天皇の祈り(8)

天皇の祈り(8)      05/20/2011

平成天皇、皇后両陛下は沖縄から始まって硫黄島、サイパン、パラオと慰霊の旅をされた。いづれも先の大戦で激戦となり幾多の悲劇が起こった地である。第二次大戦がなければ日本人には馴染みが少ない南洋の島々だ。
なぜ特定の島で激戦が繰り返されたかといえば、戦闘は飛行機戦中心になっていたからだ。それぞれの島には飛行場があり、制空権の確保が双方にとって死活問題になった。飛行機戦の先鞭をつけたのは日本のセロ戦だったのではあるが。
第二次世界大戦の見方についてはまだ定説がない。朝日新聞をはじめとするサヨク新聞社が邪説を広めてきた実態が明るみに出るようになったばかりだ。林千勝氏の研究が最先端だが、わからないことがいっぱいある。水面下で行われた事象の解明が待たれる一方で、現在および将来の日本人の生き方も第二次世界大戦の意味を決める大きな要素になる。
平成天皇皇后両陛下は良かれ悪しかれ先の戦争の申し子のようなところがある。お二人とも東京から疎開され、終戦の時は小学生だった。マッカーサーの占領政策の直接の被害者である。慰霊の旅をされたということは、日本の代表というだけでなく、一個人として大戦争の体験にけじめをつけようとされたのかもしれない。

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天皇と日本の存続は、日本人が普段に努力することで成し遂げられる。個々人の日々の生活と一生にわたる活動が、個人と社会と王朝の存続を可能にする。古事記は、具体的にして明白な歴史の知恵を、天皇と皇族、そして全ての日本人に伝えようとした。天皇の存続こそ, 日本にとってもっとも自然な物語であり歴史である。
真の生き甲斐は、個人と社会の存続と生命継承のために働くことだ。これが古事記の堂々たる世界観であり、この世界観あればこそ、天皇は二千年以上存続してきた。そしてひとりひとりの日本人もまた生存してきた。
当たり前の家族モデルや言わずもがなの生き甲斐の意味まで採り上げねばならないほど、明治維新後、特に第二次大戦後の日本社会は狂ってきた。戦後日本では当たり前のことが教えられず、学校とマスコミを中心に偏見と屁理屈ばかりが大手を振って通ってきた。思想戦争、洗脳謀略は全方位から仕掛けられ、外来の思想や偏見が蔓延してきている。

ポツンと一軒家という番組に熊本の山奥の老女性が出演した。彼女は生まれた時から目が不自由だった。外で働けないので不遇な人生だっただろうが、同じ村の青年と結ばれ六人の子をもうけた。優しい誠実な夫だったと懐かしんでいた。普通の仕事ができない自分を承知で結婚してくれたことに感謝している表情が眩しい。
過酷な試練は重なるものか、夫は五十歳のとき発作を起こして寝たきりになった。二十年間の看病について番組は何も語らないが、幸せな生活が暗転したことは疑いない。大黒柱が倒れたとき最年長の長男は中学二年生、高校進学を断念して働きに出た。長男が中学校を卒業して家を出たときみんなが泣いた、一番悔しかったと語る。長男も画面に出て、悔しかった思い出を吐露した。「高校行かなかったら一生働き続けることになるんだぞ。」と言われたと。
夫は七十歳でなくなった。今は孫十二人、ひ孫十一人とお盆で会うのが唯一の楽しみだと語る。番組は孫、ひ孫に囲まれたお盆の日の一族再会のシーンで終わる。
心なごむ物語だった。目が不自由だという運命を背負った恵まれない人生だったが、最後には天照大神が微笑むような幸せの中に生きる。それ以上望むことがこの世にあるだろうか。
長男は先生から「一生働き続けることになる。」と忠告されたというが、働き続けることこそ若くても老いても一番幸福な人生だ。おばあちゃんは人並みに働けなかったから悩み、夫の苦しみは働けなくなったことだ。おばあちゃん一族の大成功は、子供が高校へ行かず世に出て働いたからではないか。働きながら社会経験を積んで得た知識こそ本当の意味での英知だ。
働きながら身につける知識とは何だろうか。お宮さんの前に来れば二拝二拍一拝して頭を下げる。願い事をしてもいいが、普通はただ頭を下げる。お宮を建てた先祖に感謝する。お宮と後ろに控える里山の恵みに感謝する。恵みを与えるのは自分ではなく大自然と世の人々だ。
お寺は宗派に分かれているわけだが、どこに行っても一番尊敬されるのは釈迦牟尼仏であろう。大日如来も阿弥陀仏も釈尊が出現しなければ存在しなかった。万巻の経典もお釈迦様の智慧から語られたものだ。仏教を実践し伝承された先達も多い。古人と彼らの業績に感謝するのはお寺を訪ねるときの作法だ。

本質論をいえば、しらっと先生の頭の中に近代個人主義西洋思想が入っている。西洋式近代学校で学ぶことは中途半端な偏見、断滅思想ばかりだ。学校では人生にとって何の役にも立たない知識という妄想ばかり学ぶ。
たとえば進化論がある。生物は時とともに進化するというが目の前で進化そのものを見た人はいない。ところが思想としての進化論は最新の生き物が自分だという高慢な心持ちを生じさせる。前の時代や年長者を批判して恥じない思想を生み出す。
いまさらマルクス主義そのものを教えることはないだろうが、歴史の必然性という考え方は知らず知らずのうちに社会全体に巣食っている。古代、近代、現代などの時代区分は至る所で目に付く。後の時代はより進歩している、前の時代の事物は滅ぼされて当然とみなされる。レーニンはロマノフ王族を皆殺しにしたのだが、王政を古い政体だと信じ込めば虐殺が正義にさえなる。

日本には縄文文明があった。文明とは社会に共有された生命の創造と存続の知恵の総体だ。日本列島は大八洲とか秋津洲と呼ばれたが、二万年前に遡って発掘が続けられている。研究が進むにつれて、われわれは縄文人の子孫だとはっきりしてきた。生活跡を復元すると、村落の周りは栗や漆などが植林されていた。古代人のイメージとしてはぶらぶら歩きながら貝の採集や猪猟をする行動が思い浮かぶが、縄文人の合理性は文明人の域に達していた。
縄文時代が記憶になかった江戸時代に里山文化が完成した。江戸時代の農村文化だとばかり思われていたが、じつは縄文時代から続いてきた生き方だった。里山縄文文明は縄文時代以前から続く日本文明のことだ。古代と近代の争いもない。現代人だからといって高慢になる必要もない。自然に感謝し、先祖に感謝し、社会に感謝しながら日々懸命に生きるのが里山縄文文明人だ。天皇はその中心におられる。
江戸時代に里山文化が完成されたのは、内在理念としての縄文文明が社会の隅々に働き続けていたからだろう。江戸時代人は天皇も過去の物語も知っていたが、古代とか近世とか時代区分をしなかった。すべて尊い先祖の物語であった。その上であらゆる分野で学問研究は途切れなかった。
内在理念としての里山縄文文明に立ち帰れば、いまの日本が混乱している現実が見えてくる。混乱の最大の原因は第二次大戦後の占領政策にあるが、もっと遡れば文明開化を受け入れた明治維新からの趨勢にある。さらに遡ると鉄砲伝来やキリスト教の宣教師到来がある。
外来文明の侵略が日本を混乱させ迷走させている。日本人がすべきことは日本を取り戻すこと、里山縄文文明を承継し発展させることだ。
「天皇の祈り」終わり

天皇の祈り(7)

