする。美貌の代名詞の金髪も歳を重ねると栗色とか色が濃くなる。だからミス十代コンテストには最も美しい女性たちが登場する可能性が高い。全米五十州から予選を勝ち抜いた美女が集まる。
美人コンテストを非難する人もいるが、男がスポーツに熱中するのと好対照と考えたほうがいいだろう。男が野球やサッカーで強さによって勝ち負けを争うのと同じように、女性は見た目で優劣を競う。美しくなるノウハウだってあるだろうし、何にしても懸命に努力することは良いことではないか。”美しい赤ちゃんコンテスト”まであるので、女性にはゼロ歳から死ぬまで美を競う機会が用意されている。
差別だとか侮辱だとか真剣にイベントに異議を唱える向きもあるだろうが、周りを見ているとあまり心配する必要はないようだ。出演者の多くは子供の頃から何度も挑戦して勝ったり負けたりを繰り返している。だから歩き方や踊り方が様になっている。ステージで見つめられる快感がたまらないような人が応募する。
しかも誰が勝つかわからない。あるコンテストでこの人で決まりかなと見ていると、最後の場面でスポーツに関する質問が発せられた。究極の女性美を求めてきた人だったからスポーツのことなど何も知らない。女性にとっては可愛い無知ですませられるところだ。しかし壇上で、審査員と口論になってしまった。代わりに優勝した女性が翌日のテレビでとっても幸せ、今日からニューヨークのアパートをもらったのよと嬉しそうだった。友人に不運な逆転劇を話すと、’良かったじゃないか、誰が部屋のマスターキーを持ってるんだ。’と大笑いになった。娯楽の一つでいいじゃないかということ。
”ミス十代” に戻る。出演者の演技の後、会場で見守る肉親が映し出されるなかで、一人だけ ’Foster Mother’ の字幕で登場する中年女性がいた。その単語は知らなかったが、調べなくても大勢に影響はないだろうと画面を見続けていると、同じ単語を何度も見ることになった。それが最後まで続いた。というのはその中年女性が同伴している高校生が栄冠を勝ち取ってしまったからだ。
辞書を開けると ’里母’ とある。するとあの女子高校生は里子ということになる。里子なる日本語は聞いたことがあるという程度だった。養子ではなくて、実の親以外の人に育てられている少年少女のことだ。何度も画面に現れたおばさんが親代わりに養っていたのだ。親戚ではない。どんな方法があって高校へ行かせられるのだろうか。補助金でも出ているのだろうか。
悲劇のプリンセスが誕生した。アメリカではよくあることだが、その後の数ヶ月は里親制度の現状や是非について何度もテレビで特集が組まれた。それによると優勝した少女は二人姉妹の姉の方で、妹はすでに養子にもらわれていた。里母も再び登場して、コンテストの準備は精一杯手助けしたものの、養子にする気はないときっぱり言った。理由は明言しなかったが、扱いにくい娘ということらしい。おとなしい妹の方が先に行き先が決まって、人生の荒波にひとりで立ち向かわなければならなくなった姉の焦燥感はどんなものだろうか。安眠できる場所がない。不安がいっぱいでいい子ぶる余裕などないだろう。養子先を見つけるのがいちばんの願望だという。
美の女王がほうぼうの施設や子供達を訪問して励ます特集が続いた。すべて綺麗な話の中で、実の親に会いたいという話題は出てこなかった。美人コンテストで優勝したのだから親や親戚が名乗りを上げても不思議ではないと思うのだが。肉親、愛情、可愛がる、懐かしい等々の言葉が通じない荒涼たる心象風景を見ている気がした。里親制度とは、肉親はすべての義務と責任を放棄するから里子として育てることを希望する、後のことは知らない、という形式になっているらしい。すべての関心は目の前の高校生の身の処し方と制度の不備に集中されていた。
ある特番では里子たちが集められて遊んでいた。おとなしく心細い表情をした子が多い。ふつうアメリカの子供は喋り放題、遊び放題、元気ハツラツとしている。何も恐れるものがない。それに比べ里子たちの無力感と孤独感が際立っていた。羽目を外したら罰として施設に送り返されたり別の里親へ回される。厳しく監視され採点されている。子供達を取り巻いているのは養子を探している大人たち、気に入ったらもらっていく。人身売買みたいだなと思いながら、選ばれなかった子供達の気持ちを思って涙が止まらなかった。十歳前後の子供がゴマスリしなければ生きていけないとは。
ちょうどその頃、里子を三、四人世話している人が坐禅会に来るようになった。大変だ、大変だとこぼしているが、誰かが養子に片付いたり大学に奨学金をもらって入学するとまた里子を探してくる。ビジネスになっているみたいだ。本人は社会の弱者を救済するために善行を積んでいる気分である。清らかな善を行なっている態度が言葉の端々から滲み出ている。しかし少女ばかり世話するのはなぜだろうか。テレビにも男の幼児は出てきても少年はいなかった。慈悲心からではなくビジネスではないかと勘ぐってしまう。大切な奉仕活動をしているのだから失礼とは思ったのだが。
