不戯論( 6)

不戯論( 6)  空

日本人が一番よく読むお経は般若心経だ。一番短く、大部な大品般若経の真髄をまとめたものとされている。心経の心は肝心の心で、仏教を知りたい人は般若心経を研究することから始めるのが常道だ。
般若心経には空という言葉が多出し、色即是空、空即是色は落語でも演られる有名な熟語だ。色(シキ)は目に見え触れるあらゆる存在者のこと。空(クウ)は一切否定の概念、存在及びすべてを否定し、否定も否定する、それを空と名付ける。小乗仏教では諸行無常というが、無常も無常しなければ論理が徹底しない。空は無常が無常することでもある。
空はサンスクリットでは Sunyata で、スニャータと発音される。原義は数学で使うゼロだ。ゼロがくう(空)だ。すべて常住が無く無常住もないのが般若経の基で、般若経は大乗仏教の源だから空は大乗仏教の根幹だ。
妙法蓮華経、華厳経、涅槃経、無量寿経など華麗な大乗経典はみんな般若経にある空の概念に依拠して書かれた。いわゆる学問仏教と呼ばれる教派以外は、日本の仏教は禅や浄土教などみな大乗仏教である。空がいかに重要か分かるだろう。

空について手ほどきを受けたのは「般若心経講義」( 高神覚昇)で大学一年生だった。般若心経なるお経があることもそのとき知った。日本の教育って何なんだろうか。重要なお経の名前を知らさず歴代天皇の名前も教えない。歌って踊って英語は外国はと外に目を向けさせるばかりのようだ。人生を全うするための基礎知識は学校教育の外に自分自身で獲得するしかない。
空は分からなかった。色、一切のものは空だというのは、物には自性がなくすべて因縁性だと説明された。この世にあるものはすべて因縁和合の産物で、因縁が離散すると物が崩壊する。生と死に当てはまる。この程度は理解できるし教えることも可能だ。しかしいつまでたっても理屈を組み立ててから空を説明する不自然さが残る。
空即是色はどうなる?無自性だから物があるって?仏教徒はそう信じてもいいけどさということにならないか。しかも色不異空、空不異色とも書かれてある。空は絶対否定だ。絶対否定が絶対肯定に異ならないという。これってあり得るだろうか。お経は真実を説くもののはずだが、色と空の二つが同じといかに証明できるのか。

空は一切否定だからすべてが空ずる、空のほかには何も無いはずだ。理解するのは難しいが、すべてが空で無自性と決まってしまえば問題はない。空が結論で矛盾は起きないはずだ。
ところが大乗仏教には十八空が語られる。一切空の一つが解らず四苦八苦しているところへ、十八種の空が大品般若経で説明される。内空、外空、大空、第一義空、畢竟空、無始空、諸法空、不可得空、無法有法空など十八項目ある。邪見が多いからすべての邪見を破すために一つ一つ対応するうちに十八あげられたという。
十八空は十八種の空があるのではなく、空に対する偏見が十八種あるので一々の偏見を正すための薬として提出された。空があることを前提とした上で、十八の形容詞が付加された。十八空を論ずるとき、空の存在を前提としている。空はすでに理解されている。絶対否定はある。空はある。
空、絶対否定は思考の産物で見たり触ったりできない。それは言葉で表現される。言葉には論理がある。一言でも正か偽か、美か醜か、上か下か、いずれでもないかどちらでもあるかなどと検討され得る。論理が問題になる。

アメリカでは私は健康だ、私は二十歳であるのような日常語の肯定文が基本で、中学校の英語力で会話ができる。抽象語、業界語、流行語を使うとおもしろいが基本は同じだ。I am a boy. This sofa is not comfortable. When it rains, it pours.
英語表現を華麗にする技巧の一つに否定語を使うことが挙げられる。 He is not smart but wise. No picture is more expensive than the Van Gough. Nothing glitters like a diamond does.
最後の例文を Diamonds are forever. と比べてもらいたい。否定語を使うほうがよりキラキラと宝石が輝く様が目に浮かぶだろう。否定語が主語にくる構文は英語では普通で、日常生活のなかのありふれた話し言葉だ。
日本語に訳すと、ゴッホより高価な絵はありません、ダイアモンドのようにキラキラ輝くものはありません、のようになる。日本語は述語で否定する。否定語が主語になるケースは日本語ではほとんどない。
英語は主語でも述語でも否定できる。否定語の使用頻度が日本語より二倍多い。詩でも小噺でも小説でも否定語が主語としてふんだんに使用される。仏教が使う言葉はサンスクリットである。印欧語族と言われる。英語も印欧語に属する。
述語とは何か。主語を説明するもの、主語に追随するものだ。主語は主人で責任主体のもと、述語は従者だ。従者から見ると主人がいるから自分がある。文章は主語と述語からなるから、文章が出来たときすでに主人の存在は前提されている、在ったものとされている。
日本語は肯定語しか主語になれないが、サンスクリットや印欧語では肯定語も否定語も主語になる。絶対否定の空も主語になる。主語になった瞬間、空は在る。空は説明される側、論理が始まる前の主体だから当然在る、存在する。空は文法の問題だった。

