論壇時評(2)

論壇時評(2)             03/10/2011

レーニンはロシアが戦争の最中で疲れが溜まった頃に密入国し、自国兵士や将官を背後から不意打ちして政権を奪った。祖国にとっては裏切り者であり犯罪者である。スターリンも平和条約や中立不可侵条約をかたっぱしから破って次々と他国に攻め込んだ。ソ連は無法の国で、共産党一党独裁は恐怖政治に他ならなかった。条約は破るためにあるのだから国レベルでも個人レベルでも信頼関係を築くことは不可能だ。ソ連が弱くなると同盟国にされていた国々はあっという間に逃げた。
レーニンやスターリンのような思想と行動は陽光の下で堂々と主張できる人の道とは言えまい。時とともに不信と恨みが積み重なっていく。ソ連が内部から崩壊したのは、国の成立が無道不自然だからだろう。悪因悪果の見本だ。国が起こって七十年保ったほんとうの原因と経過と理由はまだ明らかになっていない。
元共産党員の兵本達吉氏は正論四月号 2011 で、ゴルバチョフの経済補佐官だったペトラコフが以下のように語ったと書く。
「マルクス経済学は資本主義の批判はしても、肝心の社会主義共産主義の建設方法については何も教えない。レーニンも何が社会主義かわからないので試行錯誤を繰り返し、スターリンはドイツの戦時国家経済システムを手本にして戦時共産主義計画経済にたどり着いた。計画経済は初めから非合理非効率とわかっていた。」
ペレストロイカ(再構築、Restructuring)を推し進めるソ連で結論が出たので、他国の共産党も、なんだそうだったのかと強制された外国思想の洗脳が解けてしまった。共産主義はガチガチの宣伝工作で出来上がった思想だった。
ちなみに社会主義と共産主義は同じものだと、フェビアン協会を作ったウェッブが証言した。社会主義の名称を作り出した本人がいうのだから間違いない。
正論十月号 2010 に元朝日新聞社員の本郷美則氏の文章があって、(219ページ)朝日では組合の役員歴が出世の鍵だという。社長はじめ役員連中は組合活動家上がりだそうだ。集会があると保守だー、反動だーとヤジを飛ばすと書いてある。東大卒業生がヤジを飛ばす光景は想像しにくいが、経験者が書いているのだからほんとなんだろう。組合活動中に洗脳され、赤い記事を書くのに違和感がなくなってから正当な朝日新聞人として認められるらしい。それなら綱領を、共産主義に基づき、不公正非中立、偏向報道に徹すると正直に変えるべきだろう。紙面は組合語を多用しますと。
朝日新聞にはときどき森恭三編集長の写真が一面にデカデカと載ることがあった。編集は他人の文章を校訂する職業のはずなのにと不思議だった。三十年後、彼が正式な共産党員だったと知った。朝日新聞の内実は赤旗だった。
中川昭一、安倍晋三、両代議士を貶める目的ででっち上げ記事を書いた本田という記者がいた。NHK の番組に圧力をかけたというものだが、事実ではないと判明した。こんなケースでは、書いた記者は即刻クビになるのが世界の常識である。とくにアメリカでは、一日二日処分を引き延ばしているだけで批判を浴びる。ところが本田記者はいまだにクビになっていない。でっち上げとは嘘八百ということだが、朝日ではウソを書いても許される。アメリカの新聞雑誌もいい加減なことを書くのだが、明らかにウソと分かってから開き直ることはできない。朝日新聞の悪質さは吐き気がする。
「閉ざされた言語空間」江藤淳、文春文庫も朝日新聞で見たことはなかった。この本は戦後の日本人の心を考える上で最も大切な書物である。どれほど大切かというと、テレビやネットに出演する人たちの話から、出演者が読んでいるかどうか判断できる。本の名前は出さないけれど読んでいるから世界観が安定していると分かる、くらいに基礎的な本である。