天皇の祈り(7)     05/20/2011

学校であれ社会であれ、習った歴史観は断滅思想ばかりだった。マルクス史観では原始共産制、封建制、資本主義、最後は共産主義へと歴史は発展する。しかしよくよく考えてみると封建制から資本主義への発展とは、封建制の断滅だ。同じように共産主義への発展過程では資本主義は断滅されねばならない。世界的規模で戦争殺戮が二十世紀に起こったのは、共産主義国家ソ連を中心としたマルクス断滅史観が跋扈したからだ。
世界最古の文明として大河に沿った四大文明が教科書に載っている。エジプト文明が最古ではないかと思われるが、メソポタミア文明の人気が高い。なぜ大河のほとりかというと、農業生産が社会に余剰価値、富を蓄積したからだそうだ。穀物は十年単位で貯蔵できる。穀物の生産には大量の水が要る。土地と水と穀物を管理する者が社会の上位者になる。そして余った富が家や道路や水道や彫像になり文明の遺跡になる。
いつもおかしいと感じたのは、四大文明の地は今は砂漠だということ。文明が滅亡した。滅亡するようなものは文明と名付けられるべきだろうか。何かがおかしい、騙された気がする。
また教科書では、我々現代人はクロマニョン人の子孫であって、ネアンデルタール人は俺たちの先祖じゃないという。ネアンデルタール人は滅んで、あるいは滅ぼされて現代人ばかりの世の中になったという。古い人類が進化して現代人になったとするのが進化論からも自然だと思うのだが。この世には教科書にあるからといって断滅思想を受け入れて疑問を感じない人がいる、ひょっとしたら大多数かもしれない。
サヨク思想全盛の風潮に嫌気がさして見つけたのはトインビーの文明論だった。話が面白いので相当読んだ。マルクス主義しかない息苦しさから逃避できた。階級闘争や歴史的必然性と言われて頭の中で絶対価値になっていた。被洗脳と同じで、自ら勉強した結果だった。勉強は無条件で良いことだとはいえない。トインビーによると文明も人と同じく生老病死する。出逢った歴史観は断滅思想だけだった。
歴史学でよく使われる古代、中世、近代という区分も断滅思想の変種だ。一見存続継承に見えるけれども、後者が一番偉い、一番優秀、一番進歩していると感じ考えている。一番優秀だから判断は正しく行動もまた間違いないと思い込む。概念を追っているだけだが、いつの間にか若い学生に高慢な心が生じる。そして革命暴動を憧れる。断滅思想の害悪に気がつかないままに。
釈尊はもっとも尊敬されるに値する、道元禅師には足元にも及ばない、と感じる謙譲の心と比較したら解るだろう。
歴史とは何か、端的に答えれば存続の物語だ。存続は断滅と正反対の概念である。存続なくして歴史はない。天皇が存続するから天皇の事績が記録され、皇統譜として編纂される。それが皇室の物語となる。皇室と日本人は蜂社会のように一体だから、日本人全体が物語を共有する。それが歴史だ。

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マッカーサーが押し付けた東京裁判史観は正体がはっきりしてきて、反撃としての
思想戦略も提出された。巧妙な洗脳だったが、外国からの思想侵略であり内政干渉だと分かりやすい。思想戦があることを日本人全体が知った貴重な体験だった。
第二次大戦後の学校では倒錯した歴史しか教えられなかった。マッカーサーはいわゆる教育改革をしたわけだが、教育によって知識を与えないように、少知無知のままに放っておくように、混乱は正さないことが方針だった。原爆投下の数日後、被爆者を診察調査しながら何もしなかったのがアメリカ流だ。
歪んだ間違った思考思想ではまともに生きることができない。人に挨拶するかしないか、優しい言葉か荒い言葉かから始まって、頻々と生きる姿勢が問われる。普通の常識を持つためにもまともな社会思想と正しい歴史観の裏付けがが必要だ。
少なからぬ人々は、正しく深い思想と歴史観を探究された。個人的には渡部昇一、西尾幹二、田中英道、林千勝氏等の著作にお世話になった。真説正説を発表するには勇気がいることも教わった。江藤淳氏の「閉ざされた言語空間」は時代を画する著作で、その重要性を強調しすぎることはない。該書は日本人被洗脳の現実を白日の下に晒した。
長い間探し求めてきた正しい歴史観をここに提出する。それは、「日本文明は里山縄文文明」と理解されるべきだということ。江戸時代の常識だった里山文化と二万年前から続く縄文文明を合わせた言葉で、実態として現代まで続いている。それは生命の創造と発展、自然に順じた共生方法、略奪破壊ではなく建設継承の文明だ。生活行動と思想に矛盾がない。未来永劫に通用する歴史観となるだろう。

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里山縄文文明に気付いて歴史観の追求は終わった。真実の歴史観が確立した。もう迷い歩く必要はない。里山縄文文明は安心安全、生命創造と生命継承の理論であり理念だ。日常の生活行動と悠久の歴史観が一致する。矛盾は無い。禅も仏教も教説と生活が一致するまで修行する。
真実、正説を求める動機は、何かおかしいと気が付くところから起こる。感受性が鋭くないと起こらない疑問だ。疑問を追求して学問的に業績をあげた方々も多い。田中英道氏はその代表格だ。「高天原は関東にあった」は代表作で、古事記が書かなかった真実が描出されている。
氏は古事記研究の裾野を大幅に広げられた。古事記がただ一つならば真か偽か信じるか信じないかの二者拓一になる。これでは一神教の見方だ。天皇が居る日本は多神教の国のはずだ。古事記否定ではないが、人が書いた物語以上のものが発見される道が開けた。新説を発表されるときの論理的整合性と文献や考古学における実証主義は鮮やかだ。碩学の文章とはかくの如しかと唸らせられた。
ところが田中英道氏は、最近はユダヤ推しが過ぎて聞くに絶えない言動が多い。埴輪とユダヤ人渡来を結びつける。秦氏はユダヤ人とか秦の始皇帝はユダヤ人とか、歴史上有名な人物は次々とユダヤ人にされる。動画では日本は移民国だ、女系天皇で問題ないと発言する。ヘブライ語と日本語の多くの単語は似ているという。
著名な学者の変節を目の当たりにして愕然とした。田中卓元皇学院大学学長の愛子天皇推しもエエっと驚かせられたが元学長だった。田中英道氏は盛んに情報発信している現役の言論人であり学者だ。実証的学問研究から離れたのか、推測できる、確信するなどの言葉で誤魔化している感じがする。
田中英道氏は輝かしい業績を提げて登場するので討論会などでは自信たっぷり、長々と一人で喋っている場面が多い。しかし過去のものごとを教室で解釈しているだけだともいえる。危機意識を持って現実社会で警鐘を鳴らす水間政憲氏に能天気ぶりを見破られた。女系天皇でいいとまで発言したのは恨み節に聞こえる。学問の世界で赫赫たる成果をあげた人でも退屈心を生じるのだろうか。
正直と正道を貫く人生観と歴史観の追求はやりがいある大仕事だ。

天皇の祈り(6)