ゼロの発見はインドでなされたと言われる。ゼロは正数と負数との中心だ。数直線の中心が決まれば左右は正数と負数に分かれる。古代インドの数学は正数と負数を自在に扱う論理を持っていた。印欧語の肯定語と否定語は数学の正数と負数に当たる。
空、 Sunyata は人類史上燦然と輝く大乗仏教の基本原理だ。大乗仏教はゼロを中心に正数と負数を自在に扱える印欧語の能力を最大限発現した大思想だ。大乗経典を読めば壮大な思想に驚嘆するだろう。大乗思想はサンスクリット文法の成果だった。
日本語はゼロを発見しなかった。その理由のひとつは否定語が主語になれなかったからだろう。肯定語の正数だけではゼロの一点が決まらない。無自性の空も主語にならなかった。主語にならなければ説明できない、理解することは難しい。
空についての論文や研究書は無数にあるのだが、説明が続くだけで判った気にならない。それは日本語文法で理解しようとしたからだ。空について読み、検討するだけで終わり、空を創造力として体現具現することは想像できなかった。

主語になるということは、言葉が実体化されるということでもある。述語は主語を説明するのだが、なぜ説明できるかというと実体、実態があるからだ。実体が無ければ説明できない。肯定語の海や山は問題ないが、主語になれば無も、絶対否定語の空も実体として受け入れられ説明される側になる。空は文章のトリックの上に成立する。
無いものを在ると見做すことを実体化と言う。正数は並べたリンゴの数に対応するので実体化する必要はない。ゼロは無い数だから実体化して使用する。そのためゼロの割り算はできないような約束事が必要だ。空は絶対否定だから絶対に無い。ところが空が主語になると在るものと見做して文章にする。では空は在るのか無いのか。
肯定語だけが主語になる日本語では事実、真実が主語となり実体となる。事実、真実は実体として在るから否定語の実体視は不自然として主語から除外された。在るものが在る、事実、真実と言葉が一致すれば良い。
サンスクリットで絶対否定を在ると実体化した空を理解する方法を、日本語話者は知らない。仏教徒は今も空と格闘している。色即是空はいかに理解され得るか。解ったとしても実体視された言葉、虚構、イデオロギーの説明に終わるのではないか。このような文章の特質、文法の差異を見抜かれたのだろうか、道元禅師は、色是色、空即空と言われた。色はそのまま色であり、空は実体覗された空であると。

不戯論(4)

不戯論(4)

浅間山荘事件は1972年2月だった。連合赤軍を名乗る青年五人が人質をとって立て籠もり、銃撃戦になり警官三人が死亡した。事件の捜査が進むと榛名山連合赤軍アジトリンチ殺人事件が明るみになった。多くもない仲間のなかから半数の同士が殺された。日本中が震撼し、学生運動とサヨク活動は生理的に嫌われるようになった。
連合赤軍が革命闘争を進める中で起きた全共闘運動最後の大事件で、参加者は全員が大学生あるいは大学卒業生だった。全共闘運動は10年前の安保闘争をモデルにした学生運動で、一般人から見たらエリート集団だった。オウム真理教のサリン事件に関わったのも大学卒業生、それも優秀な成績の者が多かった。
六十、七十年代、大学ではイデオロギーという語が日常的に使われていた。主に共産主義イデオロギーの意味だった。世界の歴史は階級闘争の歴史であり、資本主義の後は必然的に共産主義社会になる。共産主義運動に協力する方が得だという雰囲気が出来上がっていた。朝日新聞や岩波書店が出版物を通して思想拡散を公然と行った。右翼運動はほぼなかった。
連合赤軍参加者は銀行や銃器店を襲撃したり、よど号で北朝鮮に向かったり反社会的な行動に走った。生き残った者も裁判を受け、多かれ少なかれ犯罪者となった。理想という言葉に準じて人生が狂った若者は少なくなかった。
学園封鎖とかゲバ棒振るっての戦いと聞くと凶暴な若者が暴れているイメージを持つかもしれないが、彼らはよく勉強し、教科書に書いてあることで会話ができた。左がかっていただけだ。おそらく戦後教育の欺瞞を身体で感じていたのだろう。何かがおかしい。欺瞞と不可織の間でフラストレーションが爆発した。
同時に思い出したのは、江戸時代の寺子屋教育で暴動が起こったという記録は見たことがないことだった。また永平寺では常時百人以上の若者が集団で修行生活しているがリンチが報じられたことはない。各僧堂でも若者の集団でありながら不祥事は聞こえてこない。この対照はどうしたことか。教育とは何か理想とは何か根本的に考え直す必要がある。
マルクス共産主義ではっきりするが、イデオロギーと云われるものは外国発、他文明発の思想がほとんどだ。だから特定イデオロギーの信奉者や紹介者、あるいは伝導者には高学歴者が多い。翻訳や思想家との交流は大学や学会を通して行われる。学歴社会、学校社会は機能している。
思想と現実の乖離は誰もいつも経験する。外国発の思想を日本で実践しようとすれば行き過ぎや誤解、軋轢が起こるのは避けられない。しかもよくよく検討すれば、ばかばかしい曲解をもとにしている思想だったりする。プラウダというのはロシアの権威ある新聞社で、その論説をサヨク人士は毎日チェックしていた。プラウダは真理という意味で、共産主義は真理であり、機関紙のプラウダには真理の声が書かれていると云われていた。
ある人がプラウダという単語はロシアの日常語で、日本語では「ほんとう」に当たると暴露した。「ほんとう?ほんとうよ。」とやり取りするレベルだった。それが日本人信奉者の間では絶対の真理であった。日本古来からの伝統や思想を省みないで、他所の思想を嬉々として取り入れようとする日本人エリートの情熱は何なのか。
今でも日本共産党やサヨク政党の話を聞くと理想と未来の話しかしない。薔薇色の幻想を語るっていい年こいた大人のすることか。イデオロギーとは戯論の別名だとよく判る。
あべさんも実現できない未来の話ばかりするようになった。憲法改正とか日本を取り戻すとか、実質が伴わない言葉はいくら巧言でも戯論に過ぎない。そして近代西洋式学校は何をしているのか。実生活に役立たない、真理でも道理でもないハンパな知識を弄んでいるだけではないか。戯論を広める仕組みが学校のようだ。

