不戯論( 5)

不戯論( 5)  三法印と四法印

仏教とは何かと説明する際には三法印を挙げることが多かった。三法印は諸行無常、諸法無我、涅槃寂静で、辞書にも解説書にも掲げられている。三つの標語だから三法印で、三法印は仏教の根本義を端的に表し、仏教を学ぶ出発点だ。
仏教には三に関した術語が多い。三帰、三阿僧祇劫、三有、三界、三学、三観、三句、三衣、三三昧、三時、三心、三身、三拝、三宝、三無間業など。三が特別な数に見えてくる。三角形はもっとも安定しかつ強固な図形である。確乎たる教えがあるはず。

日本人なら諸行無常の語を知らない人はいないだろう。平家物語は「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色盛者必衰の理りを表す」から始まり、琵琶法師によって日本中に伝えられた。平家滅亡の物語と諸行無常の言葉は日本人の心に沁み渡った。巷間無常が死を意味するまでになったのは平家物語の影響によるところが大きい。以後多くの文章が書かれたが、滅亡に対する哀切の情を基本にしている。
鴨長明の方丈記、「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶ泡沫は、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と棲み家と、またかくの如し。」の言葉を暗誦している人は多いだろう。庶民だけでなく僧侶の中でも、方丈記をモデルにして諸行無常を解釈する人は多い。
諸行はもろもろの存在物、無常は常住で無いこと。存在物が変わることなく在るのが常住で、説一切有部では「三世実有、法体恒有」と言われた。仏教は無常だとばかり思っている人が多いので、無常ではない教説があったことを記しておく。根拠がある説なので、研究すれば面白い。
現代の宇宙論でも変化運動ばかりが語られるが、恒常宇宙論も研究されている。ビッグバンから宇宙が拡大し続けるモデルでは終わりがない。個人的には恒常宇宙論が正しいのではないかと思っている。

「朝には紅顔ありて夕べには白骨となる身なれば、」は蓮如上人のお言葉のようであるが、今ではカレンダーに刷られている。諸行無常を表した代表的な句だ。禅語では「生死事大 無常迅速 各宜醒覚 慎勿放逸」の偈がよく知られている。お寺の版木に書されていることが多い。かくて無常の概念は日本列島を覆った。
しかし精査してみると無常も簡単ではない。たとえば野球やバレーボールに打ち込んでいる十代の青年に、「朝には紅顔ありて夕べには白骨となる、」と言ったらどうなるか。余計なことを言うなと反発されるだろう。精根傾けて練習しているのだから足を引っ張るな、うざいと思われるのが普通だ。
真面目に正面から無常の精神と原則を生きようとしたらどうなるか。すべてが変化するならば大地も動くはず、地震の時の不安感が毎日襲う生活ができるか。安心は何か不変恒常なものを信頼できるから得られると分かる。母の変わらぬ愛、父の会社の終身雇用制は根本的に重要だ。恒心は恒産によるという言葉もある
無常は原則も精神も変化する。最後は無常の大原則も変化する。それが空や無になるのだが、そこまでいかなくとも頼れるものが何もない。では何もないからしっかりした実績を作ろうと心がけるとする。経済的成功や政治的主張を広めようと志す場合でも、諸行は無常なのだ。計画を立てるのは何か恒常なるものが裏付けになければならないが、すべては無常だから計画も樹てられない。明日の予定が決められなければ日常生活もままならない。無常は常住の否定だが、ついには日常生活まで否定する。
諸行無常は仏教の根本原則を表すと言うが、日常生活を送れないような教説が仏教なのだろうか。仏教はお釈迦様の教えだが、お釈迦様は本当に諸行無常だとお教えになられたのだろうか。じつは仏説ではないかもしれない。
さらに古代ギリシャ思想の中には万物流転の思想もある。すべての物は変遷して止まることがないと言う思想だ。諸行無常とどこが違うか。ギリシャ人が考えたことをお釈迦様が私も同じ考えですと言ったのか。無常だけでは解決することは何もない。
お釈迦様が悟られた直後の事例を記録したお経がある。仏になられたと知って人々の訪問が絶えない。そこで話されるのは個人的な悩み事の相談だった。様々な苦悩、苦痛が訴えられる。人生相談の記録が元々のお経だった。あれっ、無常は仏説ではなかったのか。

四法印は三法印に一切皆苦を付加した。三法印ほどではないが、正式に仏教説とされる。三と四との違いではなく言葉の質の違いについて違和感を覚えた。洗練された抽象的な三語に比べて、一切皆苦は各人の苦悩苦痛の話だ。
もし一切皆苦を挿入するのなら釈尊が出家された問題意識として最初に来るべきであろう。涅槃寂静は釈尊にしか到達できない悟りだ。そこまで示していながら庶民の誰もが苛まれる苦に引き戻すのは奇異だ。
諸行無常については、これが仏教だという決論は出てこない。決め所がないのが仏教かと思ってしまう。専門的には決定の説というが、三法印では明確な結論は出ない。
諸法無我にしても理解するには高度に抽象的な思考が要求される。我は個人的な俺のことかそれともいわゆる実体のことか。学僧によって種々の見解が提出された。法もまた存在者であったり存在だったりとはっきりしない。
辞書や世間で広がっている印象とは裏腹に、三法印は仏教の決定の説ではないようである。無常は時間だし無我は物質のあり方に関係する。涅槃は釈尊の心が分からぬ限り深い理解はできようがない。不明瞭なことばかりだ。
一切皆苦は誰もが経験する具体的な事実を表した概念だ。高尚にして抽象的な言葉の間ではあまりにも現実的で泥臭さい。人はみな肉体的精神的な苦を生きている。現実は否定できない。一切皆苦だけが四法印の中で決定の説ということができる。仏教の出発点と根本問題は一切皆苦というべきであろう。

