彼らがやった(3)

彼らがやった(3)   02/28/2008

中国には正史がある。学校で習った時には文字通り正しい歴史だと思っていた。隋の歴史は唐が書いたのだが、唐という国が隋のために正しい歴史を書き残したと思っていた。隋という国はもう無い、隋の物語は隋以外のものが書くしか無い。また煬帝が生きている間に歴史を書こうとしても、現状報告だけで結末は見えないであろう。王族や貴族や人々の運命が決まる前に歴史の物語は完結しない。功罪は棺に収まってから定まるとすれば、帝国といえども滅亡後にしか正しい歴史は書けないであろう。
漢や元や明の歴史も次の代の王朝が書いているのだが、前の王朝の良いところを調べて自分たちの治世に生かそうとしたとばかり思っていた。日本の歴史を考える時と同じ物差しで大陸の歴史を見ていた。正しい歴史は世界にひとつだけあるはずだった。
だが前王朝がしたことは ”彼らがやった” ことだと自己正当化する見方に立てば、何もかも考え直さなければならない。聖徳太子が隋の煬帝に送ったという ”日出ずる処の天子、日没する処の天子に致す。恙きや。”の外交文書の件も、確かにあった事実には違いないだろう。しかし煬帝がそれを見て怒ったなどとは歴史書に書き記すべきことだろうか。はじめ隋書は隋が書いたと思っていたので、皇帝の恥をそのまま書き残す歴史家は偉い、中国には勇気ある文官が居たのだなと感心したのだが。
しかし隋を滅ぼした唐が書いたとなると話は別だ。唐王朝を正当化するために前王朝の恥や失敗を後世に知らしめるのが歴史家の仕事になる。その道具に聖徳太子の文書は利用された。隋は我が国ではなく彼らの国である。彼らが傷つこうが悪評を被ろうがどうでもいい。むしろ悪者であってくれたほうが唐にとっては都合が良い。
過去の話ばかりではない。今世紀に入っても次々と独立国が生まれている。百年後地図上に残っている国がいくつあるだろうか。サンゴ礁の国などは海面が上昇したり地盤沈下したりすれば国家消滅になる。その国の歴史は断絶だ。
エジプトは世界最古の文明国だが、幾たびも王朝が代わった。そのたびに以前の言葉が理解不能になった。ピラミッドの存在理由や諸々の彫刻塑像の意味が解らないのは、言語が次々と変わったのが原因と言われている。柿本人麻呂の長歌がいまも暗誦されている国とは大違いだ。
大陸シナから来た哲学者だったが、”仏教は好きなので勉強したいのですが漢字が読めません。”と言った。びっくりした。中華四千年の歴史とは、四千年同じ漢字を使って来たということではなかったか。毛沢東が漢字を新字体に改めたという報道を読んで徹底的な革命の進行を察したのだが、革命とは知識精神まで破壊するということだった。現在では本も手紙も大陸では横書きだ。論語も批林批孔で読まれなくなった。伝統的な漢字は忘れられた。
漢音、唐音などの区別も知っていたが、時代の経過につれて発音が変わったのだろうとだけ思っていた。変化の理由を知ろうと思ったことはなかった。考えてみれば王様が代わっただけで社会全体の言葉の音が変化するのは不自然だ。民族が入れ替わるようが大激変があったと考える方が理にかなっている。ということは毛沢東の大革命も中華四千年の歴史の中では例外ではないに違いない。個々人の心の平和も知識の豊かさも、識字率さえも歴史が断絶したら消し飛んでしまう。
始めがわからないという意味では神の国と形容してもおかしくないのが日本である。神武天皇以来、いやもっとずっと前から日本では歴史はひたすら連続している。だから日本では歴史は連続である。ところが日本から一歩出れば、歴史は断絶するのが当たり前である。日本以外は断絶の歴史ばかりだ。歴史には連続と断絶の二つの原則がある。また歴史には自己正当化がつきものだ。
激変を続けている自由の国アメリカではまとまった歴史観は確立されていないようである。強いて挙げれば ”勝者の歴史” であろうか。自己正当化の典型的な歴史観である。アメリカは存在する限り勝ち続けなければならない。自己の生存と勝利が第一である。その上で半世紀から一世紀にわたる長期戦略が立てられる。あらゆる面で安全保障は確保されねばならない。事実や合法性は、生存を優先させるためにしばしば無視される。
アメリカインデアンは1888 年から 1934年まで宗教的儀式や集会を法律で禁止されていた。南北戦争より20年以上後の立法である。リンカーンが奴隷を解放したからアメリカは人道的になったと解釈するのは単純すぎる。アメリカ議会は半世紀の間インデアンを監視し続けた。
日本には無差別爆撃などの戦争犯罪への謝罪を求める運動もある。一言あれば心の底から友人になれるのにと思う人は少なくないだろう。しかしアメリカは断絶と自己正当化の歴史の国である。難しい。

 

彼らがやった(2)

