里山縄文文明(3)

里山縄文文明(3) おふくろの味

チャンネル桜の「夜桜亭日記」に柏原ゆきよ女史が出演したことがあった。日本食を健康の素として推奨するビジネスウーマンだった。三度の食事をビジネスにする視点がユニークで、揺るぎない信念と話しぶりに説得力を感じた。番組のホストはいつも通り浅野久美、SAYA のお二人。三人の掛け合いが心地よかった。
話をまとめると、健康で疲れない生活を送りたいと願うならば、ご飯と味噌汁を中心にして、毎日三度の食事を摂りなさいという。何十世紀に渡って慣れ親しんだ食事は良い結果をもたらすことが証明されている。そして誰でもいつでも実行できる。
目安は白米が一日二合、食事量全体の六割で、少なくない摂取量だ。粒食は噛む必要があることが大きなメリットで、さらに胃壁腸壁にも適度の刺激になる。白米が含む栄養は炭水化物を主とするが、たんぱく質も脂質もバランスが取れている。副食は少量でよい。味噌汁は水分を適度に補給し、大豆の発酵食品は白米と合わせると完全食に近い。日本人は伝統的なご飯と味噌汁の恩恵を十二分に満喫できる。
本も出版されている。「疲れない体をつくる疲れない食事」を注文した。自律神経とかホルモンの名がところどころ出てくるが、具体的な食事についての話なので読みやすい。ご飯と味噌汁を摂り続けると食が身体と心を造る実感が生まれる。
すっかり忘れていたが、おふくろの味という言葉があった。中年を過ぎて、故郷から遠く離れて一人居酒屋で飲む時、しみじみと思い出す味だ。目の前の高額な料理よりも、毎日のように母親が調理したご飯と味噌汁が懐かしい。朝抜きで駆け出すとゆっくり食べなきゃダメと言われた。元気盛りで無視したものだった。料理を準備する身になって母の気持ちがよくわかる。
結婚して子供ができる。初めてのことでどう対処していいか自信がない。抱き方もおぼつかない。幼児には仕事の合間に口に放り込むような食事でいいわけがない。お腹を壊さないか、栄養は足りるか、笑顔になってくれるか、毎度の食事にハラハラする。その時幼いころの食卓が目に浮かぶ。わが子にも同じような食事を供すれば大きな間違いはないだろう。母の味は慈愛の感懐だけでなく、実利多い知恵の成果でもあった。おふくろの味に育てられていたのだ。

Patrick Bucanann は二度大統領選に出馬した。彼はニクソン、フォード、レーガン大統領のスピーチライターを務め、著作は本格的な保守思想として世界的に引用される。よくテレビに出演していたが、いつも切れ味鋭い論陣を張った。
文章の達人であり万人を納得させる論客であったが、初めから泡沫候補で、二度とも予備選の段階で敗退した。彼のプロファイルの中に、妻は料理しない、毎日外食するとあった。その一文でああダメだと悟った。
道元禅師の著作に「典座教訓」がある。「てんぞきょうくん」と読むが、典座は調理役で料理当番だ。雲水が他の雲水たちに食事の準備をする、食事をつくることが仏道修行の一つだ。外食ばかりとは人間修行しないということを意味する。
アメリカは革命断絶の国で、あらゆるものを壊すのが当たり前になっている。食においても新しい食材、新しい食器、新しいレストラン、新しい果物など新しいものを追いかける。新しいのは金儲けのアイデアによいが、同時に伝統破壊だ。かくしておふくろの味は忘れられ、家庭も崩壊した。

柏原ゆきよ女史は美形ではないが顔も肌も光り輝いていた。健康美と知性美にあふれてオーラがあった。久美さんと SAYA さんは長年の出演で話し方、化粧の仕方から写り方まで洗練されている。SAYA さんはゆきよさんの話に驚いて、「逆に考えていました。知りませんでした。」の連発だった。
SAYA さんは歌手である。番組でも歌うし、「日本の歌」の CD を発売して全国ツアーもしている。働き者で一生懸命なのはわかる。しかし声が細い、何かが足りない。
「日本の歌」を彼女はドレス姿で歌う。ドレスだと痩せていなければ見栄えしない。お腹が出ないように節制しているはずだ。断絶の国アメリカの最新式ダイエットを取り入れて常に空腹と戦っているだろう。そのためだと思われるが、歌に深さ、力強さが欠けている。歌の上手な女学生が年を取っただけみたいだ。
島倉千代子の歌はすごかった。流行歌になったものはどれも洗練されていた。「東京だよおっかさん」は聞くたびに胸が締め付けられる。よく自衛隊基地を訪問して隊員に披露されていた。「りんどう峠」ではホーイのホイという掛け声が挟まれる。絶妙の音色で、玉を転がすような響きという形容詞がぴったりだった。一人で平成の芸道を背負われていた。
ご飯と味噌汁の哲学に浸かって堂々と歩むゆきよさんを見ながら、SAYA さんは和食と洋食の中間で揺れている。様子見が多いから外見と内面で揺れる、芸道と社交の間で揺れる。中途半端な生き方で終わるのではないかと心配になる。
人のことをとやかく言えないが、SAYA さんは自らの生命力を知らないと思われる。身体と心に働く力に直に触れたことがない。自分と社会の表層だけ触って年老いていく。本当の自分に出会う方法を知らないから深いところで自分自身に正直でない。若くて綺麗でちやほやされるのだが、演技をしているだけではないか。
女性は出産と育児という大仕事をすることによって本物になる。本物は生命力を出し切って自分の可能性と実力の限界を見極める。歌手ならば大盛りのご飯と味噌汁の力で、腹の底から出す声を聴きたい。