明治維新以来というよりも種子島の鉄砲伝来以降という方が正しいかもしれないが、日本人はいわゆる西欧近代思想によって混乱させられてきた。いまでは正しい人生観や世界観は何だろうと模索する人は良い方で、人生や世界のまとまった理解の仕方があるのだろうかと途方に暮れる人が多いのではないか。
強大な軍事力と華やかな文化を見せつけられて、日本やアジアにはない何か特別なものが西欧文明の中にあるのではないかと考えた。それはキリスト教だろうか、神話だろうか、社会思想だろうか、資本主義だろうか、科学技術だろうか。人生観は個人主義でいいのか、民主主義は普遍的な政治体制なのか。日本語を捨てて英語やフランス語にしようと提唱する人まで居た。
拝外思想の猖獗はなんとかならないものかと思ってきたが、海外旅行に行く人が増え、インターネットが普及して、外国文化や他文明が珍しくなくなった。外国崇拝者が馬鹿にされるようになった。二十一世紀になってついに反グローバリズムでなければ国家の存在も民族家族の存続も危うくなるとはっきりした。日本は日本独自の道を見出し歩むしかない。
幸いにしてというか必然的にというか、日本には人生観、世界観と言われるものが二つあった。一つは聖徳太子の十七条憲法と天武天皇の古事記に代表される和の精神だ。それらはあるときポッと現れたものではなく、縄文時代から続く日本精神だ。一言でいうと神道である。神道といっても滝で水にうたれるとか手甲脚絆で山野を駆け巡る修行などがイメージされてよく解らない。「里山縄文文明」の名はいかがだろうか。
伊勢神宮をお参りするときまず大鳥居に出会って頭を下げる。五十鈴川にかかる橋を渡って神域に入り、最初にすることは手を洗う。伊勢神宮を皇室の最尊神社とされ式年遷宮等を定められたのは天武天皇だったが、当時から日本人の生活は禊、手洗い、清潔が基本だった。身体も心も清潔、正直から出発する、そして神道と総称される精神文化になった。
古事記だけでなく万葉集や御伽噺、歴史物から日記文、たくさんの和歌集など日本には古典文学が残されている。美の探究、歴史の真実の探求、言語の問題など解明を待っている宝庫が無数にある。
もう一つは仏教で、仏教は釈尊の人生苦からの解脱に基づく。人生は苦であるがすでに人生観だ。苦を解脱すれば出発点とは異なる世界が見えてくる。インド文明の精華であるが、日本には発祥地では雲散霧消した経典や大蔵経も完備しており、修行道場としてのお寺もたくさんある。
膨大な経典は無量無辺の智慧の凝集だ。仏典には日本語では発想できない概念や事柄が鏤められている。千年以上も仏典が研究され続けてきたのは、僧侶の仕事だけではなく経典に魅力があるからだ。読めば、汲めども尽きぬ智慧の泉水を味わえる。読経を一生の仕事にする学者もいる。
読経知だけでなく出発点の人生苦を解脱するための実践修行方法も日本の仏教界は忘れていない。仏教知だってイデオロギーになる。厭世的人生観や行き過ぎた布教が問題になったこともあった。実修実行は戯論としての仏教思想を正す役割も果たす。
今しなければならないことは、自分の正しい人生観とは何か、家族や国家の正しいあり方は何かを知ることだ。日本には縄文遺跡、古墳、文学、工芸品などの底知れない文明の蓄積がある。仏教は日本語には出来なかった知の宝庫をもたらした。ついに西欧文明も畏怖すべきものではなくなった。
三つの文明を手がかりに新しい文明創造が始まるのが今という時代ではないか。 創造はイデオロギーを叫んで人を動かし社会運動してできることではない。広く深い見通しを持ちながら、日々畑を耕し地道に木を植え、自己を参学実現する地味な人生だ。戯論ではない具体的な人生創造が文明の道だ。