彼らがやった(2)    02/28/2008

はじめ違和感があった ”彼らがやった” 論理は、国際的には常識の一つとして存在するとわかってきた。講和条約というのがある。戦争した国同士が正式に敵対関係を清算して出直す時に結ばれる条約である。サンフランシスコ講和条約には五十以上の宣戦布告した国が署名した。全然戦っていない国であっても、形式上戦争状態を終わらせるには講和条約を結ぶ。それでお互いに納得する。手打ち式であるから、それ以降は戦争中のことは持ち出さない。それは ’彼らがやった” ことであり、あの時のことであり、条約でお互い決着済み、現在は全く別次元ということである。
国際関係でなくとも、法律には時効というものがある。日本では五十年前の殺人は犯罪に問われない。心情としては受け入れがたいけれども、半世紀もたてば何もかも変わってしまう。その現実を考慮した規定である。何世紀も前の古証文を持ち出されても困るという処理感覚の所産である。詐欺や損害賠償などの微罪になると時効はもっと短い。ちなみにアメリカでは殺人の時効はない。犯人があげられるか死亡するまで捜査は延々と続く。
このように考えればかのオーストラリア人は、アボリジニー虐殺は時効だと云っていることになる。そして時効は世界中どこでも通用する概念だから、彼、もしくは彼らは常識的なことを言っているに過ぎない。ただし時効が認められるには一定の手続きが必要だ。個人の主張が全部認められるわけではない。しかし時効を主張しなければいつまでも問題は尾を引く。
なぜ自己正当化としての歴史観がおかしいと思ったか反省してみると、学校で習った歴史は事実の連続であり、進歩の跡付けであった。映画 ”羅生門” では、関係者がそれぞれ異なる見方で証言するので真実を見極め難いという物語だった。それでも、証言は異なるが事実は一つだとの視点で作られていた。
事実が一つなら、できるだけ多くの事実を探し出してそれらをつなぎ合わせるのが簡単な方法だ。時間が経つにしたがって何もかも進歩するから、事実を曲げた見方は歪みが顕著になる。歪みに対して、一つの事実の連なりとしての歴史が真実味を帯びてくる。その先は歴史は客観的な事実の生起の連続だということになる。自己正当化も自己卑下化も事実から外れる。
ここで一般化すると、歴史には連続と断絶の二つの原理があるのではないか。連続とは同じ体制が続くこと、国家、民族、文化等が積み重ねられて行くこと。単に長いだけでなく、始めがわからない体制もある。断絶とは異なる体制に移行することだ。ここ三世紀は革命なる言葉が盛んに使われた。
日本人は自己正当化に強い抵抗を感じる傾向がある。それは日本だけが天照大神から続いている歴史の中にあるからだろう。日本人なら誰でも十代も遡ればどこかで皇室と縁続きだし、言語も文化も皇室を中心にして作られてきた。こんな民族、国家は世界中探しても他に見当たらない。だから歴史は連続しているとして、それ以上は疑わない。いや疑えないのだ。
破壊だ革命だと血気盛んな者はいまもいるはずだが、学生時代に破壊の後何が生まれるのか聞いたことがある。明確なヴィジョンは何一つ返ってこなかった。根本的な破壊は日本文化も日本国もやめることだが、そんな事態は日本語で考える限り想像することもできない。それほど歴史は連続していると当たり前のように思っている。ハイジャックして世界に雄飛するはずだった赤軍のメンバーも日本に帰りたいという。日本国の歴史が血となり肉となっている見本である。

 

彼らがやった (1)

彼らがやった          02/28/2008

今年に入ってオーストラリア議会がアボリジニー虐殺を謝罪する決議を行ったというニュースがあった。歴史の過酷さと複雑さに思いを馳せた。彼の地では都市にも田舎にも荒々しい自然が残っていて、珍しい鳥や動物を見ることができる。加工されていない自然の中では人々も東京やニューヨークと違って見えた。メルボルンは世界一住みやすい都市ということであったが、狐が町の真ん中に出現するのだ。
若者たちと話している時、一人が ”彼らがアボリジニーを殺した。” と言った。アボリジニーはオーストラリア原住民のことだ。イギリスから移住して来た人々が数百万の原住民を殺害したと読んだことがある。それならオーストラリア人が、つまり目の前にいる人々が殺したことになる。
”彼らとは誰のことですか?” と私。 ”我々の祖父たちのことだ。” と答えが返って来た。目を丸くした。彼らの祖父たちは我々ではなくて彼らだった。どこかが食い違っている。頭が混乱した。
言いたいことは分かった。祖父たちは原住民殺害に手を染めた、彼らは悪いことをした。我々は正しい人間である、彼ら祖父たちは我々善人とは違うと言っているのだ。自己正当化である。
人に会うとはカルチャーショックを受けるということでもあろう。この時のやりとりは長くショックであった。この論理を拡張して行くと、ヒットラーやスターリンや毛沢東の大虐殺も彼らがやったで済ませられることになる。アメリカの奴隷制やインデアン虐殺も、イギリス、フランス、オランダの植民地収奪も彼らがやったのである、我々とは関係ない。こんな論法は良識、いや常識に反するのではないか。
上の会話を胸にしまって気をつけていると、普通のアメリカ人は日本の教科書とは正反対のことを考えているらしいと分かって来た。彼らは過去に悪いこともひどいこともあったけれど、努力して良い社会を作って来たと思っている。200年で世界一になったぞと誇らしげに語る。主観の問題だと片付けられない。誰だって明るい世界をより良い将来に向けて生きたいではないか。その願いを素直に表明しているだけだ。過去が悪いほど現在も未来も良く見える。
小さな会話や経験から一国の全体像をつかむのは難しい。ベトナム戦争はねと話しかけると、 ”あああの戦争は大統領が勝手にやっているんだ。” でおしまい。ジャッキーのことを持ち出すと、 ”大統領夫人が再婚して問題があるのか。” と相手にされない。”風と共に去りぬ” の名場面を持ち出すと、読んでいないという。音楽については造詣がない。どうしたらアメリカがわかるのだろうかと落胆した。今から振り返ると、あっけらかんとした個人主義、孤人主義は教科書に書いてなかった。
アメリカ史を学ぶと、メイフラワー号、インデアンとの遭遇と戦い、奴隷制、独立戦争、南北戦争と大事件が並ぶ。そこでアメリカ人はインデアン虐殺や奴隷制のトラウマを抱えていると解説する心理学者がいる。見聞の範囲が狭いせいかもしれないが、そんなトラウマを抱えたアメリカ人に会ったことがない。むしろインデアンたちの方がトラウマを抱えてひっそりと暮らしている印象の方が強い。日本人は整理された歴史を勉強しすぎる。そして間違う。
祖父たちが我々か彼らかということは、歴史認識の問題と言い換えることができる。先祖が悪いことをした謝れという者がいると、ハイと頭を下げて卑下するのが我々と言わせる歴史認識である。祖父を彼らというものは、他人が勝手にやったことで自分とは関係ないと認識している。前者は先祖と一体感を持ち、善悪も誇りも共有する。後者は先祖と隔たっている。あるいは正義人、善人としての価値判断が先にあって、その上でストーリーとしての歴史を作っている。