同じ番組で妊活指導をする女性が出演したこともあった。いかに妊娠するか話したあとで、最後に教育勅語を朗読した。生理と勅語の組み合わせが意外だったが、道を極めた人にとっては当たり前だったのだろう。妊娠促進、生命創造も日本民族としての正しい自覚と自信が基になる。
毎日のご飯と味噌汁の食事は健康と活力の源になる。柏原ゆきよ女史は伝統食を現代にアレンジするだけでなく、縄文文明を体現されている。彼女の生き方を真似する人が続くことを願う。

里山縄文文明(2)

里山縄文文明(2)  インカ文明

縄文文明が里山文明であったと知ったのは、「ポツンと一軒家」の登場人物の会話と生き様がヒントになった。この番組によって悠久の日本の歴史を実感する人が増えるはずだ。思想だけではない、酒の注文先を変えたという人も登場している。庶民レベルで日本民族の活力が増進することを願う。昭和天皇は日本の復興に二百年はかかると予測された。復興を担うのはひとりひとりの双肩にかかっている。
縄文人も一軒家を守り暮らす現代日本の人々も、それぞれ生活を工夫し他人に迷惑をかけず自立して生きてきた。人生の基本は自立、自律で、登場人物の潔い生き様を観ると心が洗われる。
黄色い茶畑は圧巻だった。四十年かけて素人が新種、亜種を創造した。もはや文化ではなく文明だ。文化は伝統継承が元だが、文明は生命の創造原理が働く。新茶は来歴も兆しも原因さえわからないところから突然現れた。自然の生命力を発見して守護された心が輝かしい。
里山文明の創造力を知ると、稲も日本起源ではないかと思われる。日本のコメ栽培は、多分支那大陸からの伝来ではなかった。

インカ帝国はスペイン人のピサロが百五十人強の部下を率いて侵入し滅亡させた。インカ人は抵抗の仕方も知らず虐殺された。王様は金銀財宝を盗られて処刑された。1533年の出来事だ。(鉄砲伝来は1543年)
スペイン人は金銀財宝しか目に入らなかったらしい。本国に持ち帰って一時帝国は繁栄した。船で財宝を運ぶ途中で海賊に襲われる危険があるので、商船護衛のため無敵艦隊を作った。金があればなんでもできると思ったか。
イギリスが大西洋を渡る財宝に目をつけ、航行中のスペイン船を襲って略奪する挙に出た。エリザベス女王公認の海賊だった。怒ったスペインは報復に無敵艦隊をイギリスに差し向けた。イギリスは逆に無敵艦隊を壊滅させた。大英帝国の発展は国家承認の海賊行為に始まる。
インカ帝国に関する情報を得ることがあるが、図書館にある映画では内部抗争ばかりしていたと主張する。なたや棒切れを使って喧嘩したことになっている。どうやら戦争するための武器らしい武器は見つからなかったらしい。殺し合いなど思考の中になかった人たちだったようだ。
世上によく言う、無抵抗な老人、女子供を虐待してはいけないと。今ではスペイン人は無抵抗な人々を虐殺したとは堂々と公言できない。そこでインカでは王位継承問題で内紛があったとかいう。ピサロの登場と同時に内紛が起こった。仲違いを画策したのではないか。日本でも慰安婦ガーとか南京ガーとかデッチ上げ事件を仕掛けられてきた。殺されたインカ人は弁明できないから嘘が歴史になった。
ローマ法王パウルス3世やカサス神父は当時からスペインの暴虐を見かねて非人道的新大陸征服に警鐘を鳴らした。その結果スペイン人の悪逆は公然の事実として知られた。イギリス等はその知見を大々的に言いふらした。以来スペインは胸を張った国になれなくなった。90年代、コロンブス五百年祭にスペインは男女テニス優勝など湧きに湧いたのだが、悪逆を働いたイメージは消せなかった。