天皇の祈り(6) 05/20/2011

古事記のイザナギの命とイザナミの命の物語は日本人の起源と日本建国のお話である。男女が結婚して家庭を作り、夫婦が協力して子供を育てることが生命継承の方法だと教える。日本では千三百年前に家族像が明示されていた。明確な家族像があったから日本民族は存続し得た。
古事記は神話だと言われるが、前文では天武天皇が編纂を企画されたと書いてある。当時の最高権力者が皇民の安寧と将来の発展に寄与する物語を書くように命令された。現役の政治家が理性的に思考しまとめた物語だということを忘れてはならない。
だからかぐや姫や桃太郎のような荒唐無稽なお伽話であるはずはない。神話なる言葉は西洋人が学問分類上作り出したにすぎない。
ミコトは尊と書かれたり命であったりする。生命あるもの、尊敬されるべきものだ。祖父母から受け継いだ生命、子孫に続く生命だから尊や命と表された。神と書かれることもあるが、天武天皇は神をいかに理解されていたか。キリスト教の唯一神ではなく、多神教の神のはずだ。それは当時の日本人の日常生活と矛盾しない神だった。
ヒンズー教では結婚の契りは七世に及ぶと教えられる。現今、健全な家族像があるのはインドと日本だけではないかと思われる。安定した常識は安定した社会を作り、安定した家族、安定した国家を作る。
豊葦原の瑞穂の国は日本だ。それは稲作中心の自然再生、生命継承の社会思想である。毎日、そして生涯かけて瑞穂の国の思想を実践すれば良い結果がついてくる。考え方に矛盾はない。欲を言えば当たり前すぎてドラマ性に欠けるところか。新奇なドラマが溢れる人生が良いとは限らないのだが。
稲作文化が最先端産業だった頃は瑞穂の国は現実でありその思想は無条件で受け入れられた。明治維新以降は工業商業が産業の中心になった。瑞穂の国に則りながら新しい状況にいかに対処するか。IT 産業の力を無視できなくなった現在、適切な社会思想と歴史観の提出が必要ではないかと思われる。
子供の頃、誰もが父母はどんな人か、祖父母はどこからきたかと聞いた覚えがあるだろう。出自についての関心は本能的なもので、庶民は五、六代前まで遡って判る例が多い。家族の歴史であり家系の話であるが、各家族の物語が集合して社会の歴史になり国家の歴史を形成する。
皇族に生まれたらどうだろうか。百二十代以上の先祖のエピソードが語り継がれるだろう。学校で暗記する天皇の名前が日常語だ。各天皇の生き方や教訓の積み重ねは膨大だ。それらの知恵が日常生活に生かされ、危機に際してどう対処すべきか参考になる。家系が続くというだけで知識量が格段に増える。
皇統は百代以上続いたので、日本人で皇室と血縁関係がない人はいないと言われている。誰でも二十代くらい家系を遡ればどこかで血がつながっている。だから皇室の問題は他人事ではない。誰が天皇か、誰が皇后かはいつも意識にある。二千年の天皇の物語は国民の物語だ。STORY 物語は HISTORY 歴史だ。
生物に喩えるのは適切ではないと感じるのだが、考え方として挙げる。蜂が庇の下に大きな巣を作ったので放水して破壊した。巣が壊れて二、三日は蜂は飛び回っていたが、いつの間にかいなくなった。女王蜂がいなくなれば他の蜂はどうしていいか分からなくなる。蜂の巣、つまり社会がなくなると巣に集う個々の蜂も生きていかれない。
人々もまた蜂と同じように、存続するためには具体的な生命の中心を必要とするのではないか。女王蜂は働き蜂やオス蜂と血でつながっている。蜂の社会構造は天皇と日本人との関係に相似している。つまり天皇がなければ日本人は無い。日本人と日本国家が存続するためには天皇の御存在が不可欠だ。

ローマ帝国には確固たる家族のモデルはなかった。始祖はオオカミに育てられた。初代皇帝アウグスツスはジュリアス シーザーの後継者だが養子だった。次の代で血は絶えた。皇帝の称号としてシーザーの名は伝承されたが血のつながりはなかった。庶民から皇帝に至るまで家族観は安定しなかった。そのせいだろう、いつの間にかローマ人はいなくなりローマ帝国は崩壊した。
アメリカ人はつねにローマ帝国を意識しながら国を運営している。アメリカでは離婚率が50%だ。離婚の多さの原因はあるべき家族像のモデルが不安定だからだろう。テレビでも映画でも家族崩壊の話ばかりだ。離婚専門の弁護士も多い。カトリックでは結婚は聖行とされたが、現今は教義や儀式をけなす人が大多数だ。一神教と家族の絆は相容れないかも。神様を選ぶか家族を選ぶか選択を迫られる場合が多い。
LGBT なる言葉が氾濫し始めたのはここ三十年来だろう。突然レスビアンやゲイやトランスジェンダーなどが聞かれるようになった。巷間言われているのは、革命に失敗した共産主義者がフランクフルト大学に集まり、暴力革命路線から伝統社会破壊路線に方針転換したのが始まりだという。ユダヤ人学者のグループが批判哲学の名で理論化したと言われている。
健全な男女関係を破壊すれば社会が混乱する見通しのもとに宣伝工作が始まった。その武器は言葉狩りだというから日本人の発想を超えている。Political Correctness 政治的正語と言いながら社会的発言を規制する。ドイツではヒトラーやナチス礼讃どころか学問的研究まで規制される。社会秩序を破壊したい凄まじい欲求が働いている事実は知っておく方が良い。
ギリシャ悲劇は有名だが、アテネの民主政治下で作られた。アテネだけでなく地方の田舎町にも野外劇場があった。半円形の石造の劇場はギリシャ人には社交と娯楽の場であった。地中海沿岸の劇場での演し物のジャンルに喜劇と悲劇があった。喜劇は日常生活を再現するので忘れられる。悲劇は極端なシナリオに基づく意外な演出で大衆に受けた。原作から後世に語り継がれるにつれシナリオが洗練されていった。王族や親子の間で殺人や近親相姦が起こる。悲劇物語を集めると社会全体に異常な事件や悲しい運命があふれているみたいだ。
アテネ時代のギリシャ人と現在のギリシャ人とは民族が違うと言われている。国家興亡どころか人が入れ替わった。ギリシャ人ってなんだろうか。二千年間に断絶をくりかえしているようだ。
1週間ほどぶらりとギリシャを旅したことがあった。大木がない、大森林がない。痩せた土地にオリーヴとみかんの木が植わっていた。オリンピアの博物館では首が切られた人物の彫像が並んでいた。全土が荒涼だった。エンタシス柱は石造だが、もともとは木造だったらしい。大木がなくなったから石や漆喰で作られるようになったという。断絶思想を実践したから大地も貧弱になった。
ギリシャ文明は近代西欧文明の源流と言われる。古代にロマンを求めるのもいいが心許ないところがある。現今見るプラトンやアリストテレスの著作などはアラビア語から翻訳された。翻訳を読んでギリシャ思想やギリシャ文学を語るのに違和感はないのだろうか。原書を読めないで文明の源と称するのは妥当か。実は太古の昔から連続性の希薄な文明だったようだ。

里山縄文文明(4)

