天皇の祈り(8) 05/20/2011
平成天皇、皇后両陛下は沖縄から始まって硫黄島、サイパン、パラオと慰霊の旅をされた。いづれも先の大戦で激戦となり幾多の悲劇が起こった地である。第二次大戦がなければ日本人には馴染みが少ない南洋の島々だ。
なぜ特定の島で激戦が繰り返されたかといえば、戦闘は飛行機戦中心になっていたからだ。それぞれの島には飛行場があり、制空権の確保が双方にとって死活問題になった。飛行機戦の先鞭をつけたのは日本のセロ戦だったのではあるが。
第二次世界大戦の見方についてはまだ定説がない。朝日新聞をはじめとするサヨク新聞社が邪説を広めてきた実態が明るみに出るようになったばかりだ。林千勝氏の研究が最先端だが、わからないことがいっぱいある。水面下で行われた事象の解明が待たれる一方で、現在および将来の日本人の生き方も第二次世界大戦の意味を決める大きな要素になる。
平成天皇皇后両陛下は良かれ悪しかれ先の戦争の申し子のようなところがある。お二人とも東京から疎開され、終戦の時は小学生だった。マッカーサーの占領政策の直接の被害者である。慰霊の旅をされたということは、日本の代表というだけでなく、一個人として大戦争の体験にけじめをつけようとされたのかもしれない。
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天皇と日本の存続は、日本人が普段に努力することで成し遂げられる。個々人の日々の生活と一生にわたる活動が、個人と社会と王朝の存続を可能にする。古事記は、具体的にして明白な歴史の知恵を、天皇と皇族、そして全ての日本人に伝えようとした。天皇の存続こそ, 日本にとってもっとも自然な物語であり歴史である。
真の生き甲斐は、個人と社会の存続と生命継承のために働くことだ。これが古事記の堂々たる世界観であり、この世界観あればこそ、天皇は二千年以上存続してきた。そしてひとりひとりの日本人もまた生存してきた。
当たり前の家族モデルや言わずもがなの生き甲斐の意味まで採り上げねばならないほど、明治維新後、特に第二次大戦後の日本社会は狂ってきた。戦後日本では当たり前のことが教えられず、学校とマスコミを中心に偏見と屁理屈ばかりが大手を振って通ってきた。思想戦争、洗脳謀略は全方位から仕掛けられ、外来の思想や偏見が蔓延してきている。
ポツンと一軒家という番組に熊本の山奥の老女性が出演した。彼女は生まれた時から目が不自由だった。外で働けないので不遇な人生だっただろうが、同じ村の青年と結ばれ六人の子をもうけた。優しい誠実な夫だったと懐かしんでいた。普通の仕事ができない自分を承知で結婚してくれたことに感謝している表情が眩しい。
過酷な試練は重なるものか、夫は五十歳のとき発作を起こして寝たきりになった。二十年間の看病について番組は何も語らないが、幸せな生活が暗転したことは疑いない。大黒柱が倒れたとき最年長の長男は中学二年生、高校進学を断念して働きに出た。長男が中学校を卒業して家を出たときみんなが泣いた、一番悔しかったと語る。長男も画面に出て、悔しかった思い出を吐露した。「高校行かなかったら一生働き続けることになるんだぞ。」と言われたと。
夫は七十歳でなくなった。今は孫十二人、ひ孫十一人とお盆で会うのが唯一の楽しみだと語る。番組は孫、ひ孫に囲まれたお盆の日の一族再会のシーンで終わる。
心なごむ物語だった。目が不自由だという運命を背負った恵まれない人生だったが、最後には天照大神が微笑むような幸せの中に生きる。それ以上望むことがこの世にあるだろうか。
長男は先生から「一生働き続けることになる。」と忠告されたというが、働き続けることこそ若くても老いても一番幸福な人生だ。おばあちゃんは人並みに働けなかったから悩み、夫の苦しみは働けなくなったことだ。おばあちゃん一族の大成功は、子供が高校へ行かず世に出て働いたからではないか。働きながら社会経験を積んで得た知識こそ本当の意味での英知だ。
働きながら身につける知識とは何だろうか。お宮さんの前に来れば二拝二拍一拝して頭を下げる。願い事をしてもいいが、普通はただ頭を下げる。お宮を建てた先祖に感謝する。お宮と後ろに控える里山の恵みに感謝する。恵みを与えるのは自分ではなく大自然と世の人々だ。
お寺は宗派に分かれているわけだが、どこに行っても一番尊敬されるのは釈迦牟尼仏であろう。大日如来も阿弥陀仏も釈尊が出現しなければ存在しなかった。万巻の経典もお釈迦様の智慧から語られたものだ。仏教を実践し伝承された先達も多い。古人と彼らの業績に感謝するのはお寺を訪ねるときの作法だ。
本質論をいえば、しらっと先生の頭の中に近代個人主義西洋思想が入っている。西洋式近代学校で学ぶことは中途半端な偏見、断滅思想ばかりだ。学校では人生にとって何の役にも立たない知識という妄想ばかり学ぶ。
たとえば進化論がある。生物は時とともに進化するというが目の前で進化そのものを見た人はいない。ところが思想としての進化論は最新の生き物が自分だという高慢な心持ちを生じさせる。前の時代や年長者を批判して恥じない思想を生み出す。
いまさらマルクス主義そのものを教えることはないだろうが、歴史の必然性という考え方は知らず知らずのうちに社会全体に巣食っている。古代、近代、現代などの時代区分は至る所で目に付く。後の時代はより進歩している、前の時代の事物は滅ぼされて当然とみなされる。レーニンはロマノフ王族を皆殺しにしたのだが、王政を古い政体だと信じ込めば虐殺が正義にさえなる。
日本には縄文文明があった。文明とは社会に共有された生命の創造と存続の知恵の総体だ。日本列島は大八洲とか秋津洲と呼ばれたが、二万年前に遡って発掘が続けられている。研究が進むにつれて、われわれは縄文人の子孫だとはっきりしてきた。生活跡を復元すると、村落の周りは栗や漆などが植林されていた。古代人のイメージとしてはぶらぶら歩きながら貝の採集や猪猟をする行動が思い浮かぶが、縄文人の合理性は文明人の域に達していた。
縄文時代が記憶になかった江戸時代に里山文化が完成した。江戸時代の農村文化だとばかり思われていたが、じつは縄文時代から続いてきた生き方だった。里山縄文文明は縄文時代以前から続く日本文明のことだ。古代と近代の争いもない。現代人だからといって高慢になる必要もない。自然に感謝し、先祖に感謝し、社会に感謝しながら日々懸命に生きるのが里山縄文文明人だ。天皇はその中心におられる。
江戸時代に里山文化が完成されたのは、内在理念としての縄文文明が社会の隅々に働き続けていたからだろう。江戸時代人は天皇も過去の物語も知っていたが、古代とか近世とか時代区分をしなかった。すべて尊い先祖の物語であった。その上であらゆる分野で学問研究は途切れなかった。
内在理念としての里山縄文文明に立ち帰れば、いまの日本が混乱している現実が見えてくる。混乱の最大の原因は第二次大戦後の占領政策にあるが、もっと遡れば文明開化を受け入れた明治維新からの趨勢にある。さらに遡ると鉄砲伝来やキリスト教の宣教師到来がある。
外来文明の侵略が日本を混乱させ迷走させている。日本人がすべきことは日本を取り戻すこと、里山縄文文明を承継し発展させることだ。
「天皇の祈り」終わり