不戯論(3)

不戯論(3)

近代西欧文明は科学技術の発達に依存するところが大きい。科学的方法は信頼できるかどうか。科学的真理の基礎づけをしたといわれるのはカントの「純粋理性批判」である。超難解な書物として有名で読みきれなかった。
該書では、人はいかに木や花を認識するかという問題が語られている。桜はいかに桜と見え、琴の音はいかに耳に捉えられるかという問題だ。普通の人は問題にしない、というより考える手がかりさえない。たまに哲学者や賢人の中に鋭い切り込みをする人がいる。インド人もまた同様な問題を追求した。
映像文化が発達した今日では情報発信に従事する人も多い。視聴者がいかに映像を認識するか調査する過程で、錯覚や捏造や偏向報道が注目されるようになった。物は在るだけではなく認識されてはじめて在るという事実が常識となった。認識には必ず認識者の心の仕組みが関与していると論じたのが純粋理性批判である。
それまでは在るものは客観的に在り、人は在るものをそのまま見たり触ったりして覚知していると思っていた。対象と主体、客観と主観は独立して対峙し、相互関係は不明だった。認識は人の心、理性が捉えるのか、外界から多数の似た刺激を受けることで経験から形成されるのか決着がつかなかった。
純粋理性批判にカテゴリー論がある。範疇論と訳されて、文字を見ただけで読む気が失せた。カテゴリーは現代語では認識パターンが当てはまる。認識パターンは自然科学者がよく使う概念である。物事を認識するとは、こちら側の認識パターンというフィルターを通して対象が見えたり聞こえたりすることだ。
カントのカテゴリーは量、質、関係、様相に区分され、それぞれが三項の論理パターンに従って分類されている。分類だからカテゴリーだ。「A はBである」「 Aであれば Bである」「 Aであるか Bである」のようなケースが数えあげられる。論理パターンは思考の形式で心に内在する。「関係」の中の上の三項はそれぞれ実体性、原因性、相互性に対応するとされた。
関係性のパターンは現実世界では空間と時間の中で働く。上の三項目はそれぞれ実体持続性の原則、因果律に従った継起の原則、相互作用の法則に従った共在の原則として働く。因果律が認識パターンの一項として位置づけられた。
他の認識パターンは可能性、現実性、必然性とか、直感と類推、単一性、数多性、全体性、実在性、否定性、制限性などがあげられた。たくさん挙げられた中の一つの認識パターンが因果律だった。

カテゴリー論で図式化され体系化されて緻密な思考がなされたことはわかる。緻密すぎ完璧すぎはカントの名声に現れている。しかし認識パターンはこれだけなのか?複数の認識パターンが並列されると論理的必然性が曖昧になる、提言の初めから確実性に欠ける。そしてカントの認識論は正しいのか。
原因結果の認識パターンによって科学的実験は検証できる。科学的成果が再現可能な実験によって判定されるのは常識になっているが、これは原因結果の認識パターンが適用されているからだ。ロケットの燃焼やガソリン車の安全など最新科学の応用には厳密な再現性と検証の確実性が欠かせない。
カントが因果律を複数の認識パターンのうちの一つに数えたのは西欧思想の現実を反映する。多様な外界を捉えるとき一箇の認識パターンでは対応できない。量的にはどうか、質的にはどうかと最適解をケースバイケースで求めることになる。十二パターンあるとほとんどの状況に応じられる。応用性の広さがカントの偉大さになった。
しかし特定のパターンを採り上げるのは誰か。個人、自我の判断による。個人の概念が認識パターンを支えている。科学的真理の探求だけでも突き止めるのは困難だが、社会、道徳、歴史問題になると複数パターンでは逃げ道が多く論点ずらしも容易だ。
ハリウッド映画ではよく爆発シーンが見られる。退屈になったり筋が行き詰まると爆発炎上させて場面転換する。認識パターンは選択できると思っているから、伝統文化や歴史的な社会慣行は破るためにあるとする主張も通りやすい。暴動革命思想にもなる。因果や常識を破壊したい衝動が漲っているのが西欧社会だ。
一方で、科学的因果律は普遍的客観的な真理で人の見方や感情が介在する余地はない。純粋科学は人の手が入ってはならない。自然の因果だけを追求した結果が原爆の製造になり細菌兵器の出現になった。動物行動学を手本にする人も居る。相対論的人生論、量子論的世界観などを唱える人もいる。
科学的真理は客観的普遍的で絶対正しいと言われるが、カントの「物自体」は認識できない。それはプラトンが把捉できるのは真理の影であって真理自体ではないと言ったことに等しい。真理の根拠はまだ明らかにされていない。

