不戯論(3)

不戯論(3)

近代西欧文明は科学技術の発達に依存するところが大きい。科学的方法は信頼できるかどうか。科学的真理の基礎づけをしたといわれるのはカントの「純粋理性批判」である。超難解な書物として有名で読みきれなかった。
該書では、人はいかに木や花を認識するかという問題が語られている。桜はいかに桜と見え、琴の音はいかに耳に捉えられるかという問題だ。普通の人は問題にしない、というより考える手がかりさえない。たまに哲学者や賢人の中に鋭い切り込みをする人がいる。インド人もまた同様な問題を追求した。
映像文化が発達した今日では情報発信に従事する人も多い。視聴者がいかに映像を認識するか調査する過程で、錯覚や捏造や偏向報道が注目されるようになった。物は在るだけではなく認識されてはじめて在るという事実が常識となった。認識には必ず認識者の心の仕組みが関与していると論じたのが純粋理性批判である。
それまでは在るものは客観的に在り、人は在るものをそのまま見たり触ったりして覚知していると思っていた。対象と主体、客観と主観は独立して対峙し、相互関係は不明だった。認識は人の心、理性が捉えるのか、外界から多数の似た刺激を受けることで経験から形成されるのか決着がつかなかった。
純粋理性批判にカテゴリー論がある。範疇論と訳されて、文字を見ただけで読む気が失せた。カテゴリーは現代語では認識パターンが当てはまる。認識パターンは自然科学者がよく使う概念である。物事を認識するとは、こちら側の認識パターンというフィルターを通して対象が見えたり聞こえたりすることだ。
カントのカテゴリーは量、質、関係、様相に区分され、それぞれが三項の論理パターンに従って分類されている。分類だからカテゴリーだ。「A はBである」「 Aであれば Bである」「 Aであるか Bである」のようなケースが数えあげられる。論理パターンは思考の形式で心に内在する。「関係」の中の上の三項はそれぞれ実体性、原因性、相互性に対応するとされた。
関係性のパターンは現実世界では空間と時間の中で働く。上の三項目はそれぞれ実体持続性の原則、因果律に従った継起の原則、相互作用の法則に従った共在の原則として働く。因果律が認識パターンの一項として位置づけられた。
他の認識パターンは可能性、現実性、必然性とか、直感と類推、単一性、数多性、全体性、実在性、否定性、制限性などがあげられた。たくさん挙げられた中の一つの認識パターンが因果律だった。

カテゴリー論で図式化され体系化されて緻密な思考がなされたことはわかる。緻密すぎ完璧すぎはカントの名声に現れている。しかし認識パターンはこれだけなのか?複数の認識パターンが並列されると論理的必然性が曖昧になる、提言の初めから確実性に欠ける。そしてカントの認識論は正しいのか。
原因結果の認識パターンによって科学的実験は検証できる。科学的成果が再現可能な実験によって判定されるのは常識になっているが、これは原因結果の認識パターンが適用されているからだ。ロケットの燃焼やガソリン車の安全など最新科学の応用には厳密な再現性と検証の確実性が欠かせない。
カントが因果律を複数の認識パターンのうちの一つに数えたのは西欧思想の現実を反映する。多様な外界を捉えるとき一箇の認識パターンでは対応できない。量的にはどうか、質的にはどうかと最適解をケースバイケースで求めることになる。十二パターンあるとほとんどの状況に応じられる。応用性の広さがカントの偉大さになった。
しかし特定のパターンを採り上げるのは誰か。個人、自我の判断による。個人の概念が認識パターンを支えている。科学的真理の探求だけでも突き止めるのは困難だが、社会、道徳、歴史問題になると複数パターンでは逃げ道が多く論点ずらしも容易だ。
ハリウッド映画ではよく爆発シーンが見られる。退屈になったり筋が行き詰まると爆発炎上させて場面転換する。認識パターンは選択できると思っているから、伝統文化や歴史的な社会慣行は破るためにあるとする主張も通りやすい。暴動革命思想にもなる。因果や常識を破壊したい衝動が漲っているのが西欧社会だ。
一方で、科学的因果律は普遍的客観的な真理で人の見方や感情が介在する余地はない。純粋科学は人の手が入ってはならない。自然の因果だけを追求した結果が原爆の製造になり細菌兵器の出現になった。動物行動学を手本にする人も居る。相対論的人生論、量子論的世界観などを唱える人もいる。
科学的真理は客観的普遍的で絶対正しいと言われるが、カントの「物自体」は認識できない。それはプラトンが把捉できるのは真理の影であって真理自体ではないと言ったことに等しい。真理の根拠はまだ明らかにされていない。

