里山縄文文明(2) インカ文明
縄文文明が里山文明であったと知ったのは、「ポツンと一軒家」の登場人物の会話と生き様がヒントになった。この番組によって悠久の日本の歴史を実感する人が増えるはずだ。思想だけではない、酒の注文先を変えたという人も登場している。庶民レベルで日本民族の活力が増進することを願う。昭和天皇は日本の復興に二百年はかかると予測された。復興を担うのはひとりひとりの双肩にかかっている。
縄文人も一軒家を守り暮らす現代日本の人々も、それぞれ生活を工夫し他人に迷惑をかけず自立して生きてきた。人生の基本は自立、自律で、登場人物の潔い生き様を観ると心が洗われる。
黄色い茶畑は圧巻だった。四十年かけて素人が新種、亜種を創造した。もはや文化ではなく文明だ。文化は伝統継承が元だが、文明は生命の創造原理が働く。新茶は来歴も兆しも原因さえわからないところから突然現れた。自然の生命力を発見して守護された心が輝かしい。
里山文明の創造力を知ると、稲も日本起源ではないかと思われる。日本のコメ栽培は、多分支那大陸からの伝来ではなかった。
インカ帝国はスペイン人のピサロが百五十人強の部下を率いて侵入し滅亡させた。インカ人は抵抗の仕方も知らず虐殺された。王様は金銀財宝を盗られて処刑された。1533年の出来事だ。(鉄砲伝来は1543年)
スペイン人は金銀財宝しか目に入らなかったらしい。本国に持ち帰って一時帝国は繁栄した。船で財宝を運ぶ途中で海賊に襲われる危険があるので、商船護衛のため無敵艦隊を作った。金があればなんでもできると思ったか。
イギリスが大西洋を渡る財宝に目をつけ、航行中のスペイン船を襲って略奪する挙に出た。エリザベス女王公認の海賊だった。怒ったスペインは報復に無敵艦隊をイギリスに差し向けた。イギリスは逆に無敵艦隊を壊滅させた。大英帝国の発展は国家承認の海賊行為に始まる。
インカ帝国に関する情報を得ることがあるが、図書館にある映画では内部抗争ばかりしていたと主張する。なたや棒切れを使って喧嘩したことになっている。どうやら戦争するための武器らしい武器は見つからなかったらしい。殺し合いなど思考の中になかった人たちだったようだ。
世上によく言う、無抵抗な老人、女子供を虐待してはいけないと。今ではスペイン人は無抵抗な人々を虐殺したとは堂々と公言できない。そこでインカでは王位継承問題で内紛があったとかいう。ピサロの登場と同時に内紛が起こった。仲違いを画策したのではないか。日本でも慰安婦ガーとか南京ガーとかデッチ上げ事件を仕掛けられてきた。殺されたインカ人は弁明できないから嘘が歴史になった。
ローマ法王パウルス3世やカサス神父は当時からスペインの暴虐を見かねて非人道的新大陸征服に警鐘を鳴らした。その結果スペイン人の悪逆は公然の事実として知られた。イギリス等はその知見を大々的に言いふらした。以来スペインは胸を張った国になれなくなった。90年代、コロンブス五百年祭にスペインは男女テニス優勝など湧きに湧いたのだが、悪逆を働いたイメージは消せなかった。
ペルーを中心として中南米は多種多様な食物の発祥の地だ。じゃがいも、トマト、トウモロコシ、かぼちゃ、豆類穀類などなど、現代人の食卓は中南米発の食材で彩られている。
ニューギニアやアフリカの原住民は豊かな熱帯雨林地帯に住みながら、コーヒー、カカオ、キーウィー、砂糖くらいしか伝えなかった。全ての古代人が豊かな食材を残したわけではない。ヨーロッパは大麦小麦ライ麦だ。何がアメリカ中南米をして豊穣な食材の起源地にしたのだろうか。
アメリカ先住民は縄文人の子孫だとする仮説を提出したい。中南米では縄文人が蓄積した里山文化の心と方法論が受け継がれていた。彼らは日本列島から海岸沿いに北東へ進みアラスカから南下した。少人数少家族だったが、縄文人の命を慈しみ育てる心は身心に染み込んでいた。そして自然の生命力を新大陸で引き出した。
縄文人がアメリカ先住民の祖先とするとつじつまが合うことが多い。インカ帝国には王様がいた。日本の天皇のような地位が自然にできた。征服王朝でなく戦争を知らない民だった。精巧な建造物や金銀財宝は、黒曜石や翡翠が日本列島全体で発見されているのに重なる。ペルーだから金銀銅が無尽蔵にあった。