ペルーを中心として中南米は多種多様な食物の発祥の地だ。じゃがいも、トマト、トウモロコシ、かぼちゃ、豆類穀類などなど、現代人の食卓は中南米発の食材で彩られている。
ニューギニアやアフリカの原住民は豊かな熱帯雨林地帯に住みながら、コーヒー、カカオ、キーウィー、砂糖くらいしか伝えなかった。全ての古代人が豊かな食材を残したわけではない。ヨーロッパは大麦小麦ライ麦だ。何がアメリカ中南米をして豊穣な食材の起源地にしたのだろうか。
アメリカ先住民は縄文人の子孫だとする仮説を提出したい。中南米では縄文人が蓄積した里山文化の心と方法論が受け継がれていた。彼らは日本列島から海岸沿いに北東へ進みアラスカから南下した。少人数少家族だったが、縄文人の命を慈しみ育てる心は身心に染み込んでいた。そして自然の生命力を新大陸で引き出した。
縄文人がアメリカ先住民の祖先とするとつじつまが合うことが多い。インカ帝国には王様がいた。日本の天皇のような地位が自然にできた。征服王朝でなく戦争を知らない民だった。精巧な建造物や金銀財宝は、黒曜石や翡翠が日本列島全体で発見されているのに重なる。ペルーだから金銀銅が無尽蔵にあった。
縄文文明と似ている遺物は少しずつ発見され始めている。縄文土器の欠片とか鏃や草鞋など。本格的な発掘調査やDNA検査が進めば、アメリカインデアンは日本人の子孫、コロンブスがたどり着いたアメリカはやはり黄金の国ジパングだったと明らかになるかもしれない。今のところロマンチックな仮説に過ぎないが。
インカでは農業や牧畜を生業としていたようではない。縄文文明では栗を中心に食料が準備され、貝や小魚、鹿や猪など多品種が食されていた。耕作牧畜なしで安定的な生活が実現されていたから何千年も居住が可能だった。中南米原産の食材が現在世界の食卓を飾っているのは、インカやマヤ文明が農業や牧畜に頼らない生活を続けてきたからだ。その結果自然の大破壊を避けることができた。自然の豊かな恵みが手付かずのまま残された。それは里山文明だった。
日本には方々に有名な温泉旅館がある。山奥の渓谷が多い。そこで出される多彩な料理では山海の珍味が供される。美味しいご飯に谷川の小魚、山の小獣、山椒の実、山菜の漬物、二十皿も三十皿も出てくる。縄文人が実現しようとした食事風景だ。森の幸、川の幸、海の幸、そして庭園の幸のそれぞれの旬の味をいただく。少種大量生産農業方式でできることではない。
農業は耕作によって微細な生物を殺し少種の植物のみを大量生産する。多種多様な生態系は駆逐される。牧畜は山羊、羊や牛馬が草を食い尽くす。どちらも自然の生長力を断ち切る。文明は農業の余剰生産物蓄積から始まったとするのは正しいだろうか。農業は地球の創造力を阻害してきたように見えるが。
アメリカ中西部を飛行機から見下ろすとズラリと並んだ円形農場が見える。緑色の円の大きさは撒水できる範囲で、川がないから地下水を使う。大量単一作物栽培で、他生物を排除する。地下水はいつかは枯れる。自然破壊農業の最先端風景だ。
アメリカのホテルでの朝食は Continental Breakfast だ。トーストとミルク、バター、シリアル、ジュースにコーヒー、アメリカ全土ほぼ同じである。偏った単調な食物を長年摂取すると栄養障害にかかる人が出てくる。偏食をもとにした病気の医療は偏った学説になる。自然破壊は人間破壊をもたらしかねない。
文明の興亡や歴史の変遷を学ぶとき、勝敗、戦争、征服ばかりが語られる。正義は勝者の側にあり、勝ったのはより進歩していたからだと。農業も牧畜産業も自然征服の方法だ。学校で教えられるマルクス唯物論の進歩史観は、征服、収奪、略奪、自然破壊を正当化する文明史観だ。勝者の歴史観だ。
ナイル川をはじめ大河沿いに農業が営まれ文明が興ったとする文明史観は正しいだろうか。四大文明とされた地域はいづれも砂漠となり過去の栄華はしのばれない。砂漠となって終わるものは文明の名に値するのか。
インカ帝国やマヤ文明の遺跡や文物が理解できないのは、偏った文明史観に汚染されているからだろう。デラウェア川の河原に直径二メートルを越す鉄の球体が置いてあった。マヤの密林から運んだという。車で(近代西洋文明の成果)案内されて、鉄器を知らなかったはずのマヤ人がなんの目的でどのようにして鉄球を作ったのか謎だと教えられた。同じような鉄球は100個以上発見されている。鉄器を知らない文明だという前提が間違っている。
密林の中の隠れたピラミッドも、自然を征服する思想がなかったから隠れた。自然と共存共生していたから、人口が減るとたちまち熱帯雨林が優勢になった。
アメリカでは殺されたインカの王様は愚かだという言論が出回っている。死人に口無しで悪いイメージをでっち上げられ続けている。マルコポーロが広めた黄金の国ジパング伝説は、日本人にはロマンとして受け取られている。ところがジパングを目指したスペイン人たちはじつは物欲強欲の塊だった。われわれは自他の認識の違いを知る必要がある。
インカ帝国は外敵に滅ぼされた。生活形態は永続的で、自らの文明を破壊断滅する要素はなかった。彼らは略奪暴虐を知らない民だった。彼らは、人類に多大の貢献をし続けている里山縄文文明人だった。

ブラックホールと多神教

ブラックホールと多神教

Netflix を検索していると、ブラックホールの題名で40分ほどの映画があった。普通この種の映画は二時間以上なので逆に興味をそそられた。寝入るまでの時間潰しに見た。ところが宇宙観が変わる驚くべきものだったので感想を書き留めておく。
イギリスで天文学者の小グループがブラックホールを見つける計画を立てた。可能性がある星雲を十個ほど選んで集中的に観測した。その結果二、三個ブラックホールを発見した。
次にブラックホールと星雲の関係を、何かあるのではないかと調べた。ブラックホールの質量を測ることができるそうである。計算し観測した結果大小がわかった。そして星雲の外縁にある星の運動速度と比べた。するとブラックホールの質量の大きさと星の速さとの間に相関関係が認められた。質量が大きいと星の運動が速い。
ここから類推できることは、星雲には中心にブラックホールがあり、星々はブラックホールの周りを回っているということだ。星はブラックホールと引力で結ばれて運動する。それで渦巻き状の星雲ができる。星雲の真ん中はあらゆる物質を吸い込むブラックホールで、その質量が引力を発生し星々を引きつける。
小品の映画だからか結論ははっきり示されていない。まだリサーチ中で仮説の段階ということだろうか。または一般常識であるビッグバン説との不整合を見越しての逃げだろうか。

ビッグバンは、アインシュタインの相対性理論を計算すると、宇宙は膨張している解が出ることから始まった。本人は初め信じなかったという。その後最新機器での観測が続けられ、宇宙の膨張は定説のようになった。
膨張を逆に辿っていくと過去には宇宙が小さかったことになる。どこまで小さかったか、小さくなれば何が起こるか。そこで提出されたのがビッグバン説だった。
宇宙が引力によって極小まで圧縮される。すると物質の圧縮で超高熱になり逆方向に爆発する。ビッグバンが現在の宇宙の誕生で今も爆発の影響で宇宙は膨張し続けている。天体望遠鏡の観測結果は宇宙の膨張を裏付けているという。エネルギーの揺らぎという、複雑な計算と観測の結果も過去の宇宙の爆発を示すという。
以上がビッグバン説の大筋だが、おかしい点がある。宇宙は無限だ。無限の宇宙が一点に収縮したとする。しかし宇宙は無限だからまだ無限の宇宙が収縮を待っている。それも収縮するとまだ次の無限大の宇宙がある。
有限でなければ宇宙の収縮は終わらずビッグバンは起こらない。しかしビッグバン論者は宇宙は無限だという。両者は論理的に考えると矛盾している。
矛盾を解く鍵は、一神教に馴らされた思考方法がビッグバン説を生んだのではないかということだ。ビッグバンを神に置き換えると永遠無限を説く一神教の世界観にぴったりだ。西暦には始めがあって終わりがない、ビッグバンも有始無終だ。
ブラックホールの引力はすべての物質を引きつけ、引き合うほどに力が強くなる。最大のブラックホールは爆発する前のビッグバンだった。それはただ一つだった。それはただ一回だった。それは一人で世界を創造した神と同じだ。そして両方とも目撃者はいない。そして終わりがない。

