映画時評(5)

映画時評(5)          05/06/2011

今村昌平はなぜ巨匠と称せられるようになったのだろうか。サヨクだったからではないか。誰が巨匠と言い始めたのか。サヨク仲間だろう。サヨクは自由と言いながら組合活動に精出す、平等と言いながらアジア、特に日本を貶め西洋北欧を持ち上げる。
サヨクは、自由なら文字通り自らに由るべきなのに、他人に寄り添う集団行動ばかりしていた。思想と行動が逆じゃないか。原理的にこの世に平等なんてあるのか。犬や猫が一匹ずつ違うように松や杉も一本として同じ物はない。同じコップでもどこか少しずつ違う。分子原子レベルでも素粒子が常に動き回っているので同じ物は一つもない。サヨクが云う平等って何だろうか。厳密な思考ができないだけではないか。
サヨクの思想的背景は唯物論と言われる。本のない家は唯物論者には好まれるだろう。唯物論者が引き起こしたサヨク革命は世界史の中で大事件とされる。フランス革命、ロシア革命、中華人民共和国の成立とくれば、世界史的規模の大事件である。そして毛沢東語録とか社会主義、共産主義の思想的な著作が無数に出版された。日本もその影響下で、すべての経済学の講座がマルクス経済学という大学まで現れた。
社会党や共産党は特定の外国思想や外国勢力にひれ伏す政治勢力だ。朝鮮動乱が勃発した時には日本政府転覆の指令がソ連から出され、各地で武装蜂起があった。その顛末を京大教授が小説に書いていたのを読んだことがある。日本も危なかった。戦争の生き残りが内乱を本能的に抑え込んだ。北朝鮮による日本人拉致事件はおおっぴらな日本転覆ができなかったので隠れて起こした工作だ。事件の全貌が白日の下に晒されない限り日本の戦後は終わらない。
とはいえ日本人が唯物論者になり切れないのは、「楢山節考」の中の俳優がむき出しの暴力や無制限の貪欲を演じきれないところからもわかる。誰でも深い教養が身についてしまっている。日本人は原始的な抑制されざる五欲を知らない。知らないことはいくら唯物思想の信奉者でも表現できない。楢山節考に出てくる日本人は日本に存在したことはない。
日本人が本能的な欲望や争闘のほかに精神性を持ち始めたのは、文献からは聖徳太子の十七条憲法からである。しかし考古学の発展によって、縄文時代もまた高度な文明が保たれていた事実が示されるようになった。縄文土器そのものが縄文人の心の表現だとされる。まず土器の表面を綺麗に飾る心がある。そこから火炎土器のような芸術品まで生まれた。漆を使う工夫、栗を栽培する知識、何千年も続く集落生活。文字はなくとも豊かな生活を送ったらしいと言われ始めた。縄文人はすでに野蛮人、原始人ではなかった。
文字の国中国では四千年前から漢字が使われている。翻って日本は七世紀以降に漢字を使うようになったと教科書に書かれる。これではなんとなく中国が先進国で後進国の野蛮な日本が文明の恩恵に遅れて浴したように感じられる。
実際は漢字の力は大したことなかったのではないか。漢王朝を創始した劉邦は文盲だった。戦は負け続け、妻子を置いて逃げる物語が残る。ただ人を惹きつける本能的な魅力はあったようで、垓下の戦いで項羽を倒して天下を取った。破天荒な性格、逸話の多さ、建国物語は嫌いではないが、字は読めなかった。それでも皇帝になれた。書物は家来に読ませて済む話だった。庶民に至るまで文字を目にするほど漢字自体が普及していたかどうかも怪しい。
聖徳太子以前の日本人は仁徳陵の造成などの大土木事業を完成したり朝鮮半島遠征をするような知性を有していた。隣国で漢字が使われている情報は得ていた。しかし本場の支那で漢字を知らなくても皇帝になれる現実を知った。文字の力は万能ではない。大和の民はまともな判断力を持っていた。
そして仏教経典の摂取が始まる。仏教は超高度な精神文化である。インド人は知識を数えたり心の解剖をすることができる。好奇心旺盛な日本人は難解な仏典を理解しようとした。主な仏典は漢訳されている。理解するには漢字に通暁する必要がある。国家をあげて漢字習得の事業が始まった。国分寺が建てられ、写経百万巻が大仏建立の際に収められた。国家的規模で精神と文化の大改造が行われた。
もっと大切なことには、漢字使用が国是になった時は、すでに日本語の文法と発音は確立されていた。返り点は日本語の文法による。禅はずっとゼンと発音される。和歌や歌謡は国の隅々にまで行き渡っていた。万葉集に採録されたのはそのような和歌、長歌、歌謡である。なぜ文字文化に先行して文法が確立されたかは今に至るも解明されていない。
唯物論者が想像するような家畜動物の集まりのような日本人はいなかった。実際はマルクス唯物論の方が高級な精神文化だとする証拠はない。唯物論を精神文化というのは矛盾している。数が多いとか、力が強くて多くの殺人ができるとか、宣伝がうまいという理由で優れた思想と思わされているだけだろう。
唯物論者でも文字や記号は見える。しかし発音や文法は見えないだろう。物以外は否定し無視するから、唯物論者そのものが動物や家畜に近くなっていく。その意味では楢山節考は唯物論者の現存在暴露だったと云って的外れではない。
皮肉なものである。文字を持たない野蛮な国であったはずの日本は最高度に難解な精神文化に挑戦する意志と能力を備えていた。そして見事に仏教を薬篭中のものとした。唯物史観で歴史の最先端に立っているはずのマルクス主義者には偏見はあっても精神はなかった。今井昭氏が求むべき理想がないと書いたのは正直な自分表明だったのかもしれない。
以上のような思いは、2009年九月に ボリウッド映画 MUJHSE DOSTI KAROGE! に出会ってから確信に変わった。この映画の前では、楢山節考はあまりにも情けなく、浅薄で、卑しく、醜すぎる。作らない方が良かった。

映画時評(4)

