拈自己抄を読んで

令和二年二月二十八日

「拈自己抄」月初めに届きました。畢生の御遺言ですね。重厚な文体で一般の人には難解ではないかと感じながら読了しました。執念の気迫が伝わってきます。晩年に至ってなお日本語の創造に精出すことができるのは老師の才能の賜物でしょうか、それとも大和言葉の力によるものでしょうか。
お手紙の中で脳梗塞とありビックリしました。辞書には脳内へ通う血流が細くなって起こる症状とあるのでその通りですが、漢字からは半身不随を連想させます。私のは軽い痺れで後遺症はなし、ピンピンしています。幸運でした。
とはいえ不具合は増えている。生活に支障はないですが、体力も脳力も漸減する実感がある。遺言を残す時期だなと考え始め、「雪国の正法眼蔵」のタイトルで日曜日の提唱シリーズを始めました。十二月一日に向けて準備していると、十一月二十五日に座骨神経痛が発症、希望と絶望が同時にやって来ました。
座ると痛いので接心できず、主治医も診断できない。オロオロするうち甲野善紀氏の動画に助けられました。紐の効用を説くついで「ゴムは捨てなさい」の一言で神経痛の原因がわかった。歩行用に膝まで届く厚い靴下を履いていたのが、かえって足を締め付け神経鞘を圧迫したのでした。治療法を整体師から教わって、もう大丈夫です。今回ほど坐禅が愛おしかったことはありません。

この冬は第一巻の現成公案を読んでいます。始めに諸法、仏法とあるので法の説明をしなければならない。法には三つの意味があって仏の教説、真理としての因縁の法則、そして因縁の理によってできている万物。
一人一人が因縁所成の結果だから法は自己である。仏法とは仏の教え、仏の示された真理、そして仏の自己である。現成公案には自己なる用語がたくさん出て来ますと始めました。
薪と灰の箇所はみんな興味がある。しかし時間論が書いてあると思い込んでいるので先入見の不備を指摘しなければならない。禅だけでなくヨガでも社会通念でも無常は刻々に変化するとばかり思っている。目の前の薪を取り上げて、燃やさなければ十年でも百年でも薪ですよ、何が刻々の変化ですかと聞く羽目になる。
この段は、薪と灰、生と死、不生と不滅、春と夏と、二項目の矛盾概念が対になっている。よく読むと、前後裁断とのちありさきありも対になっている。これらを無常の一語で解釈しようとすると、薪が百年存続すること、つまりひとが百歳生き続ける事実が説明できない。
宇井伯寿博士の仏教辞典に「無常:世間一切の法が生滅遷流して刹那も住するなきをいふ。之を刹那に於て見るを刹那無常といひ、之を一期相続の上に見るを相続無常と名く。」とある。無常は二種類ある。後者は相続無常だけれど、用語自体が自己矛盾しているしおぼえにくいので一期無常とします。
一期は薪に作られてから燃えるまで、春は立春から立夏まで、夏は秋まで、人は生まれてから死ぬまでの一生です。葬式の時参会者が思い出を語るとき、山田さんは恵まれない育ちながら努力して家族を養い、世のため人のために尽くされたなどと語られる。この人の肉体は刻々に生き死にしてある瞬間ではなどとは言わない。山田太郎という名前が付いた人が生存する間が一期です。
無常は二種類あり、刹那無常はのちありさきありで刻々の変化、人の一生は一期無常で前後裁断せりが適用される。怪我をして痛い時、痛が去るまでは痛の一期です。ひとは健康な一期無常を全うしたい。あらゆるものの因縁所成から因縁離散までを一期無常で理解できる。ところが仏教界は一期無常を忘れてしまった。
「薪は薪の法位に住して」とある「住」は常住で無常の反対語です。薪の一生は一期で、燃える時が無常で薪の死になる。「法位」は物の位で、位が異なるから物ごとの差異が表現される。差異があるから別が見える。人々(法)の間にひとりひとりが具体的に区別される。
法位と一期無常は因果応報の主体であり、自己責任の担い手であり、誇り、正義、人生観、社会観、国家観のもとになる。ひとは一期だけ生まれ善行し、そして死ぬ。例外はない。一期一生をいかに生きるかは個々人の責任で、それぞれが人生設計し満足できる生活を送るよう努力すると決定するしかない。能力ある人は社会のため、国家に貢献するがよい。国家の位はまた国民一人ひとりを守り育てる。
一切諸行が無常消滅しては主体も責任のありかもない。刹那無常だと刻々に無常するから人生設計できない。何を計画しても次の瞬間に無に帰する。国家防衛どころか家族防衛の理由もない。学問、鍛錬、努力、人格、善悪など、この世に意味あるものはひとつもない。マッカーサー狙い通りの無気力と混乱の世になる。もちろん責任はない。朝日新聞が捏造報道をうやむやにできるのも安倍が詭弁を弄するのも、仏教者が一期無常を教えなかった結果ではないか。
ゾロアスター教の善悪二元論に触発されてユダヤ教なる一神教ができたとする説を思い出す。物事は二、三、四と要素が増えるほど思考が難しくなる。一は考えやすい。二箇の無常から一つの無常しか考えられなくなった仏教界、刹那無常だけの中で自己を探し求められたのが内山老師の功績だったのではないかという気がします。