映画ブラックホールでは、銀河系にもブラックホールがある可能性を示唆している。ブラックホールは星雲内のあらゆる星を引き込む強い引力を持つ。星雲の回転運動はブラックホールがあってこそ可能だ。ブラックホールの一生と星雲の一生は一致している。この宇宙は生死する有限な星雲が並存してできていると考えるのが自然ではないか。定常宇宙説が有力な時期があった。
古事記の中の八百万の神さまがたは人間がするように、生まれたり死んだり、子供を作ったり労働したりする。神様はユダヤ教やキリスト教のように唯一神でなければならない理由はない。一人では寂しいだろうし。
仏国土という考え方がある。お釈迦さまは唯一の仏だが、それはこの娑婆世界に一人という意味だ。娑婆だけが世界ではない。仏教では無数の世界があって、一つ一つの世界に仏が一人ずつおられると説く。たまたま娑婆という地球にお釈迦さまが出現なされた。仏教も多神教だ。
大日如来は一つだとか阿弥陀さまは一人で何もかも引き受けられると唯一神みたいに考える人や宗派もあるわけだが、彼らは一神教の影響を受けている。神といえば唯一でなければならないと思うまでに一神教に馴らされている。一ははっきりイメージできるし二以上より考えやすい。天照大御神も御一人だから、常に八百万の神々と居られた事実を忘れると一神教になる。心して学問すべきだ
ビッグバン説は数式から始まって宇宙の観測結果を加味しながら提出された。数式は観測で証明されたと簡単に言う研究者もいるわけだが、抽象的で永遠無限だと解決しない問題が果てしなく起こる。数式で宇宙全体が解るという前提は真か?
日本の元号は天皇の即位から薨去までの有限で完結した暦法だ。キリスト生誕を本にする西暦には終わりがない。いや最後の審判までの時の流れだから終末はあるかも。しかし日常生活では、死なない神と死にゆく命との間にいつも乖離がある。
逆にいうと、現実の宇宙は無始無終、有限で生死するはずだ。星雲は具体的に目でみえ、大きさもわかり生と死も観測される。個々の星々や一つ一つの星雲の共存が宇宙の事実だろう。宇宙がひっくり返るような異常な出来事はこの世にはない。われわれの生存から銀河系まで、生が現れ活動し、活力が衰えて死にゆくのが世界だ。永遠無限はじつは有限に包摂される。世界を正しく説明できるのは多神教だ。

天皇の祈り(3)

天皇の祈り(3) 05/20/2011

昭和天皇が御巡幸を始められたのは敗戦の翌年、昭和二十一年だった。全国が焦土となり、茫然自失となった国民を激励し復興を勧められる目的のもと発願された。
国民とすれば歴史上体験したことのない災難だ。他国から征服者づらした権力者がやってきて勝手に命令し法律を作り乱暴狼藉をはたらく。普通の日本社会なら乱暴者は警察が引っ張っていき裁判にかけ善悪をつまびらかにする。その機能が占領軍によって意図的に破壊された。治安回復とは逆方向の政策が取られた。経済は成長しないように抑圧された。教育制度は子供がバカになる方向で’改革’された。
連合軍兵士の犯罪は捜査できなかった。裁判は連合軍がやった。洗脳と検閲は日常生活で、国民は分断され孤立化した。お互いに疑心暗鬼を抱く社会となった。食うだけで精一杯の日々が続いた。国会は占領軍への支払いを優先し、国民への施策は後回しにされた。公職追放には議員も大臣もなかった。マッカーサーたちは高みの見物で笑っていた。
御巡幸には丸腰の侍従が二、三人同伴するだけだった。敗戦国とはいえ国を代表する元首である、身辺警護するのは常識であろう。最重要人物を危険な状況に晒す、連合軍の底意が示されていた。事前に陛下を貶める情報が新聞やラジオで宣伝され、その上で放り出された。
陛下に出会った人々は感激し、万歳三唱が響き渡った。今上陛下の人気は高まるばかりで、数ヶ月後には御巡幸の中止命令が出された。事態が好転すると邪魔をする、マッカーサー流が露わになった。実際には元兵士などが密かにまた組織的に昭和天皇の身辺警護に当たったという。歴史には表に出ない事柄がある。
昭和天皇にしてみれば、不本意とはいえ国を敗戦に至らせた最高責任者である。天皇の名において数百万の国民が命を落とし、生き永らえた者も負傷、飢餓、離別と塗炭の苦しみを経験した。本音どころか言い訳を聞いてもらえる相手はいない。いっそ恨みの果て暴漢に襲われて死んだ方がマシだと思われなかっただろうか。日本再興は全国民を巻き込んだ命がけの大事業だった。