映画時評(4)         05/06/2011

駒澤大学の大学院生が訪ねてきたことがあった。禅や仏教についてよく知っている人は日本でも少ない。外国で仏法をともに語るなど奇跡のような出来事だ。世間話のついで「カトリックの神父さんも大変だよな、会ったこともない神様の話をしなければならないのだから。」と口が滑った。
「曹洞宗の坊主だって悟ってもいないのに。」と反応があったのだが、その学生はすぐ黙り込んでしまった。悟りについて議論できるぞと待ちかまえたのに、会話が続かなかった。なぜ悟りとはなんであるか滔々と喋らないんだよ、そのために勉強しているんだろ、あなたと議論できなかったら誰と話せるんだと口惜しかった。
なぜ引きこもるんだろう、それも曲がりくねった方向で。彼は自分が悟っていないとは言わない。坐禅が得道の正門とは道元禅師以来の宗旨で疑問の余地はない。だから悟不悟に関わらず、坐禅してなんとか悟ろうとするのはストレートな求道心の表現だ。ところが身近な曹洞宗呂を非難して自分は関係ないという顔をする。不思議だった。
このような心理の謎が解けたのは「閉ざされた言語空間」江藤淳、を読んだ時だった。人は生きるためには自分は正しいと思って行動する。他者を非難することは同時に自分を肯定することになる。いわゆる善人義人になる。
ところがマッカーサー占領軍は本当の悪役や外国勢力をマスコミが取り上げることを禁止した。すると、何か悪い事件が起こると、日本の何かを非難するしかできなくなる。戦争責任があると言って親や父祖を非難する。過去ばかりか現存の日本政府を批判する。日本列島の中で日本人同士で喧嘩し続けるように仕向けられた。その経過が江藤淳の本に書かれている。くだんの学生も、曹洞宗呂でありながら曹洞宗徒を貶める罠に陥っていた。その時はまだ該書を読んでいなかった、残念だ。
日本は戦争責任を果たしていない、ドイツに比べたら賠償も誠意をもってしていないと説教されたことがなんどかある。また朝日新聞の受け売りかと辟易しながら、戦争責任とはなんですかと反論した。じつはサンフランシスコ講和条約を結ぶことが戦争責任を果たしたことで、その時賠償金もすべて精算された。スイスにもイタリアにも金を払った。
ロシアとは変則的な状況が続いているが、講和条約を結んでいないからだ。ドイツはヒットラーが自殺して政府がなくなったから条約を結ぶ責任者がいなかった。ドイツの方が異常なのだ。
南京事件がいつも問題にされるが、手っ取り早いのは東京裁判を行なったアメリカに事件に関する情報公開を請求することだ。いまだに情報開示しないのは、伝聞証拠だけで有罪判決を下したとは認められないからだろう。なぜならアメリカは正義の国、正義の民だからだ。(2019年に南京大虐殺があったと主張するマスコミは世界中にまずないと思われる。理由はいつか書くことになるだろう。)
米西戦争はアメリカの陰謀だったと1990年代にアメリカが認めた。事件から100年後のことだ。今更スペインは手も足も出せない。一方、過去の間違いを認めるアメリカはやはり正義の国だと自己正当化した。
ヒットラーのユダヤ人迫害がなぜ起こったか、原因はあらゆる方面から研究されていると思う。一つには、聖書にユダヤ人がイエスを殺したと読める箇所があるからだ。イエスの敵はキリスト教徒の敵になる。
しかしこれはおかしなことが多い。イエスはユダヤ人であってキリスト教徒ではなかった。ユダヤ人同士の内輪揉め事件だった。したがって聖書の中ではキリスト教徒はどこから見ても潔白だ。ローマ国内における死刑は皇帝の裁可が必要なのにその記録がない。総督のピラトが決定したとされている。ローマ法の国でありうることだろうか。そもそもイエスは実在したかどうかはっきりしないという人もいる。にもかかわらず悪いイメージが増幅された。そして悲劇が起こった。
楢山節考にしても南京事件にしても自虐史観にしても、もともとはでっち上げである。悪いイメージばかりが作り出されてきた。懸命に身近な同胞の中に罪をえぐり出そうとする情熱は、その多くは占領軍にそそのかされた心理による。妄想としか言いようがない。占領軍の洗脳によって一定方向に妄想が起こさせられた。
渡部昇一氏らをはじめとする少なからぬ先達は、日本人を洗脳から覚醒しようと啓蒙されたのであるが。

 

 

映画時評(3)

映画時評(3)       05/06/2011

朝日新聞はウソを書く、日付以外は信用できないという評判はすっかり定着した。まともな論調が出るとニュースになる。しかしまともなら読んでみようとはならない。信用失墜は恐ろしい。高級紙が凋落し始めたのは2002年だった。その時に立ち会った経験の一つを記しておく。
2002年7月、朝日新聞に今井昭というハーバード大学教授の論文が載った。その中で「備えあれば憂いなしとはたわごとである。」と書かれてあった。
当時は小泉首相の時代で、首相の口から歯切れ良いセリフが飛び出した。多くの国民は本音を語る政治家と受け取った。その語録の中の一つだったが、新鮮に聞こえた。備えをしよう、防衛力を高めようと語るとマスコミから総攻撃にあうという雰囲気の中だった。当たり前のことが言えなかった時代だった。
今井氏はそんな時代の空気を読むのが聡いからハーバード大学の教授になれたのだろう。そして朝日新聞に寄稿できるまでになった。一国の首相の発言をたわごとと切り捨てるとは大した度胸である。
日本人の受け身の受け取り方は戦後マッカーサー占領政策の効果である。日本人が無気力とか大人しいと言われるのは占領政策が大きく影響している。アメリカの洗脳からわれわれは正気に立ち帰らなければならないのだが前途遼遠だ。
「たわごと」の一語で私はこの嘘つきがと逆上した。ボストンに住んでいたからわかるのだが、アメリカでは鍵束がずしりと重い。住宅では警備会社と契約して24時間体制で防犯に努める。火事や泥棒などあらゆる保険に入る。通学バス停まで親が必ず見送りする。みんな自分と家族の安全のために必死だ。あらゆる備えをしてからさらに憂について話し合うのがふつうの家族だった。備えをするのがたわごと?テレビで見た顔はあらゆる保険に入っている小心者の印象だったが。
この記事が印象的なのは、嘘の裏事情がはっきりしていたこととともに、小泉首相の訪朝が9月17日の金正日の日本人拉致告白を引き出したからだ。平和だ繁栄だと言って防犯対策を考えなかった日本で、密かに百人を超える日本人が誘拐されていた。悲劇の原因は備えが無かったことだと国民が気がついた。社会は善人ばかりではないとはっきりした。頭が良さそうには見えなかった小泉首相の的確な指摘と、アメリカ歴史学会会長までつとめたハーバード大学教授の嘘との懸隔が見事だ。
今井昭氏の欄は四人の教授連が交代で書いていた。東大の哲学科教授が自転車駐輪問題を取り上げるとか目を覆いたくなるようなレベルではあったが、肩書きだけはすごかった。四ヶ月に一回だから氏の次の登壇は十一月だ。その日をワクワクしながら待った。あの嘘つきが次はどんなことを書くか、書けるか。
今井昭氏は何と書いたか。「人類は追求すべき理想をまだ見出していない。」だとさ。嘘が明白なので、人類とか永遠の理想とか、一読すると高尚に聞こえる屁理屈を持ち出した。サヨクのデタラメ、極まれり。
この人は何が理想かとかいかに理想を追求するかとか考えたことはあるだろうか。専門用語は知っている、しかし言葉の中身を深く考えたことはなかっただろう。理想と実践、理想の始めと完成、理想の挫折、民族の理想と人類の理想など人類誕生以来の深い問題がある。理想は人の心を動かす、肉体も動く、そして生活を変え社会や国家のあり方を変える。理想を知らなければただの評論家だ、無責任なテレビのコメンテイターと変わらない。
アメリカには建国の理想がある。現在のアメリカは善かれ悪しかれ1776年の独立戦争時の理想によって作られた。ソ連は革命の理想によって1917年に建国され何千万人もの国民が殺された。フランス革命はブルボン王朝に対抗して作られた理想の結果だ。1789年からロベスピエールが断頭台で殺されるまでの五年間に約五十万人が殺された。犠牲者はカトリック僧侶や上中流階級の人々だった。
日本も実は理想によって作られている。最も古い文書化された建国の理想は聖徳太子の十七条憲法に示されている。604年のことである。次に古事記(712年)や日本書紀が編纂された。万葉集だって国家と天皇を高らかに謳いあげている。百五十年前には五箇条の御誓文や教育勅語が知らしめられた。日本こそ理想とともに歩んできた民族国家だ。しかも革命動乱ではなく平和的な変革を通して発展してきた。
目の前の国家が理想の産物とは考えにくい。国に対しては不平不満が先に立つであろう。特にマッカーサー占領軍は日本人に理想ではなく国家への敵愾心を植え付けようとした。反日日本人を作ろうと画策した。他国が内輪もめ内部抗争するのはアメリカの国益にかなう。第二次大戦後生まれた者はアメリカの政策の影響を受けているという認識から出発しなければならない。
自分もその一人で、理想も国家観も崩れた社会だったから、生きるべき道、理想を見つけるのに苦労した。さいわい仏教、その中でも禅にめぐり合うことができた。仏教は人類の理想そのものである。曹洞禅はじつは日本教でもあった。平凡だが理想を追求し理想に囲まれた人生を得た。
今井昭氏はのちに朝日新聞社の副社長になった。出世した。けれども理想や真理の探究とはなんの関係もない人物だった。歴史家なのにヘラヘラと嘘を並べている。悟りや仏智慧の実践とまでは言うまい。世界に名の知られた学者には誠実な文章が期待されてしかるべきだったと思う。