 

ロチェスターの朝(3)

 

ロチェスターの朝 (3)    01/18/2008

経済学は富の分配を研究する学問であると定義した人もいた。マル経の説だろう。富を資本家や金持ちから略奪して分けようというものだ。唯物論はカネ(普通は物質という翻訳語が使われる)が国も社会も個人の心まで決定する。
マルクス主義は国の仕組み、社会の変遷、個人の行動から心の中まで説明できた。大思想と見なされた所以である。しかし本家のソ連邦が崩壊してしまうと、経済学だけでなく思想や歴史の見方についても信用度に疑問符がつく。なぜマルクス経済学は行き詰まったのか。
労働は何かを生産する働きである。資本家は生産手段の所有者である。生産手段に手を加えて、たとえば車を作る。あらゆる生産物には値段がつく。ところが売れなければどんな値段をつけようとカネと交換できない。買う人がいなければ価格だけでなくその中に含まれている労働価値もゼロになる。労賃は払えない。クルマ社会の中で人力車を大量生産する光景を考えたらわかる。労働価値説が成立しないのだ。
売るために値下げすることは可能だが、その場合赤字続きとなって倒産がわずかに先延ばしされる。マルクスの大発見を押し通そうとすれば、一種類の車しか作らないとか、外国からの輸入は禁止するとかして統制経済を強制しなければならない。その無理は70年しか維持できなかった。経済学が間違っていたためにカネが回らなくなった。その結果、国も国民もどうしていいかわからなくなった。
売るとは逆方向から見ると販売代金を受け取ることである。これが富の創造だ。世間ではカネが手に入るとか儲けるとか言う。富が創造されて、つまりカネが入って初めて労賃を払うことができる。これはものを売ったことがある人には自明の理であろう。経済活動においてより根本的なのは労働することではなくて売ることだったのだ。近代経済学は販売から出発している。いかにして儲けるかが問題だ。
カネが入らなければ何も始まらない。原料の仕入れも労賃の支払いも研究開発への投資も税金とか販売とかでカネを集めたあとの話である。富の分配とはカネの奪い合いでもある。
経済学者が富を創造することは考えないで分前だけを研究すれば国民は貧乏になり、国家も維持できなくなる。平等社会などは過去にも未来にも実際に存在することはなかったのだ。
一つの原理で世界を統一的に解釈する大思想は偉大すぎた。何しろすべてがわかるのである。怠け者のための世界観だった。今でも資本主義は行き詰まると講演してまわっている政党の党首がいるが、妄想、妄説である。ロチェスターで聞いた揺るぎない知恵とは比ぶべきもない。経済学も無限の世界を無数通りに把握できる方法を持たなければすぐに寿命が尽きる。
戦後社会党の理論的指導者だった向坂逸郎は高度経済成長の真っ只中で1930年台の経済ばかり論じていた。とっくに済んだ現象を解釈することくらい楽なことはない。そして現実を見ないではパン一個も売ることはできない。氏自身は金持ちだったらしいが、弟子や追随者や同調者はその後どうなったのだろうか。得た知識で社会の役に立ったことがあっただろうか。無一文の若者もいただろうが、50年前の、それも体制の異なる経済ばかり研究してどうなるのか。何よりも、真剣な勉強と努力が自己自身を利益しただろうか。成功した例があれば聞きたい。
近代経済学は応用範囲が無限に広い。商売人の数だけ学派ができておかしくない。売るための研究だから終わりはない。小は食うために何かを売ってカネを得、食べ物を手に入れるところから始まる。売るものがなければ肉体労働でも知識でも魅力でも売る。売るのが面白ければ売り続ければ良い。どんな生き方も原則として許容される。所有財産が保証される不平等で自由な経済社会が繁栄する。
終わり

 

 

ロチェスターの朝 (2)

 