釈尊、仏教の因果律
仏教は因縁果の考え方でできている。釈尊の十二因縁を嚆矢とし、後に続く仏教徒は縁起論を展開してきた。業感縁起論、阿頼耶識縁起論、如来蔵縁起論、重々縁起論などが代表格で、それぞれ深い真理が述べられている。一つ一つ学問するには何年もかかり、「唯識三年倶舎八年」と聞いた。学問研鑽は容易でない。
そもそもなぜ仏教理論は縁起論でなければならないのか。縁起論は因果論だから、仏教はなぜ因果論で語られるのかと問うてもいい。仏教は世界観、人生観も提示し、是非善悪、真偽美醜とは何かの教えでもある。すると因果論だけが正しい世界観と人生観を示す必然性はあるのかという問題提起も起こりうる。
因果論とは物事の変化を、原因があって結果が起こる、現在の物事は過去の原因があって存在していると考える。すべてのものが原因結果の関係で生起すれば因果論は世界観になる。個人も原因があって生まれたとすれば、また行く末も原因結果の連鎖が起こるとすれば、因果論は人生観になりうる。
釈尊は御自身の苦悩を直視し、苦を克服しようと発心された。出家して六年苦行したのち苦悩からの解脱を得られた。ただし苦行は解脱の原因ではないといわれる。解脱の内容は十二因縁としてまとめられた。
前稿と重複するが、当面の人生苦の原因は深く考えると生きているからであり、生き続けているからであり、生誕したからだ。生誕の原因は両親から生まれたから、両親が産んだ原因は愛し合ったから、と遡り、最後は無明を想定する。無明が原因、老病死苦が結果である。十二支の原因と結果の連鎖のなかに自分が居る。これが人生だ。人生観が明らかになった。
十二因縁を人生観とすれば、苦を解脱するには無明を明とすれば良い。容易ではないが理屈はわかる。出家して修行し、釈尊と同じ道を歩もうと志向する人が出てきてもおかしくない。人生観が人生を変える。天皇が出家された例も少なくない。
また苦を少なくすることが善で苦を増やすことが悪になる。善悪が決まる。抜苦与楽というが、慈悲が仏教の根本といわれるのは釈尊の発心修行と解脱を手本とするからだ。修行ばかりではなく論理的な研究の結果、無明を本とする十二因縁を確証されたので、智慧もまた仏教の根本となった。因縁果の論理が人生を解明したので、縁起論が真理となった。
釈尊は、個人的に苦が嫌だから、老死が恐ろしいからという理由だけで苦の克服を発心されたのではない。インドの数千年の真理探究の成果を参照しながら修行された。ゼロの発見がインドだったことを鑑みれば、無明の発見はインドでしか為されなかったと得心できる。古代インドの知識レベルは高かった、仏典の夥しい知識量に明らかだ。それでも釈尊以前、真理は得られなかった。
真理を正面から求めた人々は真理に到達することはできなかった。ノーベル賞を獲得しても我欲の結果であり、絶対真理に到達したとは言えないようなものか。釈尊が人生苦を解脱されたとき真理が見えてきた。因果論、縁起論が世界観として確立していった。

不戯論(2)

不戯論(2)

たきぎははいとなる、さらにかへりてたきぎとなるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり、前後ありといへども、前後裁断せり。灰は灰の法位にありて、後あり先あり。かの薪、はいとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり、このゆえに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり、このゆえに不滅といふ。生も一時のくらいなり、死も一時のくらいなり。たとへば冬と春とのごとし、冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。