映画時評(2)

映画時評(2)          05/06/2011

学生時代は黒沢明作品が次々に発表された。その都度朝日新聞はかならずケチをつけてこき下ろした。そのせいもあったのだろう、日本で見たのは「椿三十郎」だけだった。とても面白かった。いまでも仲代達矢と三船敏郎が酒を酌み交わす会話が蘇ってくる。最後に抜き打ちで勝負をつける場面の迫力は他に類を見ない。
しかし朝日新聞の映画時評では「用心棒」より一段劣るとなっていた。それで映画を素直に楽しんだだけの自分はやはり鑑賞眼なるものはないのだと劣等感を増幅させた。自分に芸術は解る訳ないと言い聞かせた。額にしわを寄せしかめ面で見る映画が芸術だろうと思った。
ところがアメリカに来てみるといたるところで黒沢映画祭があった。スクリーンに三船敏郎の名前が出るとパチパチと拍手が起こる。おおっぴらに楽しんでいる。人気の在りようにびっくりした。日本にいながら日本の宝物を見過ごしていた感じがした。話のネタにしようとできるだけ見に行った。おかげでだいたいの作品を見た。そして鑑賞するごとに黒沢明のファンになっていった。アメリカで、頭でっかちだった芸術観が溶解していった。
知識とは厄介なものである。アメリカ文明の恩恵を享受しながら、同時に彼らは朝日新聞を読むインテリではないと内心で見下す面もあった。知識と事実との間のねじれだが、認識の問題は複雑かつ深いものがある。何万巻の仏典を読んでもわからないことばかりだ。
高尚な芸術を理解する能力はないと思い続けた偏見が崩れたひとつの契機には次のようなこともあった。遠藤浩一氏が「正論」に「福田恆存と三島由紀夫の戦後」を連載されていた。2009年七月号に「文学座」の杉村春子とふたりの偉大な作家との確執が書かれていた。福田恆存は文学座のための劇作家だったが退座して劇団「雲」を創った。彼のあとに三島由紀夫が劇作家として入ったがまもなく辞めた。遠藤氏はその経緯を忠実に書き記していて、当時何があったか知るのが楽しかった。自分が生きていた時代のことだが全く知らなかった。
文学座や福田恆存氏の劇団に関する断片的な事件は朝日新聞で読んだことがある。芸術音痴の下々にとって重要なことは、杉村春子は常に”大女優”と冠されていた。だから舞台は見たこともなく演技とは何かを知らない素人でも、杉村春子と聞けば大女優だと想起した。あとで小津安二郎映画に出演しているのを見たが、自信と貫禄があって上手な役者だった。問題は大女優の評価が観客どころか一般人にまで常に刷り込まれていたことだ。
278 ページに、ある退座する俳優と話し合ったこととして次のような言葉が記されている。「団体を取れない時の切符をさばく苦労は知っているでしょう。」と。
つまり金を稼ぐために舞台で演じていたというのだ。誰が団体なのだろうか。労演だそうだ。サヨクの労演が喜ぶような演目でなければ大量に切符は売れない。大女優はサヨク政治団体が喜ぶものを演じていた。全部とは言わないが、大女優の大きな関心事の一つはカネだった。わかりやすい。
楢山節考や杉村春子の舞台を見に行くのはサヨク団体が多いということになる。サヨクは朝日新聞を読み、朝日新聞はサヨクそのものだ。朝日は大衆動員しやすいように杉村春子の冠詞にかならず大女優の形容詞をかぶせる。楢山節考の場合はカンヌ映画賞受賞と持ち上げる。内実は商業主義というか金漁りなのだが、表向きは芸術至上主義だったり、表現の自由だったり、純粋文学だったりする。高尚に聞こえる言葉で飾り立てる、洗脳する。新聞雑誌の文章にはウソが散りばめられているようだ。

 

映画時評(1)