里山縄文文明(4)  万世一系、男系男子、皇統の危機

明治憲法の第一条は「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す」だ。小学生の時は万世一系ってなんだろうとだけ思った。中学生になったらもっと知識を得るはずだが進展なしだった。天皇についての知識は将来の生きる糧にはならないようだった。何が根本問題かわからぬままミッチーブームだけを心に留めて年取った。
小泉首相時代に皇室問題に関する有識者会議が開かれた。その時はじめて女性天皇と女系の違いについて考えさせられた。女性天皇は過去に八人十代おられるが全員が男系だった。天皇は父、その父つまり祖父、その父つまり曽祖父と遡って行けば神武天皇にたどり着く。神武天皇の血を継いでいなければ天皇になることはない。男から見れば生まれによる差別で、他男性排除だ。何世紀にもわたって権勢を誇った藤原氏でも天皇になることはなかった、あるいはなれなかった。
家系は男系継承が世界共通の認識だ。イギリスのエリザベス女王はウィンザー朝に属するが、チャールズ皇太子が国王になるとマウントバッテン朝に変わる。女王の夫君がマウントバッテン家の血を継いでいるからだ。父、父祖とたどってもウィンザー家の始祖にたどり着かない。ウィンザー朝は断絶する。神武天皇の血を継がない最高位は日本では天皇ではない。だから女系天皇はこの世に存在しない。
126代現天皇の後は秋篠宮文仁殿下、その次は128代悠仁親王殿下になる。悠仁親王殿下は今のところただ御一人の御存在だ。なぜ御一人かというと、大戦後マッカーサーが皇籍剥奪を強要し、十一宮家を臣籍降下させたからだ。アメリカの真意が透けて見える。その意味を日本人なら考えよう。
有識者会議が開かれた頃は心細くて仕方なかった。愛子内親王殿下が唯一の若い後継者だったからだ。内親王殿下は男系には属するが男子ではない。その後は大丈夫か、誰かなんとかしてくれよと叫びたかった。ニーチェは「神は死んだ」と言った。西欧人は彼の言葉に衝撃を受けた。神が死んだらわたし達は何を頼りに生きていけばよいのかという問題意識が沸騰した。同じように、天皇位が絶えたら日本国中に想像もできない衝撃が走る。
秋篠宮紀子妃殿下の御懐妊が発表されたとき助かったと思った。自分が生きるか死ぬか、国が続くか否か、多くの日本人が激動の心情を体験したはずだ。御懐妊が国家を救い国民を救った。テレビ画面の前で国会の審議がひっくり返った。そんなドラマをなぜ体験したか、日本人ならその意味を自覚し語れるはずだ。
天皇と日本国と自分とは切り離せない。そして悠仁親王殿下のご誕生で日本中が安堵の念に包まれた。憲法に書いてある、皇統に属する男系男子が出現された。日本人は九月六日が天皇誕生日になる日を待っている。
水間政憲氏が「ひと目でわかる戦前の昭和天皇と皇室の真実」を上梓されたのは平成二十九年、2017年三月だった。画期的だったことには、4ページから7ページにかけて明治天皇以後の天皇家の系図が掲載されていた。全員が神武天皇の血を継いでおられるわけだが、生存者は120名以上だった。皇室にはただ御ひとりしかいないから不安だったのだが、皇位継承有資格者が百人以上もおられて安心した。今上天皇より昭和天皇の血が濃い方が東久邇家に三名おられた。系図からすぐ見てとれることは、マッカーサーによって臣籍降下さされた旧宮家、なかでも東久邇家が皇族に復籍されれば、国民の不安は解消され国家は百年安泰になるということだった。
水間政憲氏は最近「ひと目でわかる皇室の危機、天皇家を救う秘中の秘」を出版された。前著で啓蒙されたにも関わらずお花畑の日本人が多い。何が日本と自分の存在根拠か、日本人として一番大切なものは何かわからない人が多い。国会議員から庶民に至るまで理論武装が必要だ。そのための必読の書だ。有名神社にも宝物として永久保存されるという。一家に一冊は欲しい。

大嘗祭が終わってから自民党の幹事長、政調会長、税制調査会長が相次いで女系天皇容認発言をして顰蹙を買っている。安倍側近、党内実力者といわれる国会議員だから次の首相になる可能性がある人たちだ。日本のトップに位置するが、彼らは内在理念で政治をしているのではなく、利害調整で綻びを繕って動いていることが露わになった。大和民族悠久の歴史にケチをつけた。結果として、これらの人々は総裁レースから決定的にはじき飛ばされた。
党三役の発言は内在理論からではなく拝外思想から来ている。他人他国の屁理屈を押し付けるからおかしいと感じる。男女平等やら民主主義やら差別やらもっともらしい言葉を並べるが、全部外国由来の概念だ。外国人は日本の存在を助けようとしているわけではない、それどころか日本を毀損したい国の方が多い。国民と国家より外国の利害を第一に考えるから国賊、売国奴と呼ばれる。
逆に考えると、天皇の存在は国民と国家が政争や利害関係に巻き込まれないように機能している。そのような究極の天皇位に変更を加えられると思うほど傲慢で浅知恵の持ち主には政治家の資格はない。水間政徳氏はこのような輩に「令和の道鏡一派」の名を与えられた。
遠くから仰ぎ見る庶民には窺い知れないところがあるが、いわゆる皇室の闇はあるようである。宮内庁そのものが旧宮家の元皇族の現状を把握していないと国会答弁するほどだ。悠仁親王殿下に万一のことがあったらどうするか、万全の心配りをするのが彼らの役目ではないか。宮内庁長官が金がないと嘘をつきまくって大嘗宮の藁屋根を板葺きに簡略化した本当の理由は何か。日本国民の天皇だ、不浄な勢力が暗躍しないように不断の注意が必要だ。
竹田恒泰氏は明治天皇の玄孫として保守論壇に登場した。弁舌さわやかで知識も経験も豊富、様々な問題を快刀乱麻のごとく切りまくる活躍が鮮烈だった。おしゃべりが長すぎるのが玉に瑕だが、楽しませてもらった。にも関わらず、何もかも知っているけれど核心部分だけには触れていない印象だった。親戚縁戚関係から皇室の内部事情は知っているはずなのに、皇統の危機をいかに救うか明確な提言が聞こえないのは不思議だった。しかし根本問題は把握していて、いざとなったら皇室のために働かれるのだろうと思っていた。
ところが竹田氏はある動画で、水間氏が発表した家系図について文句たらたら、激怒した。怒りの形相で動画を発信した。勇気と自信があるのだろう。「なにい!?継承順位が108番だって、この俺が。50番以内のはずだよ。だって旧宮家だけを問題にするべきだろう。水!水間って誰、聞いたことないな。この人特別な業績があるの。」という調子で罵詈雑言、侮辱語の連発だった。
水間氏が公表した家系図は明治天皇を中心とした血筋を客観的に辿っただけで、間違いがあるなら指摘すればよい。そこには突っ込まないで、自らは抜本的な危機打開策を提言しない。で激怒とは。「竹田家中心の見方しかできないのが恒泰氏の限界だ。」と水間氏は反応された。天皇の血筋からいかに近いかが竹田恒泰氏の自信の素だった。自我が傷ついたのか凄まじい怒りだった。
日本は天皇をいただくことで悠久の歴史を生き抜いてきたのだが、完全な歴史ではないということは知っておくべきだ。そう知るだけで過剰な自信、偏見による傲慢を避ける余裕ができる。

仏典では釈尊が「人は生まれによって尊いか、または行いによって尊いか。」と問われたと記す。生まれによって貴賎が決まるなら向上心も努力も意味がない。行いによって貴賎が決まるなら善行に励もうと思う人は多い。この問いと答えとは修行向上の意味と実践の理由になる。人生観が異なる。そして人生が異なっていく。
神道は深遠な真理を追求せず、氏族家族中心の世界観に基づいてきた。だから竹田恒泰氏は当然のように竹田家にプライドを持っている。唯自家中心観に疑問を持っていたら激怒する動画を流すことはなかったはずだ。
聖徳太子は神道の世界観、人生観に疑問を持たれたと思われる。神道に欠けている真理を仏教に見つけ、三経義疏を著し外来思想である仏教を摂取する方針を取られた。偉大な先覚者であった。
外来思想を取り入れるのは西洋思想を流し込んでいる現在の日本と変わらないではないかと議論する人は多いだろう。キーワードは「不戯論」だ。フケロンと読む。西洋思想に限らないが、哲学、思想、論理など言葉のやり取りはすべて戯論だ。戯論をやり取りするだけでは人生や人格について結論を得られない。中途半端なまま老死する。戯れ言を言い合うだけに終わり真理に到達しない。
仏教は戯論を乗り越えて真理に至ることができるたぶん唯一の教えだ。いずれその核心に迫りたい。釈尊、聖徳太子、道元禅師に感謝する。

