釈尊は菩提樹の下で結跏趺坐し、明けの明星を見て覚醒され、四苦八苦から解脱された。同時に仏智を得られた。その内容を苦諦、集諦、滅諦、道諦の四聖諦で遺された。
物事が苦しみから始まるのはインド文明の前提のようである。仏滅後碩学や高僧は四諦を精細に研究し苦の概念が明らかにされた。苦の生成は業感縁起論をはじめとする諸々の縁起論で説明された。苦の滅が可能であることは仏陀が証明された。道諦は苦が滅に至る修行方法として八正道を説く。
仏智は至高知だからすべてが説明できるはず。苦楽、因縁、論理、悟り、心、物体、空間、時間、世界とあらゆる事象が考察された。倶舎論に至って世界は「法体恒有三世実有」と結論された。
原子は永続するからわからないでもないが、過去現在未来の三世が存在するのは常識に違背する。過去は現在にも有り未来はすでに実有という。小乗仏教は常住見の壁にぶつかった。
大乗仏教は小乗仏教の批判から始まった。正反対の観点から一切は無常住、諸行は無常であると考えた。無常は川の流れの如しと観察できる構図だから誰でもわかる。観察者も無常するはずと追求して空に至った。大乗仏教は空に基づいている。金剛経、般若経、法華経、涅槃経など多彩豪華な経典が産まれた。
空は一切否定だから過去も未来も無い。現在もあったら空ではない。つまり時間が無い。時間がなければ因縁因果も物も存在しない。したがって空は目前にある存在物を説明できない。小乗仏教とは真反対に断滅見にも限界があった。
大乗仏教徒である我々は空即是色の語で物の存在を説明した気になっているが、空が色だと論理的に説明できるだろうか。如夢幻泡影が真実ならひとの肉体はいかに百年近く生存できるのか。法隆寺はなぜ千年以上存続するか。
キリスト教でもアウグスチヌスが時間論を展開し、時間は現在しかない、しかも現在もないと唱えた。現在がなければ物は存在できない。そこで神が居られるから、神の恩寵で我と物は存在すると説明した。存在論と言われる。キリスト教徒はこの無理筋にニーチェが神は死んだと宣言するまで苦しんだ。
小乗大乗仏教とはなんだったのか。常見と断見を駆使して法を究極まで追究したが真理に到達できなかった。どちらも人見であり仏見ではない。二見をとことん究めながらインド人は智慧の文明を創造した。
ひとり釈尊は、悟りや真理の追求ではなく、苦からの解脱を求められた。苦痛苦悩を克服されたとき真理が顕現した。仏滅のあと法は衰微するという末法思想は間違いではなかった。
おじさん学者たちが若いタレント女性に尋ねた。「遠交近攻という言葉を知っているかね?」「聞いたことありません。」「近くの国と対抗するために遠い国と仲良くするという意味だ。隣国と仲が悪いのは世界の常識だよ。」少し考えてタレントが答えた。「わかりました。適正な距離を保てということですね。」
印欧語では大小、内外、真偽、善悪、有無、個人と世界などの相対概念が頭の中で共存する。All or Nothing, Free or Die, Good or Evil など、文法的に二項対立である単語が湧き出でる。ゾロアスター教には善悪の神があるというが、文法を神様にしている。欧米人は、神が造ったエデンの園で突然邪な蛇が現れるのを不思議に思わない。善悪の併立を前提に思考するから矛盾を感じない。
一切皆苦は絶対真理であろうかそれとも楽と苦の二項対立の片方の苦だろうか。解脱すれば楽になるなら、苦が絶対真理であるとは言えない。釈尊は印欧語の中におられたから苦と楽の二項対立があたりまえの真理だった。
日本語は二項対立を嫌う。というより二項共存では真理だと納得できない。苦に対する楽は本当の楽ではない。腹痛も治ったら楽で健康だとするのでは浅い。胃の存在を忘れているのが本来の健康だ。意識に上るようでは本物の楽ではない。
1980年八月のある朝、坐禅中にガラッと心識が一変した。焦慮と混迷の中で坐っていたが、あらゆる懊悩苦悩が一瞬にして雲散霧消した。晴朗快活の気に満たされた。苦痛だった坐禅が快適になった。正気なのだが、数分前何を悩んでいたか思い出せなかった。内山老師が何を伝えようとされたか腑に落ちた。坐禅業を通して以心伝心があった。時が経っても元の苦悩が蘇ることはなかった。
老師の「自己」に同じような体験が描写されている。懊悩の中で出家生活も止めようかと迷っておられたある夕べ、一人で坐っていると思いがけなく安心の境地が訪れたとある。同じ坐り方が同じような体験をもたらしたと考えられる。
「自己」には「手放しの身構え」とあるのだが、安泰寺では「思いの手放し」を耳鳴りするまで指導された。しかしあの朝の転回は思いの手放しでは合点できない。手放しなら主体である自我は手付かずで残り、思いの変化があっただけだから悩みは再来しただろう。
大転回は坐禅力、定力のしからしめたことではなかったか。必死で坐り続けたから、いつのまにか定力が充実して苦悩が砕破したのではなかったか。相撲取りが四股を踏んで稽古していると、ある日横綱に勝てるほど強くなるようなものか。
「自己」を読み返して、内山老師の言葉の洪水に圧倒される。なぜ「思いの手放し」を唱道されたか不思議だったが、御自身が思いの申し子であられたからだろう。思いを否定する思いが湧く無限ループを楽しまれた。
正法眼蔵坐禅儀には「兀兀と坐定して思量箇不思量底なり。不思量底如何が思量。これ非思量なり。これすなはち坐禅の法術なり。」とある。思量とは小乗と大乗、常見と断見、悟と迷、時間と存在などなど。思量は偏見に陥る、坐定力は人見を正す。思量は文法の問題であり真実ではないと見切られた
坐禅儀は「坐禅は習禅にはあらず大安楽の法門なり。不染汚の修證なり。」と結ばれる。真実人体は苦でもなく楽でもない、解脱も要しない大安楽である。坐禅は習い事ではなく、染汚せざる確かな定力を増大増長することだ。
* * *
普勧坐禅儀はどう位置づけられるか。宋禅の坐り方であろう。道本円通という観念、イデオロギーから始まり現世利益に終る。
正法眼蔵弁道話は道元禅師の卒業論文であろう。参学の大事ここに終れりとある。知識の追求なら終わりもある。
大安楽の法門不染汚の修證は、神道の誠実、清き明き心や、本居宣長の大和心を博く深く表詮する。
池田永晋