映画時評(1)         05/06/2011

2006年の三月だった。あるユダヤ人のおばさんが見せたい映画があるからいらっしゃいと言ってきた。六十歳過ぎで離婚の手続きを進めていて、不幸な時期の人だった。離婚する相手は離婚のアドバイスを職業とする人だった。弁護士を介在しないで安く離婚する方法ができている。新聞記事にはなりにくい人間模様である。断るのも失礼と思い出かけた。
一本のVHSテープがプレーヤーに入れられた。画面に「楢山節考」のタイトルが白黒で跳びだす。ドキッ。原作は深沢七郎。エッ。主人公は緒形拳、こんなところに。そしておどろおどろしい映画が始まった。
朝日新聞でなんどもカンヌ映画祭で最優秀賞をとったと枕書きをつけて記事になった映画だ。それまで見たことはなかった。深沢七郎は出版社の社長夫人が殺された原因となった悪徳小説を書いたとして有名だった。そんな人間の小説を原作とした映画に緒形拳が出演する。俳優は金のためならなんでもするのか。監督は今村昌平。
最後まで見たが、見るに耐えない気持ちの悪い映画だった。舞台は東北の寒村、農家だけの村で、年取った母を主人公の緒形拳が山奥に捨てに行くのがクライマックスだ。延々と母を背負って険しい山道を歩いていくと窪地があって、骸骨が諸所に転がっている。以前に捨てられた老人たちだ。そこが母の捨て場である。雪が降っている。母親は着物を着ているのだが骸骨群の周辺には布地が見当たらない。縄文時代の布だって保存されうる。嘘っぱちの場面だとわかる。
洋画に出てくる、ライ病者の谷を真似している。村では一家惨殺がある、泥棒、夜這い、老人虐待、ありとあらゆる悪徳を詰め込んで、不気味な醜悪感を醸し出している。ゾーッ。
日本は聖武天皇の時代から火葬が標準である。何体もの骸骨がゴロゴロしている場所はない。明治というより徳川時代から親でも子でも遺棄したら犯罪だ。普通の家庭の主人が母親を捨てるか?さすが殺人事件を惹起した深沢なにがし。こんな汚穢極まりない映画が金賞とは。カンヌ映画祭とはなんなのか。
頑丈な造りの家の中に神棚や仏壇はなかった。異様だった。それは人が生きる時の心の中の規範と拠り所がないことを意味する。唯物論とはよく云ったものだ。日本人をウサギや豚のような肉の塊と観ている。食って寝て罵り合い殴り合うだけの人間を日本人だと描いている。大和精神と大乗仏教を除いたら牛や鹿のような動物と大きな違いはないかもしれないが。
田舎を舞台にした映画ではよくお寺や神社が出てくる。子供達が境内で遊ぶ。自然と伝統の中で成長するのが日本人だ。ところがこの映画には本が映らない、読書や書き物をする動作もない。読み書き算盤がない明治の田舎なんて日本にあっただろうか。
立派な構造の日本家屋はふだんに掃除と修理が必要だが、そのための道具、職人、人の和が見られない。古事記に描かれているような笑いがない。こんな日本はない。背筋に薄ら寒いものを感じた。
終わってから、暗闇を除いた気分覚めやらないままに、「これはフィクションだよ、事実とは程遠い作り話だからね。」と念を押した。すると彼女は、「何を言うか、これが日本だ。お前は日本を知らないのだ。」と言い返してきた。日本語も解らず日本へ行ったこともないのに。
江戸時代の古文書を読む会に参加したことがあった。四国の片田舎の庄屋の土蔵にしまってあった手入れの行き届いた文書群に囲まれた数日間だった。大阪から講師を呼んで村人に話した内容が達筆で記録されていた。大半は親に孝に、兄弟仲良く、隣近所協力しあってという道徳物だった。中央に先生がいて、地方人が呼んで人の道を学ぶ江戸時代の仕組みが理解できた。往来と情報の交換は、人が日本列島に住み着き始めたとき以来、想像できないほどの密度とスピードでなされていたのだ。
松前藩ではアイヌについて、貧窮者の無いように、独り住まいの寡婦の無いようにと出先機関が指導していたという。姥捨、一家惨殺などあれば大問題になったはずだ。教科書にも乗っていただろう。
現実の明るいまともな日本人を憎んで、頭の中で邪悪な人間像を拵えるのが芸術なのか。2011年三月十一日の東日本大震災、大津波で世界に放映された被災者の姿こそありのままの日本人だろう。映画監督に代表されるインテリは世界が賞賛する日本人を憎むのが仕事らしい。インテリとは人間嫌いの別名だろうか。
どうしてこんなことになるのか。一つは唯物論、つまりマルクス主義共産主義を信仰しているからだろう。もう一つは対極に位置しているようだが、戦後のアメリカの洗脳だろう。洗脳工作を仕掛けたのは共産主義者ルーズベルトの手先なので、ともに唯物論者ではあった。
文芸春秋一月号2011、に弔辞の特集があって、俳優北村和夫が今村昌平に弔辞を送っていた。映画仲間の腐れ縁か。「うなぎ」なる映画でもカンヌ映画祭で金賞を取ったという。監督の作風がガラリと変わることはないだろうから、やはり醜い反日映画だろう。機会があれば、自説を確かめるために一度だけ見たい。正体は分かっているから論評する価値はないだろうが。
同じ号に民芸に所属していた女優北林谷栄に黒井千次が弔辞を読んでいる。彼女は老け役が得意だったという。文才があって「楢山節考」を脚色し舞台で自らおりん婆さんを演じてはまり役だったそうだ。若いけれど老けて見える女性が才能の限りを尽くして人間の暗闇をほじくり出し言葉を紡いでいた。情熱をかける場を間違ったのじゃないか。骸骨が散在する姥捨山など日本にないのにあえて妄図を作り上げる。醜悪汚穢のネタを探し出そうとする真面目な探究心は形容のしようがない。普通の日本人がそんな舞台を見たいだろうか。

糖病記(2)

糖病記(2)     02/17/2019

Stroke (鼓動、打撃)の原因はわかりやすい、図に書いて理解できる。突然の発症も、機械的な破裂や閉塞の可能性を明示する。
血管の中を血が滞りなく流れていれば問題はないが、血瘤が生じて流れを塞きとめることがある。その先は血の養分が届かないため失血で難症が起こる。血管が狭くなるケースもある。血管が破裂すると脳溢血になる。
Stroke の予防策は、血が清流のように滞りなく流れるようにすること。血管を丈夫に健康に保つ。血を薄くする、血瘤を溶かす。閉塞まで行ったら管内掃除やバイパスをする。血管は意外に強くてめったに損傷しない。しかし生体だ、老化、劣化は考えなければならない。応急手当ての遅れは致命的である。

糖尿病については病院から解説書をもらったが何度読んでも理解できない。病気の原因が書いてない。原因がわからなくてどう治療するのか。症状に第一、第二、第三段階とあるが境目が判然としない。血糖値の高低も朝晩、食事の前後で変わる。平均値が正しいという根拠も薄弱だ。インシュリン注射とか大きな話に持っていかれる。
小学五年生のとき同級生が糖尿病になった。見舞いに行くと暖かくして静養するよう指示されて寝ていた。病気のように見えなくて自覚症状もないという。痛みや体の変化がないまま病気だと言われる。六十年後も同じ。
今は世にあふれて錯覚しているけれど、砂糖は自然界に存在しない。砂糖、メイプルシロップ、コーンシロップなどは人が樹液を煮詰めてできる。純化しすぎた精製糖は自然物ではないので毒物と分類されてもおかしくない。目安が血糖値でわかるように、多過ぎる糖分摂取が糖尿病の原因であるのは間違いない。
酒も過ぎれば毒となる。二千年前から不飲酒戒とて酒の毒性に気づいた人々がいた。砂糖も同じように摂取過多になると毒性が顕著になるのだろう。米や芋や果実も甘いが精製されてないものは毒ではない。
糖尿病が進行すると悲惨な状況になる。肉体的にも精神的にも制御不能になって薬漬けで生きる。不自由な食生活、検査と投薬の日々、足や膝の手術、松葉杖の生活。症状が多様すぎて何が原因だったかわからなくなる。
砂糖産業は絶大な金と力を持っているので、医者も研究者も砂糖が毒だとは言えない。代わりに血糖値が原因だとのたまう。