釈尊、仏教の因果律
仏教は因縁果の考え方でできている。釈尊の十二因縁を嚆矢とし、後に続く仏教徒は縁起論を展開してきた。業感縁起論、阿頼耶識縁起論、如来蔵縁起論、重々縁起論などが代表格で、それぞれ深い真理が述べられている。一つ一つ学問するには何年もかかり、「唯識三年倶舎八年」と聞いた。学問研鑽は容易でない。
そもそもなぜ仏教理論は縁起論でなければならないのか。縁起論は因果論だから、仏教はなぜ因果論で語られるのかと問うてもいい。仏教は世界観、人生観も提示し、是非善悪、真偽美醜とは何かの教えでもある。すると因果論だけが正しい世界観と人生観を示す必然性はあるのかという問題提起も起こりうる。
因果論とは物事の変化を、原因があって結果が起こる、現在の物事は過去の原因があって存在していると考える。すべてのものが原因結果の関係で生起すれば因果論は世界観になる。個人も原因があって生まれたとすれば、また行く末も原因結果の連鎖が起こるとすれば、因果論は人生観になりうる。
釈尊は御自身の苦悩を直視し、苦を克服しようと発心された。出家して六年苦行したのち苦悩からの解脱を得られた。ただし苦行は解脱の原因ではないといわれる。解脱の内容は十二因縁としてまとめられた。
前稿と重複するが、当面の人生苦の原因は深く考えると生きているからであり、生き続けているからであり、生誕したからだ。生誕の原因は両親から生まれたから、両親が産んだ原因は愛し合ったから、と遡り、最後は無明を想定する。無明が原因、老病死苦が結果である。十二支の原因と結果の連鎖のなかに自分が居る。これが人生だ。人生観が明らかになった。
十二因縁を人生観とすれば、苦を解脱するには無明を明とすれば良い。容易ではないが理屈はわかる。出家して修行し、釈尊と同じ道を歩もうと志向する人が出てきてもおかしくない。人生観が人生を変える。天皇が出家された例も少なくない。
また苦を少なくすることが善で苦を増やすことが悪になる。善悪が決まる。抜苦与楽というが、慈悲が仏教の根本といわれるのは釈尊の発心修行と解脱を手本とするからだ。修行ばかりではなく論理的な研究の結果、無明を本とする十二因縁を確証されたので、智慧もまた仏教の根本となった。因縁果の論理が人生を解明したので、縁起論が真理となった。
釈尊は、個人的に苦が嫌だから、老死が恐ろしいからという理由だけで苦の克服を発心されたのではない。インドの数千年の真理探究の成果を参照しながら修行された。ゼロの発見がインドだったことを鑑みれば、無明の発見はインドでしか為されなかったと得心できる。古代インドの知識レベルは高かった、仏典の夥しい知識量に明らかだ。それでも釈尊以前、真理は得られなかった。
真理を正面から求めた人々は真理に到達することはできなかった。ノーベル賞を獲得しても我欲の結果であり、絶対真理に到達したとは言えないようなものか。釈尊が人生苦を解脱されたとき真理が見えてきた。因果論、縁起論が世界観として確立していった。

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