映画時評(3)

映画時評(3)       05/06/2011

朝日新聞はウソを書く、日付以外は信用できないという評判はすっかり定着した。まともな論調が出るとニュースになる。しかしまともなら読んでみようとはならない。信用失墜は恐ろしい。高級紙が凋落し始めたのは2002年だった。その時に立ち会った経験の一つを記しておく。
2002年7月、朝日新聞に今井昭というハーバード大学教授の論文が載った。その中で「備えあれば憂いなしとはたわごとである。」と書かれてあった。
当時は小泉首相の時代で、首相の口から歯切れ良いセリフが飛び出した。多くの国民は本音を語る政治家と受け取った。その語録の中の一つだったが、新鮮に聞こえた。備えをしよう、防衛力を高めようと語るとマスコミから総攻撃にあうという雰囲気の中だった。当たり前のことが言えなかった時代だった。
今井氏はそんな時代の空気を読むのが聡いからハーバード大学の教授になれたのだろう。そして朝日新聞に寄稿できるまでになった。一国の首相の発言をたわごとと切り捨てるとは大した度胸である。
日本人の受け身の受け取り方は戦後マッカーサー占領政策の効果である。日本人が無気力とか大人しいと言われるのは占領政策が大きく影響している。アメリカの洗脳からわれわれは正気に立ち帰らなければならないのだが前途遼遠だ。
「たわごと」の一語で私はこの嘘つきがと逆上した。ボストンに住んでいたからわかるのだが、アメリカでは鍵束がずしりと重い。住宅では警備会社と契約して24時間体制で防犯に努める。火事や泥棒などあらゆる保険に入る。通学バス停まで親が必ず見送りする。みんな自分と家族の安全のために必死だ。あらゆる備えをしてからさらに憂について話し合うのがふつうの家族だった。備えをするのがたわごと?テレビで見た顔はあらゆる保険に入っている小心者の印象だったが。
この記事が印象的なのは、嘘の裏事情がはっきりしていたこととともに、小泉首相の訪朝が9月17日の金正日の日本人拉致告白を引き出したからだ。平和だ繁栄だと言って防犯対策を考えなかった日本で、密かに百人を超える日本人が誘拐されていた。悲劇の原因は備えが無かったことだと国民が気がついた。社会は善人ばかりではないとはっきりした。頭が良さそうには見えなかった小泉首相の的確な指摘と、アメリカ歴史学会会長までつとめたハーバード大学教授の嘘との懸隔が見事だ。
今井昭氏の欄は四人の教授連が交代で書いていた。東大の哲学科教授が自転車駐輪問題を取り上げるとか目を覆いたくなるようなレベルではあったが、肩書きだけはすごかった。四ヶ月に一回だから氏の次の登壇は十一月だ。その日をワクワクしながら待った。あの嘘つきが次はどんなことを書くか、書けるか。
今井昭氏は何と書いたか。「人類は追求すべき理想をまだ見出していない。」だとさ。嘘が明白なので、人類とか永遠の理想とか、一読すると高尚に聞こえる屁理屈を持ち出した。サヨクのデタラメ、極まれり。
この人は何が理想かとかいかに理想を追求するかとか考えたことはあるだろうか。専門用語は知っている、しかし言葉の中身を深く考えたことはなかっただろう。理想と実践、理想の始めと完成、理想の挫折、民族の理想と人類の理想など人類誕生以来の深い問題がある。理想は人の心を動かす、肉体も動く、そして生活を変え社会や国家のあり方を変える。理想を知らなければただの評論家だ、無責任なテレビのコメンテイターと変わらない。
アメリカには建国の理想がある。現在のアメリカは善かれ悪しかれ1776年の独立戦争時の理想によって作られた。ソ連は革命の理想によって1917年に建国され何千万人もの国民が殺された。フランス革命はブルボン王朝に対抗して作られた理想の結果だ。1789年からロベスピエールが断頭台で殺されるまでの五年間に約五十万人が殺された。犠牲者はカトリック僧侶や上中流階級の人々だった。
日本も実は理想によって作られている。最も古い文書化された建国の理想は聖徳太子の十七条憲法に示されている。604年のことである。次に古事記(712年)や日本書紀が編纂された。万葉集だって国家と天皇を高らかに謳いあげている。百五十年前には五箇条の御誓文や教育勅語が知らしめられた。日本こそ理想とともに歩んできた民族国家だ。しかも革命動乱ではなく平和的な変革を通して発展してきた。
目の前の国家が理想の産物とは考えにくい。国に対しては不平不満が先に立つであろう。特にマッカーサー占領軍は日本人に理想ではなく国家への敵愾心を植え付けようとした。反日日本人を作ろうと画策した。他国が内輪もめ内部抗争するのはアメリカの国益にかなう。第二次大戦後生まれた者はアメリカの政策の影響を受けているという認識から出発しなければならない。
自分もその一人で、理想も国家観も崩れた社会だったから、生きるべき道、理想を見つけるのに苦労した。さいわい仏教、その中でも禅にめぐり合うことができた。仏教は人類の理想そのものである。曹洞禅はじつは日本教でもあった。平凡だが理想を追求し理想に囲まれた人生を得た。
今井昭氏はのちに朝日新聞社の副社長になった。出世した。けれども理想や真理の探究とはなんの関係もない人物だった。歴史家なのにヘラヘラと嘘を並べている。悟りや仏智慧の実践とまでは言うまい。世界に名の知られた学者には誠実な文章が期待されてしかるべきだったと思う。