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ときどき人の不幸を聞くときがある。いろいろあるが、病気になるとか人間関係が悪くなるのが多い。その中で、二十代の一人息子や一人娘を失ったケースがある。手塩にかけて育ててきた掛け替えのない身近な命を失うことの喪失感はいかばかりか。年齢を勘案して慰める言葉もない。
一人っ子を失う悲劇は、現代人の奢りに対する報いではないかと思われる。現代医学は発達した、子供は一人で十分だ、空いた時間は人生を楽しむために使おうなどと余裕たっぷりの人生観に裏切られたのではないか。個人主義、効率主義、資本主義、科学技術至上主義、快楽主義などに頼りすぎたのではないか。事故、病気、自殺などによる破綻を見逃していた側面がある。別の言葉では浅知恵という。
日本人なら古事記に何が書かれてあるか概略は知っておく方が良い。天照大御神が女神で最高神ということは誰でも知っている。そこから美人の神様を礼拝する心持ちが自然に発生する。仰ぎ見る存在で信仰の対象となる。多くの人はマリアさまやキリストと同じように思うだろう。聖なる存在である。しかしそれだけでは一神教になる。唯一神は一人っ子だ
日本は多神教の国であり、古事記は多神教の視点によって書かれた。天照大御神の子孫である天皇は多神教である神道の祭祀長である。一神教と多神教との違いは明確にされるべきだが近年では学者も知らない。
天照大御神は須佐之男命との間に二人の男子と三人の女子を設けたと書いてある。一方の男子の子(孫)が瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)で天孫降臨された。尊は神武天皇の曽祖父にあたる。天皇の系図は一人から一人へ継承されるが、男系男子、万世一系の皇統の裏には常に数人の予備軍があった。瓊瓊杵尊や神武天皇は最適任者として選ばれたのだが、一人っ子ではなかった。
天照大御神の真似をして五人の子供を育てていたら、一人息子や一人娘を失ってすべての生き甲斐を失うという悲劇は起こらなかったであろう。敬虔な信仰心を持つ必要などなく、ただ生き方の真似をするだけで不幸から免れることができた。日本国家全体としても少子化問題などたちまち解消する。
聖典、聖書、経典、教典など世に尊崇される大切な典籍は多々あるわけだが、なぜ聖典と呼称されるか知っている人は少ない。神の本質や存在について思考する形而上学が大事だとのめり込む。論理を駆使し絶対的真理に到達しようと志向する。物語の背景にある歴史的事象や関係を解きほぐす。日常生活から離れて神秘的な体験をしたい。聖典を前にしてわれわれはどうすべきなのか。
道元禅師は正法眼蔵弁道話巻で、仏典の存在意義は、教えの通りに修行すれば道を得られるからだと言われる。この意味を知り実践したい。古事記も聖典だから、ご活躍される神様の真似をすれば、多くの問題が起こる前に芽を摘まれるであろう。
徳川幕府は将軍家のほかに水戸、尾張、紀州の御三家を置いた。直系が絶えると藩屏の御三家から連れてきて将軍にした。天皇と皇族との関係を真似ている。経済はコメ本位制で回した。天照大御神の大八洲を瑞穂の国にせよとの詔勅を具体的に実行した。徳川幕府が十五代、二百五十年の平和を築いた原因は古事記をはじめとする古代からの日本の智慧を摂り入れたことにあった。

書評:現代史の正体

書評:現代史の正体、馬渕睦夫  SB新書

本書は今日までの百年の世界の動きを過不足なく解説した書物である。最初から最後まで赤線で埋まった。すべての日本人に読んでもらいたい。

新書の帯が秀逸だ。表の帯には、「絶対に書けない世界史最大のタブーを暴く!」とあり、裏の帯には「共産主義=グローバリスト=国際金融資本、すべて一緒だった!」とある。さらに’国家に干渉できる権力を持つ機関の出現が国際連盟、’’戦後処理の大枠を決めていたのはロンドンの銀行家、’’ジョージ。マーシャルこそが中華人民共和国の生みの親、’など刺激的な文言が並ぶ。多くの人はほんとかなと思うであろうが、本文で説得力ある論評が繰り広げられる。変だなと感じていた世界の動きがわかり、誰が世界を操っているのか、何が世界を動かす力なのかが解き明かされる。そのような真実がわからなければ’令和の時代に日本人の歴史を取り戻す、’ことはできない。

重要な現代史の趨勢や思想や事件にはユダヤ人の役割が大きい。キッシンジャーは有名だが、著名な学者、思想家、銀行家などは数え切れない。
FRB (Federal Reserve Board) アメリカ連邦準備銀行は1913年、ウィルソン大統領時代に設立されたが、民間銀行で通貨発行権がある。一国の通貨を発行するたびに国が銀行に手数料や利子を払う。誰が考えた錬金術だろうか。
イギリスはインドを植民地支配したとき国ではなく東インド会社に経営させた。同じようなノウハウが独立国アメリカに適用された。以来アメリカは内政、外交、軍事ともにロンドン ニューヨークの銀行家に翻弄された。表には出ないで利益のために戦争暗殺も平気で行う。その体制がトランプ大統領の出現まで続いた。われわれは歴史の一大転換点に立っている。

じつは何をもってユダヤ人とするのかははっきりしない。ユダヤ教を奉ずるものがユダヤ人とされるが、正統派から無神論者までいる。母がユダヤ人ならその子はユダヤ人だ。だが血統は二千年来守られているかどうか、セム族のはずなのに出会うのは白人ばかり。聖書の歴史的な由来からすればパレスチナ周辺に多いはずなのに、ロシア東欧からぞくぞくと湧いてくる。また改宗ユダヤ人もいる、有名なのはフランシスコ ザビエルだが、あのひともこの人もというくらい多い。ユダヤ系は数え切れない、フランクリン ルーズベルトは代表格だ。出自を明かさない、イタリア人と思って話していたら実は、というケースばかりだ。その上民族的な出自も明かさない。富豪ばかりでもない。影の支配者にとっては正体を明かさないことは大事だ。それで歴史の真実も隠されてきた。

失われた支族が日本にたどり着いたとか、日ユ同祖論とかは疑ってかかる必要がある、侵略の手段かもしれない。DNAが似ているという人もいるが誰のDNAなのか。アインシュタインもユダヤ人だが日本人の風貌とはかけ離れている。言葉の音が似ているだって、古代フェニキア文字の綴りに音を合わせているからだろう。母音がないから後付けで音合わせができる。結局ユダヤ人脈に属している人をユダヤ人と称するしかない。謎ばかりだ。