縄文文明と似ている遺物は少しずつ発見され始めている。縄文土器の欠片とか鏃や草鞋など。本格的な発掘調査やDNA検査が進めば、アメリカインデアンは日本人の子孫、コロンブスがたどり着いたアメリカはやはり黄金の国ジパングだったと明らかになるかもしれない。今のところロマンチックな仮説に過ぎないが。
インカでは農業や牧畜を生業としていたようではない。縄文文明では栗を中心に食料が準備され、貝や小魚、鹿や猪など多品種が食されていた。耕作牧畜なしで安定的な生活が実現されていたから何千年も居住が可能だった。中南米原産の食材が現在世界の食卓を飾っているのは、インカやマヤ文明が農業や牧畜に頼らない生活を続けてきたからだ。その結果自然の大破壊を避けることができた。自然の豊かな恵みが手付かずのまま残された。それは里山文明だった。
日本には方々に有名な温泉旅館がある。山奥の渓谷が多い。そこで出される多彩な料理では山海の珍味が供される。美味しいご飯に谷川の小魚、山の小獣、山椒の実、山菜の漬物、二十皿も三十皿も出てくる。縄文人が実現しようとした食事風景だ。森の幸、川の幸、海の幸、そして庭園の幸のそれぞれの旬の味をいただく。少種大量生産農業方式でできることではない。
農業は耕作によって微細な生物を殺し少種の植物のみを大量生産する。多種多様な生態系は駆逐される。牧畜は山羊、羊や牛馬が草を食い尽くす。どちらも自然の生長力を断ち切る。文明は農業の余剰生産物蓄積から始まったとするのは正しいだろうか。農業は地球の創造力を阻害してきたように見えるが。
アメリカ中西部を飛行機から見下ろすとズラリと並んだ円形農場が見える。緑色の円の大きさは撒水できる範囲で、川がないから地下水を使う。大量単一作物栽培で、他生物を排除する。地下水はいつかは枯れる。自然破壊農業の最先端風景だ。
アメリカのホテルでの朝食は Continental Breakfast だ。トーストとミルク、バター、シリアル、ジュースにコーヒー、アメリカ全土ほぼ同じである。偏った単調な食物を長年摂取すると栄養障害にかかる人が出てくる。偏食をもとにした病気の医療は偏った学説になる。自然破壊は人間破壊をもたらしかねない。
文明の興亡や歴史の変遷を学ぶとき、勝敗、戦争、征服ばかりが語られる。正義は勝者の側にあり、勝ったのはより進歩していたからだと。農業も牧畜産業も自然征服の方法だ。学校で教えられるマルクス唯物論の進歩史観は、征服、収奪、略奪、自然破壊を正当化する文明史観だ。勝者の歴史観だ。
ナイル川をはじめ大河沿いに農業が営まれ文明が興ったとする文明史観は正しいだろうか。四大文明とされた地域はいづれも砂漠となり過去の栄華はしのばれない。砂漠となって終わるものは文明の名に値するのか。
インカ帝国やマヤ文明の遺跡や文物が理解できないのは、偏った文明史観に汚染されているからだろう。デラウェア川の河原に直径二メートルを越す鉄の球体が置いてあった。マヤの密林から運んだという。車で(近代西洋文明の成果)案内されて、鉄器を知らなかったはずのマヤ人がなんの目的でどのようにして鉄球を作ったのか謎だと教えられた。同じような鉄球は100個以上発見されている。鉄器を知らない文明だという前提が間違っている。
密林の中の隠れたピラミッドも、自然を征服する思想がなかったから隠れた。自然と共存共生していたから、人口が減るとたちまち熱帯雨林が優勢になった。
アメリカでは殺されたインカの王様は愚かだという言論が出回っている。死人に口無しで悪いイメージをでっち上げられ続けている。マルコポーロが広めた黄金の国ジパング伝説は、日本人にはロマンとして受け取られている。ところがジパングを目指したスペイン人たちはじつは物欲強欲の塊だった。われわれは自他の認識の違いを知る必要がある。
インカ帝国は外敵に滅ぼされた。生活形態は永続的で、自らの文明を破壊断滅する要素はなかった。彼らは略奪暴虐を知らない民だった。彼らは、人類に多大の貢献をし続けている里山縄文文明人だった。