映画時評(5) 05/06/2011
今村昌平はなぜ巨匠と称せられるようになったのだろうか。サヨクだったからではないか。誰が巨匠と言い始めたのか。サヨク仲間だろう。サヨクは自由と言いながら組合活動に精出す、平等と言いながらアジア、特に日本を貶め西洋北欧を持ち上げる。
サヨクは、自由なら文字通り自らに由るべきなのに、他人に寄り添う集団行動ばかりしていた。思想と行動が逆じゃないか。原理的にこの世に平等なんてあるのか。犬や猫が一匹ずつ違うように松や杉も一本として同じ物はない。同じコップでもどこか少しずつ違う。分子原子レベルでも素粒子が常に動き回っているので同じ物は一つもない。サヨクが云う平等って何だろうか。厳密な思考ができないだけではないか。
サヨクの思想的背景は唯物論と言われる。本のない家は唯物論者には好まれるだろう。唯物論者が引き起こしたサヨク革命は世界史の中で大事件とされる。フランス革命、ロシア革命、中華人民共和国の成立とくれば、世界史的規模の大事件である。そして毛沢東語録とか社会主義、共産主義の思想的な著作が無数に出版された。日本もその影響下で、すべての経済学の講座がマルクス経済学という大学まで現れた。
社会党や共産党は特定の外国思想や外国勢力にひれ伏す政治勢力だ。朝鮮動乱が勃発した時には日本政府転覆の指令がソ連から出され、各地で武装蜂起があった。その顛末を京大教授が小説に書いていたのを読んだことがある。日本も危なかった。戦争の生き残りが内乱を本能的に抑え込んだ。北朝鮮による日本人拉致事件はおおっぴらな日本転覆ができなかったので隠れて起こした工作だ。事件の全貌が白日の下に晒されない限り日本の戦後は終わらない。
とはいえ日本人が唯物論者になり切れないのは、「楢山節考」の中の俳優がむき出しの暴力や無制限の貪欲を演じきれないところからもわかる。誰でも深い教養が身についてしまっている。日本人は原始的な抑制されざる五欲を知らない。知らないことはいくら唯物思想の信奉者でも表現できない。楢山節考に出てくる日本人は日本に存在したことはない。
日本人が本能的な欲望や争闘のほかに精神性を持ち始めたのは、文献からは聖徳太子の十七条憲法からである。しかし考古学の発展によって、縄文時代もまた高度な文明が保たれていた事実が示されるようになった。縄文土器そのものが縄文人の心の表現だとされる。まず土器の表面を綺麗に飾る心がある。そこから火炎土器のような芸術品まで生まれた。漆を使う工夫、栗を栽培する知識、何千年も続く集落生活。文字はなくとも豊かな生活を送ったらしいと言われ始めた。縄文人はすでに野蛮人、原始人ではなかった。
文字の国中国では四千年前から漢字が使われている。翻って日本は七世紀以降に漢字を使うようになったと教科書に書かれる。これではなんとなく中国が先進国で後進国の野蛮な日本が文明の恩恵に遅れて浴したように感じられる。
実際は漢字の力は大したことなかったのではないか。漢王朝を創始した劉邦は文盲だった。戦は負け続け、妻子を置いて逃げる物語が残る。ただ人を惹きつける本能的な魅力はあったようで、垓下の戦いで項羽を倒して天下を取った。破天荒な性格、逸話の多さ、建国物語は嫌いではないが、字は読めなかった。それでも皇帝になれた。書物は家来に読ませて済む話だった。庶民に至るまで文字を目にするほど漢字自体が普及していたかどうかも怪しい。
聖徳太子以前の日本人は仁徳陵の造成などの大土木事業を完成したり朝鮮半島遠征をするような知性を有していた。隣国で漢字が使われている情報は得ていた。しかし本場の支那で漢字を知らなくても皇帝になれる現実を知った。文字の力は万能ではない。大和の民はまともな判断力を持っていた。
そして仏教経典の摂取が始まる。仏教は超高度な精神文化である。インド人は知識を数えたり心の解剖をすることができる。好奇心旺盛な日本人は難解な仏典を理解しようとした。主な仏典は漢訳されている。理解するには漢字に通暁する必要がある。国家をあげて漢字習得の事業が始まった。国分寺が建てられ、写経百万巻が大仏建立の際に収められた。国家的規模で精神と文化の大改造が行われた。
もっと大切なことには、漢字使用が国是になった時は、すでに日本語の文法と発音は確立されていた。返り点は日本語の文法による。禅はずっとゼンと発音される。和歌や歌謡は国の隅々にまで行き渡っていた。万葉集に採録されたのはそのような和歌、長歌、歌謡である。なぜ文字文化に先行して文法が確立されたかは今に至るも解明されていない。
唯物論者が想像するような家畜動物の集まりのような日本人はいなかった。実際はマルクス唯物論の方が高級な精神文化だとする証拠はない。唯物論を精神文化というのは矛盾している。数が多いとか、力が強くて多くの殺人ができるとか、宣伝がうまいという理由で優れた思想と思わされているだけだろう。
唯物論者でも文字や記号は見える。しかし発音や文法は見えないだろう。物以外は否定し無視するから、唯物論者そのものが動物や家畜に近くなっていく。その意味では楢山節考は唯物論者の現存在暴露だったと云って的外れではない。
皮肉なものである。文字を持たない野蛮な国であったはずの日本は最高度に難解な精神文化に挑戦する意志と能力を備えていた。そして見事に仏教を薬篭中のものとした。唯物史観で歴史の最先端に立っているはずのマルクス主義者には偏見はあっても精神はなかった。今井昭氏が求むべき理想がないと書いたのは正直な自分表明だったのかもしれない。
以上のような思いは、2009年九月に ボリウッド映画 MUJHSE DOSTI KAROGE! に出会ってから確信に変わった。この映画の前では、楢山節考はあまりにも情けなく、浅薄で、卑しく、醜すぎる。作らない方が良かった。