なでしこジャパン(2)

なでしこジャパン(2)

東日本大震災では現場の生々しい映像が世界中に配信された。写真や動画を撮れる携帯電話のおかげだった。テレビやラジオは電気が止まると役に立たない。ガソリンも電気がなければ注入できない。混乱状態の中でバッテリーさえあれば活躍できる携帯電話の有用性が周知された。大震災は新しい情報社会の到来を促進した。
以前に書いたが、浜辺に打ち上げられた小型金庫の写真をめぐる千人以上の書き込みに出会った。次から次へとなされる書き込みに驚きながらアメリカ人のユーモアと積極性を見た。新聞を読みテレビを見るだけの環境は変わっているようだった。
ネットの要約記事を見てタイトルや写真をクリックすることに慣れた。産経新聞にニュースのまとめサイトがあり、サンケイニュースを読むようになった。
記事の画面に広告のような別のサイトのアドレスがあった。それらをクリックするとサンケイとは関係ない個人やグループが出てくる。ブログという名を知った。ブログを梯子する日が続いた。
あるブログは論評するたびに団塊世代が諸悪の根源と決め付けていた。団塊世代から見れば気持ちよくないが、指摘の九割には納得した。保守親父のブログもあった。会社経営しながら毎日のように記事を上げている。投稿者とのやりとりが面白かった。

いつだったか思い出せないが、皇室に関する問題を扱っているブログを見つけた。一つや二つではなく、常時二十を越えるブログ群があるようだった。ブログ間で非難しあったり応援しあったりしている。別世界があった。
皇室は殿上人の世界だと思っていたし、歴史的にも政治的にも手が届くところの話ではないので関心は薄かった。今上天皇が第百二十五代で女系天皇は概念としても実在しないくらいの知識で停滞していた。皇室問題を語り合うって可能なのか、不敬に当たらないか。正確な情報は得られるのか。
そしてある女性のブログに目が止まった。閲覧者が多くランキング上位に入っていた。毎日のように記事が更新されるのだが、一記事に対して平均二十件以上の書き込みがあった。時には百件以上のコメントが集中するといえばどれほどの人気ブログであるか想像がつくだろう。毎日二万人以上のアクセスがあるとブログ主が書いている。
現ブログには五年以上の過去記事があった。最初に立ち上げたブログは十年以上前だからベテランだ。記事だけでなくコメントの質が高い。上品な日本語が行き交い、知らない情報が満載だった。日替わりの最新記事を読んだ後、過去記事を遡って漁る日々が続いた。すべての過去記事を読了するのに一ヶ月かかった。それから二年ほどは更新を追いかけ、皇室の現状、過去未来について勉強した。
皇居の奥に鎮座ましますすめらみことの観念だけでは、天皇と自分との繋がりや国家国民との関係が実感できない。日本の中心は天皇だが、日本とは何か、中心とは何か、天皇の人格や思想は問題にならないのかなど多くの視点があることを知った。個人ブログを読むことによって天皇と天皇がいます国が身近になった。
ブログ主は異見を受け入れ論争を奨励する姿勢で、参加者が大いに議論して確実な知識を得るのを助ける方針だと明らかにしていた。だからコメントは歓迎なのだ。愛国心と世界観と知識と文章力に自信がある証拠だ。
投稿する人々もまた、篤い愛国心を持つと同時に文章の達人である方々が多かった。出版すれば論文集や資料集として立派に通用する。自らのブログを持っている方も多かった。
文章力で敵わないと思ったことは多々あるが、わかりやすい例を示す。感興が湧いたのでと断って、和歌を投稿する方がおられた。すると、では私もといって返歌というか、関連する和歌が書き込まれる。別の人がまた和歌と感想を披露するというリズムで投稿が続くことがある。和歌とともに見事なやりとりを堪能させてもらった。和歌を詠む知識と文才と感性はどうしたら得られるのか。
天皇位は万世一系、男系男子で継承されてきた。だから男性のブログが天皇擁護の論陣を張るのは当たり前だ。表面的なロジックではそれで終わり。しかしそれでは男尊女卑思想とか攻撃されやすい。女性が男系男子を擁護するなら鉄壁の守護神だ。
男系天皇の下に国民として男と女がいる。ひとりひとり独特の人生がある。それぞれ異なる見方を持ち能力経験が違う。男女間の自己主張や権利闘争など天皇の下では意味がない。男女協力して伝統的天皇位を支えるのが理想的だ。
ブログ群を見わたすと、天皇守護の志操はこの女性ブログが格段に強いように思われた。記事も書き込みも簡潔華麗な文章で、情報の多彩さ正確さは頭を抜いていた。男性投稿者も参加していた。教養の深い日本人が静かに誠実に関心を寄せ守護しているから天皇位は続いてきた。