釈尊は人が苦しむ世を見て苦を克服することはできないかとさまざまに功夫参究された。六年の修行の結果悟られた。それで涅槃寂静を得られた。その結果と経緯
を語られたのが経典に編纂された。諸行無常や諸法無我は後から付加された。
日本人は無常という語に千年以上洗脳されてきた。正確に言葉を吟味すれば何かがおかしいと分かるのだが、僧侶から文学者、歴史家や思想家までが無常、無常、無常と唱和するので異論を語る勇者が出なかった。変わり者として無視され、あなたの賛同者は少ないでしょと口撃された。
仏教伝来の初めから一般常識になっている諸行無常もじつは戯れ言ではないかと考究する知性は持ち合わせるべきだ。四法印の中での戯れ言と不戯論の違いは曖昧な抽象語と具体的な一切皆苦の線引きだ。
われわれは洗脳と誤解の中で生きてきた。「閉ざされた言語空間」は第二次大戦後の占領政策による洗脳を暴露した。洗脳の影響は今なお続いている。外来思想にねじ曲げられる不快は十分経験した。
千五百年前の仏教伝来は外来語で書かれた外来宗教の経典を通してなされた。文字と教説の衝撃はまだ続いているのかもしれない。日本文明は仏教をまだ消化、同化していない。道元禅師は不戯論の原則を確立して正しい教えを示されたが、常識が禅師の教えを曖昧にしてきた。
ちなみに「常 楽 我 浄」という言葉がある。四法印のように仏教の真髄を表したものとされている。それは大乗仏教の本質だ。
諸行無常は小乗仏教の理念を表している。聖徳太子は大和の国は大乗相応の地と言われたという。無常が流行るのは太子のお志にももとるのではないか。

祖師仏 (2)

祖師仏 (2)       11.17.2007

進化論では、種は下等存在から上等存在へと変位する。マウスやハエや大腸菌を尊敬しないのは下等存在と思うからだ。弱者、愚者を崇拝する気にはならない。それ以上に人間以下の生き物は食う対象だ。胃の中で消化しながら崇拝する図は考えにくい。だから進化論者にとって進化の頂点は自分である。自分以外はばかで下等だ、見下して当然だ。先輩も師も親も先祖も古いものはすべて劣っている。昔のものは何から何まで劣等、下等、愚昧である。
進化論を勉強すれば、なぜ親や先祖を敬わねばならないのかという理由は見つからない。それどころか科学技術の日進月歩の世の中で、最先端の情報や器具を使いこなせない年長者はバカに見える。少年少女が老人殺し、親殺しに走る心理的準備はかくして出来上がる。伝統や伝承をやみくもに無視したり軽視したりするのも、自分の方がより優秀で進んでいると思っているからだ。
産経新聞9月27日に、細川元総理が父である細川護貞氏に対し、’どうだ、ざまあみろ!’と吐き捨てるような文章を寄稿しているそうである。その文章を引用している中村粲氏は、人間の退廃、内面の荒廃、品性の貧困を嘆いておられた。位人臣を極めた人の文章かと驚かざるを得ない。家柄で総理大臣になった人が、大恩ある家と親を蹴飛ばす。近代西洋思想とアメリカの占領政策のなせる業であろう。
位も力もない下々から見上げると理解の範囲を超えているが、細川氏の例は荒んだ世相にマッチしている。牽強付会だろうけど、世に溢れている進化論の類をすなおに摂取しすぎた結果の言説ではないかと思う。二代前の悲劇を(近衛文麿は祖父に当たる)身近に知っているはずなのに、勉強すればするほど間違う知識や学問があるのではないかと疑うことはなかったのだろうか。
進化論なる不完全な思想のメガネを外せばどうなるか。あらゆる生き物は、子は親から産まれ、親は子を養育する。身体も健康も多くの知識も社会の中の位置さえも親が与える。親の貢献を知って子は親に感謝する。進化論という妄想が消えれば、親は子にとって慈悲深い親であり、子は親から愛情を注がれる子だ。これが太古より変わらぬ親子関係だろう。この基本を押さえて生きれば親殺しのような思いは出てこない。事故は起きても事件は起きない。
子は親を賢いとか金持ちだからという理由で敬うのではないとは言い古された言葉である。じつは自らに無限の可能性と爽快感を体験できる生命を与えてくれたから感謝するのだ。生命のダイナミズムを体得実現することほど素晴らしいことはない。
親は子供を分け隔てなく養う。えこひいきすれば良心がうずく。これは感情論だけでなく、生命の事実から帰結される結論でもある。生物界においてはゴキブリもアリも大腸菌も何億年前と変わらないように、格ツケが不可能な点で人もみな平等だ。
個人は他と掛け替えのない無限の潜在能力を備えて産まれてくる。音楽の才能、文学のセンス、粘り強さ、あるいは勇敢さと、普遍的にして個性的な能力は誰にも十分すぎるほど与えられている。あとは各々の人生で好きなことに全力投入して大政治家、大実業家、大将軍、大文学者、大芸術家、大冒険家、大科学者、偉大なスポーツマンなどになればいい。小より大の方がいいので大としたが、小でもじつは大だ。平等でありながら千差万別の花が咲くのが人間の実相だ。
親と子という事実から出発する心の姿勢は進化論者とは異なる。親や先祖を見上げ、彼らの事績を讃仰し、真摯な努力に感謝する方向だ。無限の生命を与えられたことに感謝し、能力を精一杯開花しようとする。古人を慕い、古徳のようになることを目標にする人もいる。天照大御神の名前そのものに感謝報恩の念が託されている。神話は連綿と続いてきた生命に目覚め、その慈愛をすなおに受け入れる思想の表現であろう。具体的には初詣したり御輿を担いでお祭りするのだが。

 

(祖師仏(2)はなぜか(3)の前に投稿されていなかった。当方の勘違いによる。1、2、3と読んでいただければありがたい。)

祖師仏 (3)

 

