存続と存在 (1) 08/04/2011
2007年の四月にアルミの梯子を五百メートル担いで両肩を痛めた。その時「いかに長くダンスを続けるか」という本を読んだ。アメリカ文化の中心はダンスだと知ったのはいつの頃か忘れたが、どんな田舎でもダンス教室がある。ミュージカルはダンスと唄が基本だし、テレビのダンス番組は人気が出る。よく見ると男女の別なく、テレビ出演者の身ごなしでダンスをしてきたなと感ずる人が多い。
舞踏会の映画を見るとリズムに乗って楽しく踊っている。ワルツをはじめとするグループダンスははじめ異様に見えたが、映画とは何か、人や文化とは何かと理解が深まるにつれ受け入れられるようになった。
しかしどの世界でもプロ級となると身体を極限まで酷使する。ダンスの練習で怪我する人がでる、体調を崩すと生活に支障をきたす。アドバイスの需要が出てくる、それもかなり高度な知識が必要となる。アメリカにおけるダンスの地位は高い。
その本に、ほとんどの筋肉の痛みは筋肉を包んでいる保護膜の損傷から来るとあった。保護膜が自然治癒するには六、八週間かかる。それで医者に行かずただ怠けていたら、七週間ほどで痛みは消えた。有用な知識が手軽に得られるのはありがたい。
2009年の九月に左肩を痛めた。前回と同じ症状だと思って静養した。十一月になると痛みがかなり引いたので落ち葉掻きをした。するととたんに激痛に変わった。五十肩と診断され五ヶ月間の激痛に苛まれることになった。苦痛の中心は左の肩甲骨で、そこから左腕、指先まで、車のドアが開けられないほど痛く、痺れた。ときどき血の流れが間欠的になった。
痛みを取る方法はいろいろ聞いた。鎮痛剤を飲む。薬物を注入する。それらは多種類あって、中学生や高校生も使用する。アメリカンフットボールやバスケットボールの選手たちは小学生の頃から練習する。怪我する者は数えきれないからさまざまな治療法が考え出される。マッサージ、指圧、整体法 (Physical Therapy) も発達した。
薬物注入は即効性はあるだろうが副作用も考えられる、根本的な治療ではない。結果から見直すと時間が最良の治癒法だったのだが、指圧と整体法に頼ることになった。指圧師に全身を揉まれると楽になることが多かった。整体法は魔法のように効くことがあるが、別稿で述べる。
指圧に毎週通ううちにツボの場所や圧力の掛け方に慣れた。自分でやっていいと了解を得てから、手が届くツボに触れるようにした。改めて腕や手足が暖かく柔らかいことに気がついた。知らず識らずのうちに言葉の使用だけに慣れてしまい、腕や掌が生きていることを忘れていた。
生きている体は暖かく柔らかい。言葉は体温がなく硬い。言葉の戦い、思想戦争、情報謀略戦争などが繰り広げられる根本は、言葉は無重で体温を持たず硬直しているからだ。宗教戦争が熾烈なのも、宗教が冷たい言葉で表現されているからだと言える。硬直した言葉を応酬するのは刀剣を振り回すのと似ている。言葉は剣であるとか道具であるとかいうアメリカ人は少なくない。言葉に指令された通りに人が動くと軋轢が生じ、破壊を伴う争闘が予想される。というより現実のように思える。 (参考までに、身体に聞くという表現がある。)
初歩的な指圧の要領は、筋肉の痛い箇所を 20 秒圧して放す。左腕の痛点を押すことから始めた。腕は骨、血管、神経、筋肉などが独自性を保ちながら絡み合ってできていることを実感した。骨も指圧すると楽になる。すると別のところが痛くなる。そこを圧して、また次へ行くを繰り返した。
そのうち指圧しているのは本当に骨だろうかと疑問になった。骨はカルシウムの塊だ。だから石のようにとはいかないまでも硬いはずだ。ところが圧すとわずかだが粘土が凹むように変形する。ということは、薄い皮肉に触っているわけだ。骨も皮膜に包まれている。皮膜だから圧力に反応し、リンパ液の巡りが良くなると楽になる。
骨や筋肉が皮膜で保護されているならば、血管や神経も皮膜で包まれているだろう。生体のあらゆる器官は重層的な保護膜で覆われていると考えてよい。われわれが触れたり圧したりできるのは血管や神経そのものではなく保護膜だ。保護膜は外側だから損傷しやすい。毀損するとキリキリ痛む。痛みは保護膜が修復されるまで続く。
普通に食事し運動し働くならば、人の身体は細菌による病気になったり痛に負けたりしない強靭性と柔軟性を持っている。主に筋肉が発する体温と体細胞の隅々まで湿気をもたらすリンパ液の役割も見逃してはならない。皮膚は肉体の最外側で身体を保護する。消化器官は皮膚を反転したものだから、人は内と外から保護膜に包まれている。生存の現実は保護膜に守られているから可能だ。
普通、ひとは皮膚の三分の一が火傷すると生きていけないそうだ。皮膚には呼吸や発汗作用だけでなく、まだ解明できていない身体を保護する精妙な役目があるのだろう。火傷の危地を脱したとしても、鎮痛剤がなければ死よりも辛い激痛が襲う。痛は保護機能の重要性を識らせる。
皮肉骨髄は誰もが知っている。達磨大師が四人の弟子に対してそれぞれ皮と肉と骨と髄を得たと証明された。二祖慧可大師は髄を得られた。話を聞きながら、髄は骨よりも身体の中心に近い、外側の卑近な皮より重要だと理解した。それは同時に慧可大師の悟りや見解の方が他の弟子たちより優れていたことを意味する。
学生時代通っていた寺の和尚さんは、悟りに敬重はないみんな平等な仏法を得られたのだと強調された。すると当方としては、強調する必要があるほど皮と髄との重要さには歴然たる差があると思った。
今考えると、髄は身体の中心にあるとはいえ骨肉皮がなければ存在できない。だからそれぞれの重要性など比較できない。田舎寺院の和尚さんの方が正しかった。さらに反省してみると、卑近なものよりも手が届かないもの、目に見えるものよりも見えないもの、端にあるものより中心にあるものの方が偉大で重要で肝心であると何故考えたのか、その理由の方が問題だ。ざっといえば考え方に癖があっただけということではないか。
保護ということになれば皮膚だけではない。空気も水も光も快適な温度も保護者ならざるものはない。沙漠で日干しになることを考えれば、森林も温泉も保護者だ。帰って寝る家に保護され、家族同士が助け合う。村や町での人々も協力しあい保護し合う。
国は長く大きな見通しを持って国民を保護する。