中半身(1)

中半身(1)         01/05/2009

どんなスポーツでも始めようとすれば、まず下半身を鍛えろと言われる。相撲やサッカーはもちろんだし、野球だって炎天下で耐えられるような体作りは下半身がしっかりするのが基礎だろう。太鼓グループも毎日のように長距離走するという。琴の演奏だって下半身の安定は必須条件のようだ。姿勢がグラグラしては優雅な音色も出せない。
あるときふっと下半身は肉体のどの部分を指す言葉なのかという疑問が湧いた。下半身の定義はなんだろうか。普通ヘソよりは下であろう。ヘソは下半身に含まれるだろうか。辞書には、下半身は腰から下の部分とある。腰とは脊柱の下部で、骨盤の上の屈折しうる部分。骨盤とは腹部の臓器を盛る骨である。腰は下半身に入る。しかし脊柱はどこも屈折する。下部とはどこからが下部なのか。
広辞苑の定義から始めたが、脊柱とあって、脊椎と同じと説明がある。柱は剛体で曲がらないが、椎は重ねられるから曲がる。同じと注釈する事で日本語と日本人を馬鹿にしようとしているのだろう。広辞苑は岩波書店から出ているが、岩波書店はサヨク出版社だ。機会あるたびにサヨク思想を広げようとしてきた。異なる物事を同じだと理解するのは嘘のはじめだが、同時に馬鹿になる嘘だ。事物の区別ができなくなる。
さらに広辞苑は脊椎動物を脊柱動物とはしていない。脊椎と脊柱が同じでない証拠だ。小さくとも嘘をつくと首尾一貫できなくなる。サヨク思想は底は浅い。ただの屁理屈、唯物論だ。少し勉強すれば見破れるようになる。言葉は考え方だけでなく身体の動作にまで影響が及ぶ時がある。言葉の意味を理解し、正しい言葉を使用するのは多くの意味で大事である。
下半身の定義は骨格を中心になされるが、下部とか屈折しうる部分となるとグレイゾーンが広がる。そこで人体の骨格図を見た。どこにでもあるような正面と側面から見た骨格図である。頭から下に脊椎が腰に向かって伸びている、と思っていたのだが、じつは頚椎、胸椎、腰椎と呼ぶのが正式名称らしい。それぞれ七個、十二個、五個の骨が積み重なっている。上から第一、第二と番号が振ってあって、第一頸椎、第三胸椎、第四腰椎のように区別されている。
胸は肺を保護するために、胸椎に対応して胸郭がくっついている。骨格図からは頑丈な作りに見えるが連結部は意外にもろい。腰の左右にある大きな骨は腸骨と呼ばれる。腰骨なるものは無い。だからだろう屈折する部分を腰と名づくとあった。一つの骨だと曲がらないからここは辞書の説明が整合する。ただし普通の人は腰と聞けば固定した部分と思うのではないか。
次に筋肉が図示されてあるページを繰った。そこには胸椎の下部と腰椎、腸骨、骨盤、大腿骨があって、脊椎から大腿骨の上部へ連結する大きな筋肉が描かれていた。五個の腰椎からそれぞれ大腰筋と呼ばれる筋肉が出ている。それらが腸骨から出る腸骨筋と融合して大腿骨に繋がっている。腰椎なる名称は筋肉の出処を基にして名付けられている。胸椎から大腰筋が出ているわけでは無いから、脊椎を三種の群に分けるのは解剖学的な意味がある。骨の形状も群ごとに異なり、また下へ行くほど大きくなる。
大腰筋と腸骨筋を合わせて腰腸筋と称し、大転子のすこし下で大腿骨と繋がっている。大腿骨と腸骨との接合部分は股関節という。股関節から最外側になる大転子をすぎて垂直に下がる大腿骨が伸びている図は造化の妙を見ているようだ。この構造だと前後、上下、左右、回旋とどんな方向にも運動できる。
ところで第一腰椎は身体のどこにあるだろうか。下から五番目だからと後ろ手で脊椎の下部を探ったがはっきりしない。改めて骨格図を見て驚いた。なんとみぞおちのすぐ下にあるではないか。正面から見ると、胸郭の下端とみぞおちとの中間の位置にある。第一腰椎の上端はヘソよりも上にある。第一腰椎が腰に属するとすれば腰はヘソより上から始まることになる。
第一腰椎から大腰筋が出ている。そこは曲がるから腰である。そしてヘソはどうかというと、腸骨の上端と胸郭の下端との中間にある。両方を触ってみればわかるが、胸郭と腸骨との間は以外に狭い。ヘソの位置は両者の真ん中だ。
普通の人は胸郭と腸骨のあいだは広く離れているイメージを持っている。腹は諸筋肉が重層的に締め上げている上に皮膚が乗っかっている。強靭ではあるが骨がなくのっぺらぼうである。腹はみぞおちの下から始まって臍下丹田の位置に至る。目印になるものはヘソ以外にないから広く感じる。胸は手ですぐ触れるから近い。腰と下半身は広い腹の向こうにあって遠い。この遠近感覚は大きな意味がある。
脚は下半身にあるから遠くにあると思っている。下半身を鍛えろ、走れと言われると大騒ぎした。すぐ脚が重くなって動かなくなる。よっこらよっこらとなってへばってしまう。下半身のヘソの下から出た筋肉で遠くにある重い脚を前に運ぶと思っていた。重労働だった。テコの原理を応用して重さと長さが計算できる。長さにして一対五の感じだった。足先を動かすには五倍の力を出さねばならない。それを鍛えるという。修行努力は尊いが、考えるだけでしんどかった。
目の前にある筋肉図にものさしを当てて測ってみた。第一腰椎から大腿骨に繋がる筋肉は身体の中で最長だ。股関節を中心にすると、長さの割合は四対一である。すると脚に伝わる筋肉の力は四倍大きいことになる。一番下の第五腰椎からでも二対一になる。二倍の力が脚に伝わる。ということは、構造的に、諸腰椎から出た力で脚は楽に動けることになる。
脚が重い感覚はどこから来たのだろうか。血の巡りが悪いとか歩き方や走り方に悪い癖があるからだ。身体に対する誤解や無知もある。正しい動き方を知らないから脚だけでなく全身に余計な力みを生じる。真面目に走るべきだったか、笑いながら走るべきだったか。走るのは苦痛なのか快楽なのか。
大腰筋が出ている第一腰椎はみぞおちの奥にあって手で触れる。その部分を普通は腰とか下半身とは言わない。それは下半身ではなく中半身といったほうがよい。中半身は下半身より頭に近い。脚の運動は脳や目に対してヘソよりも近い場所から発している。すると脚を上げるのも前に進めるのも易しくそして優しくできる気がしてくる。脚が親しくなり身が軽くなる。その知識だけで脚の運動が楽になった。自分の筋肉がほんとうはオリジナルの三倍、四倍の力で働くと知ると、何か得をした気がする。脚を自由自在に操れる気がしてくる。