木花佐久夜毘売のクニ(2)

木花佐久夜毘売のクニ(2)

新天皇の即位礼正殿の儀は令和元年十月二十二日に行われた。甚大な被害を出した台風19号が通り過ぎた後でお祝い気分にならず、当日の朝は雨であった。多くの国民が憂鬱になっておかしくない状況だった。
儀式が始まるとピタリと雨が止んで晴れ間が現れた。YouTube には皇居の上に虹がかかった画面が挙げられた。映像技術が発達した今日ではヤラセじゃないかという疑惑も抱かれた。複数の投稿があったので虹の実在が確定した。雨で塵芥が洗い清められたのだろう、富士山も見られた。それも初冠雪の姿で。
YouTuber には若い人たちが多い。競って虹や富士山の写真をあげて天も神も即位の礼を寿いでいると喜びを表すのは驚きだった。綺麗な景色を国の儀式に結びつけてはしゃぐ若者たちの素直さに日本の明るい未来を見た。
私の若い頃は、儀式と虹と富士山の間で、科学的に実証可能な関係があるか論争した。フランクフルト学派の批判哲学そのまま、朝日新聞全盛期、暗黒時代だった。
虹はイザナギ、イザナミの命(みこと)が大八洲(日本列島)を作るために天から降りた時の橋であった。虹が新天皇がおられる皇居の上に掛かる意味の重大さがわかる。古事記が書かれた712年が令和元年にピタリと重なった。

令和元年は今上天皇が即位した年である。明治以来一世一元号を使うようになったから即位と元号の関係がわかりやすくなった。
日本は神武天皇朝である。神武元年はいつだろうか。本当の即位年はわからないほど古い。とりあえず西暦から660年古いと決められた。神武元年から今年がいつになるかというと、2019+660=2679年だ。神武元年から数えた年を皇紀というから、今年は皇紀2679年、令和元年ということになる。
静岡浅間神社では即位礼の日に桜が咲いたという動画も流れた。慶事と受け取られた。天皇、富士山、桜が日本であろう。
富士山の麓には点々と浅間神社が建てられている。ご神体はもちろん富士山だ。孤峰で美しい円錐形の富士山は信仰の対象になる。しかも山頂は平らに見える。そこは高天原と比定されるにふさわしい。
山部赤人が「田子ノ浦ゆ うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」と謳った光景は、すべての日本人の目と心に焼きついた。長歌は忘れたが、これが日本と感じられる歌だった。どうやら日本は富士山が見える関東平野に居た人々が作ったと田中英道氏は指摘する。古事記以前の話である。
浅間神社は神奈川県と静岡県に点在するが、木花佐久夜毘売を祀っている。「日本の起源は日高見国にあった」(田中英道)コノハナサクヤヒメは神武天皇の曽祖母に当たる、天孫降臨された瓊瓊杵命と結婚された。木の花は桜だ。
天皇、富士山、桜は古事記以前から日本人のこころに住み着いたシンボルだった。若い YouTuber たちが虹だ、富士だ、桜だ、新天皇だと大騒ぎする。彼らは日本人を愚かで怯懦にしようとしたアメリカ占領軍と、その忠実なしもべである学校教育者の策略を簡単に飛び越えてしまった。なぜなら彼らは日本人だから。

儀式の中心は新天皇が天皇位に就いたと宣明(宣言)されることだった。宣明のとき憲法に則りと言われた。自分勝手に正殿に上がったじゃ誰も認めない。即位の裏付けは日本国憲法ですよと明かされた。
明仁天皇がよく自ら日本国憲法を守りとか象徴天皇とか言われた。象徴天皇なんて日本語じゃない。なぜ変な単語を使われるのか不思議だったが、即位礼に従ったお言葉だったようだ。その裏には文章を推敲した学者がいるはずだ。憲法学者たちが目を光らせている。
違和感は残る。本来は天照大御神の御神勅に則りであろう。平成天皇以前は、すべての天皇は二千年以上、日本国憲法を根拠に天皇位に就くことなどなかった。明らかに占領の残滓が残っている。日本を取り戻すのは容易ではない。だが、いつかは成さねばならない。

数ある動画の中で、教科書で最初に出てきた天皇は聖武天皇だったと語る若い人がいた。聖武天皇は大仏建立や百万巻写経を行なった偉大な天皇である。しかし最初はないだろう。どこか変だなと考えていたら皇后が光明子だった。平民からの入内を印象付けるための役だ。サヨクフェミニストに乗っ取られた教科書だ。
竹田恒泰氏の教科書では天武天皇が最初に出てくる天皇の名前だそうだ。このことは大きな意味があって、国の形を整えたり、伊勢神宮の式年遷宮を定めたり、古事記の編纂を発願された天皇だったからだ。現在のわれわれは神武王朝、天武天皇体制の中で生きている。
初代神武天皇を教えないのはあまりにひどい。文科省には売国奴のように外国や特定グループの手先が巣食っている可能性が高い。彼らは平和な日本を満喫しながらハニトラ、マネトラなどで絡め取られているのだろう。
売国奴で気をつけねばならないのは、彼らは革命や戦争になると真っ先に殺される運命だということだ。理想の共産主義国ソ連へ密出国までしてたどり着くや銃殺刑にあった日本人青年は少なくなかった。理想を追い求めた若者の悲劇。この歴史的事実だけ見ても、理想は妄想の一種に過ぎないことがわかる。
日本人として義の国、美の国、知らす国に生まれた。縄文時代からの永い歴史も持っている。生まれたお国のために正々堂々と働くのが一番だ。

天皇の祈り(5)

天皇の祈り(5)         05/20/2011

1975年九月三十日、昭和天皇と香淳皇后両陛下はアメリカ訪問に向け出発された。アメリカではフォード大統領が出迎え、両元首は十月二日に会談した。
ワシントンに到着された天皇はダグラス マッカーサー元帥の墓に花輪を贈られた。マッカーサーの未亡人は墓参りを要請したが疲れているからという理由で断られた。墓はバージニア州にあり、車で40分ほどの短い距離だった。そのためだろうか未亡人はホワイトハウスでの歓迎晩餐会に欠席した。
昭和天皇は日本人に、本当のマッカーサー像を知ってほしいとメッセージを送られたのではないかと思う。小さな波風を立てて、じつは親友同士ではなかったと後世にヒントを残されたのだろう。
お花畑日本人は洗脳されやすい。私自身、マッカーサーは慈父のような存在で理想的な統治者だったと思い込んでいた。朝日新聞、NHK、雑誌から大学教授まですべてが洗脳機関だった。GHQの策略は成功しすぎた。
山間に育った田舎者とはいえ、天皇の存続、天皇と国家、天皇と歴史、天皇と政治、天皇と自分、天皇と国語、天皇と芸術、天皇と日本民族などについて深く広く考えたことはなかった。そんなことは高位高官や博識の知識人が問題にすることだと思い込んでいた。殿上人や雲上人だけが考える資格があると思っていた。
傲慢ではなかったが卑下しすぎだったかもしれない。微妙な態度であるが、仏典にはちゃんと問題が指摘されている。仏の眼は世界全体を見通すだけでなく、どんな小さな瑕疵も見逃さない完璧さがある。
自分探しをした結果、自分の存在は国家に守護されていると気が付いた。そして国家より先に天皇が在った。日本は国を造って制度を整えたのではなかった。天孫降臨という文明の創造があってそのあと国家の形が成ったのだ。
天皇は存在するだけでよい。人気があるとか求心力があるとか考える必要はない。人間能力は問われない、能力主義ではない。天皇位が継承されるのは血統による。

