自然食と頭痛(1)

    自然食と頭痛 (1)       01/28/2012

  昨年の初夏、昼下がりに隣のボブがリュックサックを背負って現れた。
「しばらく顔を見なかったが元気だったかい。」
「いろいろあったよ。このパンをもらってくれ。こっちの二つは彼女が二日前に買ってくれたのだが食べられないと分かった。別の二つはもっと古い、食べ始めてから頭痛がするのでやめた。悪くなってはいないと思う。冷蔵庫に入れておけば大丈夫だ。」
「全部自然食品だ。俺が買いたいものばかり。目の前で彼女に買ってもらったものなんだろ。」
「その通りなんだが、その時はラベルの不備に気がつかなかった。」
「自然食品は全部信用できると思っていたけどな。信用があるから高い、高いからたくさん買えない。」
「俺はいつもバーゲンセールで買うからいっぱい溜まるんだ。このパスタ類ももらってくれ。」
「半年分くらいあるね。何があったんだ。」
「俺がアルカリ性食品を発見したことは話しただろ。」
「酸性食品は体に良くない。健康を維持しようと思えばアルカリ性食品を摂るべきだという説は二十代の頃聞いたことがある。海藻や小魚、野菜に果物、玄米中心の食事が良いと聞いた。それだけだ。しかし君の場合はアルカリ性食品をリストアップした。緻密な研究心に舌を巻いたよ。」
「世の中酸性食品ばかりだからね。加工食品は全部酸性だ。砂糖もコーヒーもアイスクリームも。ハンバーガー、ホットドッグ、ピザ。おかげで視力は落ちるし疲れやすいしいつも病気していた。ずっと不幸だった。ある日アルカリ性食品の話を聞き、試してみたところ体調がぐんと良くなった。憂鬱や病気は遺伝と思っていたのだが、どうやら誤った食事法によるところが多いと気がついた。それからだね、明るく生活できるようになったのは。」
「現代的な新しい食事法は疑ってみるべきだな。
「いくらアルカリ性食品と言ったって農薬や殺虫剤を振りかければ化学薬品の害が出てくる。アルカリ性でも厳密な自然食品でなければ安全ではない。」
「このパンは自然食品と書いてあるよ。」

