彼らがやった(3) 02/28/2008
中国には正史がある。学校で習った時には文字通り正しい歴史だと思っていた。隋の歴史は唐が書いたのだが、唐という国が隋のために正しい歴史を書き残したと思っていた。隋という国はもう無い、隋の物語は隋以外のものが書くしか無い。また煬帝が生きている間に歴史を書こうとしても、現状報告だけで結末は見えないであろう。王族や貴族や人々の運命が決まる前に歴史の物語は完結しない。功罪は棺に収まってから定まるとすれば、帝国といえども滅亡後にしか正しい歴史は書けないであろう。
漢や元や明の歴史も次の代の王朝が書いているのだが、前の王朝の良いところを調べて自分たちの治世に生かそうとしたとばかり思っていた。日本の歴史を考える時と同じ物差しで大陸の歴史を見ていた。正しい歴史は世界にひとつだけあるはずだった。
だが前王朝がしたことは ”彼らがやった” ことだと自己正当化する見方に立てば、何もかも考え直さなければならない。聖徳太子が隋の煬帝に送ったという ”日出ずる処の天子、日没する処の天子に致す。恙きや。”の外交文書の件も、確かにあった事実には違いないだろう。しかし煬帝がそれを見て怒ったなどとは歴史書に書き記すべきことだろうか。はじめ隋書は隋が書いたと思っていたので、皇帝の恥をそのまま書き残す歴史家は偉い、中国には勇気ある文官が居たのだなと感心したのだが。
しかし隋を滅ぼした唐が書いたとなると話は別だ。唐王朝を正当化するために前王朝の恥や失敗を後世に知らしめるのが歴史家の仕事になる。その道具に聖徳太子の文書は利用された。隋は我が国ではなく彼らの国である。彼らが傷つこうが悪評を被ろうがどうでもいい。むしろ悪者であってくれたほうが唐にとっては都合が良い。
過去の話ばかりではない。今世紀に入っても次々と独立国が生まれている。百年後地図上に残っている国がいくつあるだろうか。サンゴ礁の国などは海面が上昇したり地盤沈下したりすれば国家消滅になる。その国の歴史は断絶だ。
エジプトは世界最古の文明国だが、幾たびも王朝が代わった。そのたびに以前の言葉が理解不能になった。ピラミッドの存在理由や諸々の彫刻塑像の意味が解らないのは、言語が次々と変わったのが原因と言われている。柿本人麻呂の長歌がいまも暗誦されている国とは大違いだ。
大陸シナから来た哲学者だったが、”仏教は好きなので勉強したいのですが漢字が読めません。”と言った。びっくりした。中華四千年の歴史とは、四千年同じ漢字を使って来たということではなかったか。毛沢東が漢字を新字体に改めたという報道を読んで徹底的な革命の進行を察したのだが、革命とは知識精神まで破壊するということだった。現在では本も手紙も大陸では横書きだ。論語も批林批孔で読まれなくなった。伝統的な漢字は忘れられた。
漢音、唐音などの区別も知っていたが、時代の経過につれて発音が変わったのだろうとだけ思っていた。変化の理由を知ろうと思ったことはなかった。考えてみれば王様が代わっただけで社会全体の言葉の音が変化するのは不自然だ。民族が入れ替わるようが大激変があったと考える方が理にかなっている。ということは毛沢東の大革命も中華四千年の歴史の中では例外ではないに違いない。個々人の心の平和も知識の豊かさも、識字率さえも歴史が断絶したら消し飛んでしまう。
始めがわからないという意味では神の国と形容してもおかしくないのが日本である。神武天皇以来、いやもっとずっと前から日本では歴史はひたすら連続している。だから日本では歴史は連続である。ところが日本から一歩出れば、歴史は断絶するのが当たり前である。日本以外は断絶の歴史ばかりだ。歴史には連続と断絶の二つの原則がある。また歴史には自己正当化がつきものだ。
激変を続けている自由の国アメリカではまとまった歴史観は確立されていないようである。強いて挙げれば ”勝者の歴史” であろうか。自己正当化の典型的な歴史観である。アメリカは存在する限り勝ち続けなければならない。自己の生存と勝利が第一である。その上で半世紀から一世紀にわたる長期戦略が立てられる。あらゆる面で安全保障は確保されねばならない。事実や合法性は、生存を優先させるためにしばしば無視される。
アメリカインデアンは1888 年から 1934年まで宗教的儀式や集会を法律で禁止されていた。南北戦争より20年以上後の立法である。リンカーンが奴隷を解放したからアメリカは人道的になったと解釈するのは単純すぎる。アメリカ議会は半世紀の間インデアンを監視し続けた。
日本には無差別爆撃などの戦争犯罪への謝罪を求める運動もある。一言あれば心の底から友人になれるのにと思う人は少なくないだろう。しかしアメリカは断絶と自己正当化の歴史の国である。難しい。