* * * * * * * *

オバマ大統領の指示だったかどうか、政府の広報という形で歴代大統領の業績を記録した DVD が作られ図書館に置かれている。何巻あったか忘れたが、初代ワシントンからオバマまで全大統領の記録だった。全部見た感想は、日本で名の知られた大統領はアメリカでも同じように尊敬されているということだった。日米両国で大統領についてのイメージや情報量の差はほとんどない。アメリカでは全く違った大統領像が語られるという人がときどきいるが、気にする必要はないだろう。
政権や人物の評価は見方がいろいろ違うから詳細に検討すると驚かされることが多い。リンカーン大統領は国家統一を守り抜いたから偉大なのだそうだ。暗殺されたのも奴隷を解放したからではないという。教科書に書いてあることは鵜呑みにできない。それはどの大統領についても同じであろう。
フォード大統領は大統領選に勝ったことがない。1974年八月九日にニクソン大統領の辞任を受けて副大統領から繰り上がった。前任者が降板したので副大統領に指名され、ニクソン大統領辞任を受けて棚ぼた式に大統領に就任した。下院議員を何期も務めたベテランであったが目立った業績は知られていない。
任期が二年半過ぎたころ大統領選挙があり、カーターに敗れた。アメリカでは負け組は人気がない。そんな大統領居たのと言われるくらいで影が薄い。
しかし世界は勝者と敗者だけで動くほど単純ではなく、広い世の中には人情や政治の裏まで興味を持って調べる人もいる。そのような人の文章に出会ってフォード大統領は味のある人物かもしれないと気づいた。
フォード大統領が抜擢した人物群がすごい。ヴァイスという映画になったけれども、ブッシュ政権で副大統領になったチェイニー氏が政治家デビューしたのはフォード政権下だった。三十代で首席補佐官になった。親友のラムズフェルドは国防長官になった。彼はブッシュ政権時代にも国防長官となった。レーガン政権下で国防長官を務めたワインバーガー氏も顕職ではないが閣僚だった。彼らが後のレーガン、ブッシュ両政権を支えることになる。人物を見抜く目が優れていたと言わざるを得ない。伊達に下院議員歴が長いだけではなかった。
人物を見抜く能力を見抜いたからニクソンはフォード氏を副大統領に指名したのだろう。ニクソンは世に言われるほどバカではない。悪人でもなかった。悪い評判は人為的に作られた可能性が高い。ある勢力に嵌められたという人もいる。
ニクソン大統領の時代、ドルと金の交換停止が決定された。ジェームズボンドの007シリーズの中に「ゴールドフィンガー」がある。空前の大ヒット作になった。金を偏愛する悪役とジェームズボンドが対決する。フォートノックスにあるアメリカ政府の金を保管する建物が狙われる。最後の戦いが金庫の中で起こる。なぜ争いのタネになるかというと、金とドルの交換が保証されていたからだ。交換できなくなれば金の保有者は金属の保有者になる。歴史的な決断だったが、それができる大統領だった。
フォード大統領は自ら大きな決断をするタイプではなく調整型の人物と言われた。攻撃的なアメリカ人の中では珍しく、協調しながら手堅く物ごとを進めていくタイプだった。部下に決断できる者を集めて活躍させた。その手法が華麗な人脈を築いた。
協調調整型の政治家だったから昭和天皇、香淳皇后両陛下を招待したのだろう。アメリカ人は自分が思い込むとその正義を信じてやまない。最後の大戦争で日本憎しを植え付けられたアメリカに敵国日本の両陛下を招待することは容易ではなかったと思われる。人情が理解できるフォード大統領だからできた唯一の訪米だった。

天皇の祈り(4)

天皇の祈り(4)     05/20/2011

マッカーサー回顧録には、昭和天皇が初めてGHQ本部を訪れた時、その高潔な人格に感銘を受けたと書いた箇所がある。日本人には耳触りがよい。一方、自分の回顧だから自己宣伝とする人もいる。
昭和天皇が大戦後なぜ天皇位を続けられたか、つまりなぜ日本の国体が守られたのか、本当の理由をアメリカは公表しない。第二次大戦に関する最高機密だ。連合国軍最高司令官が影響力を行使したからだと推測するのは自然だろう。OSS (CIAの前身) が早い段階で戦後政策を考えていたからだと主張する田中英道氏もいるが、情報機関とはいえ大激戦あとの政体まで見通せるか疑問だ。
マッカーサーに対する好印象は批判してはならないとする報道検閲の所為が大きい。実際にしたことは検閲、戦犯処刑や憲法実施をはじめとして国際法違反ばかりだった。日本を毀損することばかりだった。昭和天皇は十回近く訪問されたが、マッカーサーが答礼で皇居を訪れたことはない。解任されて離日するときも天皇陛下が挨拶に行かれた。高潔な人格に感銘を受けた人の行動だろうか。

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田中正明氏(故人)講演の動画、「パール博士の日本無罪論、南京虐殺の虚構」 は戦前戦中戦後を生きた方の迫力と説得力があった。大方の事象は知っていたが、自分のは抽象的な知識の集積に過ぎないから魂がこもっていなかった。田中氏は松井石根大将の秘書であり、目撃者、経験者で血と肉が覚えている。
マッカーサーはフィリピンの最高司令官であっただけでなくアメリカ陸軍大学校始まって以来の優等生だった。学校の成績が良いので出世を重ねた。やがて母校の校長になり教課制定に尽くした。軍人の間で尊敬されている理由と思われる。
ところが真珠湾攻撃のあと本間雅晴中将指揮下の日本軍に蹴散らされた。”I shall return.” と言って部下を捨てて家族だけでオーストラリアへ逃げた。敵前逃亡で輝かしい経歴に傷がついた。人望はなかったという人も多い。両方あいまって大統領位は部下だったアイゼンハワーに取られた。
本間雅晴中将は戦後フィリピンで死刑にされたのだが、形式上は裁判で有罪にしなければならない。その時に持ち出されたのがバターン死の行進だった。マッカーサーの復讐だったといわれる。

戦後の天皇位存続について田中正明氏の見解を初めて知ったのだが、これまでに聞いた中ででいちばん納得できた。体験者の肉声の故であったからだろうか。講演では、特攻隊を始め最後まで死力を尽くす日本人の戦い方が最大の原因だったという。
もし昭和天皇を投獄したりすれば日本人を押さえつけるために百万人のアメリカ軍人が必要になる。アメリカは未来永劫、日本人の憎悪を覚悟しなければならない。日本人の団結心を恐れて、占領政策をいかにするか知恵を絞らざるを得なかった。
昭和天皇訴追は国際法違反である。しかしソ連や中国やイギリスなどは復讐したくて仕方なかった。破壊本能だけで突っ走るのは革命思想の本質だ。また他人他国を平気で蹂躙するのは人間の本能の一つである。しかし国際社会は文明化してしまった。
大統領も首相も毎年施政方針演説をする。まさかカルタゴのように破壊し尽くすとは言えない。建前上はアメリカもイギリスもソ連でさえも人道主義国家なのだ。日本に対して残酷な仕打ちができたのは、日本が世界支配を企む邪悪国家だという宣伝洗脳が成功したからだ。事実と異なる洗脳は遅かれ早かれ解ける。
大戦末期すでにソ連共産主義国の剥き出しの牙は多くの米国民に観察され始めていた。彼らが日本は終始一貫して共産主義と戦っていたと知ったら、アメリカの開戦理由も疑われることになる。ここは穏便に自らの正体がバレないように済ませたいとの思惑が、天皇位には手をつけない結論になったのではないか。