祖師仏 (3)        11.17. 2007

子供の養育の実際は、毎日が戦場のようだという。何が起こるかわからない日々の連続で、家族が生き延びるのが奇跡だという思いだろう。家族は何のために奮闘しているのだろうか。ときどきは戦いの意味と方向性について考えてみるべきだろう。とくに団塊世代は反抗と破壊の衝動を戦後教育によって刷り込まれた。その反省の上に立って、刷り込みから脱却する原理の一つを提示したい。誤りの元がわかれば建設にも改革にも取り組やすい。
実在した釈尊の前になぜ非実在の諸仏が設定されたのか。架空の仏がなぜ礼拝の対象になるのか。過去七仏とはおとぎ話を持ち込んでいるだけではないのか。このように近代科学的な論理で追求されては、答えられる師匠方は少ないだろう。それは仏教の権威の失墜を意味する。わたしを含めて質問者は鼻高々であった。アメリカの敗戦後の教育改革の成果を満喫したのが団塊世代だった。
数十年の習学のあとで、答えを知らないでする追求や質問はただの争いごとに過ぎないと反省させられている。本当にするべきことは自己の解明、使命の発見と地道な努力だ。他者、他事に関わるのは多く時間の無駄だ。まして真理の探求とはいえ、見境なく老師や先生を問い詰めるべきでは無かった。誰も教えてくれない焦燥感はもっと大人になる方向へ向けるべきだった。
子供を納得させるために神話が編み出されたと書いたが、じつは大人だって同じだ。最初の人類はひとですよと答えられたら同語反復だ。多くの人ははぐらかされた、ごまかされた、騙されたと感じる。このような感じ方がすでに失望、軽蔑、憤怒を胚胎している。この世には直答できない深い問題があると理解するには、やはり大乗仏教を学ぶ必要があるだろう。そうでないとひとの祖先や宇宙の果てや時間の始まりのような議論をすなおに理解することは難しい。
冷静になって考えてみると、過去七仏は神話の一つではなかった。古い非実在の話はぜんぶ作り話だと思っていたのは誤解だった。過去七仏は、仏の師匠は仏ですと言っているだけだ。ひとの親はひとであり、どこまでいってもサルにはならない。ヒヨコは鶏の卵から産まれる。これは事実であって作り話でも神話でもない。同じように仏の師はどこまで遡っても仏であり、仏教徒の祖先は仏教徒である。これが普遍的な生命の事実であり、また過去仏存在の形式論理である。
実質的には、仏は永遠無限の仏法を自覚し、修行し、実現し、伝授する。無限智は無数の仏が無限の時間修行して獲得できる智慧だ。釈尊一代ですべてが解明されたと受け取るのは無理がある。無限の過去から諸仏が蓄積してきた智慧を受容されたと考えるのが自然だ。その一片しかわれわれ凡夫は理解し実践することはできないのだが、無限に学道する手がかりはつかめた。
過去仏から続く祖師がたを崇敬礼拝することは儀式化されている。祖師仏礼拝の儀式が間違いのない事実を踏まえて厳密な論理で貫かれているのは新鮮な驚きだった。行事ひとつが正見正知の産物だった。宗門では、道元禅師の完璧さには手も足も出ないことは当たり前だが、儀式を創案し継承し続けてきた祖師がたもそれぞれ深い知恵を持っておられた。
祖師仏の項 終わり

 

 

祖師仏 (1)

