不戯論(2)

不戯論(2)

たきぎははいとなる、さらにかへりてたきぎとなるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり、前後ありといへども、前後裁断せり。灰は灰の法位にありて、後あり先あり。かの薪、はいとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり、このゆえに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり、このゆえに不滅といふ。生も一時のくらいなり、死も一時のくらいなり。たとへば冬と春とのごとし、冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。

現成公案巻は二段構えで書かれている。仏教一般論で始まり、この段からは個々人の参究修行論が展開される。単なる用語の解説ではなく、修行者はどうすべきかという内面まで踏み込んで物語りが進む。展開の語がふさわしい見事な文章で、魅せられる。なかでもこの段は特に難解で、祖師がたも苦労された。
主題はたきぎとはい、生と死だとまず押さえたい。薪は生、灰は死である。薪は薪の法位に住してとあるから、薪という法の位が存続するのが前提になる。そして生も一時のくらいなりと続く。生も生の法位に住している。
法とは「自性を保持して改変せず、規範となりて物の解を生ぜしむるものの謂」が根本義で、あらゆる物が当てはまる。位はさらに細かく条件付けができる。薪は、乾き具合や木の種類で火力が強い弱いとか一本ごとに差がある。住するは特定の状態が続くこと、薪が薪であり続けること、生なら何十年と生き続けること。誕生から死まで人は同じ名前で特定される。
薪も灰も形があって有限だ。形があるから他から区別できる。有限は時間的にも限りがある。この世は有限者の集まりで出来ている。木の葉や河原の砂は数え切れないほど多いものの代表だが、一つ一つは形ある有限者だ。有限者は一つ一つがかけがえがない、特に生命はひとりひとり取り替えられない。
法位は単なる物ではなく仏法の位である。仏法というとき法は仏の教え、真理、存在物といわれる。究極的には浜の真砂の一粒一粒に至るまで仏の慈悲と智慧に抱かれて実在する。その奥深さを薪の法位に住してといわれた。
無限、限りがないとは差異も変化もないということだ。グローバリズム推進者は世界中に同じ建物を作り同じ高速道路を作り同じ車を売った。
薪という有限者は燃えると灰に変化する。木の形を保つ薪と形をなさない灰は似ても似つかない。断絶、矛盾関係にある。薪が灰になるような生成変化は毎日毎時いたるところで起こる。花が咲き実が成る。小鹿が生まれ親鹿が老いる。山が出来崖が崩れる。この世に現れる生があり、生あるものは必ず滅する。

薪が灰になったら、薪はさきで灰はのちである。この客観的な事実を、灰はのち、薪はさきと見取すべからずと否定された。「しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり、前後ありといへども前後裁断せり。」仏の見方は常識と異なる。薪は前後関係で燃える。「薪の法位」は前後が裁断する。根本は「自己の法位、自己の人生」だ。「かへりて薪となるべきにあらず」と常識外れのイメージを明確にされた。
のちありさきありは因果関係が続く、前後裁断せりは断絶する。因果関係は苗から芽が生ずるように客観的にあるように見える。しかし水がなくて芽が出ないこともあり、予期せぬことはいつも起こる。むしろ因果関係のパターンで見るから因果が見えるという見方の問題もある。「見取すべからず」の語が生きてくる。薪と灰は法位が異なる。時間的に前後連続しているように見えても、質的に別世界に居る。
同じように、生が死になるのは法位が変換する。死ぬことを考えることはできてのちありさきありだが、死そのものは解らない。死は別世界、次元が違う、前後断絶せりだ。死は解らないことばかり、どこまで不可解か見当もつかない。死とは何か定義できないから死になるとは言えない。生でないのは確かなので不生といふ。同じく不滅から見ると生の奥深さが身に沁みる。
法位とはあらゆるものだが、ひとりひとりの生は一回きりで一時の法位であるのは薪と同じ。法位は自立し自律し、自己たりえ有限である。因縁和合して生成し因縁離散して消滅する。春の法位は冬の法位ではなく、夏の法位は春の法位ではない。一時のくらいが百歳を超える人も、自己は自己の法位をまっとうするしかない。

十二因縁
法位の変換と書いたが、生が死に変わったり薪が灰になる現象を無機的客観的に表現した。考えてみれば仏法のあり方が変わるわけだから、用語法としては不敬、傲慢ではないかと思える。客観的普遍的な正しい言葉を使おうと心がけたのだが、その知恵と態度がすでに仏説からかけ離れているのではないか。
十二因縁は四聖諦のうちの第二、集諦において、釈尊が苦の原因を求めた結果得られた因果関係を公式化された。十二支は無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死であるが、逆観順観など深く広く研究されてきた。無明から発して生と老死に至る因果律である。
仏教とは何か、一言で言うと、釈尊が人生苦に気づき、苦を克服しようと発心修行され、最後に苦の原因を突き止め解脱されたことに尽きる。十二因縁は苦の最終的な原因が無明であるとする。無明を明に変えれば苦はなくなるはずだが、理屈通りに行くなら苦労はない。現実には少悩少病なら上出来だ。
集諦が発見されなければ苦の原因を見極めようとする発想さえ人々には起こらなかっただろう。釈尊の偉大さの証拠であり、難値難遇の教えである。
西欧近代科学思想から見ると、生と死が因果律で説明されることは異様だ。因果律とは客観的普遍的、他人事のはずだ。自分の生と死が混入すると我見、我欲、我慢などが真理を汚染しねじ曲げる。詳述する余白はないので、カントが基礎づけた科学的因果論は普遍的でも客観的でも真理でもなかったとだけ指摘したい。
十二因縁以後仏教界では多くの縁起論が生まれた。ざっといえば宗派ごとに縁起論が展開された。禅は教外別伝、不立文字だから縁起論を創ることはなかったが、仏教理解のために他宗の縁起論を学習するようにいわれた。研究が進み後世になるにつれ、縁起論は常識に近づき、理解されやすくなった。重々縁起論などはすべてを説明する。だからだろう、苦がない、不生がない。他人事の方向に進化した。
仏教は釈尊を開祖と仰ぎ開祖から教えと歴史が始まる。また仏教は正法、像法を経て末法へと法が衰微するとも教わった。
科学技術の進歩が全盛である今日に末法思想など意味がないと多くの人は思うだろう。私も学校知に浸り切っていて末法など受け付けなかった。
もう一度考え直してみれば、釈尊を敬礼信仰するのは当たり前だが、釈尊から歴史が始まるのはおかしい。釈尊が現れるまでにインドでは数千年に及ぶ真理の探究があった。ヨガやウパニシャッド哲学はその成果だ。しかし真理は得られなかった。末法の世だった。
釈尊は自己の人生苦を問題にして、苦からの解脱を得られた。すると真理も同時に見えてきた。嘘ごまかしがあれば安心は得られず、修行参学も間違っていれば解脱はない。他人事ではない自己の解明こそ真理発見の要であり、仏法の真骨頂だった。
無明から生と老死苦に続く因縁は釈尊の一大事であり、同時にわれわれにとっても一大事だ。ところがというかやはりというか、時が経つにつれ、社会思想のような因縁論が現れ、仏の教えも他人事と見做されるようになった。戯論に陥っているように見える。われわれは末法の見方で世を見ていることを知らないだけかもしれない。
科学技術全盛の世に仏教思想は科学と矛盾しないとされる。その理由は双方とも他人事だからではないか。科学が客観的、他人事の真理を追求するのは是として、仏教は他人事であっていいのか。釈尊の原点を忘れてはならないと思う。

 