「ポツンと一軒家」というテレビ番組が動画に挙げられている。心温まる物語が多い。ある回で里山文化を講釈する人が登場した。人が手を加えないのが自然だと現代人は思っているが、江戸時代に完成した里山文化は自然に働きかけて双方の可能性を引き出し共生する場を作った。林の下草刈りでも花や果実を残す。花の杉林が現出する。
番組に登場する一軒家と人々は縄文人の生活を思い出させる。発掘された縄文時代の遺跡を復元すると集落の周りに栗や漆が植わっていた。令和の世に自然と共生しながら稲麦、野菜、果物を植え、猪や鹿を狩る。2万年の歳月が繋がる。日本文明は里山縄文文明と名づけられるにふさわしい。日本とは何か、日本人とは誰か、自己とは誰かと追求する時、里山縄文文明人に突き当たる。
明治維新どころかイエズス軍団の宣教師派遣から外来思想の侵略は止むことがない。マッカーサーの占領政策以来特に社会的混乱がひどいのは、外国思想ばかりが語られて、自己と国家と民族と、そしてわれわれの文明についての理解が寸断されてきたからだ。分断統治とはよく言ったもので、空間、民族だけでなく、時間が切断されると日本人としての自覚も薄くなる。
学校では古代、近世、現代のような歴史区分を教えられる。よく考えてみると区分法はおかしい。千年後に二十世紀は現代と呼ばれない。現代を表す用語を我々は持っていない。レーニンがロマノフ王族を虐殺したのは封建的な王政は悪であるという信仰に近い観念があったからだ。学校で習う時代区分法は破壊思想によって作られた。
勝者も敗者もない豊かな縄文文明の実態は科学的な発掘調査によって日々明らかにされている。縄文文明は食料を生産加工し、品種改良を怠らない創造文明だった。桜や梅が山を覆う景色が他国にあろうか。今も人知れず苗木を植えるひとは途切れない。
里山文化は縄文時代の記憶がないまま完成された。縄文文明の理念は江戸時代の民衆に継承内在していたに違いない。神社仏閣の前で合掌し敬礼する心持ちは略奪侵略文明の態度とは異なる。日本人は他人と会っても後々まで付き纏わない。略奪文明人は接待した後いかに付け入るか計算しているように見える。
生命の創造と継承を本とする里山縄文文明に則れば、稲作農業だけではない食糧生産や、石油だけではないエネルギー確保も可能だろう。江戸時代は米経済だったことを考えれば、経済学者が前提としているユダヤ金融資本主義やドル基軸通貨以外の経済運営方法が見出されるかもしれない。森も山も湖も社会も国家も里山縄文文明の活躍を待っている。

禅宗は神仏習合説がまとめた神仏融和の後で入ってきた外来宗教だ。侵略破壊思想でないと言い切れるだろうか。道元禅師だけでなく義介禅師をはじめ多くの宗呂が大陸へ渡り、漢訳経典と支那思想が盛んに研究された。
正法眼蔵坐禅儀では坐禅の仕方がコンパクトにまとめられている。イデオロギー満載である普勧坐禅儀に比べて大言壮語はなく、果報も書いてない。最後文に謳われる不染汚の修證を誰が欲しがるだろうか。胸に手を当てて考えてみれば、不染汚こそ日本文明の真髄であろう。
正法眼蔵坐禅儀の坐禅は黄梅山の五祖の営みと同じとある。五祖は大満弘仁禅師で支那禅を確立した六祖の師である。つまり道元禅師は、支那禅確立以前の、釈尊直伝の坐禅を勧められた。里山縄文文明に護持されている日本人に外国発のイデオロギーは必要ない。ここに日本独自の禅が宣明された。だから曹洞宗は存続した。道元禅師は外来文化と縄文文明の理念の違いを自覚されていた。傘松道詠は漢文では詠めない。

