映画時評(10)

映画時評(10)   二つの東京物語

「東京物語」が世界一の映画だと発表されたのは21世紀に入ってのことだったと記憶する。小津安二郎監督の名を知って、日本最高の監督は黒澤明ではないことに驚いた。すぐDVDを手に入れ小津作品に触れはじめた。
原節子、笠智衆主演だが、親子の絆の断絶、家族の崩壊を予兆させる利己主義、戦後の貧しい日本、尾道ー東京の列車旅行など、西洋人が好みそうな映画である。それでも貧しい建て付けのアパートや古材製の机を並べた事務所には清涼感が漂う。巨匠は美を追求せずにはいられなかった。
1953年の小津作品から50年経ってほぼ同じシナリオで「東京物語」がリメイクされた。作為的で汚いと感じた。松たか子、八千草薫、宇津井健だが、ハリウッドドラマ仕立てに改変され、演技は原作の真似ばかり。シワのない老婆、深みのない結末、違和感ばかりが残った。
感想をあるブログに投稿したところ、趣旨に同意した上で山田洋次監督はサヨク共産党だから映画の質が悪いのは当然だという返事だった。サヨク思想が文化を破壊する事実に目を開かされた。共産主義には美を創造する力も動機もないという。ボリショイバレーの「白鳥の湖」が汚い理由も同じだろう。日本の映画監督はサヨクばかりだというが、それなら偏見と断罪に醜悪、日本悪玉の物語しかない。日本にはサヨク思想が蔓延して居る。
愛染かつらの日本を取り戻すのは容易ではないが、小津安二郎はわれわれ日本人に、回帰すべきもの、護持すべきもの、創造すべきものを戦後の混乱を描きながら映像で残してくれた。

戦後の日本が汚くなったのは残された写真でわかる。明治の男女は内面の叡智が浸み出したような顔と姿勢をしている。アイドルと呼ばれる現代の若い女性達には内智があるのか心配になる。勉強はしているし真面目だ、潜在能力に遜色はない。しかしポイントがずれている。個人主義拝外思想に汚染されている。
アメリカ占領軍は日本を否定し悪玉と断罪した。では何を肯定し称揚したかといえば、外来文化、外来思想、外来宗教だった。特にアメリカの華美な文化だった。香淳皇后の実家はキリスト教の聖心女学院になった。日本古来の思想や歴史を研究する学者は大学から追われた。暴力、セックス、革命、断罪映画が次々と作られた。人々はしだいに外来の異質文化に狎れていった。
中曽根内閣の官房長官は後藤田正晴代議士だった。田中角栄の懐刀でカミソリ後藤田と呼ばれた。彼は警察庁長官を務めた経歴の持ち主だった。悪人を捕まえ懲らしめる警察のトップなのだ、悪者を退治してくれると誰もが期待した。
ところが任期中に悪を退治する場面はまったく無かった。日本はそれほど平和で安全なのかと安堵した。
しかし日本は安全だったのだろうか。日本人拉致を北朝鮮が認めた2002年九月十七日以降、さまざまな裏話が報道された。どうやら警察は北朝鮮工作員による拉致を突き止めていた。ところが上層部に報告すると握りつぶされたようなのだ。警察は正義のために働かなかった。トップは警察庁長官である。関与が疑われた朝鮮総連はそのまま、悪人と悪組織はやりたい放題だ。清明な社会が現出するはずはなかった。
今も本名や国籍が隠されるケースがよくある。犯罪の実態が明らかにされないからどう対処すべきか分からない。国会議員の二重国籍問題が発覚した時、国民は大騒ぎしているのだから何らかの解決策が示されると期待した。ところが安倍内閣は何の見解も出さず、何もせず問題は一つも解決されなかった。なぜだろうか。オーストラリアが直ちに法改正を行なったのと対照的だ。
安倍晋三の「日本を取り戻す」は歯が浮くような標語かもしれない。いつまで経っても理念と具体策を示さなければ嘘つきと言われても仕方がない。そして日常的に争いが起き混乱の中で人々の顔から笑顔が消える。
最近、安倍首相は青少年の未来のためにと言い始めたが、共産主義者の言葉に似ていないか。共産党議員は理想とか未来とかばかり言っている。自分発の内的な実績がないから、事実ではない外国発の抽象的な言葉しか唱えられない。

日本を取り戻すにはどうしたらよいか。われわれは、文明、文化の積み重ねである、かつて在った美と美を作った心を学習し、習得し、実践し、洗練し、そして次世代に伝えるべきだ。それが日本人が日本人に成ることだ。
具体的には教育勅語、十七条憲法、古事記などに触れること。万葉集や源氏物語、古今和歌集や平家物語など、日本人自身が作ってきた遺産に親しむ。
仏教は外来思想であるが聖徳太子が取り入れられた知恵を尊重しよう。日本語は論理的な徹底性がない。法華経、華厳経、大智度論、正法眼蔵などを読めば日本語の欠点を克服できる。仏典を学習するにつれ、智慧の深さに感動するだろう。
思想だけでなく身体を使っての実践も必須条件である。武術、音楽、坐禅などが日本人を作ってきた。昔の日本人には手や指の動き、足や身体の所作をマスターした人が多かった。その結果が美しい日本となって顕現した。

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