「話は少し長くなる。俺がときどき頭痛で寝ていたのは知っているだろ。」
「深刻だったらしいね。頭痛の経験はあまりないので想像するのが難しい。大変だったらしいなとしか言えない。」
「半年ほど前から頭痛がひどくなった。持続期間も長くなって、一週間寝込むことがあった。本も読めず、書き物もできず、もちろん外で働く元気もない。辛いぜ。じっと頭痛が過ぎ去るのを待つしかないんだ。一番困ったのは原因がわからなかったこと。医者に聞いてもわからない。食事はどうですかと聞くから自然食品に飲み水は蒸留水と答えると、そこまで気をつけているのにどうしてなんだろうという顔をする。冷蔵庫が壊れているかなと思ったり、食べ物が古くなったのかなとも考えた。水も信頼できないので蒸留水製造機を買った。お前が持っていたモデルだ。」
「一つ持っていたけど一年で壊れた。当時は高い品物だった。」
「一ヶ月に二回頭痛を起こしたら何もできない。医者は薬をくれるんだがだんだん効かなくなる。すると別の薬に変えてくれるがまた効かなくなる。その繰り返しだった。」
「あんがい、運動するのが解決策じゃないのか。」
「いや一日三回散歩している。」
「散歩といってもお前のは歩幅も狭いしゆっくりすぎる。汗をかくくらい速歩でないと運動とは言わないんだ。」
「いやジョギングや速歩は心臓や膝に負担がかかる。科学的にも体に良くないと証明されている。ヨガはやっているよ。汗をかくのは嫌いなんだ。」
「あいかわらず人の意見には耳をかさないな。」
「ある日図書館でコンピューターを借りて頭痛について調べた。すると五十くらい原因が羅列されていた。」
「頭痛の原因?五十も?科学的に調べられるのかな。」
「科学の最新の成果だね。ここ二十年ほどで解ったことらしい。インターネット上に発表されている。科学は日進月歩で進んでいると実感した。驚いたことに頭痛の原因の一つは自然食品だった。」
「毎日食べているパンやパスタか。」
「そうだ。頭痛が怖いのでもう食べられない。ここに持ってきた理由だ。
というのも小腸が傷つくのが頭痛の直接の原因だった。小腸は管だが、一層の細胞でできている。細胞の外側は血管が張り巡らされている。細胞が濾過器になって消化された栄養分が血管に吸収される。小腸壁の細胞が傷つくと血が小腸内に出るが、同時に小腸内の流動体も完全濾過されないで血管に入り込む。それが頭痛を起こす。
グルテンを知っているだろ。」
「小麦に含まれているタンパク質だろ。カナダ産の小麦はグルテンが多いので良質だと教科書に書いてあった。」
「パンはどうして膨らむと思う。」
「あらためて聞かれれば、考えたことなかったな。グルテンと関係あるのか。」
「パンを焼くと全体が風船のように膨らむ。グルテンがゴムのように伸びるからだ。グルテンがあるから小麦粉のパンが焼ける。ライ麦やオーツにもグルテンがあるからパンになる。蕎麦にもグルテンがある。米や芋にはない。米や芋を使ってパンを焼こうとすると小麦粉を混ぜる必要がある。小麦粉のグルテンを利用している。
ところがグルテンは小腸で消化されない、強固なタンパク質のままだだ。タンパク質はアミノ酸に分解されなければ消化されない。」
「ポロポロとコマ切れになるならパンが膨らまないというわけか。」
「その通り。パンやパスタを食べると硬いグルテンが小腸壁を擦って損傷する。若い時は傷ついても回復力が強いけれど、年取るとなかなか傷が治らない。そこへまたパンを食べるとさらに損傷する。ついに余計な異物が血管に入って神経を刺激し頭痛がする。
グルテンフリーという言葉を知っているか。」
「近頃スーパーで見るね。」
「あれはグルテンの害が解ってきたので、グルテンを使用しない食品だけを並べたコーナーだ。これからはグルテンを含む食品は誰も買わなくなるだろう。」
「この粉はなに?」
「グルテンフリーの粉だと思っていたのだが、ラベルの見方を知らない頃に買ってしまったものだ。粉屋にすれば小麦粉でも米粉でもジャガイモ粉でも連続して粉製品にしていくのが効率的だ。それでジャガイモ粉にも米粉にもグルテンが混じってしまう。そんなのはやっぱり頭痛の原因になる。
グルテンが全く混じらない、米粉専用、ジャガイモ粉専用などのラベルの見方を知る必要があった。そこまで厳密に観察しなければ頭痛から逃れられない。
グルテンなしでパンを焼く方法も工夫されている。卵も伸びるだろ。同じように考えて、グルテンほど効率は良くないけれど、伸びる食品を探してきてミックスしたパン粉が売られている。グルテンフリーで良いのだが、パンを焼き上げるのに四十分以上かかるからガス代がもったいない。」
「マフィンなら二十分で焼けるよ」
「そうか、試してみる。」