どこで見たか忘れたが、安倍晋三は尊敬する政治家としてチャーチルをあげていた。戦争が好きで前線に出かけて捕虜になり、海軍大臣になって拙劣な作戦で失敗し、日本を第二次大戦に引き摺り込んだ結果すべての植民地を失った者の何を尊敬するというのか不可解だった。
第二次安倍政権になってから、日本を取り戻す、瑞穂の国の資本主義、憲法改正などの言葉に高揚感を覚えた。アメリカファーストのトランプ大統領出現で、晋三はトランプの先駆けだったのかと思った。日本ファーストが語られる時代がきたと思った。
ところが憲法は改正しようとしない。石油と防衛力の外国依存は強まるばかり。重要な企業を外国資本に買収させる。移民法やアイヌ新法など不要な政策ばかりに全力をあげる。外国に良い顔するばかりで筋を通した政策はない、何かがおかしい。
チャーチルはユダヤ人のロスチャイルド家と親しく、ノルマンジー上陸作戦はロスチャイルドの屋敷で練られたという。映画のシーンを思い出す。政治家なら、大英帝国を崩壊させた後でも首相に返り咲いた秘策に関心があるだろう。安倍のチャーチル好きはユダヤ勢力に取り入れば失脚しないだろうとの目論みからではないか。
第二次安倍内閣になって世直し国興しのため立ち上がった方々を何人か知っている。どんなに攻撃されても三割の支持率が揺らがなかったのは、彼らの堅い志操が支えていたからだ。今、かつてのコアな支持者ほど、裏切りに失望し怒りに震えている。代わりはいないのか!この国難の時に高市早苗氏、上川陽子氏らの名前が上がり始めている。女性宰相でなければならない理由はあるかも。
里山縄文文明の理念は国民の間に根付いている。若人が YouTube などで女系天皇否認、女性宮家創設反対を叫んでいるのがその証拠だ。彼らや彼女たちは、外国勢力に操られているかのような政治家や偽りの思想を肌で感じわける。
実道永晋 九拝

存続と存在(1)

存続と存在 (1)     08/04/2011

2007年の四月にアルミの梯子を五百メートル担いで両肩を痛めた。その時「いかに長くダンスを続けるか」という本を読んだ。アメリカ文化の中心はダンスだと知ったのはいつの頃か忘れたが、どんな田舎でもダンス教室がある。ミュージカルはダンスと唄が基本だし、テレビのダンス番組は人気が出る。よく見ると男女の別なく、テレビ出演者の身ごなしでダンスをしてきたなと感ずる人が多い。
舞踏会の映画を見るとリズムに乗って楽しく踊っている。ワルツをはじめとするグループダンスははじめ異様に見えたが、映画とは何か、人や文化とは何かと理解が深まるにつれ受け入れられるようになった。
しかしどの世界でもプロ級となると身体を極限まで酷使する。ダンスの練習で怪我する人がでる、体調を崩すと生活に支障をきたす。アドバイスの需要が出てくる、それもかなり高度な知識が必要となる。アメリカにおけるダンスの地位は高い。
その本に、ほとんどの筋肉の痛みは筋肉を包んでいる保護膜の損傷から来るとあった。保護膜が自然治癒するには六、八週間かかる。それで医者に行かずただ怠けていたら、七週間ほどで痛みは消えた。有用な知識が手軽に得られるのはありがたい。

2009年の九月に左肩を痛めた。前回と同じ症状だと思って静養した。十一月になると痛みがかなり引いたので落ち葉掻きをした。するととたんに激痛に変わった。五十肩と診断され五ヶ月間の激痛に苛まれることになった。苦痛の中心は左の肩甲骨で、そこから左腕、指先まで、車のドアが開けられないほど痛く、痺れた。ときどき血の流れが間欠的になった。
痛みを取る方法はいろいろ聞いた。鎮痛剤を飲む。薬物を注入する。それらは多種類あって、中学生や高校生も使用する。アメリカンフットボールやバスケットボールの選手たちは小学生の頃から練習する。怪我する者は数えきれないからさまざまな治療法が考え出される。マッサージ、指圧、整体法 (Physical Therapy) も発達した。
薬物注入は即効性はあるだろうが副作用も考えられる、根本的な治療ではない。結果から見直すと時間が最良の治癒法だったのだが、指圧と整体法に頼ることになった。指圧師に全身を揉まれると楽になることが多かった。整体法は魔法のように効くことがあるが、別稿で述べる。
指圧に毎週通ううちにツボの場所や圧力の掛け方に慣れた。自分でやっていいと了解を得てから、手が届くツボに触れるようにした。改めて腕や手足が暖かく柔らかいことに気がついた。知らず識らずのうちに言葉の使用だけに慣れてしまい、腕や掌が生きていることを忘れていた。
生きている体は暖かく柔らかい。言葉は体温がなく硬い。言葉の戦い、思想戦争、情報謀略戦争などが繰り広げられる根本は、言葉は無重で体温を持たず硬直しているからだ。宗教戦争が熾烈なのも、宗教が冷たい言葉で表現されているからだと言える。硬直した言葉を応酬するのは刀剣を振り回すのと似ている。言葉は剣であるとか道具であるとかいうアメリカ人は少なくない。言葉に指令された通りに人が動くと軋轢が生じ、破壊を伴う争闘が予想される。というより現実のように思える。 (参考までに、身体に聞くという表現がある。)