祖師仏 (1)       11・17・2007

曹洞宗では仏教の起源は釈尊ではない。毘婆尸仏大和尚から始まって前六仏があり、釈迦牟尼仏大和尚を加えて過去七仏と称される。毎日名号を唱えて礼拝しているお寺も少なくない。人は親子関係を通して先祖から子孫へつながるが、仏教の場合は師匠と弟子の関係だ。釈尊に仏法を教え伝えた師匠は代々六仏になる。六仏は実在しなかった。フィクションであり神話上の存在だ。これは秘儀とか秘密の類ではなく、僧侶なら誰でも知っている。
宗門ではそれら非実在の過去七仏を礼拝する。釈尊以後の祖師がたは苦労して仏法を実践し伝授されたのだから崇敬するのは当たり前だが、六仏は想像の産物である。イメージに名前をつけただけだ。名号を亡失するだけでふっと消える、名前に頭を下げているだけ。この辺りが説明のつかない権威に頼らなければならない古い教団の弱点だと長い間感じていた。価値のないまがい物は捨てたほうがよい。
祖師仏は過去七仏を含めて師匠までの全員の系図である。自分の場合は90人が先祖になる。祖師仏を大声で誦するのは爽快だ。関係ない人もお寺に行って和尚さんと一緒に唱えてみたらいい。生き返った気になるであろう。理屈ではアホらしいと思いながら、軽快なリズムと礼拝の動作は大好きだった。おもてむきは純粋理性による旧弊批判をしたが、好きな儀式であった。
神話、フィクションというと、曹洞宗の過去七仏にしろ古事記の天照大御神にしろ、お話であって、実証的科学技術文明の現代では時代遅れと片付けられても仕方がない。いまや歴史を神話から説き始める人はいない。学校の授業でも弥生時代、縄文時代、石器時代と遡るけれど、古事記の神話はおとぎ話としてしか触れられないだろう。
なぜ神話は生まれたのか。子供が質問する。お父さんは誰から産まれたの、お母さんのお母さんは誰なのと。その先は、その前はととどまるところがない。前へ前へとずっと続く。止まらない質問に日本人の祖先は天照大御神、仏教徒の祖先は過去七仏と答えた。ヴィーナスは貝から産まれたし、桃太郎は桃の種から産まれた。世界中に似た話はたくさんあるが、基本構図は同じで、先祖探しだ。先祖探しは同時に自分探しである。先祖探し、自分探しに対する答えが神話になった。
科学技術文明を信奉している現代人にとって、神話などは問題にする必要がない。最初の人類はサルというか、サルの仲間に決まっている。哺乳類の前には爬虫類がいた。その前は両生類や魚類がいた。昆虫や貝類も系統樹ができている。動物の前には植物があった。その前はだんだん下等になって、シダ類とか菌類とか細菌など。生命の誕生はウイルスのようなものだろう。その前に地球ができなくてはならない。太陽系、銀河系、その前にビッグバンがあった。このようなイメージが科学的進化論として広く受け入れられている人類の歴史であろう。
第二次大戦後、フィリピンで捕虜になった日本人に、暇を持て余したアメリカ人がダーウィンの進化論を教えた。最新知識を教授しようとした。ところが誰も驚かなかったので逆に驚かれたという逸話がある。アメリカではいまも喧々諤々の論議が戦わされている現状を見るにつけ、正しいと思えば素直に受け入れる日本人の特質が際立っているエピソードだ。しかし進化論が根拠のないお話でしかないとなったらどうであろうか。ダーウィンの進化論は人類の祖先を探し当てたのだろうか。自分を探し出したのだろうか。
最近ふっと気づいたことがある。それは、ひとはかならずひとの両親から産まれるという事だ。ひとが産まれたらその両親はひとである、サルではない。・ひとはひとからしか産まれない。ひとの両親はサルに近いかもしれないがサルではない。この ’近い’ という言葉であるが、生物学的には無限大に隔たっている事実かもしれない。
科学がさらに進歩したら思いもよらない新事実が発見されるのではないかとか、突然変異が起こったら新種が現れるのではないかとかいう逃げ道がいつも用意される。けれども事実を直視すれば、サルの親はサルであり、マウスの親はマウスである。無数回の実験が繰り返されてきた大腸菌もやはり大腸菌から産まれてしかも大腸菌である、そして大腸菌の子孫を作る。突然変異を起こさせようと考えられる限りの近代科学の虐待を受けたハエからも新種は生まれなかった。
両生類のカエルからは爬虫類のワニは産まれない。この事実は、化石を並べて遡及していけば、種は古代から近代へと連続的な変化で出現しているように見える現象とは矛盾する。科学的と限定する必要はないが、物事の見え方と本質は一致するとは限らない。本質、つまり種の最初、ひとの究極の祖先は人知では解明できないのではないかと思われる。
もしサルからヒトが産まれるのなら、われわれは人類の滅亡を心配する必要はない。ある時間が経てば人類は絶滅しても再出現するからだ。サルが絶滅したらどうかというと、哺乳類のネズミやモグラが存在する限りいつか再び人類にまで進化するに違いない。哺乳類が原水爆戦争で絶滅しても魚類から進化が繰り返され、いずれ人類が現れるだろう。心配する必要はない。
しかし現実には、近縁種がたくさんいる佐渡の朱鷺もニホンオオカミも、絶滅したら再び現れてくることはなかった。種の絶滅は未来永劫の消滅のようである。一つの種は、その種だけで完結した生命と歴史を維持継承する。
神話は祖先を女神とか貝とか桃などおとぎ話として、寓意に託した物語で表現した。じつは究極の祖先は知ることができないと受け止めたのだろう。究極の先祖探しのような命題は子供の論理ではなく無限の論理でしか解明できないのではないか。
ひとの祖先はひとであるでは子供は引き下がらない。心理的に納得できる答えを探すうちに神話の形が編み出された。いや考えてみれば大人だって同じことで、ほんとうの先祖がだれかは知らない、いつまでも知らない。古人は噺と事実との区別がつかなかったと思うのは近代人の思い上がりだ。

 

常住の生命 1

 

