日本の行方(3) 真実自己
十歳の頃、ある秋の夕暮れだった。ふと、自分はなぜ兄や弟ではないのだろうかという疑問が湧いた。今の自分はなぜ二十世紀に生まれたのか、十世紀でも二十五世紀でもよかったのに。同級生の一人ではないのはなぜなのか。先生であってもいいのになぜ生徒なのか。七夕祭りで行き交う人々の一員でなかったのはなぜなのか。
なぜ秋だったとわかるかというと、柿が熟し始める頃だったからだ。それからはときどき同じ疑問が湧き起こり秋の夕暮れが思い出された。同時に幼稚すぎる問題に思えて、父母にも先生にも友達にも話 せなかった。解答はあるのかないのかわからない。疑問はそのまま残り、今も鮮明に思い出す。
当時を振り返ると、自ら思考し始めたときだったようだ。脳の働きが活発になる実感があった。無責任になんにでも疑問を抱いた頃の話だ。本当の自分が何かわからない、どこか気になる。
自分が何かわからないから何をしたいかはっきりしない。人生の目標はあるかと聞かれても答えようがない。生きる意味がわからない。生きがいも見いだせない。人生観以前の問題で人生崩壊に直面した。
小学生が実存的な疑問を自覚した。たぶん私だけに特有な出来事だったわけでもないと思う。忙しい毎日を送るうちにほとんどの人は気にしなくなるだけだろう。
後で学習した言葉でまとめると、それは自己は何かという問題だった。自己とは何か、真実自己は何かとは禅問答でも知られ西欧哲学でも追及されてきている。まともな若者ならふつうに言挙げする。
自分が何かわからないと善悪の基準もわからず他者との向かい方もわからない。社会の仕組みや世間の秩序がわからない。答えを得るには正しい知識がいる。知識欲が芽生えはじめた。
万巻の書を読む雰囲気が日本にはある。源氏物語を宮廷仕えの人々を中心にみんなが知っていた。あの長編が書き写して読まれた。映像が氾濫する今日でも確かな知識は読書が一番だ。読書に精出した人の顔は違う。
読書によって正しい知識は得られるのか。読書は救いをもたらすか。図書館にある本を片っ端から読んだ頃がある。賢い人は読書家で書物のことをよく知っているのが大方の人の常識だ。ところが二宮尊徳翁は「ただの本読みに過ぎない。」と読書を勧められなかった。尊徳翁は銅像を見ても読書で勉強された伝説の持ち主なのだが、実用的でない一般教養はあまり意味がないと考えられたらしい。
読書が好きで一生本を読んで過ごしたいという方もおられる。学校や図書館は静かに読書できる環境にある。ところが、「人は学校に長く関わるほどダメになる。」と言った人もいた。読書も、立命館大学の白川静博士のように、何をしたいかはっきりした人でなければ道を誤ることがあるということであろうか。
神父になるには医者になるより長い時間勉強しなければならないと教えてくれた神父さんがいた。そんなに学ばねばならぬことが多いのかと驚いた。友人に会ったついでその一知半解を伝えると、「神父さんはよく勉強しますよ、虚構を信者さんに教えなければならないから。」という評言が返ってきた。
古来よりひとは知識を求めてきたが、真知の獲得は容易ではなかった。そのためさまざまに論評されてきた。上掲した三例もそのバリエーションだ。言い回しは良いのだが、では自分としてはどうするべきか、摸索が続いた。
数十年間、勉強するにしろ読書するにしろしないにしろ、五里霧中の中を歩いた。先達は学生時代には見つからなかった。着々と出世コースを目指す同級生たちが眩しかった。
大学院へ行くことを勧められたが、読書を続けることは苦痛になっていたので断った。大学は入口だったが、読書、作文、討論だけでは問題解決にならないとの見通しはついた。学校教育の中で人生の根本問題を解決するなど元から不可能だったのだ。
伝統にのっとり、実存主義やドイツ哲学、ギリシャ哲学から聖書など、一通りの書物には目を通した。その結果哲学の根本問題は自己の認識らしいとわかった。宗教だって最後の問題は自己の救いだ。
宇宙は大きい、自然は広大だ。過去と未来は無限だし、地球には無数の生命が存在する。山があり海があり、島と大陸の違いもあって世界は複雑極まりない。ところが哲学や宗教は根本問題は自己つまり自分自身だという。大より小、多より少、他より自の方が根本だという。その方向だと、心身だけでなく身体の中心のハラや心の芯の魂に根本があるのではないかと追求することになる。