初歩的な指圧の要領は、筋肉の痛い箇所を 20 秒圧して放す。左腕の痛点を押すことから始めた。腕は骨、血管、神経、筋肉などが独自性を保ちながら絡み合ってできていることを実感した。骨も指圧すると楽になる。すると別のところが痛くなる。そこを圧して、また次へ行くを繰り返した。
そのうち指圧しているのは本当に骨だろうかと疑問になった。骨はカルシウムの塊だ。だから石のようにとはいかないまでも硬いはずだ。ところが圧すとわずかだが粘土が凹むように変形する。ということは、薄い皮肉に触っているわけだ。骨も皮膜に包まれている。皮膜だから圧力に反応し、リンパ液の巡りが良くなると楽になる。
骨や筋肉が皮膜で保護されているならば、血管や神経も皮膜で包まれているだろう。生体のあらゆる器官は重層的な保護膜で覆われていると考えてよい。われわれが触れたり圧したりできるのは血管や神経そのものではなく保護膜だ。保護膜は外側だから損傷しやすい。毀損するとキリキリ痛む。痛みは保護膜が修復されるまで続く。
普通に食事し運動し働くならば、人の身体は細菌による病気になったり痛に負けたりしない強靭性と柔軟性を持っている。主に筋肉が発する体温と体細胞の隅々まで湿気をもたらすリンパ液の役割も見逃してはならない。皮膚は肉体の最外側で身体を保護する。消化器官は皮膚を反転したものだから、人は内と外から保護膜に包まれている。生存の現実は保護膜に守られているから可能だ。
普通、ひとは皮膚の三分の一が火傷すると生きていけないそうだ。皮膚には呼吸や発汗作用だけでなく、まだ解明できていない身体を保護する精妙な役目があるのだろう。火傷の危地を脱したとしても、鎮痛剤がなければ死よりも辛い激痛が襲う。痛は保護機能の重要性を識らせる。

皮肉骨髄は誰もが知っている。達磨大師が四人の弟子に対してそれぞれ皮と肉と骨と髄を得たと証明された。二祖慧可大師は髄を得られた。話を聞きながら、髄は骨よりも身体の中心に近い、外側の卑近な皮より重要だと理解した。それは同時に慧可大師の悟りや見解の方が他の弟子たちより優れていたことを意味する。
学生時代通っていた寺の和尚さんは、悟りに敬重はないみんな平等な仏法を得られたのだと強調された。すると当方としては、強調する必要があるほど皮と髄との重要さには歴然たる差があると思った。
今考えると、髄は身体の中心にあるとはいえ骨肉皮がなければ存在できない。だからそれぞれの重要性など比較できない。田舎寺院の和尚さんの方が正しかった。さらに反省してみると、卑近なものよりも手が届かないもの、目に見えるものよりも見えないもの、端にあるものより中心にあるものの方が偉大で重要で肝心であると何故考えたのか、その理由の方が問題だ。ざっといえば考え方に癖があっただけということではないか。
保護ということになれば皮膚だけではない。空気も水も光も快適な温度も保護者ならざるものはない。沙漠で日干しになることを考えれば、森林も温泉も保護者だ。帰って寝る家に保護され、家族同士が助け合う。村や町での人々も協力しあい保護し合う。
国は長く大きな見通しを持って国民を保護する。

衝撃と吸収(4)

 

 