糖分はどこで吸収されるか。小腸であろう。砂糖液は米や豆や栗や肉などに比べて真っ先に吸収される。血糖値がぐんと上がる。加齢で弱くなった脳の神経の特定部位が小腸から送られる高血糖に耐えきれなくなる。異物、毒物である精製糖分が大量に入ってくるときの生体反応の一つが Stroke だ。健常体を精製糖が内側から攻撃する。糖尿病が文明病である証拠だ。
神経は強い大きな神経鞘に保護されているからなかなか破損しない。ダメージは神経細胞の連結部であろう。また神経は血管が通っていない。栄養の供給はリンパ液を通してされる。なかなか後遺症が治らないのはリンパ液による修復が遅いからだ。
リンパ液は血液の二倍半あり全身に水分と養分を供給する。全身を巡ったリンパ液は腎臓を通って血管に戻り循環を繰り返す。
血管から滲み出たリンパ液は心臓の圧力では流れず身体の動きに沿って移動する。跳ぶ、走る、歩くなど運動するとリンパ液がより速く流れる。養分や老廃物の新陳代謝が進む。血の巡りもよくなり怪我や傷が治りやすくなる。脳卒中のリハビリには運動が欠かせない。四マイルほど坂道を頻繁に歩くことにしたのは理にかなっていた。

ガンの研究は進んで、原因と治療法はほぼわかった。簡単にいうと低体温が大敵のようである。薬をやめて運動することでガンが消滅するケースが多い。また胃がんは痛みが少なく食欲が細って死ぬだけだから理想的な死に方だという人もいる。
それにひきかえ糖尿病は原因が特定されない。それどころか血糖値を適当に定めて病人を作り出しているように思われる。健康な人でも血糖値の高いときに検査されたら抑制剤の投薬が始まる。病人になる第一歩だ。苦痛や不具合の自覚がありませんというと、自覚がないのが糖尿病だと決めつける。
精製糖が Stroke と糖尿病の原因ではないかと推理したが、タバコが肺癌の元と主張するように抽象的であいまいだ。実際には例外がたくさんある。コレステロールも心臓病の原因ではないそうである。逆にコレステロール抑制剤の方が怖い。
では精製糖と Stroke やコレステロールが引き起こすと言われる心臓病との間に共通する現象はなんだろうか。それは Inflammation (炎症)らしい。あらゆる細胞は必要だから存在するので、健康ならば体液が滞りなく流れる。流れが滞ると炎症、腫れが生じ、そこが弱点になる。そこから血管が破れたりガンが発生したりする。
蜂に刺された時皮膚が赤く腫れ上がる。白血球が集まって異物や毒を攻撃し損傷部位を修復する現場だ。掻いたら血が出る、血管破損になる。個人差があって二日三日治らない人もいる、リンパ液が滞り皮膚は脆弱なまま。
同じような腫れが体内の血管や細胞でも起こる。蜂の毒と同じことを精製糖が行う。塩を摂ればシャキッとするのに反して甘い砂糖だとだらっとする。砂糖が腫れを作りやすい体質に身体を誘導し炎症を多発して糖尿病へと導く。
終わり

糖病記(1)

糖病記(1)       02/17/2019

2018年九月九日、日曜日は接心中だった。午前中坐っていると右腕が突然締め付けられて冷たくなった。何かがおかしい。坐禅を切り上げて参禅者に参考意見を聞くことにした。お茶を入れようとすると手が震えて茶碗が持てない。すぐに救急病院へ行くことに決まり、運転してもらった。自分で運転する自信はなかった。
病院では血圧と血液の検査があり、血糖値が315で糖尿病と言われた。平均値は150だそうで、異常を認めざるを得なかった。一泊して様子を見ることになり、右足、右顔面、発声、瞳孔、握力や腕の力などを試された。看護婦が交代するごとに同じ質問が繰り返され記録に取られる。対応がマニュアル化されている。
周囲の騒ぎとは裏腹に、リンゲル液が注入され始めると不快感はスーッと消え去り、震えもなくなり血糖値も170に下がった。いつでも退院できる状態になった。ひどい時は半身不随になる。軽症で幸運だった。
CT スキャンと心電図は異常なかった。翌朝の MRI 検査で Stroke と診断された。頸動脈内に血瘤が写っていた。年取って動脈が狭くなったと解釈できる。日本語では脳卒中であろう。Aspirin, Lipitor と血瘤を溶かす薬 Clopidogrel をもらって帰った。

薬の効果は抜群で、一年間何となくすぐれなかった気分がシャンとなった。視力が回復し気力も回復した。ふだん薬を飲まないから余計効くのかもしれない。効きすぎるのではないかと不安になった。頭は冴えるが考える気にならないのは薬の限界か。
ときどき頭がフラーっとなる気がした。気のせいかどうかわからない、病気中かもしれない。膝がカクンと力を失う感覚もあった、小さな小さな後遺症だろうか。事故は起こさなかったが用心することにし、重いリュックを背負って速歩すると決めた。
2マイル先にバス停があるので坂道を下る。街まで行って小さな用事を済ませ、リュックを満杯にしてバス停から登り坂を歩く。合計3時間ほど、週一回は歩いた。クルマ文明の行き着く先にきてしまった。生きるためには歩くしかない。
退院して一週間後チェーンソーの研ぎ師にあったついで、Stroke で病院へ行ったと言ったら、
「俺の親父はひどい Stroke で頚動脈の内側を掃除した」とのこと。それが死因か聞くと、
「Strokeは治った。二年前に死んだが、癌だった。」
Stroke はありふれた病気で、一昔前は死因の上位だった。半身不随で十年以上苦しんだ人も多かった。今の自分は医学の進歩の恩恵を受けている。
九十日で薬が切れた。薬断ちで二週間ほど過ごして血液検査の後、十二月十九日に主治医に会った。糖尿病だからと新薬を勧め長々と説明する。運動も食事療養も大切だが、新薬は血糖値を下げるという。糖尿病だから血糖値が高いという見方だ。
新薬は拒否した。血糖値は生体が決める、特に肝臓の役割が大きい。コレステロールも肝臓がコントロールするので似ているが、人工的に血糖値をを抑圧するのは肝臓を攻撃することに等しい。本当の病人になってしまう。酒が飲めないくらい弱い肝臓がますます弱くなる。肝臓の重要な機能の一つは解毒作用である。全ての薬は毒でもある。解毒作用も抑圧される。
医者と喧嘩ばかりで済むわけもないし不安でもある、Aspirin と Clopidogrel を買って帰宅し、三日に一回飲むことにした。アメリカ人は三倍の質量だから、小さい体には三分の一の服用が適当だろう。
二日後に気分が悪くなりまた発作かと疑った。どうやら病院で風邪をうつされたらしく、大事には至らなかった。その頃からめまいはしなくなり、完治したという手応えを感じた。四ヶ月かかった。