不戯論

不戯論

数年前、ある坐禅会で「正法眼蔵八大人覚」を紹介したことがあった。正法眼蔵最後の巻で、道元禅師のご遺言であると内山老師から聞いている。少欲、知足、楽寂静、勤精進、不忘念、修禅定、修智慧、不戯論の八項目にまとめて修養徳目が解説されてある。八項目だから八大人覚で、ライフスタイルとしても老年期の生き方としてもわかりやすい。自分の生き方を見直す意味もあった。
反応を振り返ると、素直に受け入れられる内容だったようだ。八番目の不戯論(フケロン)については二人から質問があった。「戯論は戯れ言で、デマや嘘はすぐわかるが、じつはあらゆる概念が戯論ではないのか。」という。「その通り、あらゆる言葉は戯論になる。坐禅だけは不立文字、教外別伝と言われ、言葉に依らない実修実行である。言葉に依らないから戯論ではない。」と答えた。
昨冬、雪国の正法眼蔵講座を始め、現成公案の巻を読んだ。内山老師に手ほどきを受けているので助かった。大事なことは何度も言う主義だと公言され、毎日のように「仏道を習ふといふは自己を習ふなり」と耳鳴りするほど聞くことができた。おかげで修行の基本だけはぶれなかった。感謝のしようもない。それでも日常生活では迷いの連続だが、基本が曖昧だともっとひどいことになっていたのは間違いない。
しかし正法眼蔵の本意がわかるとは思わず、黙って坐禅だけ続けた。正法眼蔵は難解すぎる。解ったと思ったことが誤解だったと分かったことが何度もあった。読みやすい現成公案ですら明確に理解する手がかりがない。もっと難しい巻は足がすくんで読み進めない。

死ぬ前に一度は読み抜きたいと思いたった講座だが、今回は現成公案をスラスラ読めた感じがする。読めば読むほど坐禅について書かれてあると腑に落ちた。坐禅だけは好きなだけすることができたが、それが至高の幸いだった。坐ることで救われたことは何度もあったし、修行するほど奥行きの深さがわかり世界が広がる快感を味わった。坐禅は頼りになる。あまり公言はしなかったが、坐禅による現世利益は半端なかった。
はじめの四行はお経で言えば因縁分にあたる。後に続く正宗分が書かれる理由が書いてある。小説でも論文でも導入部があるが、道元禅師は文学者でもあり芸術家でもあった。導入文に力を注がれたのは当然だ。現成公案では息を飲むほどの見事な書き出しに驚かされるのだが、導入部に過ぎない。常識的な仏教観や修行観は間違うことが多いとおっしゃっている。正しい教えは次の通りだとして本文、正宗分が始まる。
正宗分は迷悟論、認識論、仏道を習ふというは自己を習ふなりと続く。生死論、正報依報論、参究論へと展開する。正確に言えば、坐禅の迷悟論、坐禅の認識論、坐禅の参究論のように、いちいち坐禅をつけると納得できる。坐禅が解ったわけではなく修行ができたわけではないが、坐禅への信頼は確かになった。
坐禅を外すと、インド人の認識論は、ギリシャ哲学の本質論は、実存が先か本質が先かなどと客観的真理という迷惑が入り込み収集がつかなくなる。客観も真理も普遍だ正当だと主張する。表面的には受け入れられるが、突き詰めると破綻する真理論だ。グローバリズム、国連中心主義などが破綻する現状と合致する。
ところが現成公案には坐禅という言葉はない。だからだろうか、解説書では華と草、薪と灰、冬と春、空と海、鳥と魚のような具体的で目立つ言葉についての言及が多い。諸法や仏法や万法についても仏教用語の解説が夥しい。道元禅師は和歌をそれも名歌を読まれたが、和歌は直接表現を避けると言われる。奥ゆかし過ぎて直接話法しか理解出来ないものには手も足も出ない。

「仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に證せらるるなり。万法に證せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。悟迹の休歇なるあり、休歇
なる悟迹を長長出ならしむ。」
内山老師が何度も引用された箇所である。仏道修行の眼目が直截的に指摘されている。仏道は自分の問題だ。この世には問題がたくさんあるが、大事と小事、真と偽、是非善悪を突き詰めると、結局自己をならふ、自分を修行することが根本だということに
尽きる。これ以上簡単明瞭な禅仏教の定義はないだろう。
しかし脱落が引っかかる。英訳すると意味をなさない。脱とは何か、落とは何かと様々な議論がなされた、Out にするか Off がよいかなど決め手がない。宝慶記にある「身心脱落、脱落身心」を元にして、Body and Mind drop off. とするのが一般的だ。日本語でもわからないのに英単語に置き換え、それで解った気になって議論するのは不思議な光景だ。
今回、永平広録を開いてみた。巻之四の334に「参禅は身心脱落なり、只管打坐の道理を聴かんと要すや。」とある。脱落は珍しい言葉でその意味に定説があるとは言い難いのだが、眼蔵でも広録でも諸所に使われる。広録では身心脱落は参禅坐禅することだった。それを只管打坐ともいう。しかも巻之四316には「坐禅は是、悟来の儀なり。悟とは只管坐禅のみなり。」と言われる。坐禅は悟りに由来する、悟は坐禅である。
「身心をして脱落せしむるなり」は参禅して正身端坐することだった。他の箇所も
坐禅と違背するところはない。禅の具体的な説明だと断定してよい。確信は深まり、現成公案は坐禅の説明だ、何百回も読んで損はないと勧めた。

数回読んだ後、冒頭で疑問を呈した参禅者が、「現成公案も戯論だろ。」と言った。とっさに「いや違うよ、現成公案は具体的な坐禅の説明だよ。」と返した。
彼は、言葉はすべて戯論である、現成公案も言葉で書かれている、したがって現成公案はケロンであると推論した。三段論法という論理の進め方だ。形式論理としては正しいというべきであろう。
坐禅についての叙述だから、また道元禅師の著作だから現成公案は正しいと思い込んでいたのだが、言葉と坐禅行の差異だけでは説明できないことに気付かされた。問題は言葉と言葉以外の二分法で片付くほど単純ではない。
決定の説は真僧を表すという禅語もある。禅僧だから坐禅修行第一なのだが、同時に一句一語に生命を賭けるという生き方は尊重されてしかるべきだろう。大学教授や学者は社会的に尊敬されるが、なかには意図的に嘘をつくものもいる。影響が大きいだけに真と偽、正と誤の判別はあらゆる場面で不断になされなければならない。
八正道の一つは正語である。言葉に正誤があり正しい言葉がある。大智度論には仏語は実語、美語、真語なりとある。言葉には虚偽と真実の問題がついてまわる。それを端的に表したのが戯論と不戯論の別だ。
八大人覚の巻には「證して分別を離るを不戯論と名づく。実相を究盡する、すなわち不戯論なり。」の原註がある。證するとは身心脱落、只管参禅に他ならない。坐禅修行を参究して明らかになることが実相を究盡することで、不戯論だ。つまり現成公案は不戯論という原理原則によって書かれた。
不戯論は正法眼蔵の最後に出てくる。だからわれわれ後進に対する御遺言だとばかり思っていたのだが、じつは第一巻から始まって百巻以上の御著作を貫く一大原則だったのではないか。自ら不戯論の原則を実践されて最後に秘密を明かされた。というより手本を示されたという方が適切であろう。
不戯論の原理は第二巻の謎を解くヒントになる。唐突に異質な言葉が出てくるのでとまどっていたのだが、実相の究盡ならわかる気がする。正法眼蔵が食わず嫌いで敬遠される理由の一つは、御著作全体を貫く原則が知られていないからだ。多語、多彩、多作な正法眼蔵もこれからは読み取れるかもしれない。

 

 

存続と存在(6)

存続と存在(6)        08/04/2011

「天台四教儀」というテキストがある。仏教の入門書として古来有名だ。その中で「初心の弁道すなわち正覚を成ず。」とあり、諸所に引用されている。英語では Bigginer’s Mind と訳されて、仏教に関心があるひとはみんな知っている。
Zen に関心がある欧米人はまず 「Zen Mind Bigginer’s Mind」 という本を読む。サンフランシスコ禅センターを創った鈴木俊龍師の著作である。修行者は誰でもいつでも初心で頑張れ、それが禅の生き方だという。
日本では初心に帰れ、初心を忘れるなという言葉は普通に語られる。失敗してもやり直そう、緊張感を失っているから引き締めていこうという含蓄がある。弁道は修行のこと、初心は初発心のことで、発心し続けることが禅心だ。
よく知られた話だが、お釈迦様は出家して六年間苦行された。苦行を六年続けた結果悟りの果実を得られた。修行の継続がなければ、得悟の一分前で諦めても悟りに至られることはなかった。
常識で考えれば、六年間の修行が釈尊に悟りをもたらした。初心が正覚を成ずは実態からかけ離れている。ピアノでも書道でも初心や瞬間心で片付くはずはない。存続がない存在は非存在だ。存続を忘れた議論は得悟も説明できない。
*  *  *  *  *  *