現成公案巻は二段構えで書かれている。仏教一般論で始まり、この段からは個々人の参究修行論が展開される。単なる用語の解説ではなく、修行者はどうすべきかという内面まで踏み込んで物語りが進む。展開の語がふさわしい見事な文章で、魅せられる。なかでもこの段は特に難解で、祖師がたも苦労された。
主題はたきぎとはい、生と死だとまず押さえたい。薪は生、灰は死である。薪は薪の法位に住してとあるから、薪という法の位が存続するのが前提になる。そして生も一時のくらいなりと続く。生も生の法位に住している。
法とは「自性を保持して改変せず、規範となりて物の解を生ぜしむるものの謂」が根本義で、あらゆる物が当てはまる。位はさらに細かく条件付けができる。薪は、乾き具合や木の種類で火力が強い弱いとか一本ごとに差がある。住するは特定の状態が続くこと、薪が薪であり続けること、生なら何十年と生き続けること。誕生から死まで人は同じ名前で特定される。
薪も灰も形があって有限だ。形があるから他から区別できる。有限は時間的にも限りがある。この世は有限者の集まりで出来ている。木の葉や河原の砂は数え切れないほど多いものの代表だが、一つ一つは形ある有限者だ。有限者は一つ一つがかけがえがない、特に生命はひとりひとり取り替えられない。
法位は単なる物ではなく仏法の位である。仏法というとき法は仏の教え、真理、存在物といわれる。究極的には浜の真砂の一粒一粒に至るまで仏の慈悲と智慧に抱かれて実在する。その奥深さを薪の法位に住してといわれた。
無限、限りがないとは差異も変化もないということだ。グローバリズム推進者は世界中に同じ建物を作り同じ高速道路を作り同じ車を売った。
薪という有限者は燃えると灰に変化する。木の形を保つ薪と形をなさない灰は似ても似つかない。断絶、矛盾関係にある。薪が灰になるような生成変化は毎日毎時いたるところで起こる。花が咲き実が成る。小鹿が生まれ親鹿が老いる。山が出来崖が崩れる。この世に現れる生があり、生あるものは必ず滅する。

薪が灰になったら、薪はさきで灰はのちである。この客観的な事実を、灰はのち、薪はさきと見取すべからずと否定された。「しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり、前後ありといへども前後裁断せり。」仏の見方は常識と異なる。薪は前後関係で燃える。「薪の法位」は前後が裁断する。根本は「自己の法位、自己の人生」だ。「かへりて薪となるべきにあらず」と常識外れのイメージを明確にされた。
のちありさきありは因果関係が続く、前後裁断せりは断絶する。因果関係は苗から芽が生ずるように客観的にあるように見える。しかし水がなくて芽が出ないこともあり、予期せぬことはいつも起こる。むしろ因果関係のパターンで見るから因果が見えるという見方の問題もある。「見取すべからず」の語が生きてくる。薪と灰は法位が異なる。時間的に前後連続しているように見えても、質的に別世界に居る。
同じように、生が死になるのは法位が変換する。死ぬことを考えることはできてのちありさきありだが、死そのものは解らない。死は別世界、次元が違う、前後断絶せりだ。死は解らないことばかり、どこまで不可解か見当もつかない。死とは何か定義できないから死になるとは言えない。生でないのは確かなので不生といふ。同じく不滅から見ると生の奥深さが身に沁みる。
法位とはあらゆるものだが、ひとりひとりの生は一回きりで一時の法位であるのは薪と同じ。法位は自立し自律し、自己たりえ有限である。因縁和合して生成し因縁離散して消滅する。春の法位は冬の法位ではなく、夏の法位は春の法位ではない。一時のくらいが百歳を超える人も、自己は自己の法位をまっとうするしかない。

