神谷宗幣の日本語
令和四年七月十日、参議院議員選挙が行われ、神谷宗幣率いる参政党が一議席獲得した。五人の比例区候補者は合わせて176万票、地方区合計は200万票を越えた。
神谷宗幣、武田邦彦、松田学、吉野敏明、赤尾由美の五名は全国比例区候補となり文字通り全国を飛び回った。同時に四十五の地方区に一候補ずつ擁立された。全国区候補者と地方区候補者が応援し合う形式で、連日演説が繰り広げられた。毎夜九時に一日の反省と翌日の予定が話し合われ、YouTubeで配信された。
参政党は政治に参加する党という意味で、党員は傍観者ではなく積極的な活動家だ。選挙期間中に党員数は毎日二千人ほど増え、最終日には九万人を突破した。正式候補者と、サポーター、名もなきユーチューバーたち全員が活躍した。
2022年にはアメリカ中間選挙が十一月に控える。共和党の圧勝が予想される。フランスではルペン女史の右派政党が五月に議会選挙で躍進した。世界の潮流がグローバリズムからローカリズムまたはナショナリズムに変わろうとしている。
七月八日に奈良の大和西大寺駅前広場で選挙演説中だった安倍晋三元首相が銃撃され死亡した。自民党は選挙に大勝したが、暗殺事件による同情票が指摘された。
事件捜査の過程で自民党と統一教会との癒着が明るみに出た。選挙時、信者たちは無料でポスター貼り、電話番や車の運転など実働部隊として働いた。安倍晋三は統一教会の大会にメッセージを送った。自民党が国民の思惑を軽視できる構図があった。
安倍晋三の治世は憲政史上最長を誇るが輝かしい実績が思い浮ばない。靖国参拝を仄めかして保守層の支持を集めたが、国会議員中の国士や正義漢は選挙で落とした。外国には大盤振る舞いし、移民でないと偽って外国人を大量に入れ、大事な企業を外国資本に売った。芸能人不審死は自殺と片づけられ外国人犯罪者は無罪放免だ。日本を漠然とした闇と不安が覆った。
安倍亡き後日本と世界は大きく変わると予想される。暗殺の真相は不明だ。奈良県警と執刀解剖医の説明が食い違う。真相がうやむやなのは安倍政治そのものみたいだ。
参政党は日本を売り飛ばす自公政権に対して立ち上がった。保守政権のはずなのに三十年、日本の停滞は放置された。何を期待して現政権に投票してきたか、投票した結果良くなったか。ノー!の叫び声が響いた。グローバリズムに対する違和感が表に現れた。
参政党候補者は、教育、食と健康、国の守りを中心政策に据えた。選挙カーの上で日本の危機を訴えるには論理だけでは不十分だ。勇気がなければ壇上に立てない。情熱がなければ国民運動にまで持っていけない。聴衆は神谷宗幣の知性と勇気と情熱に共感した。
神谷氏をはじめとする候補者の演説は素晴らしかった。一時間も聞かせる。最終日は二時間のマイク納めから三時間の全候補者参加の反省総括もあった。それでも飽きない。
自主的に動画を配信するユーチューバーたちが演説会場に並ぶ。魂の十八日とか驚きの演説のようなタイトルが多い。会場はいつも数百人超え、最後の夕べは芝公園で一万五百人が集まった。ただ聞くだけでなく演説者と聴衆の間で応答拍手が止まなかった。候補者の思いと聴衆の危機感が一致した。
テレビや動画で学歴が高い文化人や学者がコメントする。知識は豊富だがどこか物足りない。別の見方もあるでしょ、理屈は分かるんだけど、そもそも論評の意味は何かなど疑問が尽きない。言葉だけが議論されて創造力が感じられない。言葉は社会全体の交歓でできる。上手な模倣者が幅を利かせる。
欽明天皇の御代、538ADに仏典が初めて本邦にもたらされた。604AD、十七条憲法が公布された。聖徳太子は、仏教の智慧の深さに驚愕されたであろう。人と心と世界を知るには仏教を理解する必要がある。仏典を読むためには漢字を学ばねばならない。その後の漢字の学習は凄まじく、百年後の712ADには万葉仮名で長編の古事記が編纂された。
海の向こうの大陸で漢字が使用されていることは知られていた。しかし漢字の習得は何千年もされなかった。日本列島内で意志の疎通はできたし会話の文法も確立されていた。漢字を使う必要がなかった。漢字の使用は文明の発展だと決めるのは偏見ではないか。もし仏教がなければ公的な漢字の使用はなかったあるいはずっと後世だったかもしれない。
本居宣長は仏教も漢字文化も外来思想と位置付けた。漢字以前、仏教以前の日本語こそ大和心だとした。文字に汚染される前に本当の大和心があったのではないか。
西洋思想や現代科学、金融資本は伝統的な日本を押し潰そうとしている。それでいいのかという問題意識から参政党の活動が始まった。
神谷宗幣の演説は、真理も力も弱い言葉の氾濫に耐えられなくなって奔り出た本音だ。文字輸入以前の大和魂が爆発した。日本の危機を直視しているゆえに多くの魂と共鳴した。