ロチェスターの朝 (2) 01/18/2008
1991年ソ連が消滅した。世界最大の帝国が無くなった。彼の地で本当は何が起こったのだろうか。外国から攻め込まれなかったのは核兵器を持っていたからだろう。ソ連人でなくなったら庶民はどうしたらよいのか。品の良い女性たちが寒空の下所持品を売るために街頭に立っている写真が載った。年金が入らなくなってタケノコ生活をしていると解説がついていた。
そのとき五年前ロチェスターで交わした会話の意味がわかった。世界を認識する方法を教えてもらっていたのだ。あのときすでにマルクス経済学は未来がないどころか現在も無かった。マル経で運営する建前のソビエト社会主義共和国連邦では、経済の責任者は国家を運営する術を持たなかった。発表された経済統計はすべて水増しと捏造であった。近代経済学を導入しようとすれば統治原理が霧消して再び流血革命が起こる恐れさえあった。
広大な国は資源、国民、歴史、文化、軍事力などたくさんの要素で成立している。経済政策の失敗だけで国が破綻するとまでは誰しも予知できなかった。しかしあの近経の若手学者の見方が正しかったことは現前の事件が証明した。(ソ連崩壊の予言は公式には世界で一人だけ認定されているそうである。)
この世には正しい学問と間違った学問があるようだ。正しい学問をすれば世界や世の中がどのように動いて行くかわかるし、趨勢に合わせて人生設計をすることもできる。近代経済学の研究を続ければ順調に出世し金持ちになることも可能だろう。もちろん国家の運営も合理的になされる。
マル経の研究者は日本とイギリスにしかいなかったというが、彼らは国を瓦解させるような理論を研究していたのだろうか。ある大学では五つある経済学の講座が全部マル経の先生で独占されていたと聞いたこともある。そこでも先生は学生を評価するだろう。優秀かどうかは何を基準に決めるのだろうか。優秀だということは、国や社会をより速く解体破壊するということなのか。国がなくなれば国立大学の先生の給料は払われなくなるのだが、そんな日が早く来ることを願って研究していたのだろうか。
これら二つの経験、個人的な出会いと歴史に残る大事件を通して社会と世界を見る目が変わった。それは補助線を引いたために難問が解決する糸口が掴めた感じだった。生活はごまかしごまかしで悪くはないが、それでは是非善悪がわからない。思考停止だ。有用な学問をして立派な学者生活を送る人がいる。反対に、長年研究したことがまったく役に立っていない学者もいる。是非善悪の区別はないとは言えない。知的判断が個人の人生や国の未来を変える力を持っている。
マルクス主義を要約すると、唯物論、労働価値説、階級闘争史観になるという。カネから出発すると、カネでものが買える、ものを売るとカネが手に入る。カネとものは交換できる。これを交換価値があるという。マルクスが発見したのは労働もカネと交換できるということだった。働くと賃金が支払われる。カネを得るために働く。カネと労働が等価になる。あるいはカネと交換できるほど労働は価値あるものだとも言える。これが労働価値説だ。価値というから何か上等な概念と思っていたが、要するにカネのことだった。
雇う方にとっては労賃を少なくした方が儲かる。これは搾取という。働く方は払いが多い方がよい。双方とも欲求することは逆方向だから矛盾という。両者には必ず不満が起き衝突に至る。より多くの所有を求めることが常識になる。雇い主、資本家がいなければ労働者たちが儲けの全てを手に入れることができる。これが資本家のいない平等社会にしようとする運動の理論的基礎となる。こう考えると、世の中は間断なく闘争が続くことになる。歴史は闘争によって作られる。これが階級闘争史観だ。そして資本家、金持ちは常に少なく労働者は多い。多い者が最後には少数者を圧倒する。