正法眼蔵現成公案のなかに「仏道をならふといふは自己をならふなり。」とある。内山老師が常に強調されていた箇所である。仏道の中心課題は自己だ。仏道に跳び込めば自己をあきらめ人生問題を解決できる可能性はある。跳び込まねば可能性はない。形式論理が人生を決定した
沢木老師、内山老師は坐禅を勧められた。なぜ強力に勧められたのかわけ分からないままにひたすら坐った。只管打坐と公言できるほど坐ったわけではなかったが、ひたむきに坐ろうと努力した。
四十年以上坐って、坐禅をならふといふは自己をならふなりと実感を持って言えるようになった。坐禅が生活の一部になった。道元禅師は只管打坐より只管参禅の語を好まれたようである。打坐は瞬間刹那の坐りを問題にするが、只管参禅は長時間の取り組み、坐禅中心の生活態度を問題にする。
諸行無常には刹那無常だけでなく一期無常があると知ったのは十年ほど前であった。ひとは一期無常を生きる。一期は一生だ。法隆寺の一期は焼尽するまで、千年以上ある。無常は死であったり燃焼だったりするが、断滅である。一期無常は一生とその終わり、形あるものとその崩壊を説明する。
ひとは一期無常を生きるしかない。生あるものはエネルギーが尽きるまでその生を生きる。生也全機現、死也全機現などといきり立つ必要はない。一期無常ならひとがその人の一生を生きるのはあたりまえだ。花瓶も花もワシも鹿も一期無常以外の存在物ではあり得ない。
刹那無常しか知らなかった頃はいつも不安と焦燥感に突き動かされていた。すべては刻々に変遷生滅するから頼れるものは何もない。サトリどころか坐禅だって仏法だって頼れない。そのままだったらいまも迷いの真っ只中にあっただろう。
禅は刹那無常だと言った方々はいかに心の平安を得られたのか気になる。やはり正しい知識を得ることは人生問題解決の鍵だった。一期無常を知ってからは、仏の教えと自分の人生の間に齟齬がなくなった。
いつのまにか七十歳を超える年輪を重ねた。何も功績をあげられない人生だった。ある秋の日散歩しているときに、ふと、経験と時間の積み重ねの上で出来上がるのが真実自己ではないかと閃いた。柿がない地域に住んでいるのだが、六十年前の疑問にとつぜん答えが出た。
出来たことはできた、出来ないことはできなかった。自分の限界がわかり、自分は有限だと明らかになった。努力し修行し、失敗があり絶望があり、苦楽があった。結局他者に替えられない人生を生きた。経験と時間と修行と参学が自分を作った。人生全体が真実自己としか言いようがない。
具体的な男の一生、女の一生が真実自己ではないか。古来からある常識的な人生観だが、常識の方が正しいのではないか。一期無常とも合致する。
真実自己は人生全体だと言った人にはあったことがない。自分の内部にあって瞬間、極小、抽象的なイデアと考えるひとが多い。それは思考された自己ではなかったか。考えられた後の自己はすでに自分自身とは異なる。即座にでは自分自身とは何かと再び問わねばならない。追求は無限に続く。
本質としての自己、核芯としての自己、自我としての自己は哲学や神学を勉強すると出てくる用語である。形而上学ともいう。神父さんが言った通り難しい学問である。超難しい学問ではあるのだが、かいつまんでまとめると、ある前提を文法と論理で構築したものだ。古来からの常識と異なる結論が導き出される。だから前提が成立しないと思想全体が崩壊する。共産主義の前提が通用しなくなってソ連が崩壊したのは好例だ。
現代では自然科学や心理学が自己を問題にする。事実と正しい論理に基づいた人間観に見えるので厄介だ。相対論的人生観とか解説する学者が多い。現在進行形の学問であるが、伝統的な人間観を破壊する傾向がある。日常生活や常識を説明できない理論は前提から精査しなおす必要がある。
仏教が常識を包含してびくともしないのはありがたい。開経偈は「無上甚深微妙法は 百千万劫遭遇し難し 我れ今見聞し受持し得たり 願解如来真実義」とある。お経を開くとき唱える句である。書き下し文にしたらわかりやすい。如来の真実義を解したてまつらんと締め括られているが、願うばかりでなく本当に理解したいものだ。
万物は刹那無常と同時に一期無常を生きている。一期は一生だ。一期無常は時間とともにある。人の場合は加齢する、誰でも歳をとる。具体的な人生は名前と時間と共に生きる一期無常だ。それが真実自己であろう。時間とともに自分が確定するが、生きて働く限り限界は決定せず、死が来るまで終わりはない。