動画の題名に「南京虐殺の虚構」が入っている。いまどき南京虐殺を信じる日本人はいないと思われるが、二十年前は論争になって断交した友達もいる。朝日新聞に本多勝一が’中国の旅’を連載した影響が大きかった。大新聞が嘘を書くはずはないと多くの人が信じていた頃である。個人的には渡部昇一先生の著書を読んだので虐殺の捏造騒ぎからは早く卒業できていた。田中正明氏はすべてご存知だった。

日本と日本人を弱体化するのは戦後アメリカの国策となった。そのためには日本人を歴史から切り離すのが一方法であった。教育改革の目標の一つは、古事記と日本書紀に基づく日本の歴史を教えず混乱させることだった。
古事記の代替品が「魏志倭人伝」であり、天照大神と大和朝廷の代わりに卑弥呼と邪馬台国が喧伝された。恣意的な占領政策とも思わず、日本人学者はせっせと魏志(偽史)を読み、千冊以上の研究書が出版された。莫大な知的エネルギーが偽りの物語の解釈に費やされた。そして邪馬台国の場所さえいまだにわからない。
日本は古事記と日本書紀をもとに建国された。その大本を隠して、邪馬台国と卑弥呼を教える。神武天皇から続く国であるという誇りを奪って日本人を離間し弱体化する。歴史戦をしかけられた結果がお花畑と言われる現代日本人の出現だ。
田中英道著「邪馬台国は存在しなかった」は戦後の謬説を排する。卑(卑しい)弥呼、邪(よこしまな)馬台国が日本人と日本の先祖だって?公式文書には古今東西美称が使われる。なぜ日本の先祖だけが蔑称なのか。仕掛けられた歴史戦から覚醒するときがきた。

 

 

木花佐久夜毘売のクニ

木花佐久夜毘売のクニ

木花佐久夜毘売(コノハナサクヤヒメ)は、古事記によると、天孫降臨された邇邇芸命(ニニギノミコト)と結婚された地上出身の女性である。邇邇芸命は天照御大神の孫にあたり、大八洲(オオヤシマ)、日本列島を知らせとの神勅を受けて天降られた。知らすとは実際には統治する意味になるが、文字通り知識智慧技能でもって人々を導くことだ。
明治憲法の第一条、大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す。統治すの部分ははじめ知らすだったそうである。外国では戦って勝つことが独立の条件だが、日本だけは知識知恵を磨いて建国し国家を経営してきた。五箇条の御誓文も国歌君が代も闘争を奨励していない。戦争や災害への備えは知識の一つとして常に怠ってはならないが、日本人の日本人たる所以は智慧によるのであって、粗暴な闘争や強奪強制ではない。
邇邇芸命は神勅の通りにコメや雑穀の栽培方法を知らせたので民が安心して生きていけるようになった。われわれがいただくご飯は邇邇芸命に発する。誠に天から降った偉大な存在である。木花佐久夜毘売は奥さんだから子供を育てる以外にことさら偉大である必要性はないだろう。しかし実際には日本を比類なきクニにした方だった。
それは名前に表されている。木花(コノハナ)とは木の花、とりわけ桜の花である。桜は万葉集にもたくさん歌われており、梅やムクゲとは別格の存在だ。桜には日本人は慣れっこになって花より団子などと揶揄するものが多い。しかしアメリカでは、死ぬまでに一度は満開の桜を見たいと願う人は少なくない。彼らは無意識のうちに、天孫と結ばれた木花佐久夜毘売に憧れている。
お城や川端や公園で花見に興ずるのもいい。目を見張るほど美しい桜並木に入って甘い匂いに浸るのもいい。吉野山をはじめ山全体が桜という景色も見事である。深い山に一本二本と桜の大木が花をつけている図も捨てがたい。誰かが何百年前かに植木したのだろう。山桜って自生木だったかも。しかしほとんどの桜は人が植えた。街でも山でも日本人は桜を愛でてきた。そして森林の景観まで変えた。

アメリカやヨーロッパ、というより外国では山に花の木がない。新緑や紅葉は葉が大きいだけに豪勢だが花木は目につかない。森林を見ても伐採以外の知恵は湧かなかったようだ。近年に至って庭木や街路樹には花木が植えられる。木蓮が多い。公園には桜、日本の植木屋が仕事したのだろう。ところどころの庭にムクゲや芙蓉がある。
りんごは Apple で食べるためにたくさん多種類植えられている。桜科だったと記憶する。普通の人は実を収穫するのがリンゴの木だと思っている。うちには四十年ほどの Crabapple という花木がある。花専用に特化されたリンゴの木で、赤や白やピンクなど色とりどりの種類がある。
実をつけるりんごは春先に薄いピンクの花をつける。たくさん咲くから豪華で、甘い匂いが漂う。何割かの花が受粉してリンゴになり秋に熟して食べられる。
普通のリンゴの花が綺麗なせいなのかもしれないが、 Crabapple は今一つ人気がない。花だけでは食欲が満たされないからだろう。実はなるのだが固くて小さい。店頭で売っていたので調理法を聞いたら誰も知らなかった。
うちの Crabapple は五月はじめに満開になる。一本だけだが大きく、白い花が咲き誇る。ピンクのクラブアップルもあったのだがなぜか枯れてしまった。ある年近くを通りかかると甘い匂いとともにブーンという羽音が聞こえた。小さい花々に蝶や蜂や昆虫が群がっていた。春の日差しの下で無数の小動物が花蜜を求め花粉の周りで舞っていた。なんの音も発しないはずの木が唸っていた。
なるほど。人間にとってはリンゴの実だけが目につく、食欲の対象だから。しかし蜂や昆虫にとっては花こそ食欲の対象だ。花蜜がある、花粉も蜂蜜になる。花と蜂と昆虫が共存する。昆虫を食べる鳥も来る。花の香りをめぐって生命の饗宴が行われる。
Crabapple の木は大きいのだが一つ一つの花は小さい。実がなるリンゴも多くの小さい花をつける。桜科の木には小さいがたくさんの花が咲く。
大きな花の種類もある。もくれんは椿より大きな花をつけ大舞台で見栄えがする。うちの白い木蓮は泰山木のような大きな花をつけた。花の数は少ない。芍薬もたくさんあるが花が大きく茎で支えきれない。数が問題になるのは、いくら甘い蜜を産しても少ない花では多くの小動物を養えられないからだ。小さな花をたくさん咲かせるのが花木としては一番生産力がある。
コンフリーは丈夫な植物で繁殖力が強い。緑色の葉の間から小さな花がたくさん顔を覗かせる。しかも花が咲くシーズンが長い。蜂類がしょっちゅう訪れるしハチドリも来る。小さな花の効用に気がついて、雑草として刈り取るのはやめた。タンポポや紫の花など、小さく数の多い花々も刈り取らなくなった。
桜は実をつけない、花は小さくお城の堀などに散ったら数が多いから腐って掃除が大変だ。なんで日本を代表する花なんだろうと疑問に思ったこともあった。綺麗なだけじゃ腹膨れないし、甘い匂いになんのご利益があるのか。見るだけなら藤、蘭、アサガオなど大輪の花を賞でる人がいるのも頷ける。
邇邇芸命がもたらしたものは主に食べられるもの、団子であった。食欲を満たすもの、命をつなぐものの大切さは誰にも分かる。貧富、強弱、性別を問わない直接かつ普遍的真理と言える。
地上で迎えた木花佐久夜毘売は自然の美と生命の力の両者を増進する方だった。すぐ強奪できるような底の浅い美や生命力ではない。自然の機微を理解するには深い智慧が要る。日本人は太古の昔から、小さな花を無数につける桜が、見た目も美しいが生産力抜群だと知っていた。どこに行っても桜が生えているのは日本だけだ。日本は木花佐久夜毘売の国だと改めて思いを致す。

 

 