該書はいかに真実を知るかという方法論を同時に開陳している。国際政治やユダヤ人問題などは複雑すぎて理解不可能と決めてかかっていた。しかし真実を解き明かそうとする意志があるならおそらく壁は乗り越えられる。容易ではないし何十年もかかるかもしれないが。

歴史の忘れ方(2)

 

歴史の忘れかた(2)

2001 年 9 月 11 日、私はボストンにいた。また月曜日かと思いながら出勤の準備をテレビをつけながらしていた。静かなスタジオに突然外部から電話がかかり女性の緊迫した声が放送され始めた。五分しないうちに炎を上げる貿易センタービルが映し出された。キャスターが映画みたいと言った。誰も実感がわかないうちに二機目のジェット機が南ビルに突っ込んだ。大事件だと思ったのはその時で、遅刻覚悟でテレビを見続け、二棟の崩落を確認した。
出社するとみんな大騒ぎで仕事にならない。ボスが、「おい、犯人の二台の車が見つかったぞ、車内にアラビア語の操縦マニュアルがあったそうだ。」と教えてくれた。ニ機のジェット機はボストン空港発だった。その時には前日泊まったホテルも確認されていた。警察の迅速な初動捜査と一般人への情報伝達の速さに驚いた。
出勤したときには全米の空は閉鎖されていて、飛行機は全部最寄りの空港に着陸していた。日本で同じことができるかなあ。全空域が閉鎖された四日間の重苦しい気分を思い出す。一月後、ニューヨークからジャマイカへ向かう飛行便が離陸後ドボンと海中に突っ込んだと報道があった。やっぱり誰かが見張っているんだと感じた。数ヶ月後でも飛行機旅行は無条件に怖かった。
911事件以後、アメリカは急速に鎖国し始めた。飛行場に行くたびにデータを取られる。出入国管理の厳しさは日本の比ではない。Eメールまで収集されるようになって自由の国ではなくなった。あたりまえのようにできたデモができなくなった。若者も自由奔放は許されなくなった。
911事件は謎が多い。事件の全貌が解明されないままに怒りの矛先がイラクに向けられた感じがする。この流れはアメリカ方式になっているのかもしれない。1898年の「Remember Maine」ではスペイン人水兵の仕業といわれて米西戦争にもっていかれた。 「Remember Pearl Harbor」では日本が悪者にされた。911ではなぜかイラクが標的にされた。一世紀の間に三回の大戦争が同じパターンで起った。このペースでは、50年後、同じような大事件がアメリカ国内で起こるのかも知れない。

二日後の水曜日に予定されていた会に出席した。アメリカ全体がお通夜みたいに静まり返っていた時である。ドアをノックするとニコニコしながら女主人が現れた。
「ああ無事だった。よかったね、おめでとう。」
「えっ、みんな暗い顔してるのに何がいいの。ニューヨークのビルの崩落知ってるでしょ。』
「これからは真珠湾奇襲攻撃のこと言われなくなるからいいじゃない。」
「どうして?」
「国際貿易センタービルで亡くなった人数はパールハーバーでの死亡者数より多かったのよ。」

終わり
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歴史の忘れ方(1)

 

歴史の忘れかた(1)

米中金融貿易戦争について、習近平はアメリカ国債を売れないからすでに詰んでいるというやりとりがあった。桜チャンネルで渡辺氏が、アメリカには「国際非常時経済権限法」(IEEPA) がある。国債が大量に売却されそうになると他国保有の国債をチャラにできると解説された。前田氏が、「いつそんな便利な法律を作ったんですか?」と呆れた。「カーター大統領の時です」と渡辺氏。

あの頃かなと気になったのでネットで調べてみた。1977年の12月にカーター大統領の署名をもって法案成立となっている。就任一年以内の制定だった。 そのころのアメリカ国債の最大の所有者はダントツで日本だった。国債が紙くずになる、そのターゲットは日本だったのだ。
1973年に第一次オイルショックがあった。OPECが突然原油価格を4倍に値上げした。ニクソン大統領の時である。馬渕元大使の見方に洗脳されてしまったせいか、オイルショックが国際金融機関がニクソン追い落としのために仕掛けた事件だったとしても驚かない。自動車大国のアメリカでガソリンが無くなった。大統領辞任は翌年だった。
原油を全て輸入に頼っている日本は大騒ぎになり、史上初めて貿易収支が2年連続で赤字になった。新聞雑誌には日本はもうダメだとする論調が溢れた。政府も大変だっただろうが、未曾有の国難に誰もが右往左往した。
IEEPA法は苦境の日本にさらに追い打ちをかける仕掛けになった。いざという時でもアメリカ国債を換金できない。買えるが売れない商取引は公平ではない。国益に資するのが大統領の仕事ではあろうけれど、相手は同盟国なのに。
カーター政権の安全保障担当補佐官はブレジンスキーだった。たぶん彼が法案のアイデアを進言したのだろう。日本潰しだけ考えれば当たるというブレジンスキーの見通しは、しかしながら外れた。「ひよわな花、日本」という本を書いたが、二流の知識人といわれた。ユダヤ人だが深みと凄みにかける。
日本は石油危機を省エネで乗り切り、ホンダが新しいエンジンを発明したことでアメリカ自動車産業まで圧倒してしまった。
この法律の存立基盤は軍事力である。アメリカ経済は軍事力に支えられている、恫喝経済だ。公平な取引だけの実力はわからない。いつも危機だー、危機だーと叫ぶ経済学者がいる。
今は米中対立で高みの見物を決め込んでいられる。これも勤勉な国民の努力の賜物だろう。IEEPA法がもとは日本相手の法律だったことは忘れられている。
nature

 

 

彼らがやった(3)

