不戯論(2)
たきぎははいとなる、さらにかへりてたきぎとなるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり、前後ありといへども、前後裁断せり。灰は灰の法位にありて、後あり先あり。かの薪、はいとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり、このゆえに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり、このゆえに不滅といふ。生も一時のくらいなり、死も一時のくらいなり。たとへば冬と春とのごとし、冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。
現成公案巻は二段構えで書かれている。仏教一般論で始まり、この段からは個々人の参究修行論が展開される。単なる用語の解説ではなく、修行者はどうすべきかという内面まで踏み込んで物語りが進む。展開の語がふさわしい見事な文章で、魅せられる。なかでもこの段は特に難解で、祖師がたも苦労された。
主題はたきぎとはい、生と死だとまず押さえたい。薪は生、灰は死である。薪は薪の法位に住してとあるから、薪という法の位が存続するのが前提になる。そして生も一時のくらいなりと続く。生も生の法位に住している。
法とは「自性を保持して改変せず、規範となりて物の解を生ぜしむるものの謂」が根本義で、あらゆる物が当てはまる。位はさらに細かく条件付けができる。薪は、乾き具合や木の種類で火力が強い弱いとか一本ごとに差がある。住するは特定の状態が続くこと、薪が薪であり続けること、生なら何十年と生き続けること。誕生から死まで人は同じ名前で特定される。
薪も灰も形があって有限だ。形があるから他から区別できる。有限は時間的にも限りがある。この世は有限者の集まりで出来ている。木の葉や河原の砂は数え切れないほど多いものの代表だが、一つ一つは形ある有限者だ。有限者は一つ一つがかけがえがない、特に生命はひとりひとり取り替えられない。
法位は単なる物ではなく仏法の位である。仏法というとき法は仏の教え、真理、存在物といわれる。究極的には浜の真砂の一粒一粒に至るまで仏の慈悲と智慧に抱かれて実在する。その奥深さを薪の法位に住してといわれた。
無限、限りがないとは差異も変化もないということだ。グローバリズム推進者は世界中に同じ建物を作り同じ高速道路を作り同じ車を売った。
薪という有限者は燃えると灰に変化する。木の形を保つ薪と形をなさない灰は似ても似つかない。断絶、矛盾関係にある。薪が灰になるような生成変化は毎日毎時いたるところで起こる。花が咲き実が成る。小鹿が生まれ親鹿が老いる。山が出来崖が崩れる。この世に現れる生があり、生あるものは必ず滅する。
薪が灰になったら、薪はさきで灰はのちである。この客観的な事実を、灰はのち、薪はさきと見取すべからずと否定された。「しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり、前後ありといへども前後裁断せり。」仏の見方は常識と異なる。薪は前後関係で燃える。「薪の法位」は前後が裁断する。根本は「自己の法位、自己の人生」だ。「かへりて薪となるべきにあらず」と常識外れのイメージを明確にされた。
のちありさきありは因果関係が続く、前後裁断せりは断絶する。因果関係は苗から芽が生ずるように客観的にあるように見える。しかし水がなくて芽が出ないこともあり、予期せぬことはいつも起こる。むしろ因果関係のパターンで見るから因果が見えるという見方の問題もある。「見取すべからず」の語が生きてくる。薪と灰は法位が異なる。時間的に前後連続しているように見えても、質的に別世界に居る。
同じように、生が死になるのは法位が変換する。死ぬことを考えることはできてのちありさきありだが、死そのものは解らない。死は別世界、次元が違う、前後断絶せりだ。死は解らないことばかり、どこまで不可解か見当もつかない。死とは何か定義できないから死になるとは言えない。生でないのは確かなので不生といふ。同じく不滅から見ると生の奥深さが身に沁みる。
法位とはあらゆるものだが、ひとりひとりの生は一回きりで一時の法位であるのは薪と同じ。法位は自立し自律し、自己たりえ有限である。因縁和合して生成し因縁離散して消滅する。春の法位は冬の法位ではなく、夏の法位は春の法位ではない。一時のくらいが百歳を超える人も、自己は自己の法位をまっとうするしかない。
十二因縁
法位の変換と書いたが、生が死に変わったり薪が灰になる現象を無機的客観的に表現した。考えてみれば仏法のあり方が変わるわけだから、用語法としては不敬、傲慢ではないかと思える。客観的普遍的な正しい言葉を使おうと心がけたのだが、その知恵と態度がすでに仏説からかけ離れているのではないか。
十二因縁は四聖諦のうちの第二、集諦において、釈尊が苦の原因を求めた結果得られた因果関係を公式化された。十二支は無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死であるが、逆観順観など深く広く研究されてきた。無明から発して生と老死に至る因果律である。
仏教とは何か、一言で言うと、釈尊が人生苦に気づき、苦を克服しようと発心修行され、最後に苦の原因を突き止め解脱されたことに尽きる。十二因縁は苦の最終的な原因が無明であるとする。無明を明に変えれば苦はなくなるはずだが、理屈通りに行くなら苦労はない。現実には少悩少病なら上出来だ。
集諦が発見されなければ苦の原因を見極めようとする発想さえ人々には起こらなかっただろう。釈尊の偉大さの証拠であり、難値難遇の教えである。
西欧近代科学思想から見ると、生と死が因果律で説明されることは異様だ。因果律とは客観的普遍的、他人事のはずだ。自分の生と死が混入すると我見、我欲、我慢などが真理を汚染しねじ曲げる。詳述する余白はないので、カントが基礎づけた科学的因果論は普遍的でも客観的でも真理でもなかったとだけ指摘したい。
十二因縁以後仏教界では多くの縁起論が生まれた。ざっといえば宗派ごとに縁起論が展開された。禅は教外別伝、不立文字だから縁起論を創ることはなかったが、仏教理解のために他宗の縁起論を学習するようにいわれた。研究が進み後世になるにつれ、縁起論は常識に近づき、理解されやすくなった。重々縁起論などはすべてを説明する。だからだろう、苦がない、不生がない。他人事の方向に進化した。
仏教は釈尊を開祖と仰ぎ開祖から教えと歴史が始まる。また仏教は正法、像法を経て末法へと法が衰微するとも教わった。
科学技術の進歩が全盛である今日に末法思想など意味がないと多くの人は思うだろう。私も学校知に浸り切っていて末法など受け付けなかった。
もう一度考え直してみれば、釈尊を敬礼信仰するのは当たり前だが、釈尊から歴史が始まるのはおかしい。釈尊が現れるまでにインドでは数千年に及ぶ真理の探究があった。ヨガやウパニシャッド哲学はその成果だ。しかし真理は得られなかった。末法の世だった。
釈尊は自己の人生苦を問題にして、苦からの解脱を得られた。すると真理も同時に見えてきた。嘘ごまかしがあれば安心は得られず、修行参学も間違っていれば解脱はない。他人事ではない自己の解明こそ真理発見の要であり、仏法の真骨頂だった。
無明から生と老死苦に続く因縁は釈尊の一大事であり、同時にわれわれにとっても一大事だ。ところがというかやはりというか、時が経つにつれ、社会思想のような因縁論が現れ、仏の教えも他人事と見做されるようになった。戯論に陥っているように見える。われわれは末法の見方で世を見ていることを知らないだけかもしれない。
科学技術全盛の世に仏教思想は科学と矛盾しないとされる。その理由は双方とも他人事だからではないか。科学が客観的、他人事の真理を追求するのは是として、仏教は他人事であっていいのか。釈尊の原点を忘れてはならないと思う。