日本の行方(2)経力

      日本の行方(2) 経力

  大塚耕平という方がおられる。参議院議員で、水間政憲氏の動画で安倍晋三総理との生々しい質疑応答が紹介された。大塚議員の発言は多方面から見直されるべき問題をはらんでいる。

大塚議員「固有の領土という言葉を使って北方領土に対する政策をご説明ください。」
安倍総理「北方領土は日本の領土であるとの認識のもとに交渉を続けております。」
大塚議員「固有の領土という言葉は使われないのですか。」
安倍総理「政府は従来の北方の島々は日本の領土であるとの認識には些かも変化はございません、」
大塚議員「いつから日本固有の領土という言葉は使われなくなったのでしょうか。」

  大塚議員は安倍総理が固有の領土という言葉を使わなくなったようだと訝しんで急所をついた。予想通り安倍晋三は固有の領土と言わなかった。
  固有の領土でなければ国境がどこか曖昧だ、取引の材料にしやすい。安倍首相はプーチンと二十回以上あってお茶を飲んだそうだが、北方領土を切り売りすることも考えていたのではないか。
  大塚議員は首相の魂胆に気がついたのだろう。売国奴ぶりを炙り出さなければ危ういとの危機感から立ち上がった。

  大塚議員はまた、「日本を取り戻す」を標語とした安倍総理に対して、皇位継承の安定化に向けた対策を質問した。保守派日本人なら誰だって思う、日本国より先に天皇があった、安定的な皇位継承の方法を確立することこそ日本を取り戻すことだと。常識的な方法は戦後臣籍降下された旧宮家の復籍だ。その政策実行のために保守政治家安倍晋三は日本を取り戻すと言ったはずだ。
  返答は驚くべきものだった。曰く、「降下された旧宮家の方々は七十年以上世俗の生活をされていまして直ちに復籍ということは難しいと思います。」「 GHQ の決定を覆すことは考えておりません。」
  多くの日本国民が当然のように願ってきた東久邇家の皇族復帰は考えていない。七十年の世俗生活という詭弁、突然出たGHQという単語? 愕然とした。日本を取り戻すという公言はなんだったのか。大塚議員は安倍晋三の正体を白日の下に曝け出した。

  安倍晋三は長く首相の座にあったから公的な発言がたくさん記録されている。実行した政策としなかった政策を摘出することは難しくない。それらの点と点をつないでいけば人物の輪郭が浮かび上がる。彼が本当に保守政治家だったかどうか明らかになる。二つの応酬を見るだけでも公約と本音が乖離しているのは一目瞭然だ。
  安倍首相の下では国政を論ずべき国会議員がやすやすと亡国法案を通したといわれる。日本企業が外資に買収されても手を打たない。日本製のアビガンは認可しないが危険性が危惧される外国製ワクチンは発注済みだ。アベノマスクの注文先も外国企業がほとんどだった。国会議員の二重国籍問題は解決されなかった。
  拉致問題解決を政策の柱に据えたが成果はなかった。拉致の根本は国内治安で、警察は誘拐を知っていたが事件化しなかった。警察改革に切り込まなければ今後も拉致される人が出てくる。国防不安は手がつけられなかった。男女共同参画の予算が防衛費の二倍で涼しい顔である。
  女性にとって十代後半は結婚適齢期だ。若い女性は五、六人子供を抱えても切り盛りできる体力がある。育児しながら生命の喜びを実感し人生に対する自信が生まれる。人生百年の時代には大事を成し遂げてから社会生活を楽しむ時間がある。
  少子化問題にはどう取り組んだのか。女性が輝く時代だと戯れ言を垂れ流した。多くの女性は原節子のように世に輝こうと努力しても望みが叶うことはない。競争の中で身心をすり減らすだけだ。四十代で出産すれば体力減少で育児に回せる余力は少ない。耳触りよい言葉で人生を狂わせられた女性は少なくないはずだ。その代わりの移民だ。本当のスパイや本当の詐欺師は善人に見えるそうである。