江戸時代の日本は教育大国だった。各藩には藩校があり、方々に寺子屋があった。ある旧家の倉の中に所蔵されている古文書を見たことがあるが、四国の片田舎に京都の学識者が来て講演会を開いていた。読んだのは速記録だった。知識の吸収と普及に都会も田舎もなかった。それが日本社会だった。
寺子屋の教程は読み書きそろばんと言われた。読み方、数え方、手紙の書き方など実学中心だった。女子には裁縫や料理も特別に教えたはずだ。世間で必要な基本的な知識を確実に教えて、あとは各人の能力と興味に任せて送り出した。みんなが普通の生活ができるような教育が行われた。
脚下照顧、自己を習うという態度は常識だった。脚下は足元で、足元を照らして安全に進行する。歩くだけでなく肉体、心持ち、家庭、世間、経済まで見通して生活しようとの心構えを持つ。心の構えと見通しが得られれば、自分が今日何をするべきかわかる。十年後、百年後に向けて働ける。脚下照顧を忘れたら自分がわからなくなる。自己を習うということは、足元を照らしつつ心も肉体も学習し努力することだった。
同じような共通認識は縄文時代にもあったようだ。考古学の発達のおかげで、黒曜石や石器土器が日本列島の隅々に伝えられたことがわかってきた。稲作だって日本起源ではないかと言われ始めた。大八洲は世界最古の文明の共通認識で結ばれていた。伝統を尊重する存続思想は、存続文明の事実を表現しただけだ。

明治維新以来教育とは学校でなされるものと受け取られてきた。そこで教えられるものは近代西欧に発する知識がほとんどだ。民主主義をはじめ社会契約説とか国際主義とか。グローバリズムやインターナショナリズムはハイカラに聞こえる。「山のあなたの空遠く幸い住むと人の言う」という詩があった。遠くを見る癖がついた。
西洋個人主義が入ってくると、自己だけを見つめ自己の自由と権利だけを追求するようになった。キリスト教では神の前の平等という。子と親が平等だというのだ。どちらも独立してバラバラに自己を探すことになる。「自己ぎりの自己」とまで言われたのだが、現実に自己が親兄弟から切り離して生きれることはない。このような簡単な事実さえ西洋個人思想に夢中になると判らなくなる。

生也全機現、死也全機現は禅語である。生きている限り安心して生きればよい、全力をあげて生きるべきだという意味だ。この世には生と死しかない。生と死は論理的に矛盾関係で、死でなければ生、生でなければ死で中間はあり得ない。生が存続する限り生を生き通すしかない。生と死を直視した人生観が確立する。
ところがひとは生まれた途端に死に向かって進んでいるとか、肉体は死んでも魂は生き続けるかのような曖昧な言説が少なくない。働き盛り、遊び盛りの青年期のときから死の恐怖を煽って足を引っ張る。
魂の存在は確認された試しがない。このシリーズでは魂の存続と言わないから非存在だと言えるのだが、見えないし触れないものをもとにしたあいまいな議論に時間を潰すひとは多い。
健康な青年がじつは死につつあるなどというのは気が利いたつもりのレトリックに過ぎない。これは刹那無常の言い換えだ。方丈記の「行く川の流れは絶えずして」の文章は有名だが、刹那無常は一期無常と合わせ考えなければ偏見でしかないと知るひとは少ない。青年期壮年期は自己実現のために全力をあげるべきだ。

コロナウイルスの蔓延下、アベノマスク配布のニュースを聞いた。やっと日本政府も具体的に日本国民のために働く気になったかと思った。国際金融資本とか善隣友好などの抽象的な言葉だけでは実際は何を行なっているか判然としない。なんとなく日本国民冷遇、外国人歓迎の風潮を感じていた。
マスク配布直前になって、製造元は日本人や日本企業ではないと分かった。四百億円以上の金は景気低迷する日本国民のために使われると思っていたのだが。この期に及んでも外国企業にだけ金が回されることに愕然としたひとは多いはずだ。アベ政治の正体は外国崇拝、日本無視だったことがあからさまになった。マスクを総理官邸へ返送しようとする運動が起こって当然だ。
アベは日本人をバカにしている。マスクは自作しましょうと呼びかけるだけで良かったのだ。民度が高いなら国民の善意と労働、創造力を信頼して任せるべきだった。器用な日本人の腕の見せ所だ。マスクを作る方法を示した動画がたくさん上がっている。なかにはゴムとハンカチだけで裁縫なしに作る方法もある。なぜ自分たちで作りましょうと言えないのか。
あらゆる機会を捉えて日本人貶め、外国人優遇をするのが保守政治家のスターと思われていたアベの正体だった。政治も経済も売りと買いばかり考えている。生産や創造は頭の中にないようだ。ユダヤ金融業者の冷酷な計画計算経済に従っている。売国奴、外患誘致罪の声も上がってきた。大人しい日本人も我慢の限界に来ている。寺子屋教育にも劣る大学教育知の成果だ。
里山縄文文明人としての自分を忘れた結果の惨状を、われわれは現在進行形で目撃している。自分を忘れ外国文化ばかりの学校知に頼る浅はかさ。コロナマスク騒動を日本を取り戻す契機としたい。
この項おわり

存続と存在(5)