不戯論( 7) 善

     不戯論( 7) 善 と 順

  善については古今東西多くのことが考えられ語られてきた。カントをはじめ近代西欧の哲学者やアリストテレスを代表とする古代ギリシャ哲学者たち、また多くの神学者たちも善を論じてきた。しかしああそうかと腑に落ちたためしがない。
  善の説明がなぜピンとこないかというと、善いものを並べ上げただけの説が続くからだ。正義や勇気や慈悲や寛大さなどを善の例としてあげられることが多いが、これら四例だって相互に必然性が見られない。御都合主義に感じられる。
  「善の研究」(西田幾多郎)は日本の歴史のなかで、哲学書で唯一ベストセラーになった。文章は堅苦しく難しいが、内容は体系的に叙述されていてわかりやすい。この一冊で自分が解り、世界が判り、善が分かる構成になっている。哲学に生きる指針を求める人には必読の書だ。
  西田幾多郎は近代日本の思想を樹立したと言われる。学者といえば西欧の文書を翻訳するのが仕事と思われた時代に日本人のあり方を探究した。
  純粋経験や意識現象の語に戸惑いながら読んでいくと、この書は西欧思想を咀嚼してエッセンスをまとめたものだとわかる。デカルトやカントや聖書の影響が見て取れる。通説とは異なって日本思想ではなく近代西欧思想の総括の趣が強い。
  該書を下敷きにして「実在」について論文を書いた。それから五年間、純粋経験や実在や善の語が頭にこびり付いて離れなかった。若輩にとっては、「善の研究」は真理の書に違いないと思い込ませる説得力があった。
  実在は真実の存在という意味だが、どこかに真なるものがあるのではなく意識現象だけが唯一の実在だという。金や名声や肩書きや合格点を求めて四苦八苦する若者には衝撃的な指摘だった。
  実在は個々人の認識能力内の存在だから真理であるとは証明できない。真理を得ることは認識でもダメ、言葉でもダメ。真理なるものはあるか、それは獲得できるのか。この名著にしても、真理ではなく妄想でしかないという議論が出てくる。その問題を解決していないことは知っておくべきだ。
  すべての知識が妄想ということは、知るとは認識の結果だから、解った時はすでに認識のフィルターを通しているということだ。知識はゆれ動く五感を通して外界と接して得られる。したがって絶対確実な知識、真理、実在は存在しない。
  真理とは何かを問題にするとき、釈尊が悟られたという物語はヒントになる。その結果世界に冠たる仏教文明が創出された。四聖諦、八正道が真理そのものではないか。

  善はさっぱり解らなかった。自分の立脚点がわからないでうろうろしていた頃で、大袈裟にいうと生きるか死ぬかの問題に直面していた。善や悪は価値の問題で、食物を得たあとの課題だ。善を考える余裕はなかった。
  それでも読んだ。しかしイメージがわかない。善があるあると言って種類をあげたり例をあげたりしているのだが、素直に受け取れない。不可解な理由は、日本語的と言えばそうだと今ではわかるのだが、善についての説明だけなので輪郭が分からなかったことが大きい。善と悪と対比して語られるとイメージがはっきりしたはずだ。
  古代ペルシャの地ではゾロアスター教が有名だ。ユダヤ教ができる時参考にされた宗教とされているが、善悪二元の教えといわれている。ペルシャは今のイランでアーリア人が居住し印欧語が話されていた。イランはアーリアという意味だ。インドを征服したのはアーリア人で、ヒンドスタン語も印欧語だ。インド人が英語に違和感がないのは両方とも印欧語族だからだ。
  印欧語は英語を勉強するとわかるように、肯定語と否定語のどちらも主語になる。A でもB でも言挙げされると、反対語が反射的に返ってくる。議論、討論に適した言語である。
  印欧語では肯定と否定、善と悪は等価である。ゾロアスター教は印欧語の文法をそのまま表現した教えだということができる。正数と負数は数直線上で等価なように、この世には善も悪もある。小善があり大善がある、小悪があり大悪がある。悪と対比すると善が明確になるところがある。「善の研究」にはなかった視点である。
  キリスト教がペルシャに来ると、ゾロアスター教に影響されて景教になったとされる。景教は東方へ伝わり日本でも知られ、聖徳太子が厩戸皇子と呼ばれるようになったという。このような歴史を研究したことはないが、興味深い話だ。ペルシャを通ると思想宗教が変わるのはなぜか。ムスリムもイランではシーア派になってしまう。
  聖書が語る物語にはよく悪魔が出てくる。有名なのはアダムとイヴの物語で、悪魔が蛇の皮をかぶってイヴに知恵のリンゴを食べるよう誘惑した。神がつくった楽園でなぜ悪魔が活躍できるのか。一神がでてきても善と悪の対立は消すことができない。

