木花佐久夜毘売のクニ
木花佐久夜毘売(コノハナサクヤヒメ)は、古事記によると、天孫降臨された邇邇芸命(ニニギノミコト)と結婚された地上出身の女性である。邇邇芸命は天照御大神の孫にあたり、大八洲(オオヤシマ)、日本列島を知らせとの神勅を受けて天降られた。知らすとは実際には統治する意味になるが、文字通り知識智慧技能でもって人々を導くことだ。
明治憲法の第一条、大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す。統治すの部分ははじめ知らすだったそうである。外国では戦って勝つことが独立の条件だが、日本だけは知識知恵を磨いて建国し国家を経営してきた。五箇条の御誓文も国歌君が代も闘争を奨励していない。戦争や災害への備えは知識の一つとして常に怠ってはならないが、日本人の日本人たる所以は智慧によるのであって、粗暴な闘争や強奪強制ではない。
邇邇芸命は神勅の通りにコメや雑穀の栽培方法を知らせたので民が安心して生きていけるようになった。われわれがいただくご飯は邇邇芸命に発する。誠に天から降った偉大な存在である。木花佐久夜毘売は奥さんだから子供を育てる以外にことさら偉大である必要性はないだろう。しかし実際には日本を比類なきクニにした方だった。
それは名前に表されている。木花(コノハナ)とは木の花、とりわけ桜の花である。桜は万葉集にもたくさん歌われており、梅やムクゲとは別格の存在だ。桜には日本人は慣れっこになって花より団子などと揶揄するものが多い。しかしアメリカでは、死ぬまでに一度は満開の桜を見たいと願う人は少なくない。彼らは無意識のうちに、天孫と結ばれた木花佐久夜毘売に憧れている。
お城や川端や公園で花見に興ずるのもいい。目を見張るほど美しい桜並木に入って甘い匂いに浸るのもいい。吉野山をはじめ山全体が桜という景色も見事である。深い山に一本二本と桜の大木が花をつけている図も捨てがたい。誰かが何百年前かに植木したのだろう。山桜って自生木だったかも。しかしほとんどの桜は人が植えた。街でも山でも日本人は桜を愛でてきた。そして森林の景観まで変えた。
アメリカやヨーロッパ、というより外国では山に花の木がない。新緑や紅葉は葉が大きいだけに豪勢だが花木は目につかない。森林を見ても伐採以外の知恵は湧かなかったようだ。近年に至って庭木や街路樹には花木が植えられる。木蓮が多い。公園には桜、日本の植木屋が仕事したのだろう。ところどころの庭にムクゲや芙蓉がある。
りんごは Apple で食べるためにたくさん多種類植えられている。桜科だったと記憶する。普通の人は実を収穫するのがリンゴの木だと思っている。うちには四十年ほどの Crabapple という花木がある。花専用に特化されたリンゴの木で、赤や白やピンクなど色とりどりの種類がある。
実をつけるりんごは春先に薄いピンクの花をつける。たくさん咲くから豪華で、甘い匂いが漂う。何割かの花が受粉してリンゴになり秋に熟して食べられる。
普通のリンゴの花が綺麗なせいなのかもしれないが、 Crabapple は今一つ人気がない。花だけでは食欲が満たされないからだろう。実はなるのだが固くて小さい。店頭で売っていたので調理法を聞いたら誰も知らなかった。
うちの Crabapple は五月はじめに満開になる。一本だけだが大きく、白い花が咲き誇る。ピンクのクラブアップルもあったのだがなぜか枯れてしまった。ある年近くを通りかかると甘い匂いとともにブーンという羽音が聞こえた。小さい花々に蝶や蜂や昆虫が群がっていた。春の日差しの下で無数の小動物が花蜜を求め花粉の周りで舞っていた。なんの音も発しないはずの木が唸っていた。
なるほど。人間にとってはリンゴの実だけが目につく、食欲の対象だから。しかし蜂や昆虫にとっては花こそ食欲の対象だ。花蜜がある、花粉も蜂蜜になる。花と蜂と昆虫が共存する。昆虫を食べる鳥も来る。花の香りをめぐって生命の饗宴が行われる。
Crabapple の木は大きいのだが一つ一つの花は小さい。実がなるリンゴも多くの小さい花をつける。桜科の木には小さいがたくさんの花が咲く。
大きな花の種類もある。もくれんは椿より大きな花をつけ大舞台で見栄えがする。うちの白い木蓮は泰山木のような大きな花をつけた。花の数は少ない。芍薬もたくさんあるが花が大きく茎で支えきれない。数が問題になるのは、いくら甘い蜜を産しても少ない花では多くの小動物を養えられないからだ。小さな花をたくさん咲かせるのが花木としては一番生産力がある。
コンフリーは丈夫な植物で繁殖力が強い。緑色の葉の間から小さな花がたくさん顔を覗かせる。しかも花が咲くシーズンが長い。蜂類がしょっちゅう訪れるしハチドリも来る。小さな花の効用に気がついて、雑草として刈り取るのはやめた。タンポポや紫の花など、小さく数の多い花々も刈り取らなくなった。
桜は実をつけない、花は小さくお城の堀などに散ったら数が多いから腐って掃除が大変だ。なんで日本を代表する花なんだろうと疑問に思ったこともあった。綺麗なだけじゃ腹膨れないし、甘い匂いになんのご利益があるのか。見るだけなら藤、蘭、アサガオなど大輪の花を賞でる人がいるのも頷ける。
邇邇芸命がもたらしたものは主に食べられるもの、団子であった。食欲を満たすもの、命をつなぐものの大切さは誰にも分かる。貧富、強弱、性別を問わない直接かつ普遍的真理と言える。
地上で迎えた木花佐久夜毘売は自然の美と生命の力の両者を増進する方だった。すぐ強奪できるような底の浅い美や生命力ではない。自然の機微を理解するには深い智慧が要る。日本人は太古の昔から、小さな花を無数につける桜が、見た目も美しいが生産力抜群だと知っていた。どこに行っても桜が生えているのは日本だけだ。日本は木花佐久夜毘売の国だと改めて思いを致す。