映画時評(2)

映画時評(2)          05/06/2011

学生時代は黒沢明作品が次々に発表された。その都度朝日新聞はかならずケチをつけてこき下ろした。そのせいもあったのだろう、日本で見たのは「椿三十郎」だけだった。とても面白かった。いまでも仲代達矢と三船敏郎が酒を酌み交わす会話が蘇ってくる。最後に抜き打ちで勝負をつける場面の迫力は他に類を見ない。
しかし朝日新聞の映画時評では「用心棒」より一段劣るとなっていた。それで映画を素直に楽しんだだけの自分はやはり鑑賞眼なるものはないのだと劣等感を増幅させた。自分に芸術は解る訳ないと言い聞かせた。額にしわを寄せしかめ面で見る映画が芸術だろうと思った。
ところがアメリカに来てみるといたるところで黒沢映画祭があった。スクリーンに三船敏郎の名前が出るとパチパチと拍手が起こる。おおっぴらに楽しんでいる。人気の在りようにびっくりした。日本にいながら日本の宝物を見過ごしていた感じがした。話のネタにしようとできるだけ見に行った。おかげでだいたいの作品を見た。そして鑑賞するごとに黒沢明のファンになっていった。アメリカで、頭でっかちだった芸術観が溶解していった。
知識とは厄介なものである。アメリカ文明の恩恵を享受しながら、同時に彼らは朝日新聞を読むインテリではないと内心で見下す面もあった。知識と事実との間のねじれだが、認識の問題は複雑かつ深いものがある。何万巻の仏典を読んでもわからないことばかりだ。
高尚な芸術を理解する能力はないと思い続けた偏見が崩れたひとつの契機には次のようなこともあった。遠藤浩一氏が「正論」に「福田恆存と三島由紀夫の戦後」を連載されていた。2009年七月号に「文学座」の杉村春子とふたりの偉大な作家との確執が書かれていた。福田恆存は文学座のための劇作家だったが退座して劇団「雲」を創った。彼のあとに三島由紀夫が劇作家として入ったがまもなく辞めた。遠藤氏はその経緯を忠実に書き記していて、当時何があったか知るのが楽しかった。自分が生きていた時代のことだが全く知らなかった。
文学座や福田恆存氏の劇団に関する断片的な事件は朝日新聞で読んだことがある。芸術音痴の下々にとって重要なことは、杉村春子は常に”大女優”と冠されていた。だから舞台は見たこともなく演技とは何かを知らない素人でも、杉村春子と聞けば大女優だと想起した。あとで小津安二郎映画に出演しているのを見たが、自信と貫禄があって上手な役者だった。問題は大女優の評価が観客どころか一般人にまで常に刷り込まれていたことだ。
278 ページに、ある退座する俳優と話し合ったこととして次のような言葉が記されている。「団体を取れない時の切符をさばく苦労は知っているでしょう。」と。
つまり金を稼ぐために舞台で演じていたというのだ。誰が団体なのだろうか。労演だそうだ。サヨクの労演が喜ぶような演目でなければ大量に切符は売れない。大女優はサヨク政治団体が喜ぶものを演じていた。全部とは言わないが、大女優の大きな関心事の一つはカネだった。わかりやすい。
楢山節考や杉村春子の舞台を見に行くのはサヨク団体が多いということになる。サヨクは朝日新聞を読み、朝日新聞はサヨクそのものだ。朝日は大衆動員しやすいように杉村春子の冠詞にかならず大女優の形容詞をかぶせる。楢山節考の場合はカンヌ映画賞受賞と持ち上げる。内実は商業主義というか金漁りなのだが、表向きは芸術至上主義だったり、表現の自由だったり、純粋文学だったりする。高尚に聞こえる言葉で飾り立てる、洗脳する。新聞雑誌の文章にはウソが散りばめられているようだ。

 

映画時評(1)