彼らがやった(3)   02/28/2008

中国には正史がある。学校で習った時には文字通り正しい歴史だと思っていた。隋の歴史は唐が書いたのだが、唐という国が隋のために正しい歴史を書き残したと思っていた。隋という国はもう無い、隋の物語は隋以外のものが書くしか無い。また煬帝が生きている間に歴史を書こうとしても、現状報告だけで結末は見えないであろう。王族や貴族や人々の運命が決まる前に歴史の物語は完結しない。功罪は棺に収まってから定まるとすれば、帝国といえども滅亡後にしか正しい歴史は書けないであろう。
漢や元や明の歴史も次の代の王朝が書いているのだが、前の王朝の良いところを調べて自分たちの治世に生かそうとしたとばかり思っていた。日本の歴史を考える時と同じ物差しで大陸の歴史を見ていた。正しい歴史は世界にひとつだけあるはずだった。
だが前王朝がしたことは ”彼らがやった” ことだと自己正当化する見方に立てば、何もかも考え直さなければならない。聖徳太子が隋の煬帝に送ったという ”日出ずる処の天子、日没する処の天子に致す。恙きや。”の外交文書の件も、確かにあった事実には違いないだろう。しかし煬帝がそれを見て怒ったなどとは歴史書に書き記すべきことだろうか。はじめ隋書は隋が書いたと思っていたので、皇帝の恥をそのまま書き残す歴史家は偉い、中国には勇気ある文官が居たのだなと感心したのだが。
しかし隋を滅ぼした唐が書いたとなると話は別だ。唐王朝を正当化するために前王朝の恥や失敗を後世に知らしめるのが歴史家の仕事になる。その道具に聖徳太子の文書は利用された。隋は我が国ではなく彼らの国である。彼らが傷つこうが悪評を被ろうがどうでもいい。むしろ悪者であってくれたほうが唐にとっては都合が良い。
過去の話ばかりではない。今世紀に入っても次々と独立国が生まれている。百年後地図上に残っている国がいくつあるだろうか。サンゴ礁の国などは海面が上昇したり地盤沈下したりすれば国家消滅になる。その国の歴史は断絶だ。
エジプトは世界最古の文明国だが、幾たびも王朝が代わった。そのたびに以前の言葉が理解不能になった。ピラミッドの存在理由や諸々の彫刻塑像の意味が解らないのは、言語が次々と変わったのが原因と言われている。柿本人麻呂の長歌がいまも暗誦されている国とは大違いだ。
大陸シナから来た哲学者だったが、”仏教は好きなので勉強したいのですが漢字が読めません。”と言った。びっくりした。中華四千年の歴史とは、四千年同じ漢字を使って来たということではなかったか。毛沢東が漢字を新字体に改めたという報道を読んで徹底的な革命の進行を察したのだが、革命とは知識精神まで破壊するということだった。現在では本も手紙も大陸では横書きだ。論語も批林批孔で読まれなくなった。伝統的な漢字は忘れられた。
漢音、唐音などの区別も知っていたが、時代の経過につれて発音が変わったのだろうとだけ思っていた。変化の理由を知ろうと思ったことはなかった。考えてみれば王様が代わっただけで社会全体の言葉の音が変化するのは不自然だ。民族が入れ替わるようが大激変があったと考える方が理にかなっている。ということは毛沢東の大革命も中華四千年の歴史の中では例外ではないに違いない。個々人の心の平和も知識の豊かさも、識字率さえも歴史が断絶したら消し飛んでしまう。
始めがわからないという意味では神の国と形容してもおかしくないのが日本である。神武天皇以来、いやもっとずっと前から日本では歴史はひたすら連続している。だから日本では歴史は連続である。ところが日本から一歩出れば、歴史は断絶するのが当たり前である。日本以外は断絶の歴史ばかりだ。歴史には連続と断絶の二つの原則がある。また歴史には自己正当化がつきものだ。
激変を続けている自由の国アメリカではまとまった歴史観は確立されていないようである。強いて挙げれば ”勝者の歴史” であろうか。自己正当化の典型的な歴史観である。アメリカは存在する限り勝ち続けなければならない。自己の生存と勝利が第一である。その上で半世紀から一世紀にわたる長期戦略が立てられる。あらゆる面で安全保障は確保されねばならない。事実や合法性は、生存を優先させるためにしばしば無視される。
アメリカインデアンは1888 年から 1934年まで宗教的儀式や集会を法律で禁止されていた。南北戦争より20年以上後の立法である。リンカーンが奴隷を解放したからアメリカは人道的になったと解釈するのは単純すぎる。アメリカ議会は半世紀の間インデアンを監視し続けた。
日本には無差別爆撃などの戦争犯罪への謝罪を求める運動もある。一言あれば心の底から友人になれるのにと思う人は少なくないだろう。しかしアメリカは断絶と自己正当化の歴史の国である。難しい。

 

彼らがやった(2)

