正法眼蔵現成公案書き置き(4)
* * *
仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に證せらるるなり。万法に證せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。悟迹の休歇なるあり、休歇なる悟迹を長長出ならしむ。
* * * * * * * *
この節は坐禅修行においてもっとも影響を受けた文章で、人生が決まった。この文のおかげで、人生の根本問題は自己をならふことだと結論が分かった。修行生活も慣れてくると面白いことに手を出しそうになるのだが、まだ自己を明らめていないと本来の立ち位置に帰れた。
この一節が道元禅の要諦であると看破し自ら修行され弟子に教えられたのは内山興正老師である。老師の獅子吼に接して、下品の私もああそうなのかと納得し、教えの迹をついていった。老師の最初の御著作は「自己」であった。老師のご教示なかりせば、鈍感意志薄弱な者が、自己が肝心かなめの問題だと決定できようはずはなかった。内山興正老師の偉業を顕彰したい。
内山老師は著作を出版されただけでなく、提唱の場でも冒頭の文章をたびたび引用された。ありがたいことには、食事のあとの歓談や散歩の折りにもよく自己について語られた。大事なことは耳鳴りするまで話さねばならないと言われたが、私の場合は一生耳鳴りすることになった。
仏教とは何か、修行の根本は何か、正法眼蔵の核心は何かと参究すると、「自己をならふ」に帰結する。釈尊は自己の人生苦を問題視された。苦を解脱すれば自己も解明されるかもしれない。
「仏道をならふといふは、自己をならふなり。」道元禅師自身が仏道修行の根幹について記された、直截丁寧なお教えである。仏道に志すものは教えの通りに参学するべきであろう。
人生は困難に囲まれている。修行は困難を乗り越えていくことでもある。一つの難を越えれば次の山が現れる。その山を越えるとさらに高い山が見える。山を登りきると深い谷に続き遠くの山が霞んでいる。同じことが仏道修行にも当てはまる。
因縁分の第三文で「仏道もとより豊倹より跳出するゆえに」とあった。仏道は大小、増減、豊倹などの曖昧な相対世界を跳出するものだという。どこかへ跳び出る気持ちになっている。苦難の山から跳出できるだろうか。跳び出る方法はあるだろうか。そんな態度は仏道と言えるだろうか。
「仏道をならふといふは自己をならふなり。」とは仏法のなかで仏道をならふことだ。跳び出すとか特別な成果を得ようとか力むことではない。若いときは生命力のままに結果が欲しくて勉学し、ともすると跳出したいものだが、実際の仏道は自己の生命に順じた地道な生き方である。永平寺を去るとき後堂老師から一言、「地味に修行しなさい。」と言われた。
「自己をならふといふは自己をわするるなり。自己をわするるといふは万法に證せらるるなり。」
自己をならふは日々新たに参学修行することだから旧弊や陋習も見えてくる。己見、旧見は新ためる。それだけでなく、自己を忘れるという深い意味は、万法、仏法が自己に置き換わることである。忘れましたのわするるではない。
仏法において一方的に忘れっぱなしということはない。忘れるだけなら忘却だ。中道は常に不取不捨、忘不忘など全体を見ている。
わするるが単なる「忘れる」ではないことは、次の文に「自己の身心および他己の身心」とあるところから、自己だけの問題ではないことからも明らかだ。
「万法に證せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。」
* *
この文はこの節の要諦であるが難しい。万法に證せらるるは本当に自己をわするることだが、それは悟るということであろう。それは自他ともに身も心も脱落せしむることだという。言葉の理解で分かるだけでは不十分で、身のこなしや身体の健康状態まで完全で、しかも他己の身心まで脱落するとは、いかなる意味であろうか?
