糖病記(8)SCIATICA, 座骨神経痛
令和元年十一月二十五日(月)のお昼前、バス停から隣町の中心街に向けて歩いていた。マイペースでリュックは軽く、道は平坦で気温は涼しかった。枯れ葉が落ちた木々の間から川面や対岸の家並みが見渡せた。何もかも平常で平穏だった。
突然なんの前触れもなく右足のふくらはぎ、右下下肢の裏に小さな痛みを覚えた。あれっという感じ。真っ直ぐ歩けなくなって、右足を外側に向けてびっこ歩きにした。まもなく痛みが下下肢から上下肢へ、太腿の裏に上がってきた。右足の裏全体が痛む。力が抜ける。ペースを落として歩く。一歩一歩痛みの程度を味わいながら歩を進めることになった。生まれて初めての経験で、年齢のせいだろうと思った。
そこから6キロの道のりを歩き切って帰宅した。激痛ではなかったのでごまかしごまかし歩き続けることができた。不快感は続くが掃除や薪割りなど日常行動には差し支えなかった。むしろ動き回って仕事すれば痛みも忘れ気分も良い。ところが座ると耐え難い痛さがつのる。太ももの裏の神経を圧迫するのが一番悪い。特に坐禅の姿勢は辛く坐り続けることができない。正座も一時間は長すぎてできない。
最初に痛みを感じたふくらはぎは、長時間圧迫する姿勢がないためか痛かったことをすぐ忘れてしまった。いつの間にか痛みそのものも消えた。治癒と言えば治癒である。太もも裏の痛みはひかない。そして腰回りに痛みが伝染した。一番楽な姿勢はうつ伏せで寝ることになった。
週末に友人夫妻が来たので座るのが苦痛だと相談した。二十代の彼女は「それはSciatica という、私にも経験がある。」と云った。「6週間くらいで治る。治療用の簡単な体操を教えてあげる。」という展開になった。若いのはいい。老化が原因なら治らないという暗澹たる気持ちは変わらなかったが、とにかく症状名だけはわかった。辞書には「座骨神経痛」とある。
人体には5個の腰骨がある。脊椎の下部でヘソの裏から下にある背骨だ。背骨は神経を保護する役目をしていて、頂点は小脳に接続する。腰骨から三本の神経が出ていて、それらが骨盤を通るときに一本にまとめられ太腿の真後ろを通り、ふくらはぎを通り足首に達する。それが坐骨神経で、神経の中では人体で一番長い。
神経は鞘の中に入っている、というか神経鞘が保護している。だから神経は外部から切断されない限り損傷することは稀だ。ほとんどの神経痛は神経そのものからではなく、神経鞘が圧迫されたり位置がずれたりすることから来る。
ふくらはぎが痛くなったことはいまだに解せない、神経鞘圧迫の理由がないからだ。毎日ではないが8キロ歩くのが習慣になっていた。わずかの偏った歩き方が、数年すると無理が出てきたのだろうか。
はじめに絶望ありだったが、一週間、二週間と経つうちに現状認識が変わってきた。友人の希望的忠告も力になった。治療法はあるかというとはっきりしない。薬もあるがどこまで信用できるか分からない。医者に診てもらうにしてもネットの情報以上の診察は期待できない。鍼も勧められたが痛いのはいやだ。神経を刺激して神経痛を治すのは理論的に無理がありそうだ。MRI 検査しても効果あるかなあ、というような状態が続いた。ひょっとしたら時間と休息が一番効果があったりする。
神経鞘の圧迫が問題ならば圧力を除くことが大事だ。次に正しい位置に神経鞘を置き直すこと。まず痛い箇所を指圧したのだが、逆効果だと気がついてやめた。指圧は血液やリンパ液が流れる筋肉の異常には効果抜群だが、神経鞘を圧したら壊れてしまう。神経鞘は体幹を正して歪みを除くのが一番だろう。放っておけばよい状態で休息させるべきだ。整体法に体幹を下から上までまっすぐに治す姿勢がある。中腰で壁に背中を押し付けるだけだが、藁をも掴む一心で一日十回以上やった。
食事だけは腹一杯食べた。食事を摂ることは生きるエネルギーと栄養を摂ることだそうだ。寝ている間に細胞が新陳代謝される。新しい細胞の材料を供給しなければならない。ご飯と味噌汁が一番よい食材なのだそうだ。脳も肉体も十分な栄養が必要だ。そのせいもあるだろうか、痛みは少しずつ減り始めた。
十年以上前の話だが、ニューヨークで本屋へ歩いて行く途中両脚の付け根、腰と脚の境目が痛くなったことがあった。前両側が同じように痛いからびっこ歩きにはならなかったが、ゆっくりゆっくりコンクリートの道を進んだ。マンハッタンの真ん中で行き倒れになる悪夢が頭をよぎった。
本屋で何冊か買い求めて帰ったのだが、その中に剣術家の本があった。柔軟体操は筋肉を弱体化させるだけでなんの意味もない、老人になればみんな筋肉が弱って柔軟体操が楽になるとあった。身体の捉え方に落とし穴があったと気がついた。
当時は柔軟体操に熱を上げていた頃で、立った姿勢から掌が床についた。真向法を教えてもらって、開脚で座って前傾すると腹が床に触った。股割りが気持ちよかった。達成感が半端なかった。
柔軟体操は手足が届く範囲を伸ばし身体の動きが柔軟になる。知識としても実践としてもある程度学んだほうが良い。同時に身体を痛めつける面があるので良い指導者がいなければしない方がよい。股割りもやりすぎたのだろう。ニューヨークで痛みを覚えて以来、弊害を認めてそれきり極端な柔軟体操はやめた。痛みはいつの間にか消えた。ある種の神経症ではなかったか。
大きな神経症は2回目だ。今回も治るかもしれない。