表面には現れないけれども、アメリカにはかなりの数の親から離れた子供がいるようだ。これはどういうことか。人類史上空前の繁栄を享受しているアメリカだが、ひょっとすると内実は孤児社会なのかもしれない。親が簡単に子供を捨てて、それが強い抵抗もなく許容される社会とは。すぐに思い浮かぶのは人種差別だが、画面から見る限り肌の色は関係なさそうだった。次は経済的困窮だが、里子たちは高校へ通っている。あらゆる特典を利用すればこの国では誰でも高校教育くらいは受けられる。
数年前、「私は捨て子です。」と自己紹介する女性に会ったことがある。年若い女性だったがロンドンに住んでいるという。孤児施設で育てられ、職業といえば掃除洗濯などの汚い仕事ばかり、痛々しいまでに愛情に飢えているのがわかった。ところが彼女は自分を捨てた親を知っているばかりでなく、時々会いに行くという。それでも捨て子なのだ。平和な時代の、やはり繁栄を謳歌しているロンドンでの話だろうか。彼女の両親の気持ちとイギリス社会の常識が理解できなかった。
アメリカはイギリスの申し子だ。人種や出身国で分類するとドイツ系がいちばん多いのだが、国の体制や法律、慣習などはイギリス発が圧倒している。公用語を英語からドイツ語にしようという声は聞いたことがない。だからロンドンの雰囲気はアメリカでも共有されているはずだ。孤児社会、あるいは親の愛情が薄い人間関係はイギリス発なのかもしれない。
アメリカでは離婚率が五十パーセントを超える。日本人から見て健全な家庭というのは見つけるのが難しい。しかしもともと孤児社会だったということになると、見方も変わる。カトリックは結婚を七つの聖行の一つにして離婚を禁じた。その教えの現実との乖離と硬直性の弊害を指摘するのはたやすいが、孤児社会を安定した家族制度に基づいた社会に変革しようとする試みだったとも言えよう。しかしながら一千年以上にわたる教えはカトリックの力が弱くなって軽視されるようになった。人々は義務も責任も問われず好き勝手に振る舞える元の孤児社会へ回帰しようとしているのかもしれない。その結果が離婚専門弁護士が喜ぶ数字である。
若い頃読んだ西洋文学では食物の無料配布や孤児院の開設が疑問の余地なく絶対善だと描かれているのが気になった。聖書時代の話なら理解できるけれども、いつまでたっても孤児院と病院である。アメリカでは今も当たり前のように、無料で食物の炊き出しをしている人たちがいる。彼らは一様に政府や社会をあしざまにののしる。
西欧では何千年も孤児が生み出され、孤児を世話する優しい人たちもおり、同時に状況を根本的に改善しない政治が続いてきたのではないか。孤児、病者、ホームレスであればそれだけで善者であるという常識が近代西洋社会にはあるように見えるが、それは対象になる孤児が多いから出来上がった常識であろう。ひょっとしたら孤児社会はヨーロッパ発と云った方が当たっているかもしれない。
近代西洋社会は孤児社会であるという見方が正しいとすると、孤児社会は近代思想を理解するキーワードとなりうる。すぐ思いつくのは「人は互いに狼である。」という言葉だ。あまりに的確すぎて説明は不要だろう。次に「人権」だが、これも無力な孤児を守るためには必要だ。バラバラの孤児をつなぎ合わせるのが「契約説」だ。外来思想は進んでいると信じ込んでうっかり取り入れると、結果として孤児社会の到来になりはしないだろうか。
私有財産の否定は共産主義者が唱えていたが、実態は国民をバラバラの孤児にすることだろう。孤児ではひどいというなら里子にすることだ。自分が自由に処分できる所持品がないから、食べ物にせよ着物にせよ財の所有者に恵んでもらうしかない。財の管理者が共産党員である。当然依怙贔屓や賄賂、闇の経済がはびこる。学者や政治家はこのような肝心なところは国家所有とか人民管理とか抽象語でごまかしてきた。
日本でも里親制度を充実させねばならないと主張する人がいるそうである。表面だけを研究した学者が、なにごともアメリカの真似をしようとしているのだろう。彼らは孤児が多くなければ先進国ではないと思っているかもしれない。
日本では親は必死で子供を守る、親子の絆は強い。実子同様に可愛がるという表現は、実の親子のつながりが強いことを前提としている。絶対数で見ても養子や里子の数は少ないはずだ。このことは、健全な家族は両親とその子供から成っているという心理的モデルが一般国民にあるからだろう。
聖武天皇の妃、光明皇后の施薬院と悲田院は歴史上有名だが、そのあとは同じような話を聞かない。思うに、日本人は庶民に至るまで皇后が示された模範を見て、孤児や病人をどう遇するかを学んだのではないか。お二人は深く仏教に帰依されたと聞く。施設を作る際に、仏陀が明らかにされた慈悲心と善因善果の理法も写経などを通して広く教えられたに違いない。
澤木老師が両親の死後縁戚にもらわれた話はよく知られているが、老師のケースは特別ではない。法律が整備されなくとも、施設がなくとも、子供を育てるには里子ではなく家族の一員として面倒を見るのが最上の方法であることをみんな知っていた。自然の情愛を尊重した上で助け合って生きる具体的な方法が常識として確立されていた。
”ミス十代” のその後だが、一年ほど経った頃、彼女はめでたく養子になることができた。安心して帰れるホームがどうしても欲しかったというコメントが印象深かった。彼女にとって、恐らくはすべての里子にとって、心の底から帰りたいところ、それは家族だ。