脱落とはなにか?この一語で何十年もきりきり舞いした。脱落は道元禅師以外の方はほとんど使われていない。だから仏教用語としての意味が一般化されていない。
脱は抜ける、落は落ちる。抽象的な言葉ではなく具体的な運動を表す。昆虫の殻が抜けるとか石が落ちるなど、目で見て分かる。身体なら柔道で寝技から抜けるとか骨組みがガクッと崩れる様子などが連想される。
具体的な仏行は坐禅だ。脱落とは坐禅をしてパッと悟る、あるいは釈尊が明けの明星を見て悟られたように、仏法の真髄を坐禅中に体得することではないか。古人の中にも大悟数回小悟その数を知らずと言われた方もおられる。してみれば実際に坐禅して悟るということはありうるだろう。禅の修行者は是非とも坐禅弁道に力を入れて修行し、その結果悟りを得る、それが脱落ではないか。
坐禅修行と言っても仏道修行と言ってもよいが、普通の人とは違う活動をする。体操選手が練習して鉄棒でクルクル回るようになる、マラソン選手がより早く走るようになる。努力して成果が出る、結果を出そうとして努力する。同じように坐禅修行の結果は悟りである。それは脱落である。こう考えて間違いはないであろう。
それで一生懸命坐禅するのであるが、なかなか成果は得られなかった。足の痛さは克服できるレベルではなかった。感情の変化はさまざまで、あれは悟りではなかったか、今度のひらめきは本物ではないかと必死の思いで座った。そんな日々が毎週、毎月、毎年続く。することは単調に坐るだけ。いつまで?何かが起こるのか?起こらないのか?結局どうなっていくのか?
結果が出ないとは限りがないということだ。どこまで坐ったらいいのか。日常行為と坐禅修行との区別はあるのかないのか。入力より脱力の発想もありだろう。読経や学問は助けにならないか。儀式や書道も必要ではないか。何をどこまで追求すべきか?
「学道用心集」には「果報を得んがために仏法を修すべからず。霊験を得んがために仏法を修すべからず。」とある。霊験も果報も初心者が思い描く悟りである。有所得心が求めるものだ。では無所得心が無結果の修行をできるのか?
決め手がなく方向がわからず脱け落ちる何かを求めて右往左往する中でひそかに焦りが生ずる。内山老師は「まず十年坐ること、もう十年坐ること、さらに十年坐ること。」と目安をまとめていただいたのだが。
ある日台所で、左官屋が竈門を修繕していた。老師が通りかかった。「仕事ができるようになるには何年かかりますか?」「まあ十年ですな。」「なるほど、何事も十年やって半人前ですね。」十年坐ればよいという意味ではなく、一人前になる結果を前提としての「十年」だった。では十年で結果が出なければどうなるか?
暗中模索が続いた。皮肉なものである、仏教を勉強したために答えのない困惑が生じた。葛藤の毎日が続く、落ち着く暇がない。成果が上がらないため無力感が湧く。坐ると頭痛がする、禅魔境かもしれない。座り続けると気が狂うかもしれない。坐禅するのが怖くなった。
以上は論理的な説明だが、人生は論理だけではない。食うための心配がある。禅仏教には無所得の考えがある。所得無しで生きられるかどうか。手探りしながら努力することが有所得心なのだ。矛盾に直面して、焦慮と苦悩の日々が一年また一年と過ぎて行った。
日常生活では友達と語らい笑うこともあった。そのときも一事が足を引っ張る。自分には脱落が解らないという一事があった。坐禅中にときどきひらめきはある、心地よい気分になることもあった。しかし苦悩と不安は帰ってきた。心境の変化に一喜一憂し失望する繰り返しだった。疲れた。十年目が近づく。
* *
1980年、八月だった。早朝ひとりで坐っていると、なんの前触れもなくあらゆる苦悩がふっと消えた。その瞬間安楽の中にいた。経験したことのない心の平和そのものだった。何が起こったか思い出そうとしたときには、一瞬前の苦しい記憶が飛び去っていた。何を悩んでいたか思い出せなかった。世界がガラリと変わった。