女性宮家推進者や、女性女系天皇推しの政治家や有名人は少なくない。彼らは近代思想のつもりで男女平等や英王室を見習えなどを理由に挙げる。側室が居なければ男系は絶えるとか皇族の減少とか持ち出す。国民を混乱させる目的で大口を叩く。
このような為にする偽情報は Misinformation というが、皇族の減少はアメリカ占領軍の政策が根本原因だったことを言わない。さらに神武天皇の血を継いでおられる天皇位を継承される資格のある方は、現在でも百二十名以上おられることに触れない。まず正しい情報を知ることが肝要だ。
女性が筆鋒鋭く女性宮家推進者や女系天皇賛成者を攻撃論破するのを見るのは痛快だった。深く戦後教育に侵されているはずなのに、西欧文明発の男女同権思想や階級闘争史観によるフェミニズムは超えられていた。戦後の偏向教育は賢い大和撫子によって乗り越えられている。大学の教授たちや文科省の役人たちの方が古臭く狂っている。
しかしながら、投稿者の多くは戦後教育から出発しているらしい。どういうことかというと、たとえば、テレビや映画はすべて戦後に作られたと思い込んでいるようだ。重要な情報の一つとして映画があるが、ブログでは戦前の映画にまで遡って議論されたことはなかった。
原節子の「青い山脈」は戦後作られた。女学校が舞台で、新任の原節子と古参の先生との見方の違いがテーマだ。自由恋愛は賛美、伝統的価値観は陋習とされる。ところが問題を深く見つめるのではなく主人公の医者が襲われる。暴力が政治と社会の一要素になった。戦後、暴力は映画の必要条件だと刷り込まれた。
戦前作の、田中きぬよ主演の「愛染かつら」も恋愛物語だが、女性看護婦たちが大活躍する。登場人物が伸び伸びと飛び跳ねるあいだ、陰謀策謀、暴力沙汰めいた場面はない。信頼と明るさと清純さと透明さは戦前日本に充ち満ちていた。誰が暴力を持ち込んだのか。梅棹忠夫「文明の生態史観」に暴力が歴史を変えるとあったような。
戦後教育から出発するということは、アメリカ占領政策で変わった日本精神と感覚から物事を判断するということだ。洗脳された戦後教育を克服し、自分がよって立つ精神的美的基盤を疑うことは難しい。
古事記は神武王朝を支える文書でもあり、現天皇も古事記の権威によって即位された。神話的には天照大神の子孫が天皇だ。今では遺伝学からみて、天皇はすべて同じY染色体を継承しておられると認識されている。
歴史的には、日本民族は古事記編纂以前から存続し、細石器文明、縄文文明を創った。文字で記録されなかった日本文明は、確認されているだけで三万年以上続く。縄文文明をどう捉えるか、文字による理解はどこまで信頼できるか。古事記に書ききれなかった真実が日本文明には蔵されてあるのではないか。

ブログを無料で読んで天皇と皇室について勉強させてもらった。授業料なしで知識を得るのは窃盗に当たるかも。何か恩返しはできないか。自分もコメントすれば貢献できるのではないか。一行でも二万人の目に晒されるのだが。

なでしこジャパン

なでしこジャパン      12・20・2011

七月十六日、ジムで走っているとテレビ放送が流れていた。女性レポーターがマイクを持って話す。「明日はフランクフルトで、女子サッカー世界選手権の決勝戦があります。アメリカチームはこれまで奇跡的な逆転の連続で勝ち上がってきました。選手たちは万全の態勢で最後の試合に臨みます。世界チャンピオンまであと一日です。相手は日本です。」続けて、「日本とは過去25戦して負けたことがありません。」とにっこり微笑んだ。
女子がサッカー?、世界選手権?そして決勝戦で戦う?なんて考えたことなかったのでびっくりした。それにしても相手がアメリカではもうダメだろうと、レポーターの余裕に同調した。
翌日参禅者が引き上げてからヤフーニュースを開いた。なでしこジャパン逆転優勝の見出しが飛び込んできた。三月十一日の東日本大震災以降暗いニュースが続いたなかで爽やかなホームランだった。
ヤフーの記事は短文で客観的だった。前日の入れあげ様に比べると期待を裏切られた。負けたから微に入り細にわたって書く気にならなかったのだろう。読者だって負け組について色々読みたくない。それよりも日本チーム称賛の論調に驚いた。判官贔屓がアメリカにもあった。大地震、大津波で打ちひしがれているかわいそうな日本人よ頑張れという気分が漲っていた。
動画もあったが、映画の一部分を短く切り取っただけに見えた。詳しいことはわからない。今から振り返れば、ユーチューブが普通になる前だった。技術的にも映像的にも未熟であって不思議はない。十年後の洗練された動画の方が瞬間のテクニックや現場の雰囲気をよく伝えている。
スポーツ誌は特集を組んだ。もっとも起こりそうでなかった勝利と書かれていた。体格の差がある、競技人口がまるで違う。なでしことヤンキー娘ではスポーツに対する態度が根本的に異なる。前日まで女子サッカーの世界大会を知らなかった日本人は自分を含めて大勢いただろう。前評判が低いチームだったが、決定的瞬間に勝利を手にした快挙は手放しで素晴らしいと結ばれていた。
勝利を決定的にした数枚の写真があった。二転三転の攻防だったので名場面が多い。その中で、勝利確定直後に中央に駆け寄ろうとする五人の選手の写真が印象的だった。駆け出そうとする姿勢は、全員が虎が走り出そうとするような気迫に満ちていた。上半身の傾き具合と一歩踏み出そうとする脚の角度が、身をもって走り込んだ厳しい練習を表していた。
七月末の通信で次の様に書いた。「女子サッカー世界選手権大会でなでしこジャパンが優勝した。これは伝統の勝利であり、神話の再創造である。日本には国難が迫ると女性が立ち上がって困難を乗り越える伝統がある。今回の国難は千年に一度と言われる東日本大震災だ。大津波と福島原発の爆発もあった。暗い現実と不快なニュースだけが続いた。日本中が欣喜する初めての朗報は女性チームによってもたらされた。神話は千三百年前に書かれた。そこでは天照大御神が国母とされている。かくのごときドラマをわが目でみようとは夢にも思わなかった。」