常住の生命  1           11/17/2006

2004年九月二十四日から三日間、友人の手伝いで天麩羅を揚げた。共進会に椎茸を出品したついで、栽培しているしいたけを天ぷらにして売る計画だそうな。人手が足りないので助けてくれという。売れるものを作る自信はないものの、手伝いならいいやと引き受けた。
会場では腰の高さに深鍋が二つ、プロパンガスのコンロの上に乗っていた。鍋で大豆油を熱して天ぷらを揚げる。これではずっと立ち続けることになるかもしれないなあと不安になった。朝十時に開店するとたちまち行列ができ、夕方閉店するまでお客さんが途切れなかった。休みなし、働きづくめ、立ち通しだった。お客が多いのは賑やかで気合も入るが、過労にならないだろうか。
じつは私は左膝に恒常的な痛みを抱えていた。長年座ってばかりいたからだろう、激痛ではないが時々チクチク痛む。長時間立っていると痛みが激しくなる。天ぷら屋で何時間保つだろうか、今度こそ膝が壊れて使いものにならなくなるのじゃないか。最悪の展開が頭に浮かんできた、立つ姿勢が怖くなった。
問題は自重が膝を潰すことにある。そこで考えたのは、膝を守るために姿勢を変えていくことだった。立つ姿勢は一つではない。その頃は十種類近くの立ち方を知っていた。痛くなってきたなと感じたらすぐフォームを変えた。天ぷら揚げが立ち姿勢の練習場になった。天ぷらダンスと言ったお客がいた。不具者になるかどうかの境目だ、外目を気にする余裕はなかった。
会場はだだっ広い野原で暖房、シャワー、ベッドなし。自然生活、有機農法を売り物にしていて酒もコーヒーも禁止。トラックの床に寝ると背中が痛かった。朝は霜が降りる寒さで震え、着替えを用意してなかったから油まみれのシャツを着続けた。小雨や突風がやってくる。
友人は野外での行動に慣れている上に体力があるから何かと気をつけてくれた。テントの組み立ても一人では何時間もかかる。水、油、仮小屋、揚げ物、掃除整頓など開店には多くの仕事が必要で、それぞれ道具が違う。ガスや油が切れるとかの予期しない事故も起きる。何もなかったように揚げ物が出品されたわけだが、友人の能力は大したものだった。
日曜日午後、揚げるものがなくなって閉店した。他店の展示物を見学して回ったが、足が棒のように感じた。体の芯まで疲れ果てて、五時間運転して帰った。とにかく乗り切った。シャワーを浴びてぐっすり眠った。
九月二十七日、月曜日の朝、目がさめると文字通り布団から飛び起きた。寝る前の予想とは正反対に、微塵も疲れは覚えず、痛いところもない。完全な健康はこんなものかと思うほどのすがすがしさだった。あまりの爽快さに、そこらじゅうを駆け回りたかった。疲労困憊どころではない、はつらつ、スッキリ、いきいきだった。左膝の痛みは無くなっていた。あまりの嬉しさにやったあと叫んだ。信じられないことが起こった。これは奇跡か、偶然か、あるいは必然か。
痛みがなくなった膝を撫でながら昨日までのことを整理した。痛みがなくなったのはダンスのように体を動かしたからではないか。運動すると筋肉や血管が柔軟になるはずだ。血が勢いよく流れ熱と栄養を運んでくる。血は体の運動を続けさせ、老廃物を運び去り、傷口を治し、歪んだ部位を矯正する。汚れた海辺を洗い流す波浪のように大量の新鮮な血が無理と疲労と不快を除去したのではないか。そして循環がよくなった血は眠っている間に長年の痼疾まで癒してしまった。それは身体の自然で健全な機能だった。
その朝の経験は人生観、世界観をがらりと変えた。それまで考えていたことは、人は疲れる動物である。じっとしていても疲れ、運動しても疲れ、怪我をし、痛むところもできる。疲れも怪我も痛みも苦だ。一切皆苦とは仏教の根本である。生まれたらいつか死ぬ。吾々は死ぬために生きている。死はもちろん人生で最大最後の苦だ。いずれ死ぬのだから何をしても虚しい。誰かが言った、人間にとって一番良いことは生まれないこと、二番目に良いことはできるだけ早く死ぬことだと。人は苦から逃れられない。
死ぬために生きていると思っているのだから、何事であれ成し遂げられるとは思えなかった。何か目標を設定しようとしても真剣にはなれず、どんな目標も達成するまで生きることはないだろうとまず考える。いつ交通事故にあって死ぬかわからないのだから計画を立てる意味はない。翌日の疲労困憊が怖いから精一杯働こうと考えない。根本思想から日常生活まで支配的な気分は、しんどい、無力、苛立ちだった。始めに絶望と出口のない闇があった。それが何十年も続いた。子供の頃から運動会や農作業の後では必ず疲れと痛みを覚えた。明日の計画を立てる根拠がないこと、先の見通しが立たないことの理由は、この世と人生が苦で無常だからだ。
ひざ痛のことだが、座りすぎたから痛くなったとは思ったが、治す方法があるとは知らなかったし、そんな方法を見つけようとも思わなかった。坐禅は無為、治療は有為だ。人間の小賢しい有為は程度が低いし間違っているに違いない。正しい座りをしているのだから少々の苦痛は我慢しろ。他にも痛いところはあるが座禅していれば自然に治ると思っていた。痛みを研究して治そうとする発想はなかった。それは膝だけの問題ではなく、何事につけても進歩、工夫、鍛錬の気分はなかった。
数日後、膝痛が無くなった代わりに腰の一部が痛くなった。左身体側のバランスが崩れたか。二十七日朝の快感を思い出しながら血液循環が良くなるように足、腰、腹を動かすと、一ヶ月ほどで腰痛は消えた。確かに身体は熱と栄養を使って痛みや疲れを治す力を持っている。それらを運ぶ血の役割は想像以上に大きい。必要となればマッサージや四肢の運動で血液の循環を促すことができる。身体の可動部分は動くのが、そして動かすのが自然の理にかなっているらしい。
相撲の激しい稽古はよく知られている。大の大人が泣きながら股割りさせられたり、立てなくなると竹刀でひっぱたかれる光景が時々放映される。横綱になった人の文章には鍛えすぎて腕に注射針が通らなくなったとか、立ち上がれなくなってからが本当の稽古だと書いてある。想像もできない世界があるなとしか思えない。マラソンの選手は本番も練習も苦しいだろう、どうやって苦しみを克服するのか、ただただ感心していた。
しかしながら毎朝疲労なしで布団から飛び起きれるとなると話は違ってくる。限界以上の稽古は快感を得る過程になるかも。激しく稽古するほど爽快感が増すこともあるに違いない。反対に楽してサボると中途半端、不燃焼で不快になる、自然の法則に反する。稽古に没入するかどうかは、根性や努力ではなく自然の理に順ずるかどうかの問題だったのだ。マラソンだって明日はカモシカのように飛び跳ねると思えば練習をサボる気になる方がおかしい。歯を食いしばってひたすら苦痛に耐えているように見えるスポーツマンも、快と楽の裏付けがあるから練習できるのではないか。
激しい運動が爽快感と健康を齎らすという認識は、それまでの人生観の正反対だった。肉体の正常な状態は快感だったのだ。正しい身のこなしや理にかなった運動はをすれば疲労はないのが身と心の自然のあり方だったのだ。その先は、自然で無理のない正しい人生観は苦ではなく楽になる。これは大乗仏教だ。楽は苦しい修行をして手に入れるものだとばかり思っていたが、身体の機能と在り方がすでに楽だった。あの朝まで、自分は血が通っている身体を持っている実感を持ったことはなかった。
翌朝疲れないと分かれば明日の計画が立てられる。明日は疲れ知らずで再出発できる確信があれば今日体力の限界まで働ける。怪我や痛みや病気を自分自身の血が治してくれるということになると自らの身体を頼りにできる。大事な体を守り健康を維持するために食事や水や空気や温度に気をつけるようになる。老いも若きも同じだ。大乗の所以だ。死の瞬間まで暖かい血が自分自身を保護し生長させる。この事実は不変だ。不変の事実に則り、自分の肉体と心の存続を本にして将来の計画が立てられる。未来に見通しが持てる。これを常住、略して常という。
大乗仏教の常は、人生の根本は楽だという体験が先にあって導き出された真理だろうか。永遠不変の真理がまずあって、そこから卑近な見方や感情が派生するのが学問的な方法だとばかり思い込んでいたのだが、それは考え方の一つの癖にすぎなかったようだ。個人の快感が人生観を苦から楽に、世界の真理を無常から常住にひっくり返した。これは客観的な真理は存在しないということも意味するのだろうか。
行きつけの歯医者は歯槽膿漏の心配があるから歯茎を手術しろと脅した。歯のことはアドバイスに従う他ない。当日になると袋にいっぱい薬をくれた。痛み止めだから麻酔が切れたら服用しろという。痛み止めはどのように作用するのだろうか。サロンパスを貼るとひんやりするように、血行を妨げて体温を下げる。低温が感覚を麻痺させる。すると血による傷口の修復も妨げられるだろう。毒物を体内に入れて痛神経を麻痺させるか、それとも傷の回復を優先するか。鎮痛剤は飲まないことにした。
麻酔が切れるとさすがに痛かった。しかしよくしたもので、痛さに耐えられなくなると眠ってしまった。目が覚めたときには痛みはなかった。鎮痛剤はいらないとありのまま報告したのだが、次の回にもまたクスリをどっさりくれた。ビジネスとしては法令も訴訟もクスリ代金も考慮するのだろう。四回に分けて同じ手術をしたのだが、後になるほど痛みが少なくなった。最後の手術は麻酔が切れたことも気づかなかった。全部終わってエックス写真を撮ると、一年前に比べて骨が増量し硬くなっているという。五十代後半に骨が増えるとは。自らの血を信頼し運動を続けたせいだろうか。
吾々の身体は熱を再生産し続け血が栄養分を隅々に届ける。常住とは現実には再生産のことである。短命長命ではなく、子孫を残すかどうかの問題だ。年々歳々作物が実るのも、同じようなパターンの気候が繰り返されるのも常住だ。気合を入れて天ぷらを揚げ続けるのも肉体の再生産だ。生きとし生けるものは常住の生命を生きている。
常住と同じような意味で永遠なる言葉がある。実は永遠をズーッと意識してきた。哲学書は常住なんて言わない、永遠ばっかりだ。それはキリスト教神学とギリシャ哲学と数学がいつも永遠を使ってきたからだ。学校で勉強すれば永遠ばかりになる。常住は仏教を勉強したから習った言葉だ。永遠は抽象語で、永遠無限と言われるように、時間と空間を延長したイメージだ。抽象語は討論や論文書きには適しているが、現実の生活には当てはまりにくいとだけ言っておこう。
死んだら終わりだと人は言う。死んだ本人は何も知らない。生者が考える死もまた本当の死ではありえない。なぜなら人は死を経験していないから真の死が何かは解るわけがない。だから生きとし生けるものは熱とエネルギーを再生産し続ける常住の生命を生きている。死は思考で捉えられないのだから、生とは別次元の問題だと言った方が適切だろう。
熱とエネルギーの再生産は疲れ知らずの快感をもたらす。吾々は快感があるかどうかを基準にして身体が健康か病気か、運動が適正か誤っているか判断する。自分の快感を目安にして練習工夫すればよい。快感はさらに正しい運動を促す力を持っている。楽しいという理由だけで、褒める人もいないのに冬山に登り、ダンスをし、ゴルフに打ち込む。根性や努力がなくても、楽しいから、快いから遊び続ける。
いつまで快感を目安に生きられるのだろうか。整体術の野口晴哉氏によれば、人は九十歳になるまでは老人とは言えないという。みんな青春を生きているのだ。