衝撃と吸収(4)          09/01/2008

それは健康のための本だったから、自然の間接光をたくさん摂取するようにと指導されていた。あらためて気づいたのだが、曹洞宗の僧侶には長生きする人が多い。鎌倉時代に道元禅師の後継者となられた方々は80歳、90歳の長寿を全うされた。いまも老僧と呼ばれる人は少なくない。釈尊も2500年前のインドで80歳の寿命を生きられた。仏道修行、面壁打坐は寿命を延ばす効果があるようだ。眼の生理を合わせ考えると蓋然性は高い。
僧堂では面壁して間接光をふんだんに吸収するので体中の栄養がムダなくエネルギーに励起される。その活動が蓄積されて長寿という結果につながるのではないか。壁が修行者の、僧侶の生命力を強健にしたのではないか。
ただし直接光を避ける目的でサングラスをかけるのはまた弊害があるそうである。それは必要な自然光を遮ってしまうからだという。全身の無数無量の微量要素が活性化するには豊富な光エネルギーを要する。光の量が少なくなると体内を十分に活性できない。雨や曇りの日々が続くと元気を失ったり陰気になったりするのも同じ理由による。昼寝て夜働く生活が不自然なのも当り前だと分かる。偉大な自然光の恩恵に浴さないからだ。
深編笠を発明したのは誰だろうか。普及したのは日本だけのようだ。炎天下で間接光を摂取するのには理想的である。雲水も編笠をかぶって歩く。若い女性が夏の日に日傘をさして野原を散歩するのは健康の面からも美容の面からも素敵な生活様式だ。田植えの季節には大勢が集まって仕事していたが、全員が幅広の帽子を被り、手ぬぐいで顔を覆っていた。最適のスタイルが確立されていた。日本人はお互いに伝統的な知恵を学習し合いながら長寿社会を実現してきた。
逆に引きこもりとて部屋の中に閉じこもっているのは自殺に等しい。苦を逃れて楽を求めているつもりが、じつは緩やかに自らの命を殺している。生きている限りはどんなことをしても燦々と輝く日の下に出て行くしかない。それがじつは救いだ。しかも簡単なことだ。マラソンはどうか。直接光が過ぎて寿命を縮めるかもしれない。
朝、ほとんどの人は寝ぼけ眼で起きる。子供も初めから元気はつらつではない。のろのろと歯を磨いたり顔を洗ってトイレに行ったりする。急いで朝食をとって身だしなみを整える。その間に動作が機敏になりだんだん眼が輝いてくる。会社や学校に向かって駆け出すまでが四十分だろう。それはすべての血が眼底を通る時間だ。
学校や職場を意識するからシャキッとすると思っていたけれど、じつは十分な光を吸収するから背筋がピンと伸びるという方が当たっている。寝ぼけているのは光エネルギーを十分に受け取っていない間だ。血液内の成分が十分に働き始めるまでには時間がかかる。その間に朝食をとる儀式がある。朝食は粗食軽食が良い。目を開いていることが根本だから、腹具合によっては大食してもよし、コーヒーだけでも良い。相撲取りは朝食をとらないで稽古する。朝食の力より光の力の方が強いということだろうか。
澤木老師は宇宙とぶっ続きの坐禅と言われた。内山老師は天地いっぱいの自己と言われた。論理的にも感情的にも倫理的にもその通りだ。限定された肉体を持つ個人がどうして無限とぶっ続きになれるのか?小さな自己がいかにして天地いっぱいと言えるのか?もうひとつピンとこなかったというのが正直な感想だ。
宇宙にみなぎっている光の衝撃を眼を通して受け取ることで身体が活性化するとすれば、宇宙と自己とは分け隔てがない。光エネルギーの正しい受容の仕方は道元禅師が示された。生理的、生物学的に見ても面壁坐禅は自己の修行であり、同時に生命の修行だ。修行はまた生命増長でも安楽増進でもある。
この項終わり

衝撃と吸収(3)