  善が理解できなかったもう一つの原因は、善の定義が判らなかったからだ。善を定義できるのか。じつは仏教は善を定義している。仏教学は歴史上燦然と輝く叡智で、二千年前の学僧の成果であるとは想像できない精緻さがある。あらゆる物事が議論され、考究され、定義された。不知を前提とする近代科学思想とは大違いである。
  善 (Kusala) とは三性「善、悪、無記(中性)」の一つ。順を義とす。法に順じ理に順じ自他の順益をなすべき勝用力あるものをいふ。(仏教辞典、宇井伯壽監修)
  善はサンスクリットで Kusala と云う。善について、ふつうは善と悪の二項で考えるが、仏教では善でも悪でもない場合も取り上げる。全体を見渡しすべての可能性を数え上げるのがインド思考の特徴で、善については善とも悪とも決められない場合があり、無記と名付けられた。裁判になっても結論が出ないことがあったりするのが無記が想定される理由だ。仏教学においては善と悪の二元論では片付かず、三性を調べる必要性があった。
  三性の中の善は順を義とす。これが善の定義で、善とは何かという問いに対する答えだ。善とは順の義、生命に順じ、自然に順ずる。人間性に順じ、真実、誠実、晴明、美、正直、勇気、柔和に順じると肯定的に徳目が数え上げられる。
  順の反対は逆で、順境と逆境、順縁と逆縁、順風と逆風、良順と悪逆のように言葉の意味も明らかになる。慈雲尊者は十善戒を著されたが、戒の殺すな盗むなと否定形で戒める表現を、活かせ施せと肯定形で書きなおされた。十善戒は十八空の真逆を行っている。正数が善、順で、負数が空、逆だ。
  法は仏法の法だが、仏の教え、普遍的な法理、法に則った存在物の三種の意味を包含する。存在物は物だから質量つまり力が前提されている。順益は理に適った利益だ。勝は優れる、勝れるの意味で、用は有用で、機能すること、働くこと。善は勝用力あるもの。この定義から見直すと、無記は勝も用も力も欠けるから善でもなく悪でもない。戯言を垂れ流す無責任な評論家が好例だ。
  仏教では世間の善法として五戒、十善が挙げられた。出世間の善法としては三学六度が列挙される。それぞれ研究されるだけでなく実践されてきている。近くのお寺を訪ねれば聞法できる。善という価値が知識として確立されると実践躬行する人も出てくるし、個人、家族、社会全体が安定する。

  現今、世界を見渡すと、文化や伝統の破壊行為が激しくなる一方に見える。フランス革命以来というか大航海時代以来というか、サヨク破壊思想の勢いが続いている。善悪の基準が現実社会で崩れてきた。革命、犯罪、暴虐、嘘、欺瞞、断絶などの言葉が氾濫している。そのせいか善について語られることは少なくなった。