 

 

仏教の結論と始源 E

自己とは何か?多くの人が真剣に問いかけた。宗教、哲学、思想と呼ばれるものは、結局自己とは何かに対する解答である。世界中で多くの解答が提出されたが、仏教が最も無理のない、深い、完全な答えと思われる。
自己について仏教は多くの答えを用意しているが、四聖諦に即して言えば因縁和合である。十二因縁は形式論理だけではなく、生身の生と死を表す。生とは因縁和合して身と心が出来上がったもの、死とは因縁が崩壊離散することだ。生まれたものはいつか必ず死ぬ、生あるものが死ぬことを一期無常という。一期とは一生である。人が死ぬとたとえば山田太郎の墓として祀られる。山田太郎氏の誕生から死までが一期で、一期の間は身と心、自己が存続する。存続は常住で、常住が終わるのが無常。一期無常は死である。
身は肉体で、肉体は皮膚、筋肉、骨や血液などから出来て、和合している。皮膚も筋肉も細胞や原子から出来ていて刻々に新陳代謝している。小さな子供が六尺の大男に成長する。死ぬときも意識だけでなく肉体も縮小、離散する。一生一期の間に身と心は刻々に変化する、刹那無常という。刹那は無限小の時間だ。近年は科学的分析が常識になって刹那無常ばかり注目されるが、刹那は一期の中の変化である。山田太郎の墓は作られても刹那の墓は作られない。仏教はもともと一期自己の教えだ。
哲学的に言えば人は有限者、中間者である。永遠と瞬間との中間、無限大と極小との中間、いつかは死ぬ有限なるものである。だからどんな無限も有限な身心の中に包摂される。それが道元禅師の言われる不生だ。
不思議なことに、歴史的社会的に見ても因縁和合は存在者の根本原理である。ソ連は70年で誕生から崩壊までを経験した。2017年現在ロシア人は居てもソ連人は居ない、因縁離散の見本だ。国家も時間的、空間的に有限だ。
古事記では日本の大八洲が伊邪那岐命、伊邪那美命によって作られた。無限大の大陸でもなく大洋でもない島々が作られた。中間者である島々が大和だ。世界創生神話ではなく泥海の中から島が作られた。
日本人は日本国に住み、活動し、保護される。国家は世界政府と無政府主義との中間であり、グローバリズムと孤立主義との中間だ。民族も地球市民と個人との中間である。そして我々の日常生活は、死に至るまで中間者としての生命を生きている。父母や子供達と共に生きているわけだが、家族はまた孤人と社会との間に位置する中間者だ。
なぜ日本に仏教が栄えたかと言えば、仏教の因縁和合と古事記の中間者との親和性が高かったからと言えるかもしれない。永遠無限絶対などは有限な自己、家族、国家、民族があってこそ語られる概念であって、その逆はない。