書物の名前を言わないのは卑怯だ、本書の名前を口にすれば宣伝になってもっと多くの人が読むだろう。しかしプライドや自分だけの収入などを考えて黙っているのかもしれない。読んだ人達からは人格まで見え見えだ。江藤淳以上の書物はまだ出現していない。
朝日人やサヨクは読んでいない、読んだら発狂する、そのような人物の世界観などは聞くだけ時間の無駄である。
「閉ざされた言語空間」を知ったのは 2003 年になってからだった。 1980 年半ばの初版だから随分遅い。朝日新聞購読の弊害かくの如し。この本にはマッカーサー占領軍による日本人の洗脳方法が書かれてある。西洋人はギリシャ、ローマ帝国の時代から洗脳の思想があり、方法が考案されてきた。宣伝、検閲、詭弁、焚書、個人書簡の開封までされた。
戦後日本人の精神苦は肉体苦とともに推し量るのも難しい。喜んだり悲しんだり、好きだったり嫌いだったりするのはまっさらな心の問題のはずだ。教科書には正しいことが書かれているはずだ。ところが「閉ざされた言語空間」を読むと、初歩的な綺麗、汚いの感情までマッカーサーに操作された心情だとわかる。まして歴史認識や世界観はマッカーサーの都合の良いように作り変えられたものだった。
実際に行われた洗脳方法が書いてあるから自分の思考が出来上がる過程がわかる。作られた自分の心がわかる。心の偏り方がわかる。さらに朝日新聞がいかに洗脳しようとしているか手に取るようにわかる。
洗脳とは何かを日本人は知らない。まともな人生は、誠意、勤勉、実直、正直、教育勅語にあるように、夫婦相和し、兄弟親しみ、社会とともに自分が成長することで送ることができると信じてきた。長い歴史の中で日本人は、他人の考えをねじ曲げよう洗脳してやろうなどと考えたことはなかった。該書を読まない日本人は洗脳されているとも知らないで洗脳されたままである。文明の衝突をわれわれは体験している。
多くの人は朝日新聞を東大新聞と思って読んでいる。日本人は教育されすぎたからか、学問、真理、知識、知者等を尊敬し信頼する。それら徳目の象徴が東大だから、東大卒業生を多く抱える朝日新聞が信頼されるのは当然だ。
昨年 2010 の文藝春秋一月号に、新春座談会として六人の、二十歳前後の若者が登場した。ダンスのチャンピオン、画家で個展を開いている実力派がいた。日本の現状を憂いて思想的に日本を立て直したいと志している青年もいた。若いけれども頼もしいなと感心しながら読んだ。
その中に東大生が二人いたのだが、二人とも外国へ行って、外国を見てと歯の浮くような外国憧憬だった。あどけない夢に浸れる幸福が羨ましい。しかし日本には脚下照顧、一隅を照らす、自己反省と自己参学のような言葉がある。自分がわからなければ外界はわからない。始めから外国はーと考えるのは深い人生観とは言えないのではないだろうか。
夢を見ている彼らには想像できないが、四十年後の人生はすでに決まっているかもしれない。還暦過ぎての内ゲバという記事を見たことがある。ゲバ棒を振るうのは全共闘世代である。団塊世代と被るのだが、学校ではサヨク思想しかなかった世代である。私は団塊世代だから、隣で座っている同級生がゲバ棒を振り始めた光景を見ている。親近感もあったし純情に見えた。若気の到りだと思っていた。
ところがゲバ棒は大学卒業しても手放されなかった。成田闘争は二十年も三十年も続いた。何を間違えたかサヨク革命を目指す同士であるはずの革マルや中核派がお互いに殴り合いを始めた。それが内ゲバという言葉になった。還暦を過ぎてもゲバ棒を振るうということは、ゲバ棒力は若者の熱病ではなく、一生を貫く人生観だったということだ。二十歳で語ることが一生を決める蓋然性は高い。外国はーの行き着く先は自己空洞の人生かもしれない。

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