糖病記(9)

        糖病記(9)

  令和二年十月十六日、YouTube に坐骨神経痛の治し方が配信されているのを見つけた。五、六人の整体師が発信元で、二十通り以上のポーズが示されていた。一つの症例に多様な解釈とそれぞれの治療法がある。みんな努力している、大変だなと感心しながら見た。
  坐骨神経痛は痛い、座れなくなる。炎症部分が背中の下部、尻、太腿の裏で、ふだんは見ることもないし手で触ることもない箇所ばかりだ。突然痛み出したら恐怖に襲われる。治し方が分からない。治らないかもしれない不安がある。
  神経が解りにくいのは、幹細胞が八十年代に発見されるまで、最新医学界でも神経細胞は再生されないと信じられていたことも大きい。脳細胞は生後数年で成長が止まると言われていた。神経の毀損は神経の死を意味した。じつは血液が流れないから修復が極端に遅いということらしい。リンパ液には触れるから干からびることはない。
  神経は軸索で保護されていて筋肉並みに強くしなやかだ。一本の管だから、切断されない限りは、引っ張りすぎか圧迫が苦痛の原因になる。そこで神経痛の治し方は張りや圧迫を緩めるのが基本になる。
  一方法として、寝転がって、片足を胸に引っ張り上げ、尻をゴロゴロと動かす運動があった。力を入れないで、緩めるのが目的だからという注意点が面白かった。簡単だから動画を見ながら二十回ばかりゴロゴロ揺すった。
  翌朝起きると背が高くなった気がする。尻が前にでた感じで姿勢が微妙に変化している。昨日と同じ姿勢でゴロゴロ寝転がってみると、痛かった部位の面積が小さくなっていた。歩くと体が軽い。鍛えたわけではないのに下半身に力が行き渡った気がした。尻の力ってあるんだ、鍛える代わりにゆるゆるにすることで発揮される力が。
  老人には背中が前傾し曲がった人が多い。自分でも前傾すると気持ちよく感じることが多かった。これが老いかもしれないと観念していた。尻がゆるくマッサージされ正常な位置に戻ってくると、前傾姿勢が不自然になった。生活習慣病を老化と誤解していたらしい。老境になっても人生の奥は深い。
  坐骨神経痛は完全に治ったわけではないが、症状が悪化したとき尻を緩める方法があることを知った。ある程度コントロールできる。一年近く大騒ぎしたが、一難は乗り越えることができた。それまでも日常生活に差し障りはなかったけれど、これからは坐禅にも取り組むことができる。
  
  令和二年 (2020) 三月、全米にコロナウイルスが蔓延し人々はパニックに陥った。老人の死亡が多いことは早く分かったが、不可解なことが多く若者もマスクをするようになった。図書館もレストランも営業停止になった。歯科医だけでなく病院まで閉鎖になった。患者は電話のやり取りだけ、来るなという。救急事態には病院でなく警察に電話しろと指示があった。
  四月一日に血液検査の予定が組まれていたのだが、電話しても返答がない。文字通り医者に見放された。検査されるのは嫌だが万が一のことが起こったらどうなるのだろうかと不安が募った。
  七月からは部分的に営業再開が始まった。人々もコロナ大流行下での生活に慣れてきた。大統領選挙運動も活発になった。歯医者も診療所も徐々に再開し、血液検査への催促メールが来るようになった。
  ところでこちらは、診療所が勝手に閉鎖したおかげで、検査なしでも医者なしでも健康な生活が送れることを知ってしまった。唯一の不安材料は老化だが、若い医者には想像もできないことだ。検査しても言われることは血圧、血糖値、コレステロールと決まっている。倒れるか新たな苦痛が起きるまでは病院には行かないことにした。

  整体師たちの動画に戻ると、治療法は膝の痛みから足裏まであって面白いのだが全部見切れない。時間が足りない。問題が起きたら見せてもらう。
  膝下と足裏のマッサージについて、脹脛や足首の部位には血流を押し上げる機能があると説明された。足は体の最下部だから血が停滞しやすい、したがって血瘤ができやすいという。足にできた血瘤が押し上げられて脳に達し脳梗塞を起こす可能性が高い。脳梗塞の予防には足裏のマッサージが効く。えっ!?
  脳梗塞は脳内血管が詰まって起こる。その仕組みを図解した絵はもらっている、脳内血管が破れる概念図だ。見るからに怖い。しかし血瘤がどこで出来るか明快な説明はなかった。足裏で出来るのは本当か?
  近年、三月末にめまいを起こしたことが二、三回ある。頭がフラーっとして気持ちが悪い。めまいは治るのだが気分の悪さは1週間ほど続いた。脳梗塞へ至る症状だった気がする。
  この地の冬は寒く長い。部屋に篭りがちになり運動不足になる。その頃は運動の重要性を知らず雪かきは無駄な労働と思っていた。 冬籠の間に足裏に血瘤ができていたと考えればめまいになった辻褄が合う。予防法はとにかく動き回ることだ。
  左足を切った時左足首の血の流れを測定してもらったのだが異常なかった。どっくんどっくんと音が聞こえた。右足首も測定しておくべきだった。

  平成三十年(2018)九月九日に脳梗塞発症、前期糖尿病と診断される。令和元年(2019)六月四日、チェーンソーで左足を切った。軽傷だが完治に四ヶ月かかった。同年十一月二十六日、坐骨神経痛発症。直接の原因は膝まで届く強い靴下だった。
  二年間で真新しい病気や事故が続き、絶望感に襲われた。老病死というが、一気に死に向かって坂道を転がり落ちる感じだった。医者に頼りたくもなる。
  コロナ禍で診療所閉鎖になったのは神風のようなものだったか。真っ先に医者が逃げ出すとは思いもよらなかった。こんな事態は百年に一度の出来事だろう。薬がない、相談する相手がいない中で、最後は自分力だけ、自然力だけが頼りだと気づかせてくれた。
  医者の知識も頼りになるかどうか。血を薄めるとてアスピリンを勧められるのだが、血瘤が少なければ脳梗塞になる確率は低いだろう。長期服用に副作用はないのだろうか。足のマッサージの方が大事だったりする。
  足のマッサージなら歩いたり走ったり、こまごまと動き回ったりする方が効果的だ。健康であるためには、動け、働け、汗を流せということだ。そんなことを言う医者に遇ったためしがない。認識を新たにさせてくれたコロナ騒動に感謝する。
  歳をとっても老病死は一直線に進行するものではないようだ。治療法がどんな痛みにも病気にも試みられている。時間が治すこともあろう。一進一退しながら最後に死に至る。生きている間は安心して動き、働き、人生を楽しむことが決定の説だ。

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