彼らがやった(2)    02/28/2008

はじめ違和感があった ”彼らがやった” 論理は、国際的には常識の一つとして存在するとわかってきた。講和条約というのがある。戦争した国同士が正式に敵対関係を清算して出直す時に結ばれる条約である。サンフランシスコ講和条約には五十以上の宣戦布告した国が署名した。全然戦っていない国であっても、形式上戦争状態を終わらせるには講和条約を結ぶ。それでお互いに納得する。手打ち式であるから、それ以降は戦争中のことは持ち出さない。それは ’彼らがやった” ことであり、あの時のことであり、条約でお互い決着済み、現在は全く別次元ということである。
国際関係でなくとも、法律には時効というものがある。日本では五十年前の殺人は犯罪に問われない。心情としては受け入れがたいけれども、半世紀もたてば何もかも変わってしまう。その現実を考慮した規定である。何世紀も前の古証文を持ち出されても困るという処理感覚の所産である。詐欺や損害賠償などの微罪になると時効はもっと短い。ちなみにアメリカでは殺人の時効はない。犯人があげられるか死亡するまで捜査は延々と続く。
このように考えればかのオーストラリア人は、アボリジニー虐殺は時効だと云っていることになる。そして時効は世界中どこでも通用する概念だから、彼、もしくは彼らは常識的なことを言っているに過ぎない。ただし時効が認められるには一定の手続きが必要だ。個人の主張が全部認められるわけではない。しかし時効を主張しなければいつまでも問題は尾を引く。
なぜ自己正当化としての歴史観がおかしいと思ったか反省してみると、学校で習った歴史は事実の連続であり、進歩の跡付けであった。映画 ”羅生門” では、関係者がそれぞれ異なる見方で証言するので真実を見極め難いという物語だった。それでも、証言は異なるが事実は一つだとの視点で作られていた。
事実が一つなら、できるだけ多くの事実を探し出してそれらをつなぎ合わせるのが簡単な方法だ。時間が経つにしたがって何もかも進歩するから、事実を曲げた見方は歪みが顕著になる。歪みに対して、一つの事実の連なりとしての歴史が真実味を帯びてくる。その先は歴史は客観的な事実の生起の連続だということになる。自己正当化も自己卑下化も事実から外れる。
ここで一般化すると、歴史には連続と断絶の二つの原理があるのではないか。連続とは同じ体制が続くこと、国家、民族、文化等が積み重ねられて行くこと。単に長いだけでなく、始めがわからない体制もある。断絶とは異なる体制に移行することだ。ここ三世紀は革命なる言葉が盛んに使われた。
日本人は自己正当化に強い抵抗を感じる傾向がある。それは日本だけが天照大神から続いている歴史の中にあるからだろう。日本人なら誰でも十代も遡ればどこかで皇室と縁続きだし、言語も文化も皇室を中心にして作られてきた。こんな民族、国家は世界中探しても他に見当たらない。だから歴史は連続しているとして、それ以上は疑わない。いや疑えないのだ。
破壊だ革命だと血気盛んな者はいまもいるはずだが、学生時代に破壊の後何が生まれるのか聞いたことがある。明確なヴィジョンは何一つ返ってこなかった。根本的な破壊は日本文化も日本国もやめることだが、そんな事態は日本語で考える限り想像することもできない。それほど歴史は連続していると当たり前のように思っている。ハイジャックして世界に雄飛するはずだった赤軍のメンバーも日本に帰りたいという。日本国の歴史が血となり肉となっている見本である。

 

彼らがやった (1)

彼らがやった          02/28/2008

今年に入ってオーストラリア議会がアボリジニー虐殺を謝罪する決議を行ったというニュースがあった。歴史の過酷さと複雑さに思いを馳せた。彼の地では都市にも田舎にも荒々しい自然が残っていて、珍しい鳥や動物を見ることができる。加工されていない自然の中では人々も東京やニューヨークと違って見えた。メルボルンは世界一住みやすい都市ということであったが、狐が町の真ん中に出現するのだ。
若者たちと話している時、一人が ”彼らがアボリジニーを殺した。” と言った。アボリジニーはオーストラリア原住民のことだ。イギリスから移住して来た人々が数百万の原住民を殺害したと読んだことがある。それならオーストラリア人が、つまり目の前にいる人々が殺したことになる。
”彼らとは誰のことですか?” と私。 ”我々の祖父たちのことだ。” と答えが返って来た。目を丸くした。彼らの祖父たちは我々ではなくて彼らだった。どこかが食い違っている。頭が混乱した。
言いたいことは分かった。祖父たちは原住民殺害に手を染めた、彼らは悪いことをした。我々は正しい人間である、彼ら祖父たちは我々善人とは違うと言っているのだ。自己正当化である。
人に会うとはカルチャーショックを受けるということでもあろう。この時のやりとりは長くショックであった。この論理を拡張して行くと、ヒットラーやスターリンや毛沢東の大虐殺も彼らがやったで済ませられることになる。アメリカの奴隷制やインデアン虐殺も、イギリス、フランス、オランダの植民地収奪も彼らがやったのである、我々とは関係ない。こんな論法は良識、いや常識に反するのではないか。
上の会話を胸にしまって気をつけていると、普通のアメリカ人は日本の教科書とは正反対のことを考えているらしいと分かって来た。彼らは過去に悪いこともひどいこともあったけれど、努力して良い社会を作って来たと思っている。200年で世界一になったぞと誇らしげに語る。主観の問題だと片付けられない。誰だって明るい世界をより良い将来に向けて生きたいではないか。その願いを素直に表明しているだけだ。過去が悪いほど現在も未来も良く見える。
小さな会話や経験から一国の全体像をつかむのは難しい。ベトナム戦争はねと話しかけると、 ”あああの戦争は大統領が勝手にやっているんだ。” でおしまい。ジャッキーのことを持ち出すと、 ”大統領夫人が再婚して問題があるのか。” と相手にされない。”風と共に去りぬ” の名場面を持ち出すと、読んでいないという。音楽については造詣がない。どうしたらアメリカがわかるのだろうかと落胆した。今から振り返ると、あっけらかんとした個人主義、孤人主義は教科書に書いてなかった。
アメリカ史を学ぶと、メイフラワー号、インデアンとの遭遇と戦い、奴隷制、独立戦争、南北戦争と大事件が並ぶ。そこでアメリカ人はインデアン虐殺や奴隷制のトラウマを抱えていると解説する心理学者がいる。見聞の範囲が狭いせいかもしれないが、そんなトラウマを抱えたアメリカ人に会ったことがない。むしろインデアンたちの方がトラウマを抱えてひっそりと暮らしている印象の方が強い。日本人は整理された歴史を勉強しすぎる。そして間違う。
祖父たちが我々か彼らかということは、歴史認識の問題と言い換えることができる。先祖が悪いことをした謝れという者がいると、ハイと頭を下げて卑下するのが我々と言わせる歴史認識である。祖父を彼らというものは、他人が勝手にやったことで自分とは関係ないと認識している。前者は先祖と一体感を持ち、善悪も誇りも共有する。後者は先祖と隔たっている。あるいは正義人、善人としての価値判断が先にあって、その上でストーリーとしての歴史を作っている。