衝撃と吸収(3)            09/01/2008

坐禅儀には目はすべからく開くべしとある。実際に坐ってみると目の周りの筋肉は、身体がじっとしている時でも動かすことができる。目は心と肉体の微細な動きが最も現れやすい器官ということができる。衝撃の吸収説が正しいとすると、目は光の衝撃を吸収しているはずだ。目はただ開くことによって外界の明るさや色彩という徳を吸収する。光を吸収するのが目の第一の機能だ。眼を閉じ続けると楽なようだがすぐ辛くなる。光に接する機会を奪われると目の機能はたちまち減衰する。
光の衝撃を吸収するというのは、脳に一番近い神経が外光と交流することだ。静慮にふさわしい静かな交流である。血が流れ呼吸している限り身体の完全な静止はあり得ない。肉体に不動停止はない。生きている限り身体は激動と静穏のあいだにある。坐禅は限りなく静穏に近い。それでも外界の光と交感している。
意識の力を用いず、筋肉に力を入れないで光を吸収する。一番効率がいいのはどこにも力を入れないで瞼を開いていること。光は勝手にやってくる。この時自己は全世界と繋がっている。外と内との戦いはなく平静、安楽である。坐禅の自己は孤立してはいなかった。
ここで肩を壊して床に付すこと二ヶ月、積読本を片付けることにした。その中に興味深い文章があった。要約する、ノーベル賞受賞者の研究とあったので信用できるだろう。目の水晶体は皮膚や毛髪と同じようにいつまでも成長し続けるそうである。大事な器官だから毛細血管が張り巡らされているのは知っていたが、レンズだから変化しないとばかり思っていた。肉体はどの部分も生長変化し続けるものらしい。
水晶体の場合は、毛や皮膚が外側に向かって生長するのとは反対に、内側に、中心に向かって生長する。だから水晶体であるレンズは外側が一番若い。誰でも目が綺麗なのは、磨く必要もない生まれたてを見ているからだ。中心部の古い細胞は死に、血やリンパ液によって運び出される。全身の血液は40分で目に張り巡らされた毛細血管を通る。
目の機能については、紫外線はやはり有害だそうである。そして直接光も良くない。目が柔らかい自然の間接光を受けると酵素やホルモンやビタミンやミネラルが活性化される。毛細血管を通る血液の中の微量成分が刺激されて全身に流れていく。これらはたんぱく質や脂肪などのような身体の土台となる栄養ではないが、各栄養素を美味に料理するときになくてはならない調味料である。美味でないと肩こりや、関節炎や、糖尿病などいろいろな病気になる。われわれの身体は精妙に作られている。
光の微量要素を活性化する力は500%効率が良いとあった。何に比べているか失念したが、この場合、目を閉じたとき、つまり無光に対してということだろう。確かに暗闇の中でも直ちに死ぬことはない。しかし健康を保つことは難しい。何ヶ月耐えられるだろうか。
健康を維持するにはいろいろな方法が考えられる。栄養を摂る、果物を食べる、マッサージ、鍼灸、投薬、運動などなど。その中でも、光が一番効くらしい。というより日光は生あるものの外してはならない土台であろう。そして林の木漏れ日のような間接光が一番良いという。生命は快適、快美の中で最高に顕在潜在を問わず能力を発現する。
というわけで面壁の意味がやっとわかった。われわれは壁に向かって坐るわけだが、なぜ対座はいけないのかと問われて明確に答えられなかった。面壁の方が自己に出会いやすいからだと説明した。壁は目の前にあって動かないから坐っているこちらも安定する。壁を背にして坐ると目の前には広々とした世界が広がる。虫や風にそよぐ葉も見える。どこまでも際限がない。自己に出会うのは難しい。だがそれは好き嫌いの問題ではないかと言われても仕方ない。
眼が柔らかい間接光を受容して全身が活性化するということに着目すると、壁に反射した光が眼に入ってくる。面壁坐禅は身体活性化が保証される方法だということができる。仏道修行は苦行ではないとは真っ当な真理だった。苦行どころか元気はつらつになるのが修行だった。じつに面壁坐禅は安楽な修行だ。眼を常に開くのは光のエネルギーを受け取る扉を開いておくということだ。エネルギー摂取に一番効率良いスタイルが面壁だった。対座では縁側で座るとか公園で座ってみようとかいうことになりやすい、ベストの方法が何かはっきりしない。
内山老師が面壁を当然視して強調されるのには時々閉口したものだった。新参者が来ても面壁しないと怒られた。また釈尊は大きな菩提樹に向かって坐られたと説明された、見てきたように。そこまで面壁を盲信する必要はないのではないかと思った。
眼の生理を知った現在から見直せば、内山老師だけが絶対に正しかった。だから必死になって指導された。ありがたいことである。普通、人は樹下で座ると聞くと木を背にして座ると思う。それはインドの修行者たちも同じだったに違いない。ひょっとしたら釈尊だけが大樹に向かって坐る方法を発見されたのかもしれない。そして大きな利益を享受する自覚を持たれたのではないか。

   身心脱力

 