真理とは何か

      真理とは何か          11/22/2020

  禅が解るためには仏教とは何かを理解する必要がある。三法印の第一、諸行無常は世界観としても矛盾のない理論で、仏教は無常だと説明するのが常であった。何の疑問もなく四十年近く無常を説いた。
  十年ほど前左肩に激痛を覚え、半年間七転八倒した。重症の五十肩だったが、朝目が覚めるのが怖かった。辛い一日が始まる、痛みが去らない。痛は無常しないのか。
  手元の文献を調べ直して、無常には刹那無常だけでなく一期無常があることを知った。痛の一期、薪の一期、生の一期、春の一期、縄文文明の一期など、世界は一期の共存共栄でできている。無常で死ぬまでの間、われわれはそれぞれの一期を生きる。
  仏説は一期の生が生老病死だと教える。生老病死はわれわれの生々しい現実だ。切れば血を吹く生老病死と言葉だけの諸行無常との違いは明らかだ。無常は実人生と関係ないイデオロギーだった。
  直近の二年間は病院通いが増え老病死を実感する。完全な健康回復は望めず、少病少悩ならもうけもの。同じように坐禅の意味、法の意味も変わってきた。正法眼蔵が読めるようになった。葛飾北斎翁は七十才過ぎて生きた猫が描けるようになったと喝破されたが、年の功はあるかもしれない。
  無常は普遍妥当性を備えた概念だが、小学生でも理解できる。そんなやさしい言葉が仏の出現を待って得られたとは考えにくい。釈尊以前のインド人は数千年間、真理を求めて得られなかったと仏典は語る。真理を求めるとは三毒の一つ貪欲の発揚である。毒心が真理を得るのは自己矛盾する。
  釈尊とそれ以前の求道者との違いは何か。釈尊は真理を求めたのではなく人生苦からの解脱を問題にされた。解脱が成就されたとき、副次的に真理が見えてきたのではないか。四門出遊の故事は、参学の動機が貪欲ではなかったことを示している。

 

 では若い頃心躍らせて勉強した華麗な大乗仏教の思想、唯識や如來蔵、法華経、華厳経、般若経などは何だったのか。
池田 永晋

糖病記(9)

        糖病記(9)

  令和二年十月十六日、YouTube に坐骨神経痛の治し方が配信されているのを見つけた。五、六人の整体師が発信元で、二十通り以上のポーズが示されていた。一つの症例に多様な解釈とそれぞれの治療法がある。みんな努力している、大変だなと感心しながら見た。
  坐骨神経痛は痛い、座れなくなる。炎症部分が背中の下部、尻、太腿の裏で、ふだんは見ることもないし手で触ることもない箇所ばかりだ。突然痛み出したら恐怖に襲われる。治し方が分からない。治らないかもしれない不安がある。
  神経が解りにくいのは、幹細胞が八十年代に発見されるまで、最新医学界でも神経細胞は再生されないと信じられていたことも大きい。脳細胞は生後数年で成長が止まると言われていた。神経の毀損は神経の死を意味した。じつは血液が流れないから修復が極端に遅いということらしい。リンパ液には触れるから干からびることはない。
  神経は軸索で保護されていて筋肉並みに強くしなやかだ。一本の管だから、切断されない限りは、引っ張りすぎか圧迫が苦痛の原因になる。そこで神経痛の治し方は張りや圧迫を緩めるのが基本になる。
  一方法として、寝転がって、片足を胸に引っ張り上げ、尻をゴロゴロと動かす運動があった。力を入れないで、緩めるのが目的だからという注意点が面白かった。簡単だから動画を見ながら二十回ばかりゴロゴロ揺すった。
  翌朝起きると背が高くなった気がする。尻が前にでた感じで姿勢が微妙に変化している。昨日と同じ姿勢でゴロゴロ寝転がってみると、痛かった部位の面積が小さくなっていた。歩くと体が軽い。鍛えたわけではないのに下半身に力が行き渡った気がした。尻の力ってあるんだ、鍛える代わりにゆるゆるにすることで発揮される力が。
  老人には背中が前傾し曲がった人が多い。自分でも前傾すると気持ちよく感じることが多かった。これが老いかもしれないと観念していた。尻がゆるくマッサージされ正常な位置に戻ってくると、前傾姿勢が不自然になった。生活習慣病を老化と誤解していたらしい。老境になっても人生の奥は深い。
  坐骨神経痛は完全に治ったわけではないが、症状が悪化したとき尻を緩める方法があることを知った。ある程度コントロールできる。一年近く大騒ぎしたが、一難は乗り越えることができた。それまでも日常生活に差し障りはなかったけれど、これからは坐禅にも取り組むことができる。
  