 

 

仏教の結論と始源 D

仏説は四聖諦に始まり四聖諦に極まる。世界規模で様々な仏の教えや仏教思想が語られるが、混乱してきたら出発点の四聖諦に立ち返って考え直すことだ。大事だと思われる点をここに触れておきたい。
仏教の母胎は民族宗教のヒンズー教だが、彼らは何をしていたのか。何十世紀にもわたって真理とは何かを追求した。特徴的なのは、知恵とは何かと正面切って研究した世界唯一の文明であること。ボリウッド映画では完璧な事件展開を完璧な仕草で俳優が演じる。若い俳優が完璧な演技ができる、論理の正邪善悪が顔の筋肉の動き方にまで一致している。論理が血肉化している。
ガンジス河のほとりで論理の民が長年議論した。正義、邪悪、幸福、運命、誇り、成功、敗北、世界や宇宙、自己とは何か。無限の時間が語られ無限の空間が俎上に登った。しかし真偽の結論が出ない。ちなみに釈尊の二人の師匠は、それぞれ’無所有処定’、’非想非非想処定’を提唱、瞑想、実践していた。所有欲があるから争いが起こる、妄想する余地も無い深い非想が最終境とは今でも通用する考え方だ。
釈尊は尼連禅河で溺れそうになるまで断食した後、村の娘に供されたミルクで命拾いした。まもなく菩提樹下で悟られたのだが、それは何十世紀ものヒンズー教徒の議論に対する解答だった。仏教はヒンズー教徒の知の探求に最終的な解答を見出すところから出発した。これが表題の’仏教の結論と始源’の意味である。
ヒンズー教徒が論じてきたのは抽象的な概念、世界観、戯論だった。釈尊は具体的な自己の身心の苦悩を克服する方法を問題にされた。末法思想がなぜ語られるか、開祖宗教なら信者に未来への希望を持たせようとするはずなのに。何十世紀もの抽象的な議論は釈尊の血がかよう悟りで終止符が打たれ、レベルが違う高みに登られた。しかし人間の癖として、後世抽象的な戯論が学問の進歩とかの名目で流行ることは予想できた。人は議論に夢中になり優劣にこだわりそして仏法が澆薄になる。
因縁を展開して業感縁起論や阿頼耶識縁起論ができている。複雑な時間論宇宙論になっている。涅槃とは悟りの内容が問題だから仏心論や本覚論が延々と議論されてきている。それってヒンズー教徒が釈尊以前に何十世紀に渡って議論してきたこととどこが違うのだろうか。しかも議論が続くということは結論がないということ、やはり初転法輪以前ではないかと問題提起されるレベルではないだろうか。
我々はなぜか戯論に走る癖があるようである。真理の普遍妥当性を盲信する部分がある。それで十二因縁から因縁を抽出し、さらに因縁の法則を森羅万象に当てはめようとする。その結果永遠無限の宇宙論を展開するに至る。涅槃寂静は仏心の問題で、やはり膨大な教論ができた。空無の思想も忘れてはならない。現代社会においては空無の思想が猛威を振るっている。
この辺りに釈尊の教えの秘密がありそうである。四聖諦は四つのバラバラな法則原理の寄せ集めではなく、十二因縁も涅槃寂静も、八正道も一切苦でさえ血が流れ老死に怯えるゴータマ シッダルタの生身を除外して考えることはできない。原理法則を抽出すればどこにも応用できるとするのが本質論だ。しかし本質論では測りきれない深さが仏説には秘められている。四聖諦に帰って参学すれば正法の身心を得、正法の世に近づく。

仏教の結論と始源 C 四聖諦

初転法輪は釈尊が悟りを開かれた後の初めての説法である。得悟とその内容を述べられた。以後、説法されるたび何度も開陳された。最初に遇った人物は’俺はそうは思わぬ。’といって立ち去ったことまで仏典には書かれてある。説法の内容は四聖諦として経典にまとめられた。四聖諦は四つの聖なる真理と訳される。
第一諦は苦諦で、人生は一切苦である。四門出遊の話では老病死の苦を見られたのが出家発心の原因とされている。四苦八苦と言われるが、四苦は生老病死であり、さらに愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦の四つを加えて八苦という。病は克服できても誰もが老死に直面する。一切苦は紛れもなく人生の事実、真理であろう。科学技術が進んだ現代でも真っ当な現実認識と言わねばならない。
第二諦は集諦(じゅっ諦)で、一切苦の原因を明かす。老死の苦が現実で、老死はなぜどこから来たかと追求する。それは生まれて活動するからだ。つまり老死苦の原因は生である。何もないところから生が出現することはない。人は両親から生まれる。では生の原因は何か、それは有である。有の原因は何か、それは取、さらに取の原因は愛である。このように苦の原因を遡って最後に無明に行き着く。この過程を公式化したものが十二因縁と云われる。併記すると、老死、生、有、取、愛、受、触、六処、名色、識、行、無明となる。
苦の原因を探して無明に行き着いた。逆に無明から行、識と辿って老死の結果にいたることもできる。順観、逆観という。しかし十二支でなければならないとはいえないだろう。要は根本原因が無明だということと、因縁業果の論理で無明に至ったというのが大事だ。
また無明という原因を無くせないものかと思考するのは自然だ。無明ではなく明から出発すれば苦はなくなるかも知れない。現実にそんなことが可能かどうか、挑戦してみる価値はあるのではないだろうか。釈尊は身をもって発心修行なされたのだから。
第三諦は滅諦で、別言すれば涅槃寂静。苦諦が現実ならば滅諦は理想である。しかし釈尊は得悟され涅槃寂静を獲られた。理想は現実となった、苦は克服することができる。仏の身心と悟られた世界を膨大な仏典は解説しているわけだが、その根拠は釈尊が滅諦を体現された事実に基づく。
第四諦は道諦で、滅諦に至る方法が説かれた。それが八正道で、八正道を行ずることが原因となり結果として涅槃寂静、無苦の人生に至る。ここにも因縁業果の論理は貫徹されていて、出発点は無明でなく八正道である。八正道は以下の通り。正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定。八つの徳目であるが、八は多いという意味も内包している。また何が正しいかと考え始めると正が適訳かどうかも問題だ、八聖道とされる方もおられる。