身心脱力        07/28/2007

身体の動きを知りたいと思い、ヒントを求めて手当たり次第に本を読んだ時期があった。スポーツ選手のための本や週刊誌があることを知った。走る、投げる、泳ぐなどが多くの角度から説明されていた。スポーツも進歩向上するためには学理的な理解が必要だ。江戸時代には数百万の武士が剣術を修めた。その結果妙技妙術が開発され諸流派が生まれた。同じことが今日スポーツや太鼓演奏で行われている。
それまでは、身体は骨と筋肉でできているとしか知らなかった。以下のような説明さえ新鮮だった。筋肉は二つの骨を連結している。(言われてみればその通りなのだが、筋肉が骨にくっ付いているという知識もなかった。)鎖骨は腕の一部で、同時に筋肉によって顎と結ばれている。(どこまで複雑なんだろう。)走りは左右の重心の切り替えで行われる。(ジャンプするから走れるのじゃなかった?)泳ぎは腕で水を掻くよりも胸で水を押す。(見方が異なるだけではないのかな。)
ほんとかなと疑われる記述もあった。合理的な立ち方は両足がやや外側に向き、足の外側で土を踏む感じ。(足は親指、手は小指に力を入れろと教わった。)内股歩行や 直立不動の姿勢は良くない、腕は自然に叉手の位置に収まるなど。(着物を着て歩くときは内股になるはずだが。叉手?)股割りも一例で、下腹部に腹圧を思い切りかけて下腹を床に押し付けるようにすべきとあった。(あとで腹圧は関係ないとわかった。ハラなる言葉に引き摺られた説明みたいだ。)
腰を中心にして身体が曲がる理由は、二つの大腿骨の上部が大転子となって左右の腸骨のくぼみに組み込まれているからだ。そこがボールベアリングの役目をする。上体を曲げるとき初心者に難しく感じられるのは、腰は多くの骨と筋肉と靭帯が絡み合い、引っ張り合い、牽制しあっているからだ。だから腰を曲げる時は筋肉の緊張を緩めるようにする。緩めるにはどうすればよいか。腹圧をかけて押すのではなく、息を吐き出して力を除く方が理にかなっている。
腰の中心点は二つの大転子を結ぶ線の中央に近いだろう。大転子どうしは直線で結ばれているわけではないから、中心があるかどうか、あっても円の中心や線分の真ん中のようなあり方ではないかもしれない。また中心点に注目しすぎるのも間違いかもしれない。というのは、物に触れるのは皮膚であり、皮膚の感覚がまずあって諸々の意識が沸き起こるからだ。
二十代だったが、ある禅僧の太鼓腹の写真を見たことがあった。それで坐禅を懸命にすれば腹が膨れるのかと思った。何もしないで座っているときに能動的に動かせるものは呼吸だ。呼吸すると腹圧が増減する。圧力を変動することで何かをしていると感じる。実感が生じる。’実’は存在するものだから、腹が実在することになり、太鼓腹にまで発展する。武術の動きもハラが大きな役割を演じる。ハラと腹とは深いところで繋がっている。剣禅一如とも言うし。
前屈するとか舞踊で腰を回すときに中心になる点がハラである。胸を回してくださいと言われたら戸惑う、なぜなら人は胸に中心があるとは考えたことがないので回転運動ができない。腰がぐるぐる動くのはハラという中心があるからだ。腰を動かすと熱が発生する。その熱はさらに運動を促し快感をもたらす。肉体的にも心理的にも運動を続けさせようとする。ハラの効用に気づいて深く研究したのが武術だ。研究すればするほどハラの重要性ははっきりするだろう。
しかし武術家が発見したハラは太鼓腹なのだろうか。ハラの位置は肥満痩身で変化するのだろうか。われわれは息を吸ったり吐いたりするときに動く腹に注目しすぎてきたのではないか。
身体のバランスの中心であり同時に活力の源でもあるハラは、腹または腹の表面ではない。ハラが腹の表面でないなら、腰椎から距離を測る発想も起こる。腰椎は腹圧で変動しないからだ。ハラが腹の内部に存在するなら太鼓腹になる必然性はなくなる。犬や猫の腹もぺしゃんこである。哺乳類の中で人類だけ太鼓腹が修行の結果得られるというのは不自然というしかない。
呼吸法については内山老師から自然に任せて何も手を加えないことと教わった。口伝、秘伝というが、小さなことでも確かな教えを聞くことは大切だ。一生間違わないで済んだのは法益そのものだった。
腰がまちがった体操でバラバラになりそうになりダンス教室に通ったことがあった。ダンスもセンスがないと様にならない、準備体操から教えてくれた。あるとき床の上に後ろ向きにぺたりと座って、’お尻の穴を真後ろに向けて座るのが基本よ。’と教えてくれた。見えるのは二つに分かれた臀部と背中だけで、何を教えたいのか意味がわからなかった。ダンスから正座を見直す必要があるのかもしれなかった。
柔軟体操を続けると足や背中や腹が床に慣れてくる。安心して伏せたり手足を投げ出したりできる感じになる。ダンスの基本は無理なく力みなくゆったりと立ったり座ったりすることのようだ。頑張ろうと思う瞬間コチコチになる心理に気づかされた。自然に座る、立つ、踊るというのは容易ではなかった。