思い返してみると、前の年一年間は気分の優れない日が多かった。曇天が多く小雨の日が続いた。カラッと晴れた日と乾いた空気が特徴だった天候が、紳士がいつも傘を持って歩くロンドンのような気象に変わった。地球温暖化の影響と思われる。鬱になり運動量が減った。
三月のある日、地下室で薪を割っていると軽いめまいがした。手すりを伝ってソファーにたどり着き一時間ばかり座った。怖くて立ち上がれない、どこか気分が悪い。気分の悪さは一週間ほど続いたが快方に向かった。そして明るい春を迎えめまいも気分も忘れ外で働くようになった。
気分の悪さの質が同じなので、半年かけて症状が進んだということであろう。三月に病院へ行っても、気分が良くなる薬を処方されて終わりだったであろう。それほど軽症だった。病気も外見から症状が見分けられるくらい悪化する方が本人も周囲も納得できるというところがある。
春も夏も曇天と小雨が続いた。外の作業は計画通り進まない、イライラが募った。なぜかアイスクリームが欲しくなり、三十年食べなかったのに大量に買って食べた。蒸し暑い時にはオレンジジュースやりんごジュースをがぶ飲みした。果物だから体に良いと思ったのだが、これら三者には砂糖が大量に入っていた。砂糖が九月の発作を引き起こした主要原因ではないかと思われる。

論壇時評(3)

論壇時評(3)           03/10/2011

平川祐弘氏は一高で不破哲三と同室だったそうである。同室になると何故同じ思想に染まるのかわからないが、同級生で共産党の活動家になったのは少なくなかったという。熱心な活動家の一人はのちに共産党に除名されて不遇な一生を送ったと書いてある。除名したのは不破だろう。
だいたい日本共産党に除名されて何が不遇なのか。もっけの幸いではないか。ソ連や中国のように殺されるわけじゃなし、不毛な思想団体から解放されればあとは好き勝手なことをすればよい。二十世紀に一億人を必要もなく虐殺した政治思想にそこまで恋い焦がれるとは。複雑に悩む問題だろうか。
東大生には不立文字や以心伝心などという言葉は届かないのかな。資本論や共産党宣言に書いてあることは偽りではないかと想像することはできないのか。製本されている書物にはすべて正しいことが書いてあると思い込んでいるのだろうか。正法眼蔵と仏典以外はどれもこれも疑わしいと解ってくると、文字を信仰する人物とその心構えがあほらしくなってくる。
プラトンはなぜ偉大なのか?それは彼がアカデミアという学校を作ったからだ。アカデミアは九百年続いた。その間多くの学生が巣立ち、プラトンの学説なるものを伝えた。プラトン哲学や論理を学んだのだが、卒業したら教師となって教えた。創立者であるプラトン、学校を作ったプラトンは褒め称えられた。
アカデミアは教師資格を授与するところであった。学生は真理よりも就職に関心が強かっただろう。真理の根拠そのものは深く追求されなかった。普通の学校教育は真理の発見と伝達とは関係が薄いように思われる。プラトン自身が得たものは真理の影だと自ら言っている。
真理を本気で追求し解明に成功したのは、インド文明と日本文明だ。坐禅と仏教、古事記と万葉集、そしてサンスクリットと日本語だ。
東大信仰と朝日信仰、その信仰心を利用して赤旗が「世界」を通して朝日新聞に食い込んだ。朝日は戦後、マッカーサーが日本解体を目標にしていることを察知して、いち早く社是を変更した。旧経営陣が去った後に復員した社員が赤旗を振って幅を利かせた。岩波書店と同じだ。ところが朝鮮動乱でマッカーサーは、本当の敵は日本ではなかったと悟った。解体弾圧の標的が一夜にして反転した。それ以来朝日新聞社は反米なのだそうである。
この頃やっと、世の中の動きが見えてきた気がする。その最大の理由は朝日新聞を読まなくなったことだ。この新聞を読んでいる間はいつも頭痛がしたし、いくら読んでも物事の解決策は見つからなかった。世界とは、社会とは、国家とは、人間とはなど幾多の設問があるが、朝日からは混乱しか得なかった。真理の報道を明言しながら実は真理の探究を邪魔していた。
朝日新聞が推奨する総理大臣は例外なく愚劣だった。朝日が反対する政治家には見識ある人物が多い。強力に支援されて首相になった鳩山由紀夫氏の末路は明らかだ。応援する内閣がいずれも短命なのもわかる。破壊思想を振り回すばかりで長期的な建設目標はない。まず破壊!全共闘の同級生が絶叫した。
四十年間の愛読、精読、熟読の結論として、朝日は何事ももっともらしく扇動するのはうまいが、その結果としてトラブルが起こった時に解決策は持ち合わせない。都合が悪くなると逃げ回りごまかすばかり。せいぜい「話し合え」というだけだ。北朝鮮に渡った人の九割は朝日新聞の地上の楽園宣伝を信じて帰還を決断したという。それは済んだ話かもしれない。現在は、引きこもりや、登校拒否や、家庭内暴力が問題か。暗い問題で悩む家庭を訪問すれば、朝日新聞が積んである可能性は高いだろう。
終わり

P/S ; 2019年から振り返れば、なぜ朝日新聞に入れあげたのか不思議に思われる。それは世界や人生の見通しがついたからだ。何が大切で何が価値がなく、虚偽と偽物か解ってきた。敗戦の影響や西洋思想の侵略が問題を複雑にした。情報を得て勉強しなければならないが、何を追求すればよいかもわからない青春時代だった。朝日は身近にあって少し上の理想を示しているように見えたので食いついた。
ときどき他紙を読む機会があったが、朝日の文章は抜きん出ていた。他の新聞はアジビラや明からさまな宣伝が多かった。文章の質の高さで信用していた。
「中国の旅」が連載されると朝日新聞は読めなくなった。生活環境が激変したのも手伝って数年間新聞から離れた。悪意ある偽物は読まないと直感が拒否したとしか言いようがない。読書も新聞もほんとうは客観的な真理を伝えるものではない。
現今は朝日の文章の質は低下した。朝日の主張の反対が正しいと言われるまでになった。ネットの普及が朝日の嘘を完膚なきまでに暴いた。社是が間違っていると最後は嘘ばかり垂れ流し文章の質まで低下する。間違った人生観から始まると個人の人生も同じような道をたどる。しなくてよい回り道をしてしまった。

