肩(2)

 

肩 (2)             04/28/2008

肩が大事だということはわかったが、どのように何をすれば良いかわからなかった。くだんの指圧師に話しても進展はなかった。彼女は指圧の学校で習ったことをビジネスにしているだけのようである。ビジネスならお客は何度も通ってきたほうがよい。お客の自我に触れないように和やかな暖かいムードだけを与えようとしている。個人社会で自我と自我との衝突を避けようとして指圧も変容しているようだ。根本的に癒したい気持ちはない、だから研鑽もしない。根本的解決を求めるなら他に頼らず自ら研究するしかなくなった。
なんとかヒントを得たいと思っていたときバレエの先生に出会った。バレエではルイ14世の頃から身体の動きが研究されている。まっすぐ立って深呼吸する。胸が膨らむ。胸の位置を動かさないで息を吐く。背筋はまっすぐだ。これが上体の姿勢になる。バレエダンサーがすらりとしているのは、道理にかなった正しい姿勢を身につけているからだ。
右腕が曲がっていると言われたのですがと訴えた。先生はすぐに、掌を下にして両腕を水平に左右に伸ばすように言った。それから、肘から先だけを九十度回転させた。手の平は鉛直方向に変わる。「ほらまっすぐになったでしょ。」 笑った。簡単に曲がり具合が矯正できる。いっぺんに肩の重さが取れた。
改めてバレエのビデオを見直してみると、ほとんどの踊りが掌を下にした姿勢でなされている。そうしないと肩が腕に連動して上がり力が入りやすい。何も知らない時はてんでんばらばらに手と腕が舞っているように見えたのだが、実は運動と演出の法則に従って動いていた。掌を上にするのは最後の挨拶くらいだ。
ふだんの生活では必要以上に絡み合った筋肉が邪魔しあったり牽制しあったりしてぎこちなく動いているようだ。筋肉の動く道理を知らないと損するだけでなく怪我をすることもある。股割りなどは間違えると危険な目にあう。
上記のように肘の前と後ろが別々に動くことを分離というそうだ。一般的に筋肉はひとつひとつ独立して運動できる。太ももは四つの筋肉が絡まってできているが、それらを別々に動かす人もいるという。電気刺激を使って訓練するというのだ。太鼓に戻ると、左右の手で自由自在に打つには分離の動きを体得しなければならない。右腕と左腕に別々の信号を送らなければならない。難しい。
分離を徹底的に研究してできたのがジャズダンスである。ジャズダンスでは首や胸や尻が独立に動いている。局所の動きを強調するのが売りになっている。その代表例は「ウエストサイド物語」だ。華麗なダンスの背後に確かな理論的裏付けがあった。ダンスをするのもダンサーになるのもまぐれではできない。ちなみにそのバレエの先生にダンスを教えた人は、映画に不良役で登場していると言っていた。
分離に特化した方向で進化したのがヒップホップで、人体がここまで動くかと驚かされるほどの動きが売りだ。見ている人は予想外の動きに驚くのだが、ひとつひとつの動きの裏には、肉体についての安全で奥深い理解がある。ダンスというよりはスポーツと言ったほうがふさわしい。演技時間も一分以内になる。生命を燃焼させる気分を味わえる。
剣道では上段に振りかぶって面を打つ、一番素直な決め方がある。初心者としては手と腕を一直線に伸ばして打とうとする。竹刀だけでなく腕まで一本の棒になる。肘関節が独自に動く余地はない。大雑把に言えば、私は上段の型をモデルにして筋肉運動をしてきたのだった。分離とは反対の一体感の思想だった。一体だと運動の種類も変化も少ない。運動の多様な要素を考える必要もない。思考も単純になる。坐禅中心の動きの少ない生活だったから自分の運動モデルの弊害は表面化しなかったけれど。