肩 (1) 04/28/2008
2007年の元旦は忘れられない日になった。アメリカの大晦日にはどんちゃん騒ぎをして新年を迎える風習がある。郷に従って友人たちと隣町のレストランで飲んだり食ったりした。暖かい夕方だったが、午前二時の閉店になって店を出ると、外はみぞれに変わっていた。道が凍って歩けない。転んで腰を打つ人もいた。坂の上の友人の家まで帰ったが、坂道でスリップしたらどんな事故になるかわからない。みんなその家に泊まることになった。
翌朝は元旦、八時に起きるとまだみぞれである。新年だからであろうが車は一台も走っていない。帰るのは昼まで待ったほうがいいなと思ってお茶を飲んでいると昨夜会った女性が起きてきた。ダンスが上手ですねというとこんなのも知っていますとくるりと回る。ダンスの先生ですかと聞くと実は指圧師だという。思わず「右肩を見ていただけませんか。」と頼んでいた。太鼓が進歩しないのは肩に問題があるらしいと見当がつき始めた頃だったからだ。「昨夜の夕食代誰が払ったのかしら。指圧でお返しするわ。」という展開になった。
右肩だけでいいですよと何度も念を押して横になったのだが、掌のツボから始まって胸、耳の後ろ、首筋となかなか肩までいかない。とうとう一時間半かけて全身マッサージになった。時間を使わせて申し訳ないのと終わった後のなんとも言えない快感で複雑な気持ちになった。肩が軽くて柔らかい。どこへ旅行してもマッサージを頼む人がいるが、気持ち良くなるからだとわかった。それまで指圧をしたことはなかった。
指圧が気持ちいいのはわかったが、こちらは時々指圧に行くほどの時間も金もない。気持ち良さの秘密をできるだけ聞いておかねばならない。その時教えてもらったのは、肩は、腕、首、背中などの筋肉が複雑に集まってできているということだった。肩だけ診てくださいと言われても掌から始めなければならなかったわけだ。「肩の力を抜く。」という言い方もあるが、やってみると難しい。一箇所や二箇所力を抜いたつもりになっても腱や筋肉のもつれをほぐすことができないからだという。
しかし肩の力が抜けている人もいるわけだから、工夫のしどころはあるに違いない。肩を健康に保つ簡単にできる運動はないか尋ねると一つだけ教えてくれた。それは床に座って、首だけを右左に曲げるストレッチだった。力を入れないでまず右に曲げて二十かぞえる。次に左に同じ時間力を入れないで曲げる。3回ずつしたらいいと言われた。
正午に禅堂に帰り、建物に異常がないのを確かめて地下に降りて行った。練習用の太鼓を一発叩く。するとそれまでとまったく違う音がした。音の質が違う。昨日と変わったのは肩が軽く気持ち良くなったこと。肩が柔らかくなっただけで音に劇的な変化が起こった。
肩が重い、肩が張る、肩が凝るなど不快な表現はよく聞く。反対に肩がとっても気持ちいいなどとは聞いたことがない。自分の経験では、明らかな肩痛は坐禅を始めた学生時代にあった。長時間座ると肩だけが痛くなった。しかし坐禅したい一心で坐相を工夫しているうちに痛みは消えてしまった。それ以来特に困ったことはない。だがどんな状態の肩がいいのか自問してみれば答えはない。肩は爽快になれるのか、気持ち良い状態を自分で作り出すことは可能なのか。肩の不快や痛みは病いかあるいは故障なのか。そんな疑問も持たず腕を振り回してきた。
重擔を肩におけるがごとしとは弁道話のフレーズだが、重荷を担いで堪えながら歩む気分できた。天秤棒を担いで土や水を運ぶのは楽ではない。楽でない仕事や使命に堪えて生きるのが大事だと思っていた。短躯だからいくら頑張っても大したことはできないのだが、肩が軽く感じられると物足りなかった。何かを支えて仕事するとやりがいを感じた。
肩といっても細かく見ると右肩ばかりで生きてきた。右の肩が左より大きいのは子供の時からなんであれ効き肩で支えてきたせいだ。漢字を右手で書いて覚えた。毎日100回ドリルをした。手や指で書いていると思い込んでいたが、手紙を書きながら姿勢を見直すと、重心をぐっと右に寄せている。そして指ではなく肩で書きつけているみたいだ。箸を使うのも右手だが、右手は右肩に直結する。書いて、食べて、思考することが右肩を中心になされてきた。
右手、右腕、右肩から脳まで神経の回路が完成していた一方、左側の神経は休眠していたようだ。左右同じように打てなければならない太鼓では致命的な欠陥だ。太鼓に挑戦して初めて自分は身体障害者、というよりも神経障害者だったことに気がついた。左右均等に動くために左手で右手の動きを真似る方法も教えてもらったが、いかんせん、右手が正しく動かなかったら二重に間違うことになる。