木花佐久夜毘売のクニ(2)

木花佐久夜毘売のクニ(2)

新天皇の即位礼正殿の儀は令和元年十月二十二日に行われた。甚大な被害を出した台風19号が通り過ぎた後でお祝い気分にならず、当日の朝は雨であった。多くの国民が憂鬱になっておかしくない状況だった。
儀式が始まるとピタリと雨が止んで晴れ間が現れた。YouTube には皇居の上に虹がかかった画面が挙げられた。映像技術が発達した今日ではヤラセじゃないかという疑惑も抱かれた。複数の投稿があったので虹の実在が確定した。雨で塵芥が洗い清められたのだろう、富士山も見られた。それも初冠雪の姿で。
YouTuber には若い人たちが多い。競って虹や富士山の写真をあげて天も神も即位の礼を寿いでいると喜びを表すのは驚きだった。綺麗な景色を国の儀式に結びつけてはしゃぐ若者たちの素直さに日本の明るい未来を見た。
私の若い頃は、儀式と虹と富士山の間で、科学的に実証可能な関係があるか論争した。フランクフルト学派の批判哲学そのまま、朝日新聞全盛期、暗黒時代だった。
虹はイザナギ、イザナミの命(みこと)が大八洲(日本列島)を作るために天から降りた時の橋であった。虹が新天皇がおられる皇居の上に掛かる意味の重大さがわかる。古事記が書かれた712年が令和元年にピタリと重なった。

令和元年は今上天皇が即位した年である。明治以来一世一元号を使うようになったから即位と元号の関係がわかりやすくなった。
日本は神武天皇朝である。神武元年はいつだろうか。本当の即位年はわからないほど古い。とりあえず西暦から660年古いと決められた。神武元年から今年がいつになるかというと、2019+660=2679年だ。神武元年から数えた年を皇紀というから、今年は皇紀2679年、令和元年ということになる。
静岡浅間神社では即位礼の日に桜が咲いたという動画も流れた。慶事と受け取られた。天皇、富士山、桜が日本であろう。
富士山の麓には点々と浅間神社が建てられている。ご神体はもちろん富士山だ。孤峰で美しい円錐形の富士山は信仰の対象になる。しかも山頂は平らに見える。そこは高天原と比定されるにふさわしい。
山部赤人が「田子ノ浦ゆ うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」と謳った光景は、すべての日本人の目と心に焼きついた。長歌は忘れたが、これが日本と感じられる歌だった。どうやら日本は富士山が見える関東平野に居た人々が作ったと田中英道氏は指摘する。古事記以前の話である。
浅間神社は神奈川県と静岡県に点在するが、木花佐久夜毘売を祀っている。「日本の起源は日高見国にあった」(田中英道)コノハナサクヤヒメは神武天皇の曽祖母に当たる、天孫降臨された瓊瓊杵命と結婚された。木の花は桜だ。
天皇、富士山、桜は古事記以前から日本人のこころに住み着いたシンボルだった。若い YouTuber たちが虹だ、富士だ、桜だ、新天皇だと大騒ぎする。彼らは日本人を愚かで怯懦にしようとしたアメリカ占領軍と、その忠実なしもべである学校教育者の策略を簡単に飛び越えてしまった。なぜなら彼らは日本人だから。

儀式の中心は新天皇が天皇位に就いたと宣明(宣言)されることだった。宣明のとき憲法に則りと言われた。自分勝手に正殿に上がったじゃ誰も認めない。即位の裏付けは日本国憲法ですよと明かされた。
明仁天皇がよく自ら日本国憲法を守りとか象徴天皇とか言われた。象徴天皇なんて日本語じゃない。なぜ変な単語を使われるのか不思議だったが、即位礼に従ったお言葉だったようだ。その裏には文章を推敲した学者がいるはずだ。憲法学者たちが目を光らせている。
違和感は残る。本来は天照大御神の御神勅に則りであろう。平成天皇以前は、すべての天皇は二千年以上、日本国憲法を根拠に天皇位に就くことなどなかった。明らかに占領の残滓が残っている。日本を取り戻すのは容易ではない。だが、いつかは成さねばならない。

数ある動画の中で、教科書で最初に出てきた天皇は聖武天皇だったと語る若い人がいた。聖武天皇は大仏建立や百万巻写経を行なった偉大な天皇である。しかし最初はないだろう。どこか変だなと考えていたら皇后が光明子だった。平民からの入内を印象付けるための役だ。サヨクフェミニストに乗っ取られた教科書だ。
竹田恒泰氏の教科書では天武天皇が最初に出てくる天皇の名前だそうだ。このことは大きな意味があって、国の形を整えたり、伊勢神宮の式年遷宮を定めたり、古事記の編纂を発願された天皇だったからだ。現在のわれわれは神武王朝、天武天皇体制の中で生きている。
初代神武天皇を教えないのはあまりにひどい。文科省には売国奴のように外国や特定グループの手先が巣食っている可能性が高い。彼らは平和な日本を満喫しながらハニトラ、マネトラなどで絡め取られているのだろう。
売国奴で気をつけねばならないのは、彼らは革命や戦争になると真っ先に殺される運命だということだ。理想の共産主義国ソ連へ密出国までしてたどり着くや銃殺刑にあった日本人青年は少なくなかった。理想を追い求めた若者の悲劇。この歴史的事実だけ見ても、理想は妄想の一種に過ぎないことがわかる。
日本人として義の国、美の国、知らす国に生まれた。縄文時代からの永い歴史も持っている。生まれたお国のために正々堂々と働くのが一番だ。

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