頭をよぎったのは、内山老師が「自己」に書かれた場面だった。ひとりでお寺で坐禅された夕べ、予期しない心の平安が訪れたそうである。
老師はそれ以来思いの手放しの坐禅を弟子にも人々にも勧められた。私は教えられた通りに坐禅した。同じ坐禅をしたから同じような体験が弟子に訪れたのだろう。老師が伝えられようとされたことがなんだったか腑に落ちた。
沢木老師は師資相承を人格と人格が伝わると表現されたのだが、坐禅が人格を相承することはあり得た。坐禅を通した以心伝心だった。
以前の苦悩が戻ってくると待ち構えたのだが、五日たっても十日経ってももとの悩みは帰ってこなかった。その日の出来事は心境の変化ではなかった。苦悩が戻ってこないため坐禅は怖くなくなった。いくら坐禅しても大丈夫だよと誰にも勧められるようになった。
坐ることだけが大切だと師は強調された。やっただけはやった。利人鈍者を択ばず、上智下愚を論ぜずとあるが、たしかに坐ることは誰でもできる。坐行が一等大事なら利巧か鈍感か、知識の豊倹などは問題ではない。世間では利鈍賢愚が大問題だが坐禅には効かない。
あの瞬間はなんと名付けられようか。自分の思いではなかった。坐禅が自我と自身を乗っ取った感じだった。坐禅の力が苦悩を吹き払った。それは仏教学が言う「定力」が相応しい。定は禅定だ。坐禅には力があった。禅定力は生を抑圧する苦悩を除去する力を有していた。坐禅の力を実感した。
2010年のはじめ、ひどい五十肩で半年間激痛に苛まれた。六月になって整体術の方法を使った結果、激痛が一瞬のうちに消え去った。あらゆる痛みが瞬間蒸発した。身心脱落というが文字通り、赤子だけでなく、ひとは身も心も本来は無苦痛であり無苦悩だと悟った。
現実のひとの生活は少苦、少痛、少悩だ。まったき苦痛苦悩ばかりではないから希望や勇気や愛が生ずる余裕がある。人生苦を直視して修行された釈尊は、本来の自己に帰られたとき解脱されたのではなかったか。
「宝慶記」は記す。「堂頭和尚示して云く、参禅は身心脱落なり、焼香礼拝念仏修懺看経を用いず。只管打坐のみ。拝問す、身心脱落とは何ん。堂頭和尚示して云く、身心脱落は坐禅なり。只管打坐の時五欲を除き五蓋を離るなり。」
道元禅師と如浄禅師のこの問答で身心脱落は理解できる。しかしたとえ入門時に読んだとしても、身心脱落も只管打坐も、道元禅師には解っても自分には解らないという事実に直面しただろう。解らなければ、身に覚えがなければ、先人の引用文に頼るだけの一生に終わっていたであろう。
「悟迹の休歇なるあり、休歇なる悟迹を長長出ならしむ。」
身心脱落は、苦悩に満ちた人生も間違いだらけの世界観もひっくり返す。それはぱっとひらめきがあった部類の心境の変化ではない。仏道の中に在って修行する者の安らぎである。
只管打坐は刻々に坐り、坐りする瞬間の話ではない。人生を背負っている坐業だ。参禅はお寺の坐禅会にときどき参加するという意味ではない。生老病死の人生苦を解脱するために発心、修行、菩提、涅槃された釈尊の事跡をならふ修行だ。
身心脱落は悟って終わりではない。悟ったらその迹を吟味し、深い意味を理解し直す。正見、正思が合致したら正業、正命(正しい活動と生活)を続ける。長長出は努力し続け修行し続けることだ。
大乗仏教も小乗仏教も釈尊のお悟りの長長出だ。完全な悟りを得られない凡夫ではあるが、仏弟子はひとりひとりが善業を長長出してきた。伝承されてきた坐禅に救われたなら、自己がすべきことは報恩行で、できるだけ多くの人に正しい坐禅を伝えることだ。それが使命であり、仕事であり、生きがいである。
仏教は意識せずとも、何度も聞きたくなるような歌謡曲を長長出される方もおられる。同じネタなのにいつも笑わせられるまで話芸を磨かれた落語家もおられる。それぞれに悟り、美語、真語が光り輝く。
池田永晋