仏教の結論と始源 B

仏教を考える上で一般的な理解は小中学校の教科書から得られたものでしょう。その影響は想像以上に大きく、倫理や社会の教科書を覚えればことさら勉強しなくても一生社会生活に支障はきたさない。深く勉強するとなると教義や歴史や儀式に取り組むことになるから変わった奴になりやすい。新興宗教に入らない限りはいわゆる宗教には触れないのが社会生活を送る上では無難だ。
教科書にはなんと書いてあるか。五十年以上前の記憶を辿りながら記すのだが、仏教は世界宗教とあったはずだ。それは民族宗教に対する概念で、インドには民族宗教であるヒンズー教があって、それはインド人しか信仰しない。ヒンズー教から仏教が誕生したのだが、世界宗教である仏教はインド以外のアジア諸国にも多くの信者を獲、本国ではかえって消滅してしまった。
また開祖宗教という言い方もあった。ヒンズー教や神道は誰が作ったかわからない。キリスト教やイスラム教、そして仏教は創始者が分かっている。一番最初の人物がイエス キリスト、モハメッド、仏教ではゴータマ シッダルタという具合。太古の昔に自然発生的にできた神道、道教、ヒンズー教などは古臭くて近代社会に適合できず、遅かれ早かれ消えていくだろうという雰囲気で記述されていた。開祖とはいえ人であろうが、一般人とは比較にならない偉大な存在だったとされている。多くの奇跡や超常現象が語られた。新しく創られた方が旧来型の宗教より進歩していると決まっている。
世界宗教とは云われるものの、ふつう大乗仏教と小乗仏教は区別される。内容はといえば共通するものが多くて何が大で何が小か明らかでない。インド人は大乗小乗の区別はしないように見える。何が行われているか知ると大小の区分は必要か疑わしい。
日本仏教はインドから支那を経由して正当に引き継がれた仏法を伝授されたと考えられている。特に禅宗ではその傾向が強い。本当に支那禅は仏教の正統な教えなのか、また日本の禅は支那禅と同じなのかについては、まだ包括的な検証はなされていないようである。
開祖宗教といっても、聖書の中でイエスの言葉はごくわずかだと云われている。大乗経典は仏教典の中で最大であるが、全て後世の創作である。釈尊が聞いたらびっくりするような内容が大乗経典には満載されている。小乗経典は肉声を聞いた人の記憶通りに経典が結集されたと云われる。それだけでも稀有なことだと感謝すべきなのかもしれない。
世界宗教でも開祖宗教といっても、経典に基づくといっても正統だといっても、少し参究すれば問題点が露わになる。そこで一番最初に何があったか、何が初めの教えか知る必要がある。最初が教えの最高到達点だという保証はないが、判るところまでは調べる必要はあるだろう。
幸い仏教には出発点が書き残されている。釈尊の初転法輪である。それが仏教の始源にほかならない。膨大な教えだからそこまでたどり着くのも大変だったが、やはり原点に帰り原点から全体を見直すのは大切であろう。

仏教の結論と始源 A

仏教は仏の教えであるが、何が教えであるかわかりにくい。漢字でびっしり書かれた仏典だけでも一万巻を優に越える。北伝南伝仏教があり、小乗仏教と大乗仏教があり、経文に依拠した法相宗や法華宗から不立文字以心伝心を唱える禅宗まである。一切空や本来無一物を標榜するものあり、同時に三世実有法体恒有や因縁業果が語られる。
あらゆる事柄があらゆる方面から語られるので、仏教者とは議論しても結論がうやむやになることが多い。長年学問した人でも、というより学問した人ほどうまくはぐらかされる。他人や他事を論評するには都合が良いが、結論が出なければなにが仏説か決まらない。本当の仏説が解らなければ参学者の見方と生き方は決まらないのではないか。自分の生き方を仏の教えから見出そうと思っている人にとっては何が仏説かということは切実な問題なのに。
私自身は戦後の団塊世代に属し、人生観と世界観が崩壊した日本で生長した。周りは左翼教師、サヨク思想ばかりだった。それらが信頼するに足りないのはわかった。しかし確かな人生観世界観も見出せなかった。どこで何を探したらいいか見当がつかなかった。失望、焦燥の日々を送った。是非善悪の基準は混乱するばかり。貧が良いか冨が良いか、伝統保守が是か進歩改革が是か。
釈尊、聖徳太子、道元禅師などの令名だけは聞いていたので、数千年の歴史がある仏教なら確かな人生観と世界観を得るよすがになるのではないかと予想した。それでも薬師寺の管長が新興仏教を批判していて、何が新興仏教かというと鎌倉仏教だという。鎌倉仏教は怪しい宗教ではないと学校で習ったが、仏教実践家の間では定説では無いようだ。前途多難かも、しかし同時に挑戦のし甲斐があると解釈した。
仏教の現状は第二次大戦直後と変わらないだろう。何が真で何が偽か明確でない。だから仏教に基づいた人生観を持ちたいと志す人も途中で挫折することが多いと思う。私は幸いに、学問するほど修行するほど仏教から確かな報果を得てきた。仏教は訳の分からぬ詭弁ではなく、世界と人生を貫く真理の法だと確信することができた。以下に体験的仏教論を記そうと思う。形而上的抽象戯論で誤魔化すことなく、個人特殊な経験に偏らない表現を目指したい。