日本最大の国難は第二次世界大戦と戦後処理だった。国を挙げての大事件、大変革が続いたので何が問題か分かり辛い。情報隠蔽もあるし偏向報道も酷かった。自国や自国民や歴史のつながりをどう考えるか混乱が続いている。平和ボケ、お花畑にもなりたくなる。「アメリカと戦争したの?」という、原型はアメリカ発のジョークで笑ってごまかす。困難事の片鱗すら記憶にない人が多くなった。
昭和二十七年の夏だった。暑い昼下がり、近所の大人が集まって話をしていた。情報交換の場だ。広島に新型爆弾が落ちたそうだという声が聞こえた。それから新型、爆弾、広島はずっと意識の底に残った。当時はビーニジュークが来た!と叫んでかくれんぼしていた。B29爆撃機のことだった。戦争の名残が所々で見られた頃だった。何人か傷痍軍人も居た。
貧しい山間部の村だったから情報伝達が遅かったのかなと思った。広島に原爆が投下されたのは終戦直前の八月六日だった。七年経ってから新しいニュースを聞くように大人が話題にしている。バカじゃないかと思った。早く正しい情報を知ることはいつの時代も大切なことだ。
二十一世紀に入った頃、「閉ざされた言語空間」(江藤淳)に出会った。情報統制がマッカーサー司令部によってなされたと第一次資料を駆使して解き明かされた書物だった。そこでは広島原爆の話題は報道禁止になっていた。日本独立まで原爆について語ることはできなかったのだ。あの暑い夏は日本が独立した年だった。原爆報道が解禁になり、田舎の大人たちも事実を知りその意味を語り合っていたのだった。
情報の遮断や偏向が自分自身の心と見方を変える力があると実感した。ということは現在の見方や知識も、事実真実ではなくて偏向した情報や少知によって出来上がっているのかもしれない。その可能性のほうが高い。自分の見方や意見に自信がなくなった。自分とは何だろうか。

鈴木貫太郎首相はポツダム宣言受諾が決定された後すぐに辞職した。終戦に導くまでが自分の使命と割り切って仕事されたことがよく分かる。偉大な宰相だった。使命感だけでご老体に鞭打って責務を果たされた。二・二六事件で負傷されていたから普通の老人以上に大変だったはずだ。
後を継いで東久邇稔彦総理大臣が指名され、八月十七日に内閣が発足し、十月九日まで戦後処理の任務に当られた。昭和天皇に一番近い皇族の一人だった。日本を任せられる人材は払底していた。戦争の惨禍は凄まじかった。
マッカーサーが厚木飛行場に降り立ったのだが、最初に発した命令の一つは慰安所、いわゆる売春宿の設置だったそうだ。日本軍は欧米植民地へ攻め入ったのだが、占領地で同じような命令を発しただろうか。日本人の常識にはない発想だ。
主権を失った日本である。総理大臣は命令を聞くしかない。詳しいことは知らないが、首相は吉原の娼妓界を統べている女性に、花魁というのかな、日本の婦女子を守るために力を貸してほしいと懇願された。最高権力者が卑しい職業だとされている女性に頭を下げた。その結果日本は生き延びた。
昭和天皇の側近中の側近が吉原で頭を下げるなんてひどいことだと思うだろう。しかし終戦まもなくの日本ではもっとひどいことが方々で起こっていた。考えるのも嫌なのだが、本でもネットでも様々な情報があるから関心ある方は調べてほしい。
簡単に言うと第二次大戦後日本では男がいなかった。国家の担い手は女性だった。戦前から女性は強かったと思うのだが、戦後はますます強くなった。それは男女平等とかの観念ではなく、実際に国家を救ったからだと思う。
日本人は国家として民族として、何が正義で何を守らねばならないか。「パール判事の日本無罪論」(田中正明)は基本文書だ。本書を読むと、論壇、学者間で論争が数々あったが、いずれも枝葉末節な言いがかりの類いだったと分かる。この一冊で戦後の問題はほぼ把握できていたのに、時間を無駄にしてしまった。