存続と存在(5)      08/04/2011

実在する存続から真理や存在を抽出したものがイデアであるということができる。本当の自己はイデアである。切れば血が出る生身の存続自己は生成消滅するから永遠ではない、イデアの投影にすぎないということになる。
真の自己はどこか別にある。真理もどこか見えないところにある。行動主体も責任を取る者もあらぬ方向にある。すべては生身の自己ではなく社会や国の責任だとする思想が現れる。社会福祉、行政の責任、心のケア、とかよく聞くようになった。
存続が実在ならば、生存の主体は自己であり自我であると無理なく解る。自己は存続と一体だ。存続自己の語は不自然ではない。存在自己と言えないのは存在は実在しないからだ。生き甲斐は存続自己を正しく増長しようと志すときに感じる。存続自己は物質、空間、時間の和合積聚、因縁和合、因縁所成である。
自己は欲望、思考、正思、正見、道心、業を起こす主体だ。行為の主体として、責任は常に自己についてくる。同時に修行活動の成果報酬も得る。勇猛心もて発心修行すれば得悟する。因果応報の主体だから悪因を起こせば自ら苦を招き、善因を作れば楽快を享受する。
自己とは何か。WHO AM I? と問うと、本質としての自己、自分の中心、純粋な心のようなものを思い浮かべる。どこかに不変清浄な自分があるはずだと思って真剣に探す。しかしいつまで経っても見つからない。その理由は、時間や存在と同じく、存続から自己を分離抽出するからだ。抽出した自己はイデア、概念のみになって、真実自己ではなくなっている。実在しないものを探すのだからどこまで行っても見つからない、把握できない、自信が持てない。近代西殴文明教育、イデア思想教育の成果だ。
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世界中で保守思想とサヨク思想の対立が激しい。何を保守というか何をサヨクというかがまず問題になるのだが、社会思想、政治思想の分野であるから区別が判然としない。思想家や評論家はたくさんいるのに明快な定義がされていない。保守思想家だと思って拝聴していたら途中から売国奴に寝返ったり、皇室や神道を熱く語る人がキリスト教と同じ文脈で歴史を理解していたと判ったりすることが多すぎる。
混乱の原因の一つは、両陣営とも学問は西殴思想の学習だと思い込んでいるからだ。西殴思想はサヨク思想である。サヨク思想はフランス革命期のジャコバン党、マルクス革命思想、共産主義と続いた。現今は共産主義思想を改変したフランクフルト学派がサヨク思想の主流とされる。伝統社会の混乱破壊が目的だが、暴力によらず文化を破壊すれば社会は混乱し衰退するという方法をとる。最先端の学問のイメージがあり、学者は世界的な規模で尊敬されるから始末が悪い。
サヨク思想は断滅思想で反体制派だ。そんな断見思想がなぜ支持されるかというと、カッコいいからだ。毎日汗水垂らしてコツコツ働くより、デモに行って反対だーと叫ぶ方が気持ちいい。周りから褒められたり拍手されたりする。社会の破壊混乱という目標は明確だから、自信がつき、あきらめない、しつこい。
すべてのサヨク思想が断滅思想である理由は、日本文明存続のために作られた思想ではないからだ。日本文明の中から生まれた思想ではないからだ。支那、インド、中東思想であっても、外来思想はすべて日本文明増進のためにできたものではない。もっとも日本人に馴染んでいる論語だって不都合な思想がある。仏教のなかには到底理解不能な論理もある。
日本人は外来思想が大好きだ。シェークスピアを教える日本人教授が言っていた、「アメリカ人はシェークスピアを習いに日本に留学する日が来るかもしれない。」と。マルクス主義研究家はすでに日本の大学に来ている。アフリカの五百人くらいしか話さない言葉の研究をする人もいるなど、日本人の好奇心の強さは驚くべきものがある。
研究に夢中になっているとき、日本人で真実自己は何かと問う人は少ない。一方を證するときは一方は暗し。外国は、外国はと言いながら一生を終わる人が多い。
西欧近代思想は一神教、イエスキリストの教えに基づく思想だ。日本の小学校から大学校まで教えられることは、一神教から派生した教えばかりだ。博士号を取るほど身を入れて勉強すると一神教思想に違和感がなくなるらしい。勉強は洗脳の一種である。洗脳は不真実で偏見に決まっているが、博士は洗脳されたことに気がつかない。
一神教は一神を信じるところから始まるが、天照大神だって一人の女神だ。イエスの代わりに天照大神を立てればキリスト教と瓜二つの教義を作り上げることも可能だ。天地創造や唯一神崇拝と解釈される場面は古事記や日本書紀に事欠かない。キリスト教に似せる説を提出することが学問の進歩と思う人は少なくないようだ。
日本は一神教の国ではない、神道は一神教ではないと教科書に書いてあるのに、誰も両者の本質的な差異に触れない。多神教をネットで検索すると小学生の知識並みの資料しか出てこない。知識の過少さや不明確さが、保守思想を演説しながら渡来文化や外国人の功ばかりを強調することになったり、日本精神を外国思想の組み合わせで説明する結果になったりする。
自分とは何か、日本人とは何か、日本国とは何かと問うていつでも答えがでるようになることは必要だ。自分が何かわからなければ、今なにをするべきか本当はわからない。簡単に答えが出る問題でもない。ただし近代西欧思想を追っていくだけでは、サヨク思想家に終わるだけだと人生の見取り図を提出しておこう。
日本人とは何かの答えには、多神教の自覚が根本になるだろう。自覚は感じるだけでなく論理的、客観的に表現したい。答えがわかればいくらでも説明できる。人生とは何か、自己とは何か、日本とは何かと参究したい若いひとには、多難な道だが、一生研究してもしきれない問題で、その答えは生命創造の宝庫だと保証する。

 

 

存続と存在(4)

存続と存在(4) 08/04/2011

あるとき学生時代に指導教授から、哲学で一番重要な問題は何かと聞かれた。認識論と答えた。真理論とか実存論とかいろいろあるが、たとえ真理があっても認識できなければ真理を知りようがないからだ。
教授の答えは違った。「君ね、存在論が一番根本的な問題なんだよ。存在と存在している物は違う。目の前にあるもろもろの物は存在者といい、存在は存在者を在らしめているものだ。」
存在は在るという意味だが、哲学では普通に在るものを存在者という。存在者は目に見え手で触れる物だが存在は別だ。ひょっとしたら存在は非存在かもしれない。
不思議な話しだった。哲学界だけに通用する用語法に馴れると世間常識からかけ離れることになるかもしれない。存在と存在者を区別する必然性はあるのか。的確な見取り図を得られないうちに大学紛争が起こって専門書にかじりつく時間は無くなった。

「超越のことば」(井筒俊彦、岩波書店)を二十年ほど前に本屋で買った。碩学の誉れ高い学者の本を飾っておくのも悪くないと積んでおいた。
もう読めるかなと思って本稿を準備するために開いてみた。やっぱり難しい。存在のオンパレードが500ページ続く。ここまで存在概念だけで議論できるのかと感嘆する。予想通り時間については語っていない。というよりも、わざわざ無時間性という用語まで出てくる。指導教授の指摘通りだった。
同書では真に在るものを存在と名付ける。真に在るものとは永遠に不変なものである。真の存在は消滅生成しない、歳をとらない。神も歳をとらない、永遠不滅だから存在である。というより歴史的には、神とは何かと考えていく上で存在概念が確立されたのだろう。
目で見、手で触れる花や木、熊や鹿は生成もするが消滅もする。変化消滅は時間とかかわるから起こる。消滅変化するものは真に在るものとは言えない。
このような議論を形而上学という。日本は明治維新以来独立を維持するために西欧文明のあらゆる要素を摂取しようと努力してきた。学ぶことが習い性になっている国民性もあってその学習には成功した。一方で知らず識らずのうちに存在論を受け取り、日常目前の存続を忘れ捨象するようになった。その結果1920年以来国家に大混乱が顕著になってきたように思われる。

存在について語るのは有名教授ばかりではない。全国どこの学校でも、点は場所があって大きさがない、線は長さがあって幅がないと習う。円は描けるけれども完全な円は存在しない。目の前の円は存在者という。そして完全な円のイメージを存在という。点も線も同じ。存在者のモデルが存在で、このような存在をプラトンはイデアと名付けた。日本語では実体と訳した。
この世にあるあらゆる存在者は不完全な円、不完全な線、不完全な真理ばかりである。イデアは完全であり真理であり永遠である。真善美勇気のようなイデアもある。ミロのヴィーナスは完全な美を形象化しようとした。
完全を追求する芸術家や哲学者の欲求は激しいものがあるが、現世には不完全な美しかない。完全な真理はイデアで、人は真理を知ったつもりでも、イデアの影を知ることしかできない。円が描けるのは円のイデアが存在しているからだ。そのイデア、真理なるものはどこに存在しているのか。五感では捉えられないからあるとは言えない。
イデアは時間と無関係で真の永遠である。時間がないから歳をとらない、生長
しない、老衰しない、死亡しない。そのようなものは概念としては主張できるがこの世に実在するだろうか。存続から存在だけを抽出すると存在は非存在者になる。延々と存在を語る哲学者は、じつはどこにも無い物について語っている。
イデア論では真理とは何かもほんとうは説明していない。イデアが真理のはずだと主張しているだけだ。真理とは仏陀のように自ら体験し智慧を極めて絶対間違いないところまで見届けた上で表明できることだろう。体験なるイデアも想像はできるがこの世では経験できない。ということは、論理的にはじめから真理を知ることもできないということになる。

では何となくプラトンのイデア説を正しいと感ずるのはなぜだろか。古代ギリシャの代表的な思想だからか。それともプラトンが始めた学校、900年以上続いたアカデミアの影響かもしれない。ギリシャという国は滅びても学校は存続し、卒業生は先生となってローマ帝国だけでなく方々で偉大なるプラトン校長の思想を教えた。
プラトンの思想は現実から浮いた理想を語っているだけのようだ。理想を描くのは思考力で、知性とか、理性とか、悟性とか訳されるのだが、人工的に作り上げた幻想だ。事実や現実よりも純粋な思考を信仰する考え方だ。
じつはプラトンのイデアからハイデッガーの「存在と時間」まで、断滅、断絶、孤立、抽出思想である。西欧思想は2000年以上存続論理ではなく抽出論理、断滅思想を踏襲してきた。革命、解放、自由、NEW, Creative(創造)などが日常生活の中で普通に語られる。
西欧文明の最後の覇権国アメリカには伝統継続の居場所がない。存続するものはなんでも破壊断絶するのが当然と思われている。長年かかって蓄積した財産も会社も社会的地位も訴訟の対象にされる。学問も芸術もより以前の学説と業績の破壊に邁進する。スポーツで勝利や新記録樹立に熱狂するのは破壊思想の激しさを表している。中庸寛容などの選択肢はない。一方向に走り続けるしかない。