ロチェスターの朝 (2)  01/18/2008

1991年ソ連が消滅した。世界最大の帝国が無くなった。彼の地で本当は何が起こったのだろうか。外国から攻め込まれなかったのは核兵器を持っていたからだろう。ソ連人でなくなったら庶民はどうしたらよいのか。品の良い女性たちが寒空の下所持品を売るために街頭に立っている写真が載った。年金が入らなくなってタケノコ生活をしていると解説がついていた。
そのとき五年前ロチェスターで交わした会話の意味がわかった。世界を認識する方法を教えてもらっていたのだ。あのときすでにマルクス経済学は未来がないどころか現在も無かった。マル経で運営する建前のソビエト社会主義共和国連邦では、経済の責任者は国家を運営する術を持たなかった。発表された経済統計はすべて水増しと捏造であった。近代経済学を導入しようとすれば統治原理が霧消して再び流血革命が起こる恐れさえあった。
広大な国は資源、国民、歴史、文化、軍事力などたくさんの要素で成立している。経済政策の失敗だけで国が破綻するとまでは誰しも予知できなかった。しかしあの近経の若手学者の見方が正しかったことは現前の事件が証明した。(ソ連崩壊の予言は公式には世界で一人だけ認定されているそうである。)
この世には正しい学問と間違った学問があるようだ。正しい学問をすれば世界や世の中がどのように動いて行くかわかるし、趨勢に合わせて人生設計をすることもできる。近代経済学の研究を続ければ順調に出世し金持ちになることも可能だろう。もちろん国家の運営も合理的になされる。
マル経の研究者は日本とイギリスにしかいなかったというが、彼らは国を瓦解させるような理論を研究していたのだろうか。ある大学では五つある経済学の講座が全部マル経の先生で独占されていたと聞いたこともある。そこでも先生は学生を評価するだろう。優秀かどうかは何を基準に決めるのだろうか。優秀だということは、国や社会をより速く解体破壊するということなのか。国がなくなれば国立大学の先生の給料は払われなくなるのだが、そんな日が早く来ることを願って研究していたのだろうか。
これら二つの経験、個人的な出会いと歴史に残る大事件を通して社会と世界を見る目が変わった。それは補助線を引いたために難問が解決する糸口が掴めた感じだった。生活はごまかしごまかしで悪くはないが、それでは是非善悪がわからない。思考停止だ。有用な学問をして立派な学者生活を送る人がいる。反対に、長年研究したことがまったく役に立っていない学者もいる。是非善悪の区別はないとは言えない。知的判断が個人の人生や国の未来を変える力を持っている。
マルクス主義を要約すると、唯物論、労働価値説、階級闘争史観になるという。カネから出発すると、カネでものが買える、ものを売るとカネが手に入る。カネとものは交換できる。これを交換価値があるという。マルクスが発見したのは労働もカネと交換できるということだった。働くと賃金が支払われる。カネを得るために働く。カネと労働が等価になる。あるいはカネと交換できるほど労働は価値あるものだとも言える。これが労働価値説だ。価値というから何か上等な概念と思っていたが、要するにカネのことだった。
雇う方にとっては労賃を少なくした方が儲かる。これは搾取という。働く方は払いが多い方がよい。双方とも欲求することは逆方向だから矛盾という。両者には必ず不満が起き衝突に至る。より多くの所有を求めることが常識になる。雇い主、資本家がいなければ労働者たちが儲けの全てを手に入れることができる。これが資本家のいない平等社会にしようとする運動の理論的基礎となる。こう考えると、世の中は間断なく闘争が続くことになる。歴史は闘争によって作られる。これが階級闘争史観だ。そして資本家、金持ちは常に少なく労働者は多い。多い者が最後には少数者を圧倒する。

 

ロチェスターの朝 (1)