映画時評(1)         05/06/2011

2006年の三月だった。あるユダヤ人のおばさんが見せたい映画があるからいらっしゃいと言ってきた。六十歳過ぎで離婚の手続きを進めていて、不幸な時期の人だった。離婚する相手は離婚のアドバイスを職業とする人だった。弁護士を介在しないで安く離婚する方法ができている。新聞記事にはなりにくい人間模様である。断るのも失礼と思い出かけた。
一本のVHSテープがプレーヤーに入れられた。画面に「楢山節考」のタイトルが白黒で跳びだす。ドキッ。原作は深沢七郎。エッ。主人公は緒形拳、こんなところに。そしておどろおどろしい映画が始まった。
朝日新聞でなんどもカンヌ映画祭で最優秀賞をとったと枕書きをつけて記事になった映画だ。それまで見たことはなかった。深沢七郎は出版社の社長夫人が殺された原因となった悪徳小説を書いたとして有名だった。そんな人間の小説を原作とした映画に緒形拳が出演する。俳優は金のためならなんでもするのか。監督は今村昌平。
最後まで見たが、見るに耐えない気持ちの悪い映画だった。舞台は東北の寒村、農家だけの村で、年取った母を主人公の緒形拳が山奥に捨てに行くのがクライマックスだ。延々と母を背負って険しい山道を歩いていくと窪地があって、骸骨が諸所に転がっている。以前に捨てられた老人たちだ。そこが母の捨て場である。雪が降っている。母親は着物を着ているのだが骸骨群の周辺には布地が見当たらない。縄文時代の布だって保存されうる。嘘っぱちの場面だとわかる。
洋画に出てくる、ライ病者の谷を真似している。村では一家惨殺がある、泥棒、夜這い、老人虐待、ありとあらゆる悪徳を詰め込んで、不気味な醜悪感を醸し出している。ゾーッ。
日本は聖武天皇の時代から火葬が標準である。何体もの骸骨がゴロゴロしている場所はない。明治というより徳川時代から親でも子でも遺棄したら犯罪だ。普通の家庭の主人が母親を捨てるか?さすが殺人事件を惹起した深沢なにがし。こんな汚穢極まりない映画が金賞とは。カンヌ映画祭とはなんなのか。
頑丈な造りの家の中に神棚や仏壇はなかった。異様だった。それは人が生きる時の心の中の規範と拠り所がないことを意味する。唯物論とはよく云ったものだ。日本人をウサギや豚のような肉の塊と観ている。食って寝て罵り合い殴り合うだけの人間を日本人だと描いている。大和精神と大乗仏教を除いたら牛や鹿のような動物と大きな違いはないかもしれないが。
田舎を舞台にした映画ではよくお寺や神社が出てくる。子供達が境内で遊ぶ。自然と伝統の中で成長するのが日本人だ。ところがこの映画には本が映らない、読書や書き物をする動作もない。読み書き算盤がない明治の田舎なんて日本にあっただろうか。
立派な構造の日本家屋はふだんに掃除と修理が必要だが、そのための道具、職人、人の和が見られない。古事記に描かれているような笑いがない。こんな日本はない。背筋に薄ら寒いものを感じた。
終わってから、暗闇を除いた気分覚めやらないままに、「これはフィクションだよ、事実とは程遠い作り話だからね。」と念を押した。すると彼女は、「何を言うか、これが日本だ。お前は日本を知らないのだ。」と言い返してきた。日本語も解らず日本へ行ったこともないのに。
江戸時代の古文書を読む会に参加したことがあった。四国の片田舎の庄屋の土蔵にしまってあった手入れの行き届いた文書群に囲まれた数日間だった。大阪から講師を呼んで村人に話した内容が達筆で記録されていた。大半は親に孝に、兄弟仲良く、隣近所協力しあってという道徳物だった。中央に先生がいて、地方人が呼んで人の道を学ぶ江戸時代の仕組みが理解できた。往来と情報の交換は、人が日本列島に住み着き始めたとき以来、想像できないほどの密度とスピードでなされていたのだ。
松前藩ではアイヌについて、貧窮者の無いように、独り住まいの寡婦の無いようにと出先機関が指導していたという。姥捨、一家惨殺などあれば大問題になったはずだ。教科書にも乗っていただろう。
現実の明るいまともな日本人を憎んで、頭の中で邪悪な人間像を拵えるのが芸術なのか。2011年三月十一日の東日本大震災、大津波で世界に放映された被災者の姿こそありのままの日本人だろう。映画監督に代表されるインテリは世界が賞賛する日本人を憎むのが仕事らしい。インテリとは人間嫌いの別名だろうか。
どうしてこんなことになるのか。一つは唯物論、つまりマルクス主義共産主義を信仰しているからだろう。もう一つは対極に位置しているようだが、戦後のアメリカの洗脳だろう。洗脳工作を仕掛けたのは共産主義者ルーズベルトの手先なので、ともに唯物論者ではあった。
文芸春秋一月号2011、に弔辞の特集があって、俳優北村和夫が今村昌平に弔辞を送っていた。映画仲間の腐れ縁か。「うなぎ」なる映画でもカンヌ映画祭で金賞を取ったという。監督の作風がガラリと変わることはないだろうから、やはり醜い反日映画だろう。機会があれば、自説を確かめるために一度だけ見たい。正体は分かっているから論評する価値はないだろうが。
同じ号に民芸に所属していた女優北林谷栄に黒井千次が弔辞を読んでいる。彼女は老け役が得意だったという。文才があって「楢山節考」を脚色し舞台で自らおりん婆さんを演じてはまり役だったそうだ。若いけれど老けて見える女性が才能の限りを尽くして人間の暗闇をほじくり出し言葉を紡いでいた。情熱をかける場を間違ったのじゃないか。骸骨が散在する姥捨山など日本にないのにあえて妄図を作り上げる。醜悪汚穢のネタを探し出そうとする真面目な探究心は形容のしようがない。普通の日本人がそんな舞台を見たいだろうか。