大八洲と八紘一宇

古事記では日本は島国であると言われている。最初に伊弉諾伊邪那美命がお造りになった島が淡路島で、その後から七つの島が加わった。全部を合わせて大八洲と美称される。日本国の創生は宇宙や大陸ではなく島から始まった。
長じて、島から始まる物語って他にあるのかなと考えた。旧約聖書の創世記は有名だが、ノアの箱舟は高い山の上に作られた。海の働きを知らない者の想像の産物なのは明らかだ。ギリシャ神話では海を渡って祖国に帰るシーンがあるが、祖国は大陸である。
古事記は大和の国は島国ですよと言っている。この規定の背景には天智天皇が白村江の戦いの後、日本勢が朝鮮半島から撤退した事実がある。任那や百済など、日本から出かけて行って活動したけれどもどうもうまくいかない。それは半島とはいえ朝鮮は大陸の一部だったからだ。天武天皇は、島国でこそ大和の民は幸福に能力を十分に発揮できると結論された。大八洲に帰れ。
古事記の編纂を命じられた天武天皇は伊勢神宮の式年遷宮も定められ、どのように大和文明を伸長発展させるかに心を砕かれた。伊勢内宮の建物は誰がデザインしたのだろうか。シナ風の寺院とは明らかに違う大和精神の表明だ。今も日本人参拝客を飽きさせない美しさがある。
天武天皇の祖先は神武天皇だが、東征したあと奈良は橿原で初代天皇として即位された。そのとき’八紘を掩うて宇と為す’を即位の理念とされたと伝えられる。
八紘といえば’八紘一宇’の語が人口に膾炙している。岩波書店の広辞苑によれば、八紘は四方と四隅、天が下とあり、一宇は一つの家である。八紘一宇は田中智学が明治36年に世界統一の原理として提唱した。天皇あるいは日本が一で、天が下つまり世界に君臨するという位置付けになる。これはイメージしやすい。
白川静の字統には、紘の原義は冠の紐、広い、天下を覆うことを紘覆といい、八方を八紘という。神武紀に’八紘を掩うて宇と為さん’とある。
諸橋轍次の漢和辞典には、紘の意味は、広い、冠紐の他に、なわばり、境界、はて「八紘」とある。冠そのものが他の冠や無冠との違いを表す、つまり境界を表すし、紐は境界線上に結ばれる。
神武紀の八紘為宇の八は大八洲の八であろうか天下の八であろうか。唐風外国文化に傾斜する大津皇子との路線対立に死闘を演じた末、国風文化の育成に情熱を注がれたのが天武天皇。その天皇が古事記の中で神武天皇に語らせられた言葉は’大八洲の境界内を宇と為す’ がふさわしい。その路線は平安王朝文化に至り、そのあとも明治維新前の大和の国の理念であり続けた。
田中智学は押し寄せる欧米文明に対抗するために八紘一宇を探し出した。欧米の普遍思想に対して日本にも世界統一の思想がありますよと。広辞苑は大東亜戦争を正当化したとも述べる。サヨク唯物思想は物事を単純化し思考の許容性、柔軟性が狭い。頭が良くならない恐れがある。
八紘一宇と八紘為宇では、八紘の意味は前者は世界全体、後者は島国の大八洲であるといえよう。同じ漢字なのに意味内容が異なる。日本語の繊細さを見失わないようにしたい。

天皇は天照大神の臣

’王座のゲーム’ というテレビドラマがイギリスで放映されている。大国、小国、砂漠の国、極寒の地、海洋国から宗教専制など七つの国が攻防する。イギリス人はイデオロギーでなくリアルな人間性から発想するので臨場感がある。
1455年 から1485年の薔薇戦争にヒントを得たドラマで、王侯貴族が絡みあって登場人物が多い。1シーズンで 10話、 5シーズンのうち半分を見たが、主役と準主役合わせて100人ほどか。金をかけているのは一目瞭然で、イギリスの知力が伝わってくる。
20話、30話とみていくと、女王、王女を中心としたドラマの組み合わせになっているのがわかってきた。貴女が居なくなる国は動乱の末滅亡する。孤児になった王女でも、生き延びれば次の展開で覇権を握ることができる。
初めはテレビ映りが良い女優重視の物語かと思った。しかし制作する側に立ってみれば、百人百様の心理と人間関係を構築するには深い人間性の理解を求められる。ドラマはフィクションだが、現実世界の真実を抜きにしては視聴者を納得させられない。
この重厚な物語は、人間社会が安定的に維持されるには女性を守ることが本質だと教えてくれる。歴史を振り返ってもビクトリア朝やエリザベス朝は国が繁栄する時代だった。エドワード朝やリチャード朝もあったけれど権力闘争で殴り合っただけの印象だ。第二次大戦後もエリザベス女王だから保っている。
マハーバーラタという古代インドの叙事誌では壮大な最終戦争が演じられる。五人のパンダヴァ派が100人のカウラヴァ派に打ち勝つから男の戦闘物語ではある。しかし勝者である新王のそばには王妃が座っていなければ絵にならない。王妃を守り通したから王になれた。王妃をめぐるトラブルを解決したから周囲から実力を認められた。数千年前から語り継がれてきた物語でも、表に立つ王様より王妃の存在の方が影響力が強く本質的であるようだ。
なぜ天照大神が女神で天皇が男系男子なのかは日本人にも理解し難いところがある。イギリスやインドの物語を参照すると、天皇はもともと女王、王女を守る中心的役割を果たしたのではないかと思われる。それが社会を安定的に維持する最良の方法だった。時代が下がって古事記では王妃が天照大神となった。だから天皇が天照大神を守護尊崇敬礼する役目は当たり前の義務であり必要条件だ。
天皇家は日本一の名家であり、大和王朝は二千年以上続いているのは事実だし誇りでもある。しかし王朝と一括りにすると、ルイ王朝のような絶対王朝と同じになる。そこでは王様が最高位に座る。一番偉いから何でもできる。王様本人も一番偉いと思って言説行動する。わがままな施策が続けば迷惑困窮するものが出てもおかしくない。
天皇ご自身にとって御祖先、最終的には天照大神が尊崇対象であるということは、皇祖皇宗の意思を継ぐことがその存在意味になる。一番偉いのは自分ではなくつねに天照大神である。庶民は伊勢神宮や橿原神宮に参拝して当然のごとく頭を垂れる、天皇皇后はより深くもっと真剣に祈りを捧げ尊崇されていると信じて。
天皇とて生身の人間である。障害を持ったり病気になったり悪思想に染まったりする可能性はある。洗脳もあるし表側からは見えない利害関係もできるかも。現行法では摂政が補佐するとなっているが、それでも間に合わないほどひどいことが起こる可能性はある。
そんな時、絶対王朝と考えていては身動きできなくなる。何事も天皇の命令だから従うとか、老人の愚痴を玉音だとか持ち上げて大騒動することになる。この世に聖人はいない。天皇も完全ではない。天皇の思想や肉声も玉音とは限らない。天照大神の意思から逸脱するなら玉音ではない。
絶対王朝は安定した強固な体制である。しかし標的にされると唯一であるだけに脆い。一番偉いトップの王様が倒れるとおしまいだ。大和王朝は表面的には絶対王朝の体裁をとりながら、中身は天皇がもっと偉い天照大神に仕える、重層的な構造を持っている。一番偉いと天皇や皇后が思ったら、それは勘違いだ。
イギリス人は中世を舞台にして国や社会の安定を模索している。インド人は何千年もの昔に理想の社会構造は王妃が立てられる王国だと結論した。日本は二千年前には女神の神性を守護する天皇の存在を明確に意識した。二万年の蓄積がある縄文文明の賜物であろう。