ロチェスターの朝 (1)        01・18・2008

1986年の初夏だったと記憶する。突然電話がかかってきた。
「引越し荷物が動かなくなった、助けて欲しい。」
「どこからお電話ですか。」
「ロチェスターからです。ボストンのアパートで荷造りして、業者に運送を頼んで転地先に来ました。ところが業者は引き取らないというのです。」
重量を量ってないとかオーバサイズとか些細な点が引っかかったらしい。少しくらいの不備は日本では業者が代行して始末する。それが商売と誰もが思っている。
ところがアメリカでは運送業者は文字通り運送するだけである。壊れないように梱包するのはもちろん、保険をかけるところから個々の荷物のサイズまできちんと書類を作成するのはお客の責任である。規則に合わないからと言って、お客が怒鳴りつけられていた場面を目撃したことがある。商習慣が違うと言えばそれだけなのだが、異なる文化圏の慣行に慣れるのは容易ではない。
何とかしましょうと返事してアパートまで行って見た。大家の老婦人がどうしていいかわからず困惑している。荷物はトラック一台分だった。地図を開くとナイアガラの手前にある町なのでそんなに遠くない。夜通しドライブすれば着く距離だ。ロチェスターにはコダックの本社があって、貿易摩擦で大騒ぎしたことで有名だった。週末に届けますと電話した。
金曜日の午後早くに荷物を積みテントをかけた。途中で眠くなると道路際で仮眠をとった。夜中に若い者の声がする。盗賊団でないことを祈った。
目的地に着いたのは午前九時頃だった。すぐに帰る予定だったので大急ぎで荷物をおろした。よくよく考えると業者よりも早く正確に仕事を終えたのだった。
出発前にお茶を一服ということになった。
「アメリカへ来て何をしているのですか。」
「経済学を勉強しています。」
「経済学といえばマルクス経済学と近代経済学があるそうですね。どちらですか。」
「近経です。近代経済学はアメリカの経済学です。」
「するとマルクス経済学を勉強したい人はモスクワに留学するわけですね。」
「いえ、ソ連でマルクス経済学を研究している人はいません。」
「マルクス経済学でないとすると、ソ連では何に基づいて経済政策が決められているのですか。」
「彼らは近代経済学を応用しています。」
「ではソ連でも研究していないマル経の名前を私はなぜよく聞いたのでしょうか。」
「それはマルクス経済学を研究する学者が一番多いのが日本だからです。そのほかイギリスに少し居ります。あとは世界中近代経済学ばかりです。」
急いでいたので意味のある会話は以上だった。助教授になる年齢かと見えたが、名前は聞き流し、大学名も聞かなかった。
印象的だったのは、当時の私の常識と正反対の答えばかりが帰って来たことだった。私にはマル経の方がかっこよく耳に響いた。確たる理由はないが、資本論を読んだことは一因になるだろう。近代経済学は難しいという話も聞いていた。両方とも有効ならやさしいマル経の方がよいかなという程度の認識であった。だから立ち入った内容の話は、しようとしても質問する材料は頭の中になかったのである。
経済についてはどう考えたらよいのか。当時は内山老師が言われた通り、’カネには頭を下げない。’’生活はごまかしごまかしでよい。’を文字通り信奉していた。でなければコネも芸もないのに異国で一文無しになってやって行けるはずがない。’ただ座っていればいいんだ、’とも言われた。このような言葉が私の基本知識だった。結論が出ているのだから改めて勉強する必要はない。結論とは要するに、どうでもいいということだった。これでは勉強する動機も起こらず手がかりもない。

 

 

祖師仏 (2)

祖師仏 (2)       11.17.2007

進化論では、種は下等存在から上等存在へと変位する。マウスやハエや大腸菌を尊敬しないのは下等存在と思うからだ。弱者、愚者を崇拝する気にはならない。それ以上に人間以下の生き物は食う対象だ。胃の中で消化しながら崇拝する図は考えにくい。だから進化論者にとって進化の頂点は自分である。自分以外はばかで下等だ、見下して当然だ。先輩も師も親も先祖も古いものはすべて劣っている。昔のものは何から何まで劣等、下等、愚昧である。
進化論を勉強すれば、なぜ親や先祖を敬わねばならないのかという理由は見つからない。それどころか科学技術の日進月歩の世の中で、最先端の情報や器具を使いこなせない年長者はバカに見える。少年少女が老人殺し、親殺しに走る心理的準備はかくして出来上がる。伝統や伝承をやみくもに無視したり軽視したりするのも、自分の方がより優秀で進んでいると思っているからだ。
産経新聞9月27日に、細川元総理が父である細川護貞氏に対し、’どうだ、ざまあみろ!’と吐き捨てるような文章を寄稿しているそうである。その文章を引用している中村粲氏は、人間の退廃、内面の荒廃、品性の貧困を嘆いておられた。位人臣を極めた人の文章かと驚かざるを得ない。家柄で総理大臣になった人が、大恩ある家と親を蹴飛ばす。近代西洋思想とアメリカの占領政策のなせる業であろう。
位も力もない下々から見上げると理解の範囲を超えているが、細川氏の例は荒んだ世相にマッチしている。牽強付会だろうけど、世に溢れている進化論の類をすなおに摂取しすぎた結果の言説ではないかと思う。二代前の悲劇を(近衛文麿は祖父に当たる)身近に知っているはずなのに、勉強すればするほど間違う知識や学問があるのではないかと疑うことはなかったのだろうか。
進化論なる不完全な思想のメガネを外せばどうなるか。あらゆる生き物は、子は親から産まれ、親は子を養育する。身体も健康も多くの知識も社会の中の位置さえも親が与える。親の貢献を知って子は親に感謝する。進化論という妄想が消えれば、親は子にとって慈悲深い親であり、子は親から愛情を注がれる子だ。これが太古より変わらぬ親子関係だろう。この基本を押さえて生きれば親殺しのような思いは出てこない。事故は起きても事件は起きない。
子は親を賢いとか金持ちだからという理由で敬うのではないとは言い古された言葉である。じつは自らに無限の可能性と爽快感を体験できる生命を与えてくれたから感謝するのだ。生命のダイナミズムを体得実現することほど素晴らしいことはない。
親は子供を分け隔てなく養う。えこひいきすれば良心がうずく。これは感情論だけでなく、生命の事実から帰結される結論でもある。生物界においてはゴキブリもアリも大腸菌も何億年前と変わらないように、格ツケが不可能な点で人もみな平等だ。
個人は他と掛け替えのない無限の潜在能力を備えて産まれてくる。音楽の才能、文学のセンス、粘り強さ、あるいは勇敢さと、普遍的にして個性的な能力は誰にも十分すぎるほど与えられている。あとは各々の人生で好きなことに全力投入して大政治家、大実業家、大将軍、大文学者、大芸術家、大冒険家、大科学者、偉大なスポーツマンなどになればいい。小より大の方がいいので大としたが、小でもじつは大だ。平等でありながら千差万別の花が咲くのが人間の実相だ。
親と子という事実から出発する心の姿勢は進化論者とは異なる。親や先祖を見上げ、彼らの事績を讃仰し、真摯な努力に感謝する方向だ。無限の生命を与えられたことに感謝し、能力を精一杯開花しようとする。古人を慕い、古徳のようになることを目標にする人もいる。天照大御神の名前そのものに感謝報恩の念が託されている。神話は連綿と続いてきた生命に目覚め、その慈愛をすなおに受け入れる思想の表現であろう。具体的には初詣したり御輿を担いでお祭りするのだが。