  令和二年 (2020) 三月、全米にコロナウイルスが蔓延し人々はパニックに陥った。老人の死亡が多いことは早く分かったが、不可解なことが多く若者もマスクをするようになった。図書館もレストランも営業停止になった。歯科医だけでなく病院まで閉鎖になった。患者は電話のやり取りだけ、来るなという。救急事態には病院でなく警察に電話しろと指示があった。
  四月一日に血液検査の予定が組まれていたのだが、電話しても返答がない。文字通り医者に見放された。検査されるのは嫌だが万が一のことが起こったらどうなるのだろうかと不安が募った。
  七月からは部分的に営業再開が始まった。人々もコロナ大流行下での生活に慣れてきた。大統領選挙運動も活発になった。歯医者も診療所も徐々に再開し、血液検査への催促メールが来るようになった。
  ところでこちらは、診療所が勝手に閉鎖したおかげで、検査なしでも医者なしでも健康な生活が送れることを知ってしまった。唯一の不安材料は老化だが、若い医者には想像もできないことだ。検査しても言われることは血圧、血糖値、コレステロールと決まっている。倒れるか新たな苦痛が起きるまでは病院には行かないことにした。

  整体師たちの動画に戻ると、治療法は膝の痛みから足裏まであって面白いのだが全部見切れない。時間が足りない。問題が起きたら見せてもらう。
  膝下と足裏のマッサージについて、脹脛や足首の部位には血流を押し上げる機能があると説明された。足は体の最下部だから血が停滞しやすい、したがって血瘤ができやすいという。足にできた血瘤が押し上げられて脳に達し脳梗塞を起こす可能性が高い。脳梗塞の予防には足裏のマッサージが効く。えっ!?
  脳梗塞は脳内血管が詰まって起こる。その仕組みを図解した絵はもらっている、脳内血管が破れる概念図だ。見るからに怖い。しかし血瘤がどこで出来るか明快な説明はなかった。足裏で出来るのは本当か?
  近年、三月末にめまいを起こしたことが二、三回ある。頭がフラーっとして気持ちが悪い。めまいは治るのだが気分の悪さは1週間ほど続いた。脳梗塞へ至る症状だった気がする。
  この地の冬は寒く長い。部屋に篭りがちになり運動不足になる。その頃は運動の重要性を知らず雪かきは無駄な労働と思っていた。 冬籠の間に足裏に血瘤ができていたと考えればめまいになった辻褄が合う。予防法はとにかく動き回ることだ。
  左足を切った時左足首の血の流れを測定してもらったのだが異常なかった。どっくんどっくんと音が聞こえた。右足首も測定しておくべきだった。

  平成三十年(2018)九月九日に脳梗塞発症、前期糖尿病と診断される。令和元年(2019)六月四日、チェーンソーで左足を切った。軽傷だが完治に四ヶ月かかった。同年十一月二十六日、坐骨神経痛発症。直接の原因は膝まで届く強い靴下だった。
  二年間で真新しい病気や事故が続き、絶望感に襲われた。老病死というが、一気に死に向かって坂道を転がり落ちる感じだった。医者に頼りたくもなる。
  コロナ禍で診療所閉鎖になったのは神風のようなものだったか。真っ先に医者が逃げ出すとは思いもよらなかった。こんな事態は百年に一度の出来事だろう。薬がない、相談する相手がいない中で、最後は自分力だけ、自然力だけが頼りだと気づかせてくれた。
  医者の知識も頼りになるかどうか。血を薄めるとてアスピリンを勧められるのだが、血瘤が少なければ脳梗塞になる確率は低いだろう。長期服用に副作用はないのだろうか。足のマッサージの方が大事だったりする。
  足のマッサージなら歩いたり走ったり、こまごまと動き回ったりする方が効果的だ。健康であるためには、動け、働け、汗を流せということだ。そんなことを言う医者に遇ったためしがない。認識を新たにさせてくれたコロナ騒動に感謝する。
  歳をとっても老病死は一直線に進行するものではないようだ。治療法がどんな痛みにも病気にも試みられている。時間が治すこともあろう。一進一退しながら最後に死に至る。生きている間は安心して動き、働き、人生を楽しむことが決定の説だ。