表絵文字(5)

日本語(2)表絵文字                 11/09/2008

言葉を創造する人、つまり日本語の創造者はまづ文学者であろう。それは小説家であったり詩人や歌人であったりする。そのなかには言葉に対するセンスの良さ、知識の該博さに対して脱帽するしかないような優れた人たちがいる。しかし名のある文学者が国字国語審議会の委員になったという話は聞いたことがない。日本文学に関与できないような先生が日本語をいじくり回している。
日本語を改めたい、あるいは滅ぼしたいと考える日本人がいるようだ。反日日本人と呼ばれる人たちで、なぜか要職を占める方法を知っている。普通人には気づかれないように日本語は貶められてきた。大きな方法は漢字制限だった。戦後五十年間になされた漢字排斥の影響は心ある人々を戦慄させた。その先には小学生並みの日本語が予想されたからだ。ところが急速なコンピューターの発達で、漢字制限はまったく無意味なことがわかった。間に合った、僥倖だった。
パラドックスかもしれないが、表現方法を制限された芸術家たちは本来の日本語の潜在能力を漢字以外の媒体を使って爆発させた。それが漫画でありアニメであろう。それは同時にほとんどの日本人が自国語について感じていた誤解を見直す契機ともなった。日本語は表意文字ではなかった。表音文字でもなかった。かなという表音文字のあいだに漢字をはじめとする絵をちりばめた表絵文字だったのだ。
古代の日本人は言霊信仰を持っていたとされる。言霊信仰の概念で、呪文、神話などのおどろおどろしい雰囲気の現象について説明されることが多い。連綿として続いている日本語である、言霊信仰の現代的意味を考え直すのは、自国語を理解する一助になるのではないか。
言霊信仰とは端的に言えば言葉を信仰していないということだ。日本人は言葉ではなく霊を信仰している。信仰するとは仰ぎ見ること、頼りにすること。霊に頼っている。頼ることができるのは、霊が存在していると思っているからだ。
霊とは何だろう。目に見えるものではない。聞こえもしないし触れもしない。しかし古代から日本人は知っていたのだ。言葉で通じるとは単にロジック、論理が交換されることであって、本当の通じ合いではないと。誤解や曲解はいまも日常生活の中でしょっちゅう起こっている。本当に通じ合うためには言葉以前の何かが通じあわなければならない。その何かが霊と名付けられた。
言葉は霊を表現する手段の一つである。言の葉は霊という幹ではない。霊が通じ合うためには言葉以外の方法も使える。源氏物語も、文章だけでなく絵巻物となって広く知られた。漫画やアニメが何の障害もなく発達発展する基礎は、絵巻物の中にすでに具現されていた。その先は音楽、ダンス、武術なども霊の表現方法として理解されるようになるだろう。
外来語の漢字は絵として受け入れられた。横文字、カタカナ語が氾濫する現代日本語は、霊の表現方法が豊かになったと解釈できる。表絵文字にはいつの時代にもどんな言語にも柔軟に対応できる機能が備わっているのではないか。英語が苦手な人が多いのも、英語に全面的に切り替える必要がないからだ。日本語は言霊とともにある。
終わり