 

(祖師仏(2)はなぜか(3)の前に投稿されていなかった。当方の勘違いによる。1、2、3と読んでいただければありがたい。)

祖師仏 (3)

 

祖師仏 (3)        11.17. 2007

子供の養育の実際は、毎日が戦場のようだという。何が起こるかわからない日々の連続で、家族が生き延びるのが奇跡だという思いだろう。家族は何のために奮闘しているのだろうか。ときどきは戦いの意味と方向性について考えてみるべきだろう。とくに団塊世代は反抗と破壊の衝動を戦後教育によって刷り込まれた。その反省の上に立って、刷り込みから脱却する原理の一つを提示したい。誤りの元がわかれば建設にも改革にも取り組やすい。
実在した釈尊の前になぜ非実在の諸仏が設定されたのか。架空の仏がなぜ礼拝の対象になるのか。過去七仏とはおとぎ話を持ち込んでいるだけではないのか。このように近代科学的な論理で追求されては、答えられる師匠方は少ないだろう。それは仏教の権威の失墜を意味する。わたしを含めて質問者は鼻高々であった。アメリカの敗戦後の教育改革の成果を満喫したのが団塊世代だった。
数十年の習学のあとで、答えを知らないでする追求や質問はただの争いごとに過ぎないと反省させられている。本当にするべきことは自己の解明、使命の発見と地道な努力だ。他者、他事に関わるのは多く時間の無駄だ。まして真理の探求とはいえ、見境なく老師や先生を問い詰めるべきでは無かった。誰も教えてくれない焦燥感はもっと大人になる方向へ向けるべきだった。
子供を納得させるために神話が編み出されたと書いたが、じつは大人だって同じだ。最初の人類はひとですよと答えられたら同語反復だ。多くの人ははぐらかされた、ごまかされた、騙されたと感じる。このような感じ方がすでに失望、軽蔑、憤怒を胚胎している。この世には直答できない深い問題があると理解するには、やはり大乗仏教を学ぶ必要があるだろう。そうでないとひとの祖先や宇宙の果てや時間の始まりのような議論をすなおに理解することは難しい。
冷静になって考えてみると、過去七仏は神話の一つではなかった。古い非実在の話はぜんぶ作り話だと思っていたのは誤解だった。過去七仏は、仏の師匠は仏ですと言っているだけだ。ひとの親はひとであり、どこまでいってもサルにはならない。ヒヨコは鶏の卵から産まれる。これは事実であって作り話でも神話でもない。同じように仏の師はどこまで遡っても仏であり、仏教徒の祖先は仏教徒である。これが普遍的な生命の事実であり、また過去仏存在の形式論理である。
実質的には、仏は永遠無限の仏法を自覚し、修行し、実現し、伝授する。無限智は無数の仏が無限の時間修行して獲得できる智慧だ。釈尊一代ですべてが解明されたと受け取るのは無理がある。無限の過去から諸仏が蓄積してきた智慧を受容されたと考えるのが自然だ。その一片しかわれわれ凡夫は理解し実践することはできないのだが、無限に学道する手がかりはつかめた。
過去仏から続く祖師がたを崇敬礼拝することは儀式化されている。祖師仏礼拝の儀式が間違いのない事実を踏まえて厳密な論理で貫かれているのは新鮮な驚きだった。行事ひとつが正見正知の産物だった。宗門では、道元禅師の完璧さには手も足も出ないことは当たり前だが、儀式を創案し継承し続けてきた祖師がたもそれぞれ深い知恵を持っておられた。
祖師仏の項 終わり

 

 

祖師仏 (1)