 

 

論壇時評(2)

論壇時評(2)             03/10/2011

レーニンはロシアが戦争の最中で疲れが溜まった頃に密入国し、自国兵士や将官を背後から不意打ちして政権を奪った。祖国にとっては裏切り者であり犯罪者である。スターリンも平和条約や中立不可侵条約をかたっぱしから破って次々と他国に攻め込んだ。ソ連は無法の国で、共産党一党独裁は恐怖政治に他ならなかった。条約は破るためにあるのだから国レベルでも個人レベルでも信頼関係を築くことは不可能だ。ソ連が弱くなると同盟国にされていた国々はあっという間に逃げた。
レーニンやスターリンのような思想と行動は陽光の下で堂々と主張できる人の道とは言えまい。時とともに不信と恨みが積み重なっていく。ソ連が内部から崩壊したのは、国の成立が無道不自然だからだろう。悪因悪果の見本だ。国が起こって七十年保ったほんとうの原因と経過と理由はまだ明らかになっていない。
元共産党員の兵本達吉氏は正論四月号 2011 で、ゴルバチョフの経済補佐官だったペトラコフが以下のように語ったと書く。
「マルクス経済学は資本主義の批判はしても、肝心の社会主義共産主義の建設方法については何も教えない。レーニンも何が社会主義かわからないので試行錯誤を繰り返し、スターリンはドイツの戦時国家経済システムを手本にして戦時共産主義計画経済にたどり着いた。計画経済は初めから非合理非効率とわかっていた。」
ペレストロイカ(再構築、Restructuring)を推し進めるソ連で結論が出たので、他国の共産党も、なんだそうだったのかと強制された外国思想の洗脳が解けてしまった。共産主義はガチガチの宣伝工作で出来上がった思想だった。
ちなみに社会主義と共産主義は同じものだと、フェビアン協会を作ったウェッブが証言した。社会主義の名称を作り出した本人がいうのだから間違いない。
正論十月号 2010 に元朝日新聞社員の本郷美則氏の文章があって、(219ページ)朝日では組合の役員歴が出世の鍵だという。社長はじめ役員連中は組合活動家上がりだそうだ。集会があると保守だー、反動だーとヤジを飛ばすと書いてある。東大卒業生がヤジを飛ばす光景は想像しにくいが、経験者が書いているのだからほんとなんだろう。組合活動中に洗脳され、赤い記事を書くのに違和感がなくなってから正当な朝日新聞人として認められるらしい。それなら綱領を、共産主義に基づき、不公正非中立、偏向報道に徹すると正直に変えるべきだろう。紙面は組合語を多用しますと。
朝日新聞にはときどき森恭三編集長の写真が一面にデカデカと載ることがあった。編集は他人の文章を校訂する職業のはずなのにと不思議だった。三十年後、彼が正式な共産党員だったと知った。朝日新聞の内実は赤旗だった。
中川昭一、安倍晋三、両代議士を貶める目的ででっち上げ記事を書いた本田という記者がいた。NHK の番組に圧力をかけたというものだが、事実ではないと判明した。こんなケースでは、書いた記者は即刻クビになるのが世界の常識である。とくにアメリカでは、一日二日処分を引き延ばしているだけで批判を浴びる。ところが本田記者はいまだにクビになっていない。でっち上げとは嘘八百ということだが、朝日ではウソを書いても許される。アメリカの新聞雑誌もいい加減なことを書くのだが、明らかにウソと分かってから開き直ることはできない。朝日新聞の悪質さは吐き気がする。
「閉ざされた言語空間」江藤淳、文春文庫も朝日新聞で見たことはなかった。この本は戦後の日本人の心を考える上で最も大切な書物である。どれほど大切かというと、テレビやネットに出演する人たちの話から、出演者が読んでいるかどうか判断できる。本の名前は出さないけれど読んでいるから世界観が安定していると分かる、くらいに基礎的な本である。
書物の名前を言わないのは卑怯だ、本書の名前を口にすれば宣伝になってもっと多くの人が読むだろう。しかしプライドや自分だけの収入などを考えて黙っているのかもしれない。読んだ人達からは人格まで見え見えだ。江藤淳以上の書物はまだ出現していない。
朝日人やサヨクは読んでいない、読んだら発狂する、そのような人物の世界観などは聞くだけ時間の無駄である。
「閉ざされた言語空間」を知ったのは 2003 年になってからだった。 1980 年半ばの初版だから随分遅い。朝日新聞購読の弊害かくの如し。この本にはマッカーサー占領軍による日本人の洗脳方法が書かれてある。西洋人はギリシャ、ローマ帝国の時代から洗脳の思想があり、方法が考案されてきた。宣伝、検閲、詭弁、焚書、個人書簡の開封までされた。
戦後日本人の精神苦は肉体苦とともに推し量るのも難しい。喜んだり悲しんだり、好きだったり嫌いだったりするのはまっさらな心の問題のはずだ。教科書には正しいことが書かれているはずだ。ところが「閉ざされた言語空間」を読むと、初歩的な綺麗、汚いの感情までマッカーサーに操作された心情だとわかる。まして歴史認識や世界観はマッカーサーの都合の良いように作り変えられたものだった。
実際に行われた洗脳方法が書いてあるから自分の思考が出来上がる過程がわかる。作られた自分の心がわかる。心の偏り方がわかる。さらに朝日新聞がいかに洗脳しようとしているか手に取るようにわかる。
洗脳とは何かを日本人は知らない。まともな人生は、誠意、勤勉、実直、正直、教育勅語にあるように、夫婦相和し、兄弟親しみ、社会とともに自分が成長することで送ることができると信じてきた。長い歴史の中で日本人は、他人の考えをねじ曲げよう洗脳してやろうなどと考えたことはなかった。該書を読まない日本人は洗脳されているとも知らないで洗脳されたままである。文明の衝突をわれわれは体験している。
多くの人は朝日新聞を東大新聞と思って読んでいる。日本人は教育されすぎたからか、学問、真理、知識、知者等を尊敬し信頼する。それら徳目の象徴が東大だから、東大卒業生を多く抱える朝日新聞が信頼されるのは当然だ。
昨年 2010 の文藝春秋一月号に、新春座談会として六人の、二十歳前後の若者が登場した。ダンスのチャンピオン、画家で個展を開いている実力派がいた。日本の現状を憂いて思想的に日本を立て直したいと志している青年もいた。若いけれども頼もしいなと感心しながら読んだ。
その中に東大生が二人いたのだが、二人とも外国へ行って、外国を見てと歯の浮くような外国憧憬だった。あどけない夢に浸れる幸福が羨ましい。しかし日本には脚下照顧、一隅を照らす、自己反省と自己参学のような言葉がある。自分がわからなければ外界はわからない。始めから外国はーと考えるのは深い人生観とは言えないのではないだろうか。
夢を見ている彼らには想像できないが、四十年後の人生はすでに決まっているかもしれない。還暦過ぎての内ゲバという記事を見たことがある。ゲバ棒を振るうのは全共闘世代である。団塊世代と被るのだが、学校ではサヨク思想しかなかった世代である。私は団塊世代だから、隣で座っている同級生がゲバ棒を振り始めた光景を見ている。親近感もあったし純情に見えた。若気の到りだと思っていた。
ところがゲバ棒は大学卒業しても手放されなかった。成田闘争は二十年も三十年も続いた。何を間違えたかサヨク革命を目指す同士であるはずの革マルや中核派がお互いに殴り合いを始めた。それが内ゲバという言葉になった。還暦を過ぎてもゲバ棒を振るうということは、ゲバ棒力は若者の熱病ではなく、一生を貫く人生観だったということだ。二十歳で語ることが一生を決める蓋然性は高い。外国はーの行き着く先は自己空洞の人生かもしれない。