十二因縁
法位の変換と書いたが、生が死に変わったり薪が灰になる現象を無機的客観的に表現した。考えてみれば仏法のあり方が変わるわけだから、用語法としては不敬、傲慢ではないかと思える。客観的普遍的な正しい言葉を使おうと心がけたのだが、その知恵と態度がすでに仏説からかけ離れているのではないか。
十二因縁は四聖諦のうちの第二、集諦において、釈尊が苦の原因を求めた結果得られた因果関係を公式化された。十二支は無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死であるが、逆観順観など深く広く研究されてきた。無明から発して生と老死に至る因果律である。
仏教とは何か、一言で言うと、釈尊が人生苦に気づき、苦を克服しようと発心修行され、最後に苦の原因を突き止め解脱されたことに尽きる。十二因縁は苦の最終的な原因が無明であるとする。無明を明に変えれば苦はなくなるはずだが、理屈通りに行くなら苦労はない。現実には少悩少病なら上出来だ。
集諦が発見されなければ苦の原因を見極めようとする発想さえ人々には起こらなかっただろう。釈尊の偉大さの証拠であり、難値難遇の教えである。
西欧近代科学思想から見ると、生と死が因果律で説明されることは異様だ。因果律とは客観的普遍的、他人事のはずだ。自分の生と死が混入すると我見、我欲、我慢などが真理を汚染しねじ曲げる。詳述する余白はないので、カントが基礎づけた科学的因果論は普遍的でも客観的でも真理でもなかったとだけ指摘したい。
十二因縁以後仏教界では多くの縁起論が生まれた。ざっといえば宗派ごとに縁起論が展開された。禅は教外別伝、不立文字だから縁起論を創ることはなかったが、仏教理解のために他宗の縁起論を学習するようにいわれた。研究が進み後世になるにつれ、縁起論は常識に近づき、理解されやすくなった。重々縁起論などはすべてを説明する。だからだろう、苦がない、不生がない。他人事の方向に進化した。
仏教は釈尊を開祖と仰ぎ開祖から教えと歴史が始まる。また仏教は正法、像法を経て末法へと法が衰微するとも教わった。
科学技術の進歩が全盛である今日に末法思想など意味がないと多くの人は思うだろう。私も学校知に浸り切っていて末法など受け付けなかった。
もう一度考え直してみれば、釈尊を敬礼信仰するのは当たり前だが、釈尊から歴史が始まるのはおかしい。釈尊が現れるまでにインドでは数千年に及ぶ真理の探究があった。ヨガやウパニシャッド哲学はその成果だ。しかし真理は得られなかった。末法の世だった。
釈尊は自己の人生苦を問題にして、苦からの解脱を得られた。すると真理も同時に見えてきた。嘘ごまかしがあれば安心は得られず、修行参学も間違っていれば解脱はない。他人事ではない自己の解明こそ真理発見の要であり、仏法の真骨頂だった。
無明から生と老死苦に続く因縁は釈尊の一大事であり、同時にわれわれにとっても一大事だ。ところがというかやはりというか、時が経つにつれ、社会思想のような因縁論が現れ、仏の教えも他人事と見做されるようになった。戯論に陥っているように見える。われわれは末法の見方で世を見ていることを知らないだけかもしれない。
科学技術全盛の世に仏教思想は科学と矛盾しないとされる。その理由は双方とも他人事だからではないか。科学が客観的、他人事の真理を追求するのは是として、仏教は他人事であっていいのか。釈尊の原点を忘れてはならないと思う。

 

不戯論

不戯論

数年前、ある坐禅会で「正法眼蔵八大人覚」を紹介したことがあった。正法眼蔵最後の巻で、道元禅師のご遺言であると内山老師から聞いている。少欲、知足、楽寂静、勤精進、不忘念、修禅定、修智慧、不戯論の八項目にまとめて修養徳目が解説されてある。八項目だから八大人覚で、ライフスタイルとしても老年期の生き方としてもわかりやすい。自分の生き方を見直す意味もあった。
反応を振り返ると、素直に受け入れられる内容だったようだ。八番目の不戯論(フケロン)については二人から質問があった。「戯論は戯れ言で、デマや嘘はすぐわかるが、じつはあらゆる概念が戯論ではないのか。」という。「その通り、あらゆる言葉は戯論になる。坐禅だけは不立文字、教外別伝と言われ、言葉に依らない実修実行である。言葉に依らないから戯論ではない。」と答えた。
昨冬、雪国の正法眼蔵講座を始め、現成公案の巻を読んだ。内山老師に手ほどきを受けているので助かった。大事なことは何度も言う主義だと公言され、毎日のように「仏道を習ふといふは自己を習ふなり」と耳鳴りするほど聞くことができた。おかげで修行の基本だけはぶれなかった。感謝のしようもない。それでも日常生活では迷いの連続だが、基本が曖昧だともっとひどいことになっていたのは間違いない。
しかし正法眼蔵の本意がわかるとは思わず、黙って坐禅だけ続けた。正法眼蔵は難解すぎる。解ったと思ったことが誤解だったと分かったことが何度もあった。読みやすい現成公案ですら明確に理解する手がかりがない。もっと難しい巻は足がすくんで読み進めない。

死ぬ前に一度は読み抜きたいと思いたった講座だが、今回は現成公案をスラスラ読めた感じがする。読めば読むほど坐禅について書かれてあると腑に落ちた。坐禅だけは好きなだけすることができたが、それが至高の幸いだった。坐ることで救われたことは何度もあったし、修行するほど奥行きの深さがわかり世界が広がる快感を味わった。坐禅は頼りになる。あまり公言はしなかったが、坐禅による現世利益は半端なかった。
はじめの四行はお経で言えば因縁分にあたる。後に続く正宗分が書かれる理由が書いてある。小説でも論文でも導入部があるが、道元禅師は文学者でもあり芸術家でもあった。導入文に力を注がれたのは当然だ。現成公案では息を飲むほどの見事な書き出しに驚かされるのだが、導入部に過ぎない。常識的な仏教観や修行観は間違うことが多いとおっしゃっている。正しい教えは次の通りだとして本文、正宗分が始まる。
正宗分は迷悟論、認識論、仏道を習ふというは自己を習ふなりと続く。生死論、正報依報論、参究論へと展開する。正確に言えば、坐禅の迷悟論、坐禅の認識論、坐禅の参究論のように、いちいち坐禅をつけると納得できる。坐禅が解ったわけではなく修行ができたわけではないが、坐禅への信頼は確かになった。
坐禅を外すと、インド人の認識論は、ギリシャ哲学の本質論は、実存が先か本質が先かなどと客観的真理という迷惑が入り込み収集がつかなくなる。客観も真理も普遍だ正当だと主張する。表面的には受け入れられるが、突き詰めると破綻する真理論だ。グローバリズム、国連中心主義などが破綻する現状と合致する。
ところが現成公案には坐禅という言葉はない。だからだろうか、解説書では華と草、薪と灰、冬と春、空と海、鳥と魚のような具体的で目立つ言葉についての言及が多い。諸法や仏法や万法についても仏教用語の解説が夥しい。道元禅師は和歌をそれも名歌を読まれたが、和歌は直接表現を避けると言われる。奥ゆかし過ぎて直接話法しか理解出来ないものには手も足も出ない。

「仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に證せらるるなり。万法に證せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。悟迹の休歇なるあり、休歇
なる悟迹を長長出ならしむ。」
内山老師が何度も引用された箇所である。仏道修行の眼目が直截的に指摘されている。仏道は自分の問題だ。この世には問題がたくさんあるが、大事と小事、真と偽、是非善悪を突き詰めると、結局自己をならふ、自分を修行することが根本だということに
尽きる。これ以上簡単明瞭な禅仏教の定義はないだろう。
しかし脱落が引っかかる。英訳すると意味をなさない。脱とは何か、落とは何かと様々な議論がなされた、Out にするか Off がよいかなど決め手がない。宝慶記にある「身心脱落、脱落身心」を元にして、Body and Mind drop off. とするのが一般的だ。日本語でもわからないのに英単語に置き換え、それで解った気になって議論するのは不思議な光景だ。
今回、永平広録を開いてみた。巻之四の334に「参禅は身心脱落なり、只管打坐の道理を聴かんと要すや。」とある。脱落は珍しい言葉でその意味に定説があるとは言い難いのだが、眼蔵でも広録でも諸所に使われる。広録では身心脱落は参禅坐禅することだった。それを只管打坐ともいう。しかも巻之四316には「坐禅は是、悟来の儀なり。悟とは只管坐禅のみなり。」と言われる。坐禅は悟りに由来する、悟は坐禅である。
「身心をして脱落せしむるなり」は参禅して正身端坐することだった。他の箇所も
坐禅と違背するところはない。禅の具体的な説明だと断定してよい。確信は深まり、現成公案は坐禅の説明だ、何百回も読んで損はないと勧めた。

数回読んだ後、冒頭で疑問を呈した参禅者が、「現成公案も戯論だろ。」と言った。とっさに「いや違うよ、現成公案は具体的な坐禅の説明だよ。」と返した。
彼は、言葉はすべて戯論である、現成公案も言葉で書かれている、したがって現成公案はケロンであると推論した。三段論法という論理の進め方だ。形式論理としては正しいというべきであろう。
坐禅についての叙述だから、また道元禅師の著作だから現成公案は正しいと思い込んでいたのだが、言葉と坐禅行の差異だけでは説明できないことに気付かされた。問題は言葉と言葉以外の二分法で片付くほど単純ではない。
決定の説は真僧を表すという禅語もある。禅僧だから坐禅修行第一なのだが、同時に一句一語に生命を賭けるという生き方は尊重されてしかるべきだろう。大学教授や学者は社会的に尊敬されるが、なかには意図的に嘘をつくものもいる。影響が大きいだけに真と偽、正と誤の判別はあらゆる場面で不断になされなければならない。
八正道の一つは正語である。言葉に正誤があり正しい言葉がある。大智度論には仏語は実語、美語、真語なりとある。言葉には虚偽と真実の問題がついてまわる。それを端的に表したのが戯論と不戯論の別だ。
八大人覚の巻には「證して分別を離るを不戯論と名づく。実相を究盡する、すなわち不戯論なり。」の原註がある。證するとは身心脱落、只管参禅に他ならない。坐禅修行を参究して明らかになることが実相を究盡することで、不戯論だ。つまり現成公案は不戯論という原理原則によって書かれた。
不戯論は正法眼蔵の最後に出てくる。だからわれわれ後進に対する御遺言だとばかり思っていたのだが、じつは第一巻から始まって百巻以上の御著作を貫く一大原則だったのではないか。自ら不戯論の原則を実践されて最後に秘密を明かされた。というより手本を示されたという方が適切であろう。
不戯論の原理は第二巻の謎を解くヒントになる。唐突に異質な言葉が出てくるのでとまどっていたのだが、実相の究盡ならわかる気がする。正法眼蔵が食わず嫌いで敬遠される理由の一つは、御著作全体を貫く原則が知られていないからだ。多語、多彩、多作な正法眼蔵もこれからは読み取れるかもしれない。