祖師仏 (1)       11・17・2007

曹洞宗では仏教の起源は釈尊ではない。毘婆尸仏大和尚から始まって前六仏があり、釈迦牟尼仏大和尚を加えて過去七仏と称される。毎日名号を唱えて礼拝しているお寺も少なくない。人は親子関係を通して先祖から子孫へつながるが、仏教の場合は師匠と弟子の関係だ。釈尊に仏法を教え伝えた師匠は代々六仏になる。六仏は実在しなかった。フィクションであり神話上の存在だ。これは秘儀とか秘密の類ではなく、僧侶なら誰でも知っている。
宗門ではそれら非実在の過去七仏を礼拝する。釈尊以後の祖師がたは苦労して仏法を実践し伝授されたのだから崇敬するのは当たり前だが、六仏は想像の産物である。イメージに名前をつけただけだ。名号を亡失するだけでふっと消える、名前に頭を下げているだけ。この辺りが説明のつかない権威に頼らなければならない古い教団の弱点だと長い間感じていた。価値のないまがい物は捨てたほうがよい。
祖師仏は過去七仏を含めて師匠までの全員の系図である。自分の場合は90人が先祖になる。祖師仏を大声で誦するのは爽快だ。関係ない人もお寺に行って和尚さんと一緒に唱えてみたらいい。生き返った気になるであろう。理屈ではアホらしいと思いながら、軽快なリズムと礼拝の動作は大好きだった。おもてむきは純粋理性による旧弊批判をしたが、好きな儀式であった。
神話、フィクションというと、曹洞宗の過去七仏にしろ古事記の天照大御神にしろ、お話であって、実証的科学技術文明の現代では時代遅れと片付けられても仕方がない。いまや歴史を神話から説き始める人はいない。学校の授業でも弥生時代、縄文時代、石器時代と遡るけれど、古事記の神話はおとぎ話としてしか触れられないだろう。
なぜ神話は生まれたのか。子供が質問する。お父さんは誰から産まれたの、お母さんのお母さんは誰なのと。その先は、その前はととどまるところがない。前へ前へとずっと続く。止まらない質問に日本人の祖先は天照大御神、仏教徒の祖先は過去七仏と答えた。ヴィーナスは貝から産まれたし、桃太郎は桃の種から産まれた。世界中に似た話はたくさんあるが、基本構図は同じで、先祖探しだ。先祖探しは同時に自分探しである。先祖探し、自分探しに対する答えが神話になった。
科学技術文明を信奉している現代人にとって、神話などは問題にする必要がない。最初の人類はサルというか、サルの仲間に決まっている。哺乳類の前には爬虫類がいた。その前は両生類や魚類がいた。昆虫や貝類も系統樹ができている。動物の前には植物があった。その前はだんだん下等になって、シダ類とか菌類とか細菌など。生命の誕生はウイルスのようなものだろう。その前に地球ができなくてはならない。太陽系、銀河系、その前にビッグバンがあった。このようなイメージが科学的進化論として広く受け入れられている人類の歴史であろう。
第二次大戦後、フィリピンで捕虜になった日本人に、暇を持て余したアメリカ人がダーウィンの進化論を教えた。最新知識を教授しようとした。ところが誰も驚かなかったので逆に驚かれたという逸話がある。アメリカではいまも喧々諤々の論議が戦わされている現状を見るにつけ、正しいと思えば素直に受け入れる日本人の特質が際立っているエピソードだ。しかし進化論が根拠のないお話でしかないとなったらどうであろうか。ダーウィンの進化論は人類の祖先を探し当てたのだろうか。自分を探し出したのだろうか。
最近ふっと気づいたことがある。それは、ひとはかならずひとの両親から産まれるという事だ。ひとが産まれたらその両親はひとである、サルではない。・ひとはひとからしか産まれない。ひとの両親はサルに近いかもしれないがサルではない。この ’近い’ という言葉であるが、生物学的には無限大に隔たっている事実かもしれない。
科学がさらに進歩したら思いもよらない新事実が発見されるのではないかとか、突然変異が起こったら新種が現れるのではないかとかいう逃げ道がいつも用意される。けれども事実を直視すれば、サルの親はサルであり、マウスの親はマウスである。無数回の実験が繰り返されてきた大腸菌もやはり大腸菌から産まれてしかも大腸菌である、そして大腸菌の子孫を作る。突然変異を起こさせようと考えられる限りの近代科学の虐待を受けたハエからも新種は生まれなかった。
両生類のカエルからは爬虫類のワニは産まれない。この事実は、化石を並べて遡及していけば、種は古代から近代へと連続的な変化で出現しているように見える現象とは矛盾する。科学的と限定する必要はないが、物事の見え方と本質は一致するとは限らない。本質、つまり種の最初、ひとの究極の祖先は人知では解明できないのではないかと思われる。
もしサルからヒトが産まれるのなら、われわれは人類の滅亡を心配する必要はない。ある時間が経てば人類は絶滅しても再出現するからだ。サルが絶滅したらどうかというと、哺乳類のネズミやモグラが存在する限りいつか再び人類にまで進化するに違いない。哺乳類が原水爆戦争で絶滅しても魚類から進化が繰り返され、いずれ人類が現れるだろう。心配する必要はない。
しかし現実には、近縁種がたくさんいる佐渡の朱鷺もニホンオオカミも、絶滅したら再び現れてくることはなかった。種の絶滅は未来永劫の消滅のようである。一つの種は、その種だけで完結した生命と歴史を維持継承する。
神話は祖先を女神とか貝とか桃などおとぎ話として、寓意に託した物語で表現した。じつは究極の祖先は知ることができないと受け止めたのだろう。究極の先祖探しのような命題は子供の論理ではなく無限の論理でしか解明できないのではないか。
ひとの祖先はひとであるでは子供は引き下がらない。心理的に納得できる答えを探すうちに神話の形が編み出された。いや考えてみれば大人だって同じことで、ほんとうの先祖がだれかは知らない、いつまでも知らない。古人は噺と事実との区別がつかなかったと思うのは近代人の思い上がりだ。

 

      虎     08/28/2007

 