  大塚議員は安倍首相の心をいかに見抜いたのか。動画で紹介されていたが、議員は仏教に造詣が深く、「仏教通史」という本まで出版されている。叙述の大半が日本の仏教史なのがすごい。仏教の知識が正理を教え正しい人生観と世界観を与えた。真理の光に照らされると誤魔化しのポイントが浮かびあがる。水間氏も酒井得元老師のもとで坐禅された。仏教の力をわれわれは見逃している。
  大智度論に一箇所だけ「経力」(キョウリキ)という言葉があった。お経の力だ。良い意味ではない。野心的な人物はよく勉強する、経典をたくさん読んで知識を蓄え、「経典の力」によって議論に強くなる。道を得ず悟りも開いていないくせに議論だけが強くなると批判する内容だった。
  大塚議員が悟りを開いておられるか得道されているかは知らない。政治の場では正義感、愛国心が議論の本になる。そのとき仏教経典の知識が後ろ盾となった。大智度論の作者が指摘した通りだった。
  経力は経典を読んだ結果得る力だ。読書が力を与える。ふつう「徒然草」や夏目漱石や小説や天声人語などを読みなれている人は文章が「力」を与えるとは感じないだろう。読書は暇つぶしであったり無益無害な趣味であったりする。
  真理を追求し人生問題や社会問題に取り組みたいひとには仏典読誦をお勧めする。それもインド製の経典を直に読むのがよい。漢文が難しいなら書き下し文にした国訳一切経がある。法華経、華厳教、涅槃経、般若経、大智度論、初期経典など、論理の明快さと漢字の魅力に引き込まれるだろう。
  経典は漢字典だから文字が意味を持つ。文字を覚えることが知恵の増殖になる。文字の数は知恵の数だ。仏教は真理に基づくから正誤、真偽の別がある。両舌や妄語は仏教語だ。仏教は厳密な論理でできていて、しかもわかりやすく解説されてなるほどとうなづかされることが多い。道理がわかれば納得し有益なら行動に移す。心と人生を変える「力」を得る。

  経力に対しどんな対語があるかと考えたが、英語力が当てはまるだろう。安倍首相の英語力は相当なもので、アメリカ議会での演説は評判が高かった。ジョークも言える。トランプ大統領と個人的な話ができるくらいに英語がうまい。もう一段階上といえば英語の専門家である翻訳者や通訳のレベルだ。
  表絵文字で沈思黙読が普通の日本語に比べ、表音文字の英語は肉声の力が大きい。会話が多く騒々しい。しかし洗練されると芸術になる。意見の表明が幼少から訓練され、大学生では論理的に人を説得する話術が要求される。ローマ時代から続く伝統だと思うが、欧米のリーダーの演説は頭の良さを測るバロメーターになる。
  英語の発祥地イギリスは今でも創造力と想像力に溢れている。アメリカのテレビ番組にはイギリスの番組のコピーが少なくない。オリジナルと見比べて、英本国人の人間観察の重厚さを感じる。国際政治を動かす勘所を捉えるセンスは今も冴え渡る。
  世界と真理を統一的に知ろうと試みたドイツ観念哲学や実存主義とは対照的に、イギリスの文化は経験主義、功利主義の上に築かれた。ベーコンやロックが代表例だ。英語はいかに生き延びるかに重きをおいた現実主義、人間主義に徹している。イギリス人には何枚舌があるか分からぬなどというジョークも生まれる。
  ということは、英語を勉強しても真理に辿り着くことは期待できないということになろう。世俗知、妥協術、ユーモアは語られるが、真実知、誠実は得られないだろう。正直も政治の世界では色褪せる。駆け引き、損得、勝敗ばかりの言語世界のようだ。
  ニュース女子という番組を見ると英語学習の成果がわかる。出演者は若い才媛と実績ある男性だ。上品に世知を語り合うから見てて気持ちは悪くない。しかし勇気、信念、正義など人生を動かす直な心は語られない。経験知以上の知恵は得られない。利を求めるだけでは自己を明らめるのは難しい。
  ほとんどの日本人の英語を学ぶ動機は、英会話を楽しみたい、シャーロックホームズやシェークスピアを原書で読みたいというところではないか。イギリス文学は面白く高級な教養だ。そして英語教育熱が流行り英語憧憬が拝外姿勢を当然とする。
  優秀な外国人財という言葉も流布された。一国の識者指導者が挙げる言葉か。安倍首相は外国訪問が多かったが、本人が外国人崇拝で日本人蔑視者だったかもしれない。外国を基準にして日本人を見る目が身についていたかもしれない。
  英語学習者からすれば、先生の上級英語に追いつこうとするから拝外思想自己卑下になる。仏教にある悟りや解脱はそこにはない。人間主義相対主義はあっても人知を超えた絶対の真理はない。安倍首相の英語力は羨むべきものだろうか。

  英語の世俗知はスマートでカッコ良いと満足できる人もいるだろう。人生は快楽と損得だと割り切れればそれもよい。
  しかし大塚議員が仏教研鑽から得た心眼は無視できるか。仏教は正しい人生観と世界観を提供し人間主義以上の智慧に満ちている。仏教を学んだ先達は多く、正義、勇気、公平など堂々とした生き方を教えてくれた。真理に触れる喜びを味わいたい人は少なくないはずだ。何かを学ぶなら価値あるものを学ぶべきだろう。
  日本人なら縄文人の末裔として、里山縄文文明の担い手としていかに生きるべきかを模索すべきではないか。江戸時代の髷姿に戻れるわけはなく十二単の平安時代も過ぎ去った。現代の国防と社会の仕組みを整える必要がある。拝外思想でなく、内在する縄文人の潜在力をいかに増進するかが政治の課題だったはずなのだが。