 

 

存続と存在(3)

存続と存在(3)        08/04/2011
身体は血液やリンパ液が循環し、呼吸、消化、異化、伸縮運動と絶え間なく活動して止むことはない。体熱は筋肉や細胞が運動して発生する。長生きが当たり前になり、百五十歳まで生きると言った人もいる。希望を持って生活するのはいいことだ。生存、存続は時間と共にある。
ここで思考実験する。時間が停止または無になったらひとはどうなるだろうか。あらゆる臓器は運動する時間がない。すると熱が発生しないから体温が下がる。どこまで下がるかというと絶対零度まで下がる。無運動は無熱だ。血液やリンパ液は氷となり、肺や細胞に含まれる空気も固体になる。内臓も完全に固化する。時間が無になればひとは生存できない。
時間が無になったら世界はどうなるか。太陽は核融合する時間がないから絶対零度になる。光も宇宙線も前に進む時間がないから真っ暗闇。火山も絶対零度、ハリケーンも静止、太平洋も凍結する。引力、核力、電磁力も動かない。時間が無になると物質も存在できない。
人の生存だけでなく物質も時間があって初めて存続できる。世界の空間と物質は時間と共に在る。時間が無くなれば何も始まらない。電子が原子核の周りを回っているのが現在の原子モデルだが、回る時間がなくなるから原子は存在しない。
実在(実に在るもの、具体的にあるもの)は存続するものであり、存続するものだけが実在だと定義できる。実在するものはすべて物質、空間、時間が和合し構成された存続である。存続、空間、物質がなければ自己は無い。

われわれは目の前に実在する存続から遠く離れ、見逃し、忘れることができる。認識論が扱う問題だが、われわれは物自体を見ているのではなく直接音を聞いているのではない。光の刺激を受けた眼が認識した映像を見ているのであり、耳が識別した空気の振動を聞いている。触覚や嗅覚も同じで、われわれの知覚や認識は原理として個性というバイアスがかかっている。個人は必ず個性を持って生まれ、それぞれ異なる特有な自己を生きる。個性の違いは人の存続原理に根付いている。
ここから真理とは何かという問題が導き出される。個人ごとに異なる世界を見ている人間にとって、普遍的な真理は見出され得るか。結論を急ぐと、お釈迦様と道元禅師だけが真理を見出された。
学校で時計の読み方を習う時から時間があると感じる。一時間、二時間がすぐに一日、十年、二十世紀になる。恐竜が居た何億年前とか幾億光年先にある銀河系や星団の話にワクワクする。
逆方向に分、秒、ナノ秒と辿ることもできる。原爆の爆発過程がコンピューターに
記録される。レーザー光と宇宙線との衝突も実験できる。肉体感覚では捉えられない遠方の宇宙空間も、極微の世界も計測できる。人間の知恵の偉業であり、どちらの方向も時間の存在を本にしている。
過去現在未来の時間は無いという議論がある。過去は過ぎ去って無い、未来は未だ来ない。過去を昨日、一時間前、一分前、一秒前と詰めていく。最後は現在になるはずなのだが、その瞬間はどこにあるか。また現在から未来へ移る瞬間はあるのか無いのか。現在の瞬間の一点はあるのかないのか。現在は把捉できない。結論は、過去現在未来、すべて時間は存在しない。
支那禅の問答集には過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得という公案がある。茶店の老婆に有名な禅僧が問題を出されて答えられなかった。あなたはどの心で饅頭を食べるかと問われてグッと詰まった。落第したから饅頭を売ってくれなかったという、沢木老師の話は面白かった。要するに実在しない過去、現在、未来という抽象的な概念に、掴みきれない心をくっつけたからややこしくなった。
時間の方程式は次のようになる。 存続=存在+時間。 両辺を変換すると
時間=存続ー存在 になる。実在し存続するもの、手にとって触れるものから抽出したものが存在とそして時間だ。存在も時間も抽象的な概念であって、頭の中でイメージとして描かれる。
存在と時間は、存続または実在の内部構造と比定することもできる。血管や筋肉は身体から抽出したら動かない、標本になる。カルシウムや鉄分なども肉体から分離されるとただの物質だ。時間も存在も、具体的な物から抽出したもので、概念としてだけ捉えられる。
言葉で時間を採り上げる瞬間に、時間を問題にしていると考える。同時に空間や物質を忘れている、捨象している。一方を證するときは一方はくらし。けんけん諤々議論して時間が実在しているかのように感じる。実体視するという。これらも究めきれない
認識の問題が絡んでくる。
現在だけの現在は、思考はできるが実在しない。刻々の変化はあるが刻々だけの刻々はない。空間物質がないから、時間を計測する方法手段もない。

拈自己抄を読んで

令和二年二月二十八日

「拈自己抄」月初めに届きました。畢生の御遺言ですね。重厚な文体で一般の人には難解ではないかと感じながら読了しました。執念の気迫が伝わってきます。晩年に至ってなお日本語の創造に精出すことができるのは老師の才能の賜物でしょうか、それとも大和言葉の力によるものでしょうか。
お手紙の中で脳梗塞とありビックリしました。辞書には脳内へ通う血流が細くなって起こる症状とあるのでその通りですが、漢字からは半身不随を連想させます。私のは軽い痺れで後遺症はなし、ピンピンしています。幸運でした。
とはいえ不具合は増えている。生活に支障はないですが、体力も脳力も漸減する実感がある。遺言を残す時期だなと考え始め、「雪国の正法眼蔵」のタイトルで日曜日の提唱シリーズを始めました。十二月一日に向けて準備していると、十一月二十五日に座骨神経痛が発症、希望と絶望が同時にやって来ました。
座ると痛いので接心できず、主治医も診断できない。オロオロするうち甲野善紀氏の動画に助けられました。紐の効用を説くついで「ゴムは捨てなさい」の一言で神経痛の原因がわかった。歩行用に膝まで届く厚い靴下を履いていたのが、かえって足を締め付け神経鞘を圧迫したのでした。治療法を整体師から教わって、もう大丈夫です。今回ほど坐禅が愛おしかったことはありません。