身体について、特に意識して調べなければ、身体は一つで終わりだろう。病気になったり怪我したりするときに胃や手足が気になる以外に、身体とは何か特に考えなかった。重い荷物を担ぐときどっこいしょ、相撲をとるときガッちんこくらいが身体の感覚であった。人は何も考えずにいることができる。
立ち方については、気をつけの姿勢が良いとしか思っていなかった。気をつけは腕も足も背も一直線だ。ハラと呼ばれる中心点が一つで、歩行走行のときの中心軸も一本で、それが重心に重なる。その点と軸を正しく合わせればグラグラしないで立てる、まっすぐ歩ける, どっしり座れる。直線、直立、直角、直進が自分の身体のイメージだった。単純なことしか考えられない者も居る。
中心点がハラ一つだと、身体は上下と左右二つの部分に別れる。二つしかないから開くか畳む動きしかない。ロボットでもすぐマスターできる単純さだ。身体の動きの単純さは思考の単純さにも繋がる。
筋肉は身体の内側にあって見えないし、自由に動くと思っているから、さまざまに頭を使って工夫する余地がない。ばたりと倒れるのは重心から外れるからだが、そこまで血の出る痛みを体験した後でも身体が硬いとか運動神経が鈍いとか内向して納得する。客観的な自他関係に気づかなかった。自分の体を合理的に分析する方法を知らなかった。というか分析なる頭の働かせかたを知らなかったというべきか。
普勧坐禅儀には実在の動物として唯一、’虎’ が出てくる。’虎の山に拠るに似たり’の箇所だが、山に放たれた虎のように強力な力を発現するのが坐禅だと云はれる。坐禅している人の姿が部屋いっぱいに広がって見えたとか、酔っ払いが坐相の威厳にびっくりして思わず合掌低頭したというようなことかと思っていた。そんなこともあるだろうが、ここでは凡人の角度から考えてみたい。
動物園で、虎が狭い檻の中を忙しく動き回っている。長い背骨がユッサユッサと揺れ、尻尾もゆらゆらし、足裏全体でぺたりぺたりと歩いている。足裏も柔らかそうだけど、つま先はもっと柔らかく、力が入っているのを感じさせない。ぶらぶらだ。ときどき唸り声をあげる。威勢のよい人がけしかけてもっと吠えさせようとする。檻の外に飛び出したらどうするのかとハラハラした。
小学生の時に見た光景を改めて振り返ってみると、忙しく歩き回っていたのは、実は柔軟体操だったのではないか。全身を動かすことによって体温を発生し、同時に関節や軟骨の柔らかさを維持していた。歩き回って疲れないかと同情したのは逆で、身体を動かすことで虎は生命力を獲得していたのだ。うなり声は呼吸法だ、左右揺振して欠気一息している。
背骨が波のように揺れ動いている時、四足獣にとって重心はどこにあるのか。後肢のすぐ前だろう。後肢の後ろには長い尻尾がある。後肢を中心にバランスをとるはずだから、重心は後肢の前にある。それは人にとってはハラと呼ばれる位置にあるはずだ。もう一つは前肩の後ろにある。こちらは頭の重さとバランスをとる位置のはずだ。虎にとって重心は二つある。走るときは前後の重心と左右の軸のバランスを調整しながら駆けている。
人類は二足歩行するけれども、四足獣でもある。ヨガに犬や猫の姿勢があるのはその証拠だ。四足獣なら重心は二つある。一つはハラと呼ばれてきた部分、下腹のどこか。もう一つはみぞおちの近く。虎が前後の重心を調整しながら動き回るように、人類もまた二つの重心の役割を調整しながら動くのが自然と言える。重心がハラとみぞおちと二つあれば、身体は三つに分かれる。三部分を組み合わせれば二部分だけよりも複雑な動きができる。均衡が破れても複数部位でバランスを取り戻せるからねばりつよい、倒れにくい。
坐禅は坐相だということで、絶対不動の姿勢を続けることが要求される。不動の姿勢は難しい。何年も何十年も必死になって座る。大事は一事である。一事を一心に行ずる。それでいいのであろう。しかし虎の自由闊達な動きとはどこか相入れない。
本当の坐相は虎の柔軟な運動を内包するような姿勢ではないだろうか、人の身体は木像や石像ではないのだから。言葉で表すなら、動と不動を包み込んだのが坐相であろう。それは動の可能性から不動の可能性までの全ての動きを知り尽くしている坐禅ということになる。
オリンピックでは米食国民が肉食国民に勝てるわけがないとか、手足の長さが違うから表現力では勝負にならないとか、粗雑な決定論や悲観論を聞いて育った。本当は誰もが無限の世界を持っているのだ。動と不動とその中間の全ての能力を保持している。潜在能力の開発方法を知らなかったから停滞していた。
音楽や体育の先生はとてつもなく大きな使命を持っている。生徒が美しい声や正確なリズムを獲得するにはどんな姿勢をとるべきか教えねばならない。正しい姿勢からは美声だけでなく弾むような動きが出てくる。そのあとは自然に、動くのが快く、動作が楽に滑らかになり、生活が闊達になる。その先は工夫次第で能動、明朗、快活、心と身体の生長、無限の可能性、創造性の世界がひらけてくる。
反対にどっしりと腹筋に頼って立つと、一次的に安定、平和な感じはする。しかし姿勢が安定することは、移動、運動の原因がないことも意味する。動くためには筋肉を使って余分な力を発揮しなければならない。そこから先は疲れやすいので、ごそごそ、のろのろ、悪くすれば受動、鈍重、怠惰へと進んでいく。肉体だけでなく、心理的にも無力、自閉、自虐、諦念、神経衰弱、苦悩へと嵩じていくだろう。