先生の臀部は二つだった。われわれは腰といい尻という、一つものだと思っている。お袈裟を掛けて坐蒲の上に座ると、後ろからは腰が一つに見える。腰は肉付きに要と書く、武術では腰が一番大事と言われる、腰は一つであるの常識が通用する。肉体としての腰は、解剖の図に明らかなように、多くの骨と筋肉で合成されている。腰は一か多か。曖昧な言葉にわれわれは慣らされてきた。
多くの人に坐り方について教えてもらったが、例外なく腰と両膝で坐るように言われた。腰と両膝では三点で、線で結ぶと三角形になる。三角形の特徴は形が動かないことである、不動だ。三角形を膝と腰で作って不動の姿勢をとるのが坐禅だ。ある人は腰ではなく尾てい骨で座れといった。究極の三点座になる。
不動の結跏趺坐は三点坐である。足が痛くなると腹に力を入れて押さえつけた。接心は格闘の場だった。修行とは格闘、努力ではなかったか。一時間の坐禅も接心全体も必死で取り組んだ。
考え直してみると、三点坐という言葉は抽象概念である。数学では点は位置はあるが大きさはない。大きさがない点はそもそも実在しない。ということは、ないものをあると思い込んで格闘したということになる。もし本当に尾てい骨で長時間座ったら不具者になっていただろう。
坐蒲の上に二つの臀部、座布団の上に二つの膝で座ると、四点を結べば台形の上で坐ることになる。台形は四辺形で、四辺形は形が変わりやすい。正方形が直線にまで変わる。台形も大きくはないが形を変える、変動幅が三角形より大きい。幾何学的に考えると、四辺形に基づく不動は不可能である。
腰と膝を考えてきたが、坐禅で坐る場合には腰と膝という単語ばかり出てくるから使ってきた。解剖図を見ると左右の大腿骨が開き加減に並ぶ座り方である。二脚で座っている。点に大きさはないが、二脚と、脚の先の腰と膝は大きさがある。大きさがあるものは実在する。実際の坐禅は二脚を並べて、脚の四つの先端で支えて座るのだ。
四辺形坐はいかに名付ければよいか。二脚坐、四辺坐、台形坐などであろうか。坐禅は正身端坐と表現されるが、正端の美を成立させる要件は、位置、硬軟、強弱など数多い、複雑極まりない。だから道元禅師は審細に参究すべしと説かれた。参究すべしとは、無限に研究する余地があるとわかって言えることであろう。
台形坐なら三点坐より緩い。不動だけ目指して苦痛に耐えるために足を組むことは修行の眼目とは言えなくなる。したがって半跏趺坐であってもいい。ここで坐禅儀にある「足を腿の上に安じ」あるいは「足をもって腿を圧す」という表現が納得できる。なぜ不動心とか不退転のようなごつい言葉が使われずにさらりと書き流してあるのか違和感があったが、禅師が頑張る坐禅をされなかったからだろう。足を腿の上にそっと置けばよいだけだったのだ。
不動の三点坐なら、形が崩れないように頑張らねばならない。首筋も顎を引いて思い切り伸ばすように言われた。これも伸ばしきってしまえば動く余地はなくなる。それはさらに参究する余地がないことを意味する。また顎は鎖骨とつながっている。鎖骨は腕と肩の一部だから、筋肉で引き上げられると胸から上が緊張する。胸が窮屈になると発声が妨げられ、血流が滞り、肩がこる。
スポーツでも一流選手が走るときは胸に力が入っていない。鎖骨も肩もぶらぶらしている。ぶらぶらが伝わって腕が揺れ動く。同じことはダンスでも言える。バレエをはじめとして、肩や胸や顎が硬直していたらダンスにならない。ダンスを習得するには形からではなく無定見に体が揺れ動いている方がいい。筋肉で力むところがない動きを通してリズム感が出てくる。
こう見てくると、坐禅は、足をガッチリ組んで坐相を決めたらそれでおしまいとはいかなくなる。不安定な、見方を変えればダイナミックな台形坐の上で坐るのが坐禅ではないか。動の不動、不動の動とでもいうしかない微妙な姿勢である。腰はゆるゆるかきっちりか、終わりのない工夫が要請される。筋肉の大きさと力、朝昼晩の体調の波、疲れ具合や栄養の多寡、運動量や加齢による変化など、ただ坐るだけなのに内容は無限に豊富だとしか言えない。
自然な坐相は楽な姿勢である。そこに至るには必死で頑張るよりもヨガやダンスや柔軟体操で身体をほぐすのが近道だ。これらはいずれも力を入れるより力を抜くのが基本である。坐禅するとき左右遥身して欠気一息しともあるが、これは道元禅師の坐禅が身体のリズムや柔軟性を無視していないことを示している。筋力を使わないことが肝心で、坐禅は身心脱力だ。脱力して坐るとあまり痛くない、頑張る必要がない。力まないからエネルギー消費が少ない、疲れにくい。
身心脱力は現成公案の中の身心脱落との語呂合わせがあまりにもうまくいきすぎて恐れ多い。
以上、ヨガやダンスを通しても正しい姿勢を見つけることは可能だという試論である。姿勢はしかし坐禅の一側面であって、一大事因縁を見極めるには程遠い。仏法の参究は奥が深い。