この冬は第一巻の現成公案を読んでいます。始めに諸法、仏法とあるので法の説明をしなければならない。法には三つの意味があって仏の教説、真理としての因縁の法則、そして因縁の理によってできている万物。
一人一人が因縁所成の結果だから法は自己である。仏法とは仏の教え、仏の示された真理、そして仏の自己である。現成公案には自己なる用語がたくさん出て来ますと始めました。
薪と灰の箇所はみんな興味がある。しかし時間論が書いてあると思い込んでいるので先入見の不備を指摘しなければならない。禅だけでなくヨガでも社会通念でも無常は刻々に変化するとばかり思っている。目の前の薪を取り上げて、燃やさなければ十年でも百年でも薪ですよ、何が刻々の変化ですかと聞く羽目になる。
この段は、薪と灰、生と死、不生と不滅、春と夏と、二項目の矛盾概念が対になっている。よく読むと、前後裁断とのちありさきありも対になっている。これらを無常の一語で解釈しようとすると、薪が百年存続すること、つまりひとが百歳生き続ける事実が説明できない。
宇井伯寿博士の仏教辞典に「無常:世間一切の法が生滅遷流して刹那も住するなきをいふ。之を刹那に於て見るを刹那無常といひ、之を一期相続の上に見るを相続無常と名く。」とある。無常は二種類ある。後者は相続無常だけれど、用語自体が自己矛盾しているしおぼえにくいので一期無常とします。
一期は薪に作られてから燃えるまで、春は立春から立夏まで、夏は秋まで、人は生まれてから死ぬまでの一生です。葬式の時参会者が思い出を語るとき、山田さんは恵まれない育ちながら努力して家族を養い、世のため人のために尽くされたなどと語られる。この人の肉体は刻々に生き死にしてある瞬間ではなどとは言わない。山田太郎という名前が付いた人が生存する間が一期です。
無常は二種類あり、刹那無常はのちありさきありで刻々の変化、人の一生は一期無常で前後裁断せりが適用される。怪我をして痛い時、痛が去るまでは痛の一期です。ひとは健康な一期無常を全うしたい。あらゆるものの因縁所成から因縁離散までを一期無常で理解できる。ところが仏教界は一期無常を忘れてしまった。
「薪は薪の法位に住して」とある「住」は常住で無常の反対語です。薪の一生は一期で、燃える時が無常で薪の死になる。「法位」は物の位で、位が異なるから物ごとの差異が表現される。差異があるから別が見える。人々(法)の間にひとりひとりが具体的に区別される。
法位と一期無常は因果応報の主体であり、自己責任の担い手であり、誇り、正義、人生観、社会観、国家観のもとになる。ひとは一期だけ生まれ善行し、そして死ぬ。例外はない。一期一生をいかに生きるかは個々人の責任で、それぞれが人生設計し満足できる生活を送るよう努力すると決定するしかない。能力ある人は社会のため、国家に貢献するがよい。国家の位はまた国民一人ひとりを守り育てる。
一切諸行が無常消滅しては主体も責任のありかもない。刹那無常だと刻々に無常するから人生設計できない。何を計画しても次の瞬間に無に帰する。国家防衛どころか家族防衛の理由もない。学問、鍛錬、努力、人格、善悪など、この世に意味あるものはひとつもない。マッカーサー狙い通りの無気力と混乱の世になる。もちろん責任はない。朝日新聞が捏造報道をうやむやにできるのも安倍が詭弁を弄するのも、仏教者が一期無常を教えなかった結果ではないか。
ゾロアスター教の善悪二元論に触発されてユダヤ教なる一神教ができたとする説を思い出す。物事は二、三、四と要素が増えるほど思考が難しくなる。一は考えやすい。二箇の無常から一つの無常しか考えられなくなった仏教界、刹那無常だけの中で自己を探し求められたのが内山老師の功績だったのではないかという気がします。

「ポツンと一軒家」というテレビ番組が動画に挙げられている。心温まる物語が多い。ある回で里山文化を講釈する人が登場した。人が手を加えないのが自然だと現代人は思っているが、江戸時代に完成した里山文化は自然に働きかけて双方の可能性を引き出し共生する場を作った。林の下草刈りでも花や果実を残す。花の杉林が現出する。
番組に登場する一軒家と人々は縄文人の生活を思い出させる。発掘された縄文時代の遺跡を復元すると集落の周りに栗や漆が植わっていた。令和の世に自然と共生しながら稲麦、野菜、果物を植え、猪や鹿を狩る。2万年の歳月が繋がる。日本文明は里山縄文文明と名づけられるにふさわしい。日本とは何か、日本人とは誰か、自己とは誰かと追求する時、里山縄文文明人に突き当たる。
明治維新どころかイエズス軍団の宣教師派遣から外来思想の侵略は止むことがない。マッカーサーの占領政策以来特に社会的混乱がひどいのは、外国思想ばかりが語られて、自己と国家と民族と、そしてわれわれの文明についての理解が寸断されてきたからだ。分断統治とはよく言ったもので、空間、民族だけでなく、時間が切断されると日本人としての自覚も薄くなる。
学校では古代、近世、現代のような歴史区分を教えられる。よく考えてみると区分法はおかしい。千年後に二十世紀は現代と呼ばれない。現代を表す用語を我々は持っていない。レーニンがロマノフ王族を虐殺したのは封建的な王政は悪であるという信仰に近い観念があったからだ。学校で習う時代区分法は破壊思想によって作られた。
勝者も敗者もない豊かな縄文文明の実態は科学的な発掘調査によって日々明らかにされている。縄文文明は食料を生産加工し、品種改良を怠らない創造文明だった。桜や梅が山を覆う景色が他国にあろうか。今も人知れず苗木を植えるひとは途切れない。
里山文化は縄文時代の記憶がないまま完成された。縄文文明の理念は江戸時代の民衆に継承内在していたに違いない。神社仏閣の前で合掌し敬礼する心持ちは略奪侵略文明の態度とは異なる。日本人は他人と会っても後々まで付き纏わない。略奪文明人は接待した後いかに付け入るか計算しているように見える。
生命の創造と継承を本とする里山縄文文明に則れば、稲作農業だけではない食糧生産や、石油だけではないエネルギー確保も可能だろう。江戸時代は米経済だったことを考えれば、経済学者が前提としているユダヤ金融資本主義やドル基軸通貨以外の経済運営方法が見出されるかもしれない。森も山も湖も社会も国家も里山縄文文明の活躍を待っている。

禅宗は神仏習合説がまとめた神仏融和の後で入ってきた外来宗教だ。侵略破壊思想でないと言い切れるだろうか。道元禅師だけでなく義介禅師をはじめ多くの宗呂が大陸へ渡り、漢訳経典と支那思想が盛んに研究された。
正法眼蔵坐禅儀では坐禅の仕方がコンパクトにまとめられている。イデオロギー満載である普勧坐禅儀に比べて大言壮語はなく、果報も書いてない。最後文に謳われる不染汚の修證を誰が欲しがるだろうか。胸に手を当てて考えてみれば、不染汚こそ日本文明の真髄であろう。
正法眼蔵坐禅儀の坐禅は黄梅山の五祖の営みと同じとある。五祖は大満弘仁禅師で支那禅を確立した六祖の師である。つまり道元禅師は、支那禅確立以前の、釈尊直伝の坐禅を勧められた。里山縄文文明に護持されている日本人に外国発のイデオロギーは必要ない。ここに日本独自の禅が宣明された。だから曹洞宗は存続した。道元禅師は外来文化と縄文文明の理念の違いを自覚されていた。傘松道詠は漢文では詠めない。

どこで見たか忘れたが、安倍晋三は尊敬する政治家としてチャーチルをあげていた。戦争が好きで前線に出かけて捕虜になり、海軍大臣になって拙劣な作戦で失敗し、日本を第二次大戦に引き摺り込んだ結果すべての植民地を失った者の何を尊敬するというのか不可解だった。
第二次安倍政権になってから、日本を取り戻す、瑞穂の国の資本主義、憲法改正などの言葉に高揚感を覚えた。アメリカファーストのトランプ大統領出現で、晋三はトランプの先駆けだったのかと思った。日本ファーストが語られる時代がきたと思った。
ところが憲法は改正しようとしない。石油と防衛力の外国依存は強まるばかり。重要な企業を外国資本に買収させる。移民法やアイヌ新法など不要な政策ばかりに全力をあげる。外国に良い顔するばかりで筋を通した政策はない、何かがおかしい。
チャーチルはユダヤ人のロスチャイルド家と親しく、ノルマンジー上陸作戦はロスチャイルドの屋敷で練られたという。映画のシーンを思い出す。政治家なら、大英帝国を崩壊させた後でも首相に返り咲いた秘策に関心があるだろう。安倍のチャーチル好きはユダヤ勢力に取り入れば失脚しないだろうとの目論みからではないか。
第二次安倍内閣になって世直し国興しのため立ち上がった方々を何人か知っている。どんなに攻撃されても三割の支持率が揺らがなかったのは、彼らの堅い志操が支えていたからだ。今、かつてのコアな支持者ほど、裏切りに失望し怒りに震えている。代わりはいないのか!この国難の時に高市早苗氏、上川陽子氏らの名前が上がり始めている。女性宰相でなければならない理由はあるかも。
里山縄文文明の理念は国民の間に根付いている。若人が YouTube などで女系天皇否認、女性宮家創設反対を叫んでいるのがその証拠だ。彼らや彼女たちは、外国勢力に操られているかのような政治家や偽りの思想を肌で感じわける。
実道永晋 九拝

存続と存在(2)