論壇時評(1)

 

論壇時評(1)         03/10/2011

現在(2019年一月)朝日新聞は捏造反日新聞とバレてしまいその正体も白日のもとにさらされている。しかし二十年前には購読が社会的な誇りだった。隔世の感がある。朝日新聞と格闘した文章を参考のために掲載したい。
有名な天声人語については、美文記者が担当すると担当者自身が書いている。評判は良かったはずだが、印象に残る文章を読んだ記憶がない。美文のはずなのになぜ美しくないのか、自分の感性が劣っているのだろうと考えていた。そのうち記者がどんな本を読んで書いているかわかるようになった。ネタバレしたらこちらの興味も失せた。
朝日で一番好きな記事は論壇時評だった。論壇時評は月一回の掲載で筆者が二年ごとに交代する。著名な評論家や大学教授らが前月の論壇における論文を読んで要点を知らせる体裁になっていた。世界全体の動きを手っ取り早く信頼できる頭脳の持ち主がまとめてくれるありがたい読み物だった。食い入るように読んだ。
「正論」九月号 2010 に竹内洋氏の「続 革新幻想の戦後史」が掲載された。そのなかに「朝日新聞 論壇時評の不思議」と見出しがあり、論壇時評に言及される雑誌の頻度が示されていた。(243ページ)1981年一月から2009年二月までの言及頻度を調べたもので、「世界」が460回、20.2%だった。以下、中央公論、エコノミスト、文藝春秋、朝日ジャーナルとあって、それぞれ 15%, 9%, 6%, 4%。あとは VOICE、諸君が 3.5% ずつ、論座が 3.2%、 正論は 1.5 % だった。
不思議だったのは「世界」の頻度の突出であった。雑誌の発行部数の表もあるのだが、「世界」は 1955 年の15 位が最高で順位を下げ続け、1986 年以後はランク外、50 位以下に落ちてしまった。そんな雑誌がダントツの 20% も論壇時評に言及される。「世界」は岩波書店が出している共産主義宣伝の雑誌である。マルクス思想のプロパガンダ雑誌が異常に持ち上げられる。本当は赤旗を引用したいけれどそれでは露骨すぎるので「世界」が持ち出されたということかもしれない。
三年ほど前の統計では、日本の雑誌で一番売れるのは文藝春秋で、毎月 75 万部くらいだった。綿矢りさが芥川賞を取った時は事件になって百万部を超えた。次は正論と諸君で 9 万部台。中央公論と Voice が 7 万部強。論座が 2 万部くらいだった。文藝春秋はもともと文芸誌だから論壇誌とはいいがたいが、部数を勘案すると、諸君、正論と並んで三代誌と言える。正論の言及頻度は 1.5% に過ぎない。諸君も 3.5%、この偏りは何を意味するのか。
世界で一番有名な週刊誌はアメリカの「タイム」であろう。「タイム」は約 9 万部が発行されている。最近はページ数が激減している。人口割りにすると、正論の 9 万部は、日本人が読書好きで情報を吸収しようとする好奇心が強いのがわかる。ちなみにアメリカで一番売れているのは日曜大工や料理の雑誌だという。
朝日新聞を読み始めたのは小学生の時、家には他に読み物がなかった。また漢字を覚えるのに好都合だった。文字をあらかた覚えたところで朝日新聞綱領を読んで感激した。そこには不偏不党、中立公正にして真実を報道すると書いてあった。今でも同じような綱領が掲げられてあると思う。それで朝日新聞を読めば真実を知ることができると何十年も思っていた。中立公正、そうこなくっちゃ。不偏不党、どこにも偏らない他におもねることのない識見。理想的な綱領を本気で信じていた。
ところが何年たっても有益な記事に出会わない。ある年、功利主義者になってやると言い聞かせて隅々まで読んだことがある。一年続けたが役に立つ記事や言葉は一言隻句もなかった。失望したけれど、個人的な資質の欠如だろうと思って自分の至らなさのせいにした。新聞の奥深さを理解できない自分はバカだと思った。失望感と、ときには頭痛を覚えながらさらに十年ほど読み続けた、
新聞の内容が「赤旗」ならばこの個人的な失望経験の意味が理解できる。読者は朝日新聞を読んでいるつもりだが、内容は赤旗だった。頭痛を覚えたのは読みたくもない赤旗を読んでいたからだ。赤旗は共産主義を宣伝するが、共産主義は崩壊した。ソ連の誕生と消滅の七十年間に建設創造は何もなかった。無益有害と証明された思想を宣伝しているのが赤旗だが、朝日新聞も同じ思想を喧伝していた。「世界」の言及頻度が多かったのも納得だ。
沖縄の米軍基地反対者が 80% と書いてあるが、インチキに決まっている。直接間接に基地のおかげで生活している人を数えただけで 20% 以下であるはずはない。米軍撤収となったら彼らの生活はどうなるのか。真面目な読者は朝刊を開いてあれっとか、えっとか、これはっと驚くところから一日が始まる。朝日には世論調査室なるものがあるが、読者の心理を調査室の担当者は見抜いているであろう。読者は心を見抜かれていると知らずに読んでいる。
「世界」が 20% の頻度で言及されるのは明らかな偏向報道である。不偏不党の看板は嘘だった。「赤旗」だったとの証拠は具体的な数字で示された。それまでは朝日を読むと頭が悪くなるよ、貧乏になるよと言ったのだが、個人的な感想だった。しかし赤旗を読めばそのまま頭が悪くなり貧乏になる。共産国はすべて貧乏になって破綻した。
偏向報道といえば櫻井よしこ女史の名前を朝日紙上では全然見なかった。購読をやめてから他の雑誌で知ったが、女史は正論を堂々と主張し、日本国と日本人のために働いておられる。女史の文章に接するたびに勇気付けられることが多い。総理大臣になってほしいという人もいる。そんな人は朝日には毛嫌いされているようだ。