彼らがやった(2) 02/28/2008
はじめ違和感があった ”彼らがやった” 論理は、国際的には常識の一つとして存在するとわかってきた。講和条約というのがある。戦争した国同士が正式に敵対関係を清算して出直す時に結ばれる条約である。サンフランシスコ講和条約には五十以上の宣戦布告した国が署名した。全然戦っていない国であっても、形式上戦争状態を終わらせるには講和条約を結ぶ。それでお互いに納得する。手打ち式であるから、それ以降は戦争中のことは持ち出さない。それは ’彼らがやった” ことであり、あの時のことであり、条約でお互い決着済み、現在は全く別次元ということである。
国際関係でなくとも、法律には時効というものがある。日本では五十年前の殺人は犯罪に問われない。心情としては受け入れがたいけれども、半世紀もたてば何もかも変わってしまう。その現実を考慮した規定である。何世紀も前の古証文を持ち出されても困るという処理感覚の所産である。詐欺や損害賠償などの微罪になると時効はもっと短い。ちなみにアメリカでは殺人の時効はない。犯人があげられるか死亡するまで捜査は延々と続く。
このように考えればかのオーストラリア人は、アボリジニー虐殺は時効だと云っていることになる。そして時効は世界中どこでも通用する概念だから、彼、もしくは彼らは常識的なことを言っているに過ぎない。ただし時効が認められるには一定の手続きが必要だ。個人の主張が全部認められるわけではない。しかし時効を主張しなければいつまでも問題は尾を引く。
なぜ自己正当化としての歴史観がおかしいと思ったか反省してみると、学校で習った歴史は事実の連続であり、進歩の跡付けであった。映画 ”羅生門” では、関係者がそれぞれ異なる見方で証言するので真実を見極め難いという物語だった。それでも、証言は異なるが事実は一つだとの視点で作られていた。
事実が一つなら、できるだけ多くの事実を探し出してそれらをつなぎ合わせるのが簡単な方法だ。時間が経つにしたがって何もかも進歩するから、事実を曲げた見方は歪みが顕著になる。歪みに対して、一つの事実の連なりとしての歴史が真実味を帯びてくる。その先は歴史は客観的な事実の生起の連続だということになる。自己正当化も自己卑下化も事実から外れる。
ここで一般化すると、歴史には連続と断絶の二つの原理があるのではないか。連続とは同じ体制が続くこと、国家、民族、文化等が積み重ねられて行くこと。単に長いだけでなく、始めがわからない体制もある。断絶とは異なる体制に移行することだ。ここ三世紀は革命なる言葉が盛んに使われた。
日本人は自己正当化に強い抵抗を感じる傾向がある。それは日本だけが天照大神から続いている歴史の中にあるからだろう。日本人なら誰でも十代も遡ればどこかで皇室と縁続きだし、言語も文化も皇室を中心にして作られてきた。こんな民族、国家は世界中探しても他に見当たらない。だから歴史は連続しているとして、それ以上は疑わない。いや疑えないのだ。
破壊だ革命だと血気盛んな者はいまもいるはずだが、学生時代に破壊の後何が生まれるのか聞いたことがある。明確なヴィジョンは何一つ返ってこなかった。根本的な破壊は日本文化も日本国もやめることだが、そんな事態は日本語で考える限り想像することもできない。それほど歴史は連続していると当たり前のように思っている。ハイジャックして世界に雄飛するはずだった赤軍のメンバーも日本に帰りたいという。日本国の歴史が血となり肉となっている見本である。