存続と存在(2)       08/04/2011

1980年まで禅の見通しが得られない苦しさを味わった。坐禅が解らない。坐禅こそすべての根本、世界の原理、人生の要と目処をつけて必死の思いで実践するのだが、坐禅そのものが解らない。きりきり舞いした。絶望的な気持ちだったが、お袈裟を着けると不思議な安心感に包まれた。袈裟功徳である。爾来、仏と仏教は修行者や信者を保護し助けるものに違いないと確信した。
ひとは、仏が、自然が、社会が、家族が、そして身体の保護膜までが守り助け合うから生存存続できる。守護、保護がなければ誰ひとり生き残れない。この原則は幼児や老人に当てはまるばかりではない。壮年の大人だって、家族、法律、貯蓄、警察、国防、そして仕事に耐える健康体と知識で護持されなければ生きられない。仏様がありがたいのは、第一不殺戒、第二不盗戒など、生命増長、生命継承の法を遺していただいたからだ。仏の法に従えばより善い人生を送られる。
身も心も適正に守護されていたら健康でいられる。痛や病は保護膜のケガや守護者の減少衰弱による。病気や怪我をしたら、存続、生命増長の方向で対策を考える。自然治癒するまで辛抱強く待つ。周囲の人が同じような状況に陥ったら、想像力を働かせて手当て助力する。犬や猫はもちろんだが、野生の動物も同じ原則で手当てする。三本足で飛び跳ねている鹿を見たことがある。どうして怪我したのか解らないが、自然界も安全平穏で片付けられない。
禅堂に帰ってきた時心配することがたくさんあった。冬の厳寒で凍死する、水道管が破裂する、雪に閉じ込められる可能性などなど。薪がなくなったらおしまいだ。夏は蚊とハエと蟻が蠢く。とくに蟻はあらゆるものを食い尽くすから恐ろしかった。三年で
居住不可能になるのではないかと思った。
そうこうしているうちにペンキの塗り方を教えてくれる人がいて、建物の土台部分にペンキを塗ると蟻が侵入しなくなった。見栄えも良くなった。網戸も張った。すると蚊も入って来なくなった。ハエは真っ黒になるほど飛び回っていたが、いつの間にか少なくなった。周囲の木を切って日当たりが良くなったからだという人がいた。
冬の朝は、坐るまでに二時間半ストーブで暖房する必要があった。今は新しいストーブに替えたせいもあり三十分だ。木製の家だから数年で建て替えかと暗い気持ちだったが、きちんと補修すれば二百年持つかもと考え直している。保護、持続、存続、快美の原則は建築物にも適用できるようである。

存続と存在(1)

存続と存在 (1)     08/04/2011

2007年の四月にアルミの梯子を五百メートル担いで両肩を痛めた。その時「いかに長くダンスを続けるか」という本を読んだ。アメリカ文化の中心はダンスだと知ったのはいつの頃か忘れたが、どんな田舎でもダンス教室がある。ミュージカルはダンスと唄が基本だし、テレビのダンス番組は人気が出る。よく見ると男女の別なく、テレビ出演者の身ごなしでダンスをしてきたなと感ずる人が多い。
舞踏会の映画を見るとリズムに乗って楽しく踊っている。ワルツをはじめとするグループダンスははじめ異様に見えたが、映画とは何か、人や文化とは何かと理解が深まるにつれ受け入れられるようになった。
しかしどの世界でもプロ級となると身体を極限まで酷使する。ダンスの練習で怪我する人がでる、体調を崩すと生活に支障をきたす。アドバイスの需要が出てくる、それもかなり高度な知識が必要となる。アメリカにおけるダンスの地位は高い。
その本に、ほとんどの筋肉の痛みは筋肉を包んでいる保護膜の損傷から来るとあった。保護膜が自然治癒するには六、八週間かかる。それで医者に行かずただ怠けていたら、七週間ほどで痛みは消えた。有用な知識が手軽に得られるのはありがたい。

2009年の九月に左肩を痛めた。前回と同じ症状だと思って静養した。十一月になると痛みがかなり引いたので落ち葉掻きをした。するととたんに激痛に変わった。五十肩と診断され五ヶ月間の激痛に苛まれることになった。苦痛の中心は左の肩甲骨で、そこから左腕、指先まで、車のドアが開けられないほど痛く、痺れた。ときどき血の流れが間欠的になった。
痛みを取る方法はいろいろ聞いた。鎮痛剤を飲む。薬物を注入する。それらは多種類あって、中学生や高校生も使用する。アメリカンフットボールやバスケットボールの選手たちは小学生の頃から練習する。怪我する者は数えきれないからさまざまな治療法が考え出される。マッサージ、指圧、整体法 (Physical Therapy) も発達した。
薬物注入は即効性はあるだろうが副作用も考えられる、根本的な治療ではない。結果から見直すと時間が最良の治癒法だったのだが、指圧と整体法に頼ることになった。指圧師に全身を揉まれると楽になることが多かった。整体法は魔法のように効くことがあるが、別稿で述べる。
指圧に毎週通ううちにツボの場所や圧力の掛け方に慣れた。自分でやっていいと了解を得てから、手が届くツボに触れるようにした。改めて腕や手足が暖かく柔らかいことに気がついた。知らず識らずのうちに言葉の使用だけに慣れてしまい、腕や掌が生きていることを忘れていた。
生きている体は暖かく柔らかい。言葉は体温がなく硬い。言葉の戦い、思想戦争、情報謀略戦争などが繰り広げられる根本は、言葉は無重で体温を持たず硬直しているからだ。宗教戦争が熾烈なのも、宗教が冷たい言葉で表現されているからだと言える。硬直した言葉を応酬するのは刀剣を振り回すのと似ている。言葉は剣であるとか道具であるとかいうアメリカ人は少なくない。言葉に指令された通りに人が動くと軋轢が生じ、破壊を伴う争闘が予想される。というより現実のように思える。 (参考までに、身体に聞くという表現がある。)

初歩的な指圧の要領は、筋肉の痛い箇所を 20 秒圧して放す。左腕の痛点を押すことから始めた。腕は骨、血管、神経、筋肉などが独自性を保ちながら絡み合ってできていることを実感した。骨も指圧すると楽になる。すると別のところが痛くなる。そこを圧して、また次へ行くを繰り返した。
そのうち指圧しているのは本当に骨だろうかと疑問になった。骨はカルシウムの塊だ。だから石のようにとはいかないまでも硬いはずだ。ところが圧すとわずかだが粘土が凹むように変形する。ということは、薄い皮肉に触っているわけだ。骨も皮膜に包まれている。皮膜だから圧力に反応し、リンパ液の巡りが良くなると楽になる。
骨や筋肉が皮膜で保護されているならば、血管や神経も皮膜で包まれているだろう。生体のあらゆる器官は重層的な保護膜で覆われていると考えてよい。われわれが触れたり圧したりできるのは血管や神経そのものではなく保護膜だ。保護膜は外側だから損傷しやすい。毀損するとキリキリ痛む。痛みは保護膜が修復されるまで続く。
普通に食事し運動し働くならば、人の身体は細菌による病気になったり痛に負けたりしない強靭性と柔軟性を持っている。主に筋肉が発する体温と体細胞の隅々まで湿気をもたらすリンパ液の役割も見逃してはならない。皮膚は肉体の最外側で身体を保護する。消化器官は皮膚を反転したものだから、人は内と外から保護膜に包まれている。生存の現実は保護膜に守られているから可能だ。
普通、ひとは皮膚の三分の一が火傷すると生きていけないそうだ。皮膚には呼吸や発汗作用だけでなく、まだ解明できていない身体を保護する精妙な役目があるのだろう。火傷の危地を脱したとしても、鎮痛剤がなければ死よりも辛い激痛が襲う。痛は保護機能の重要性を識らせる。

皮肉骨髄は誰もが知っている。達磨大師が四人の弟子に対してそれぞれ皮と肉と骨と髄を得たと証明された。二祖慧可大師は髄を得られた。話を聞きながら、髄は骨よりも身体の中心に近い、外側の卑近な皮より重要だと理解した。それは同時に慧可大師の悟りや見解の方が他の弟子たちより優れていたことを意味する。
学生時代通っていた寺の和尚さんは、悟りに敬重はないみんな平等な仏法を得られたのだと強調された。すると当方としては、強調する必要があるほど皮と髄との重要さには歴然たる差があると思った。
今考えると、髄は身体の中心にあるとはいえ骨肉皮がなければ存在できない。だからそれぞれの重要性など比較できない。田舎寺院の和尚さんの方が正しかった。さらに反省してみると、卑近なものよりも手が届かないもの、目に見えるものよりも見えないもの、端にあるものより中心にあるものの方が偉大で重要で肝心であると何故考えたのか、その理由の方が問題だ。ざっといえば考え方に癖があっただけということではないか。
保護ということになれば皮膚だけではない。空気も水も光も快適な温度も保護者ならざるものはない。沙漠で日干しになることを考えれば、森林も温泉も保護者だ。帰って寝る家に保護され、家族同士が助け合う。村や町での人々も協力しあい保護し合う。
国は長く大きな見通しを持って国民を保護する。

天皇の祈り(8)

天皇の祈り(8)      05/20/2011

平成天皇、皇后両陛下は沖縄から始まって硫黄島、サイパン、パラオと慰霊の旅をされた。いづれも先の大戦で激戦となり幾多の悲劇が起こった地である。第二次大戦がなければ日本人には馴染みが少ない南洋の島々だ。
なぜ特定の島で激戦が繰り返されたかといえば、戦闘は飛行機戦中心になっていたからだ。それぞれの島には飛行場があり、制空権の確保が双方にとって死活問題になった。飛行機戦の先鞭をつけたのは日本のセロ戦だったのではあるが。
第二次世界大戦の見方についてはまだ定説がない。朝日新聞をはじめとするサヨク新聞社が邪説を広めてきた実態が明るみに出るようになったばかりだ。林千勝氏の研究が最先端だが、わからないことがいっぱいある。水面下で行われた事象の解明が待たれる一方で、現在および将来の日本人の生き方も第二次世界大戦の意味を決める大きな要素になる。
平成天皇皇后両陛下は良かれ悪しかれ先の戦争の申し子のようなところがある。お二人とも東京から疎開され、終戦の時は小学生だった。マッカーサーの占領政策の直接の被害者である。慰霊の旅をされたということは、日本の代表というだけでなく、一個人として大戦争の体験にけじめをつけようとされたのかもしれない。

* * * * *

天皇と日本の存続は、日本人が普段に努力することで成し遂げられる。個々人の日々の生活と一生にわたる活動が、個人と社会と王朝の存続を可能にする。古事記は、具体的にして明白な歴史の知恵を、天皇と皇族、そして全ての日本人に伝えようとした。天皇の存続こそ, 日本にとってもっとも自然な物語であり歴史である。
真の生き甲斐は、個人と社会の存続と生命継承のために働くことだ。これが古事記の堂々たる世界観であり、この世界観あればこそ、天皇は二千年以上存続してきた。そしてひとりひとりの日本人もまた生存してきた。
当たり前の家族モデルや言わずもがなの生き甲斐の意味まで採り上げねばならないほど、明治維新後、特に第二次大戦後の日本社会は狂ってきた。戦後日本では当たり前のことが教えられず、学校とマスコミを中心に偏見と屁理屈ばかりが大手を振って通ってきた。思想戦争、洗脳謀略は全方位から仕掛けられ、外来の思想や偏見が蔓延してきている。

ポツンと一軒家という番組に熊本の山奥の老女性が出演した。彼女は生まれた時から目が不自由だった。外で働けないので不遇な人生だっただろうが、同じ村の青年と結ばれ六人の子をもうけた。優しい誠実な夫だったと懐かしんでいた。普通の仕事ができない自分を承知で結婚してくれたことに感謝している表情が眩しい。
過酷な試練は重なるものか、夫は五十歳のとき発作を起こして寝たきりになった。二十年間の看病について番組は何も語らないが、幸せな生活が暗転したことは疑いない。大黒柱が倒れたとき最年長の長男は中学二年生、高校進学を断念して働きに出た。長男が中学校を卒業して家を出たときみんなが泣いた、一番悔しかったと語る。長男も画面に出て、悔しかった思い出を吐露した。「高校行かなかったら一生働き続けることになるんだぞ。」と言われたと。
夫は七十歳でなくなった。今は孫十二人、ひ孫十一人とお盆で会うのが唯一の楽しみだと語る。番組は孫、ひ孫に囲まれたお盆の日の一族再会のシーンで終わる。
心なごむ物語だった。目が不自由だという運命を背負った恵まれない人生だったが、最後には天照大神が微笑むような幸せの中に生きる。それ以上望むことがこの世にあるだろうか。
長男は先生から「一生働き続けることになる。」と忠告されたというが、働き続けることこそ若くても老いても一番幸福な人生だ。おばあちゃんは人並みに働けなかったから悩み、夫の苦しみは働けなくなったことだ。おばあちゃん一族の大成功は、子供が高校へ行かず世に出て働いたからではないか。働きながら社会経験を積んで得た知識こそ本当の意味での英知だ。
働きながら身につける知識とは何だろうか。お宮さんの前に来れば二拝二拍一拝して頭を下げる。願い事をしてもいいが、普通はただ頭を下げる。お宮を建てた先祖に感謝する。お宮と後ろに控える里山の恵みに感謝する。恵みを与えるのは自分ではなく大自然と世の人々だ。
お寺は宗派に分かれているわけだが、どこに行っても一番尊敬されるのは釈迦牟尼仏であろう。大日如来も阿弥陀仏も釈尊が出現しなければ存在しなかった。万巻の経典もお釈迦様の智慧から語られたものだ。仏教を実践し伝承された先達も多い。古人と彼らの業績に感謝するのはお寺を訪ねるときの作法だ。

本質論をいえば、しらっと先生の頭の中に近代個人主義西洋思想が入っている。西洋式近代学校で学ぶことは中途半端な偏見、断滅思想ばかりだ。学校では人生にとって何の役にも立たない知識という妄想ばかり学ぶ。
たとえば進化論がある。生物は時とともに進化するというが目の前で進化そのものを見た人はいない。ところが思想としての進化論は最新の生き物が自分だという高慢な心持ちを生じさせる。前の時代や年長者を批判して恥じない思想を生み出す。
いまさらマルクス主義そのものを教えることはないだろうが、歴史の必然性という考え方は知らず知らずのうちに社会全体に巣食っている。古代、近代、現代などの時代区分は至る所で目に付く。後の時代はより進歩している、前の時代の事物は滅ぼされて当然とみなされる。レーニンはロマノフ王族を皆殺しにしたのだが、王政を古い政体だと信じ込めば虐殺が正義にさえなる。

日本には縄文文明があった。文明とは社会に共有された生命の創造と存続の知恵の総体だ。日本列島は大八洲とか秋津洲と呼ばれたが、二万年前に遡って発掘が続けられている。研究が進むにつれて、われわれは縄文人の子孫だとはっきりしてきた。生活跡を復元すると、村落の周りは栗や漆などが植林されていた。古代人のイメージとしてはぶらぶら歩きながら貝の採集や猪猟をする行動が思い浮かぶが、縄文人の合理性は文明人の域に達していた。
縄文時代が記憶になかった江戸時代に里山文化が完成した。江戸時代の農村文化だとばかり思われていたが、じつは縄文時代から続いてきた生き方だった。里山縄文文明は縄文時代以前から続く日本文明のことだ。古代と近代の争いもない。現代人だからといって高慢になる必要もない。自然に感謝し、先祖に感謝し、社会に感謝しながら日々懸命に生きるのが里山縄文文明人だ。天皇はその中心におられる。
江戸時代に里山文化が完成されたのは、内在理念としての縄文文明が社会の隅々に働き続けていたからだろう。江戸時代人は天皇も過去の物語も知っていたが、古代とか近世とか時代区分をしなかった。すべて尊い先祖の物語であった。その上であらゆる分野で学問研究は途切れなかった。
内在理念としての里山縄文文明に立ち帰れば、いまの日本が混乱している現実が見えてくる。混乱の最大の原因は第二次大戦後の占領政策にあるが、もっと遡れば文明開化を受け入れた明治維新からの趨勢にある。さらに遡ると鉄砲伝来やキリスト教の宣教師到来がある。
外来文明の侵略が日本を混乱させ迷走させている。日本人がすべきことは日本を取り戻すこと、里山縄文文明を承継し発展させることだ。
「天皇の祈り」終わり